小さなことから、むすぶ・つなぐ・みらいへ。

今、ある企業の人づくりのお手伝いをするなかで、2030年に
向けてのプロジェクトを進めている。
管理職にはトップのメッセージを受けて、会社の目標、目指
す方向に向け、それぞれ任された部署の中で何をすべきか?
について考え、アクションプランを作成し、職場でコミュニ
ケーションをとりながら実践していく…
その準備と実践のサポート。

さらに、その仕事自体が円滑に進められるように、社内コミ
ュニケーションの活性化への取り組み。
普段、部門間のコミュニケーションがなかなかとりづらい
こともあり、年に一度の交流イベント開催は、大変重要。
そのイベントもプロジェクトチームを作り、若手中心に
仕事の合間の時間を使って企画し、本番の準備に向かう。

同じ会社で一緒に働いている仲間意識の醸成、助け合いの
気持ちと実行。今、春の本番に向けて準備を手伝うなか、
メンバーたちの成長を感じている。
最初はおとなしかった人たちが、一つのイベントに向かっ
て動き出す。
意見も出てくるようになり、自発性も生まれてくる。
そして、イベントの話だけでなく、業務の話もしながら、
お互いの仕事のことを理解し合い始めている・・・。

一方、社会連携のプロジェクトも同時進行で行っている。
企業が地元の学生さんたちの学びにどう役立てるか?
これについても、担当者を軸にみんなが仕事の合間を
縫って協力しあっている。
学生さんと企業とのコラボ。どんなものができるのか、
これまでと違った提案が学生さんから出てくることに
企業側の期待もふくらみ、従業員の関心も高まりつつある。

いずれも小さな取り組み。でも、とても貴重な前進の
機会。それぞれに関わりながら、人の成長を見続け、
背中を押し続ける。
この会社の40周年に生まれたスローガンは「むすぶ・
つなぐ・みらい」。
そして、このテーマは、みらいへ向かい、そのまま
受け継がれ、進化する。

小さなきっかけから、手を結び、心をつなぎ、一緒に
未来へ進み続ける・・・。
そんなことを応援団として、夢をもって、ひとり一人に
関わっている。人が成長していくことが本当にうれしい。
コミュニケーションクリエイターのやりがいは、
ここにもある。

日々、一緒に成長していきたいと、改めて思う。

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まだまだ夢は大きく!

何になりたいか?と、さすがにこの年になれば、
誰も聞いてはこないけれど、
私は、いくつになっても夢は無限大と思っている。
そう思う方が楽しく、わくわくして、
毎日のすべてが変わってくるからだ。

目指したい道のひとつは、作曲。しかも新しい挑戦を加えたい。
その背中を推してくれたのは、エンニオ モリコーネ。
20世紀後半、世界の映画業界を音楽面から支えた音楽家である。
もっと早く着目していたら、と思えてならないが、
今、改めてこの方の人生と作品をまとめた映画を観て、
心が震えた。
その人を讃えた映画に、本人がつくった曲が次々出てくるのは
最高に贅沢で、本当に音楽が感動的なbiographyである。
(「モリコーネ 映画が恋した音楽家」)

映画を支えるのは、もちろん脚本であり、ロケを含めた撮影であり、
役者の演技であり、編集であり・・さまざまな役割があって
ひとつの作品が完成するが、音楽は映画の価値を決める
重要なファクターだ。
作品よりも音楽が心に残っているという映画も世の中には
多数存在している。

これまでニーノ・ロータ ヘンリー・マンシーニなど大好きで
コンサートでもよく演奏してきたが、このエンニオ モリコーネは
弾いたことがなかった。
西部劇から宗教映画まで有名な映画の多くを手掛け、それらは
とても構造的であり、深淵であり・・・。
最も有名な曲はニュー・シネマ・パラダイスか。
ご本人のインタビューを聴いていて、天才であるのに、
勝手にところどころ共感を抱いた。

ああ、こんな曲がつくりたい。
という思いである。

歌は最高の楽器であるが、それに限らず、昨年取り組ませて
いただいた演劇での音楽のように、映画でも使ってもらえる
ような、そんなさまざまな情景を描く世界に、表現にもっと
近づきたい。
そのためには、学びをしっかりしないと。

正直、作曲を学んだのは、10代前半、ほんの触りだけ。
あの時代は、作曲を勉強するということ自体が遠い世界で、
そこから本格的に学ぶこともせず、自己流になってしまった。
どこまで独学でいけるか。その手法も模索しながら、
夢に向かって進み続けよう。

