鑑賞より記録?!

撮影や録画が簡単にできるようになって、
人間の感性はどう変化したのか?
そんなことが気になる昨今。

飲食店に行けば、美味しそうな料理を見て、
「わあ~。美味しそう」
と言いながら、すぐスマホを取り出し、料理は被写体に。
冷めようが、とけようが、まずは儀式のごとく、撮影
し、SNSに公開する人も。
そういえば、こういった場合、料理って著作権ないのか?
ちゃんとしたお店であれば、許可をもらわなければ
撮影を許されなかった時代が、今は昔のような感じが・・・。

美術館へ行ったら、長蛇の列。
ナポレオンが描かれた作品を久しぶりに見たいと来てみたけれど、
そこに人が集まり、動かない。
なぜ人の動きが止まっているか?多くの人が撮影して
いるから・・・。
しっかり絵の前に立って18世紀終わりから19世紀の
ヨーロッパ社会に思いを馳せたいと思っていたが、
とてもそんなことはできなさそう。やむを得ず、
自分もスマホを出して、とりあえず、来た、観たの
証拠づくりのように、ささっと撮影してその作品から
離れた。
ナポレオンの絵の前だけでなく、多くの作品の前で
立ち止まっている人の多くは、撮影をしている。
昔の美術館とは様相を異にする。すっかり変わった・・。
世界中の美術館が変化しているだろう。
何も持たず、ただ鑑賞し、ため息をつく・・・。
そんな光景はルーブルでさえ、もうないかもしれない。
作品は美術館で、鑑賞者と直に向きあうのではなく、
レンズを通じていつでもどこでも見られる存在になって
しまった。敷居は下がったけれど・・・。

自分のコンサート。
いくつかの施設では、当たり前のように撮影や録画を
される。
本来は事前に断りをする・・というルールがこの世界は
別のようだ。ご家族はじめ、関係者に報告をしなければ
ならないという命題が優先される。
さすがに、無断で公開はされないようにと、お願いする。

何かあったら、まず記録。
スマホの普及は本当に人類の記録欲、露出欲を一気に
高めた。
撮る前に、しっかり観たら?聴いたら?味わったら?
五感を働かせる前に、撮る・残すという習性が当たり前に
なっている。
後でも見れる、聴ける。

日常を瞬時に思い出にすることができる。

自分も人のことは言えない。
昨日は満開の桜を見て、撮影のアングルばかり
考えていた。レンズ越しではなく、桜自身とどれぐらい
向き合っただろう?
たくさん撮ったわりには、ここに貼り付けたいいい絵が
なかったが・・・。

いかん、いかん。
まず肉眼で愛でよ。耳で聴け、そして頭に、心に
自力で残せ。
と反省。
すぐ記録するということは、後で見ればよいと
思って、自分の中には残されないのだ。
記録の外注化でなく、まずは感動を自らの中に
注入すること。それが本来の鑑賞だと思う。

記録より鑑賞。
後のお楽しみより、この瞬間を。

スマホの使い方は、ここでも要注意。

目を閉じたときに、どれほどの風景が
映像が自分の中に描き出せるか。

鑑賞と感動。
そんなことを思う、便利な時代。
大切なものを失くさないようにしたい。

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