自分にしかできないことをやる。
ここは変わらずに。
もっともっと。
偉大な人たちの存在が、妄想のきっかけになる。

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ネット社会の功罪、公害。

ネット社会のおかげで便利な日々を過ごせている。
このことは間違いない。
20世紀末の情報環境と比べて、まったく違うコミュニケーション
環境のなかに生きている。

ただ、手書きで文字を書くことが少なくなり、もともと文字を書く
ことが好きであったはずなのに、漢字が急に書けなくなったり、
書き順に戸惑ったり、恥ずかしい限りであるが・・・の状態。
これは、絶対になんとかせねばならない。
今年は年賀状を復活したが、昔のように宛名ぐらいは手書きで
とやってみたが自身では不満足。
もっともっと手書き力を復活させねばと思う新年。

辞書のことについて、先日見た放送大学の講座のなかで、
電子辞書もいいけれど、紙の辞書を引くことを忘れては
いけないという先生の言葉が印象に残った。
そうだ、昔、紙の辞書を引くと、探している言葉の前後に
いろんな言葉が出てきて、つい面白くて眺め続けた。
まためくったときの紙の音や、何とも言えない匂い・・・。

そんな知の楽しみが、辞書にはあった。またひとつの
言葉にはいろんな意味があるということも、紙の辞書には
丁寧に記させており、その言葉の存在について考えるには
とても良い学びの時間。手っ取り早く、無知をカバーする
ためにすぐ検索する今の習慣は、見直さねば。
辞書を引く、ときには百科事典を見る・・・。そんな知の
楽しみを復活させたい・・と、このネット社会の洪水のなか
ではそんなことも思う。ここからが勝負!

AIの力を借りれば便利で、助かることも多いけれど、
自分に関わることについては、自力でやり通したい。
ビジネスの場面では適度に活用するのは、まあ、良い。
でも主役は自分の頭でなければ・・・。
考えること、努力をすることを忘れてはいけない。

ネット社会での最近の大きな困りごと。
このところ、迷惑メールが山のように・・・。
数も増え、内容も巧妙で・・・。
そのゴミ処理に終われる日々。ええかげんにせー。
と勝手に送り続けてくる謎の人物に怒り!
ゴミの処理にも時間がかかるし、神経も使う。
まったく余計なことだ。

人のことを考えない、自分のことしか考えない、
おかしなことに知恵が浮かぶ、残念な人たちが
増えているこの世の中は・・・。

新成人の人たちが、夢と希望をもってこれから
生きていかれるだろう。
そのとき、自分のことだけでなく、人のことを考えて
行動できる、当たり前であるけれど、そんな大人に
なってほしい。そして、ネット社会に生まれ育って
来ている人たちであるけれど、そこを離れても
生きられる人であってほしい。

ネット社会・・・。便利であるけれど・・・。
功罪と公害。毎日考えてしまう。

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104歳の手拍子と心のふれあい。

今年初めての演奏活動は施設での「マーサの新春ふれあい あったか
コンサート」。タイトルをお伝えしたら、スタッフの皆さんたちに、
なんとも初春らしい、おめでたいステージを用意いただいた。
福祉施設での演奏会では、このような思い溢れる手作りの演出を
してくださるのが、とてもうれしい。歓迎の気持ちが伝わってくる。
ふるさと岐阜やその近隣で活動をさせていただけることは、親
孝行ができるようで、ありがたい。

今回は、マイクなしの生声でのトーク、演奏。
どうしても声を出そうとしてしまうので、気を付けないと最後まで
持たないから注意が必要。
でも、耳の遠い方もおられるので しっかり届くようにしなければ。

1時間ほど、皆さまにとって懐かしい曲を中心に、また季節感も
意識しながら話し、弾き歌う。
今回はなんと104歳を筆頭に、102歳、99歳・・から、おそらく70代後半
の方までと、年齢層も幅広く、それぞれの人生を思い出しながら、
楽しんでいただいた。
車いすに乗って、歩行器を前に、皆さんあたたかい拍手を届けて
くださり、ご自身が知っている曲は何も言わなくても一緒に口ずさんで
おられ、あたたかい、うららかな幸せな世界が広がった。

コンサートとは、みんなで一緒に創る時間。
そして、それぞれに感じ方はそれぞれであるけれど、心に染み入るもの
である。そんなことを今回も感じた。
施設の方に、演奏が終わってから
「私も、泣きそうになりました。皆さんそれぞれに心揺さぶられるものが
あったと思います。」とのお言葉をいただいた。会場での撮影や、時間
管理など気にされ、お忙しくされていたのに、聴いてくださったこと
がうれしかった。

「音楽コミュニケーション」が人にできること。
無限の可能性を感じながら、これを通じて、音楽だけでなく、
人の心にどう思いを伝えるかについて、今年1年さらに経験を重ね、
もっともっとお役に立てる場面、瞬間を増やしたい。

初春コンサートの機会をいただき、うららびよりの皆さま、
大変ありがとうございました!
https://www.urarabiyori.com/



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サブスクの楽しみと、工夫。

昨年、鹿児島に出向いた際に知った、地元の豆菓子製造会社。
薩摩の人には、馴染みがあるそうで、京都在住の鹿児島生まれ
の20代の人に聴いたら、「あ、子どもの頃からよく食べて
ました~」と懐かしげに話してくれた、もしかしたらそこの
豆菓子は地元の方にとっては、ソウルフードかも。
興味をもってサイトを見ていたら、なんと、サブスクのサービスが
ある。「雀の学校クラブ」という名前もとても、ユニーク。
値段もそこそこで、どんな試みなのかと興味が湧き、申し込み
をしてみる。
そして、毎月、郵便受けに届けられる。事前に届きますメールが
入ってくるのもとても親切。
商品が届いてびっくりしたのは、バラエティ豊かな商品たち。
季節感もたっぷりで、見て楽しく、食べておいしい、おつまみに
もよくて、これはいい!と商品に感動しただけでなく、
一番の驚きは、なんと毎月のお便りが、梱包材の裏に
マジックぺンで手書きで書いてあるところ。(写真上)

ご担当の方が、会員ひとり一人に向け、丁寧にお手紙を
なんと、資材に直接書き込んでいるのだ。
こんな会社は見たことがない。思わず笑みがこぼれる。
絶対読むなあ~。梱包して最後の仕上げのレターかな・・。
想像が膨らみ、思わずにんまり。
たちまち、この会社に興味が湧く。おもしろいなあ。
中小企業ができることは、無限大。と常々思っている。
そう考える。発想力、そして行動力があればできる。
きっとこの会社もそうだろう。とどこまでも想像。

昨日、今月分が届いた。
節分にまつわる商品たち。ちょっとした小物も入っている。
もちろん、この取り組みはこの企業にとっては大きな
商いにはなっていないかもしれないが、少なくともこの
会社の豆菓子との出会いが、企業への関心、そして鹿児島への
興味につながっている。
小さな幸せをお客様に届けられる会社は、小さな努力を
重ねている。
と、この事例から想像を膨らませている。
美味しく、今年もいただきます!まめに生きる。まめに努力する。
笑顔が生まれるサブスク。これからも期待したい。

下の写真は今月届いた商品。節分にとことんこだわっている。
豆屋さんだから、なるほど。小道具もついていて、さらに
夢が膨らんだ。

※本商品のことを、ブログ投稿する件をご担当の方に快諾いただき、
書かせていただいています。

https://www.chinchinmame.jp/

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どんな人間でありたいか?

新年早々、世界をとりまく情勢が不穏な方向に向かっている
ことを感じる。
自分ファースト、自分たちだけファーストを表明したら、
その目的を達するには、どんな行動も、手法も詭弁も許される?

となってはいけないと思うが、どれが真実かを見極める
力がないと、流されていく怖さも感じる。

本当に世界には、いろんな人がいる。
著名だから、露出度が高いから、尊敬する人ではない。
首をかしげる人の方が目立っている。

今こそ、自分はどんな人間でありたいか。を常に問うように
したい。

尊敬する人は、お会いしたことはなかったけれど、
ウルグアイのホセ・ムルカ元大統領、中村哲さん、緒方貞子さん、
そしてマザーテレサ、そしてベートーベン・・・。
もちろん音楽の世界となればもっともっと・・・。
どの方も自らの使命に人生を賭けて 人のため、社会のために
尽してこられた方たち。その姿勢を見習いたい。

そして、著名でなくとも、ずっと地道に働き続けている地元の
米屋のおばさんや、地域の安全のために活動されている
ボランティアの方や・・・いろんな人がいるが、
心動かされるのは、地道にまじめに生きておられる姿。
コツコツ勤勉に生きる人は、尊敬に値する。
自分の親ももちろん含まれる。

未来を生きる人たちには、ぜひ
どんな人間でありたいか。どんな人間になりたいか。
を自分事として考えてほしい。
人生後半を生きる自分も、まだまだ考え、見直しも新たな
挑戦もしたい。

何よりも利他の心を持つ人に。

もし、この世に神様がいるならば、
神様はなんと、バラエティ豊かな人間たちを創造されたのだろう?
その意図を聞いてみたい気持ちになる。
いろんな人間が同じ時間を、同じ地球で生きている。
感動と恐怖が入り混じる。前者を信じて生きたい。

世界の転換点になると言われるこの1年。

そんな人間でありたいか。
ここを問い続け、ブレずに生きていきたい。


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もう来年のこと。

2026年も始まったばかりというのに、早速2027年のコンサート出演の
予約をした。受付が1月5日からということ。最近は出演希望者が
増えているため、早めに予約をせねば!ということで、なんとか確保。
こんな風にこの何年間、先の1年のことを考えながら新年を過ごし
ている。
「今年も宜しくお願いいたします」と言いながら、頭の中で、来年の
ことを想像している。1年後、世界は、日本は、自分はどうなっている
のだろう?

一方、来年はないという話。
毎年いただく年賀状。近年、年賀状は今年で最後にします。
と書いてあるものをみつける。
年賀状を書くときから、一年後のことを考えておられるのだ。
年賀状をやめるということは、宣言するほどの重大なことなのだ。
単に書くのを、投函するのをやめる。の意味ではなく、
おつきあいを、交流を控えます。という読み方もでき、
ちょっと寂しい感じにもなる。

そう書いてある方にはお返事をし、さらにご縁が切れない
ようにしておかねばと思う。
25年ほど前、よく新橋の飲み屋に連れていっていただいた
マーケティング業界の先輩。
その方の年賀状にそう書いてあった。
年賀状でしかお会いできなくなって、それでもその1枚を見るたび
に懐かしくて、新橋時代を思い出していた。
年賀状が終わっても、おつきあいは切れては困る。
今年は会いにいこうと決める。

来年のこと。いいことも、そうでないことも。
すでに今年から始まっている。
すべていいことになるように、働きかけたい。

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ベネズエラの青年のこと。

もう10年以上前の話になる。
時々、弾丸ツアーと称して、ブエノスアイレスに訪ねたときのこと。
すでに3回目か、4回目だったか。
一人で旅するブエノスアイレスでの目的は、タンゴ音楽の勉強。
夜になると演奏されるタンゴの店に出かけて、現地でしか聞けない
19世紀末から20世紀初めに流行ったアルゼンチンタンゴの本場の
音を学んだ。昼間は楽譜店を訪問して、タンゴの楽譜を買い集めた。
自分のCDを売り込みに行ったことも、今となっては懐かしい。

そして、そこで知ったアーチスト。すでに伝説の人であったが、
すっかり魅了された。
その名はカルロス・ガルデル。アルゼンチンタンゴの歌手、俳優
として超有名な人物であった。日本ではほとんど知られていない。
そのガルデルの名が付く劇場があり、彼が残した名作ばかりを
演奏するという唯一の会場。出演する歌手たちもカルロスを
真似たファッションで登場し、100年前を想像し、タイムトリップ
を愉しんだ。余りに気に入って、そこに何度か通った、ある時の
こと。
ブエノスアイレスでタンゴを楽しむ店は、まず食事をしてから
音楽を楽しむという構成。

その店に私のような一人の客は珍しく、向いの席に、
これまた一人のお客。
一人同士であるから、話すしかない。
お互いたどたどしい英語でなんとか通い通じた。

その青年は、ベネズエラから来たという旅人で、仕事は電力関係の
会社につとめているようだった。石油ではなかっただろう。
30代になったばかりか、自分より若かった。
聞けば、その翌日が誕生日。それが理由はどうかはわからないが、
一人旅の海外旅行先としてブエノスアイレスを選んだようだった。
彼にとっては、生まれて初めて見た日本人、私にとっては初めて会った
ベネズエラ人。

そこから誕生日だという翌日に改めて待ち合わせをして、
カフェで会い、いろんな話をした。
たどたどしくても、お互い珍しいので、一生懸命言葉をぶつけ、
理解をしようとした。
話をしていて思ったのは、ベネズエラ人からすると日本は
スピードが速く、忙しくて、恐ろしい国と言う印象を
もっているということだった。
10年前だったせいか。今ならば、もっと違うかもしれないが。

誕生日プレゼントにあげたチョコレートの包装紙の
裏紙にいっぱい落書きをして、コミュニケーションをした。
なんだかよく笑い、楽しい会話をした。そのことだけは
よく覚えているし、
カルロスの歌を口ずさんでいたから、ベネズエラの人も
アルゼンチンの人も、音楽で通じ合っているのだと
興味深く思ったことは、今も覚えている。

世界で一番遠い国に行けば、さすが、いろんな出会いが
ある。

と、そんな遠い遠い国での楽しかったひととき。
すっかり忘れていたが、
今回の大統領の事件で、ふと彼のことを思い出した。

元気にしているのだろうか。
消息はもう不明だ。
その包装紙のメモ紙は保存してあったか、名刺もとって
あったか・・。
それすら、もう覚えていないが、
とにかく
元気なのだろうか。安全に暮らしているのだろうか。

「いつか、ベネズエラにも来てください。
海がきれいですよ。」と、
そんなことを言っていたな・・・。

旅の記憶は途切れるが、ある瞬間に蘇る。

今は心配している。
元気なら、安全に、幸せに暮らしているなら安心。

世界が衝撃的なことに襲われる。
こんなことに慣れてはいけない。

改めて、南米に思いを馳せる。

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非日常から日常、そして。

急に街が落ち着いた。普段の暮らしを取り戻した。
年末年始という特別な時間を過ごし、普段と違う
空間で、環境で解放された束の間を満喫された
方も多いことと思う。

休みの最終日は大人であっても、明日から会社か~
と少し憂鬱な気持ちになるケースもあるかも
しれない。
でも、365日毎日が休みだったら・・・。
そんなわけにはいかないし、毎日が休みであると
メリハリもなく、うきうき感もなくなるかも。
日ごろ、多少のストレスを抱えながらもがんばって
いるからこそ、非日常の時間を楽しみにできる
はず。

楽しかった数日を終えて、普段の生活に戻り
仕事を始めればそれはそれで、仕事に追われて、
日常に戻っていく。
戻るのに少し時間がかかる場合もあるかもしれないが
まあ、すぐにペースを取り戻すことができる。

日常はいいことばかりでなく、いろいろあるが、
それが暮らし。
人生は、日常が基本である。
そこに時々、ワクワクドキドキの小さな非日常が
あることで、やりがい、生きがいも生まれる。

非日常が日常になっては、つまらない。
時々のお楽しみこそが、生きる糧になる。

普段の暮らしに戻った街を見ると安心する。

ここから本当の1年が始まる。
とはいえ、もう365日分の6日目に入った。
あっという間に時計が回るから、
季節が移っていくから、
小さな感動を見落とさないように、
より確かなものをみつけていきたい。

日常とはありふれているけれど、
平穏な平和な時間。

その日常のなかに、時々、求める人に
小さな非日常をプレゼントできる
そんな暮らしを心がけたいとも思う。

今日という一日。大切に。

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どんなドラマを創り、生きるか。

音楽家の知人が主催する初春コンサートをたずねた。
声楽、ピアノ、フルート、サキソフォンなど様々な音色が調和する
音の世界旅行の時間。
映画や演劇と同様、現実から少し離れた世界で夢を見ることが
できる時間。初春にとてもふさわしい時間だ。
いつまでも夢を見続け、それを目標として行動する勇気を!
そんなメッセージをコンサートから感じた。

また、最近は ちあきなおみ の見事な歌唱力に触れ、
その中で、歌という表現の可能性を考える機会を得た。
歌いながら演じている。役になり切っている。スゴイ!
これは「歌芝居」というジャンルだ。
今まで考えたこともなかったが、
歌を越えた歌。ミュージカルではなく、ぐっと魂にささる歌。
ぜひ、今年はこれに挑戦したいと、心が動いた。

ある方が、人生は時間をかけてつくる物語だと言っていたが、
最近、そのことが少しわかるような気がしている。
そして、その人生を凝縮することができるのが、曲、歌。
曲はメロディとコードで。歌はそこに歌詞が加わるため、より
伝わりやすい、言葉と音で綴るドラマ。

自分はどんなドラマを創りたいだろうか。
どんな物語を表現したいだろうか。
それは、自分の進む道から生まれる。

そんなことを思いながら、1日1日に向かう。
まずは、毎日が小さなドラマ。
そう思って、今日という日を大切に生きる、そして
世界を見る、周りを見る。

今日から、世間が一斉に動き出す。
今年出会う人たちに感謝し、毎日を丁寧に紡いでいきたい。
素敵なドラマが生まれるように。



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