残された時間のなかでできること。

バレエを通じて、日本とウクライナの交流を続け、平和のための
活動に生涯をかけた女性の存在を知った。
MICHIKOさんと言う。母と同い年であるが、母より5年長く
生きた方。京都でバレエ学校を設立され、本場のバレエを日本に!
とのことで、モスクワ~ウクライナに出向き、ウクライナのバレエ
学校を姉妹校として、両国の交流を続けた方だ。
その方の生涯をドキュメンタリーで見て、こんな方がおられたのか。
と心から感動し、刺激を受けた。
人生100年時代といっても、長く生きているだけでは意味がない。
残された時間に何ができるか?

MICHIKOさんのように、自分の道をひたすら究め、次の世代に
その道を開く人生は、誰にでもできることではないけれど、
スケールの大きさはともかくとして、自分でも何かできるだろう、
しなければと思えてくる。

あと10年、20年、いや3年なのかもしれないけれど、
残された時間のなかでできることを、やり切らねば!と
思う。
夢を抱き、使命感をもって、そして思いやりの心を忘れず
関わる人を大切にしながら、自身の道を切り拓く。

そんな人生を目指したい。
ウクライナのことを、こんなに思って活動されていた方が
おられたとは。
心からその偉業に敬意を表し、安らかな眠りを心から
祈りたい。

京都とキーウ。バレエの交流から平和を。
MICHIKOさんの夢は、受け継がれていくことだろう。

本当に素晴らしい人生。
素敵な先輩はおられるものだ!

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動けば、必ず出会う。

長崎でのコンサートを通じて、改めて思ったこと。
どんな場合でも、自分から動けば必ず新たな経験が
得られ、新たな出会いがあるということ。
何もせず、じっと待っているだけでは何も生まれない。

今回も新たなお客様、スタッフに出会え、さらに
長崎でのご縁が広がった。
去年まで、昨日まで知らなかった人との交流が始まり、
そこから新たな世界が生まれている。

そして、おいでいただいたお客さまには、
歌や演奏の音色について、また今回初めての取り組みで
あった朗読劇にも嬉しい感想をいただき、
素敵なバレンタインを過ごせた、次は家族で行きます
各地に出かけて行きますなど・・・喜んでいただけ、
やって良かったと安堵。
なかでもパワフル、情熱的と言ってくださる方と
ピアノの音がやさしいと言われる方がおられたことは
意外でもあり、いろんな感じ方があるのだと新たな発見。

弾く人によって音色は変わるのだそう。
そう、ピアノとの出会いにも恵まれた。

また、長崎はいいところ行って良かった、また行きたい
との声もいただき、これもうれしい限り。
コンサートがきっかけのひとつになり、他の楽しみと
ともに、長崎が好きになる・・・。
人生が豊かになる・・・。
その媒介のひとつとなれたならば、それも幸せだ。

動けば必ず何か生まれる。
そんなことを、今回も学んだ。

雨の本番を経て、最終日は晴れ。
余韻に包まれ後片付けをしながら、心も晴れ。

うれしいことに、今回は帰り道でも、
新たな出会いがあった。旅とはそういうものだ。

出会いは「出るから会う」。
旅は小さな非日常。だから、普段と違う出会いが得られる。

動けるうちに、動けるだけ動きまくろう。

長崎で小さな観覧車がまた、回り始めた。
乗る人が少しづつ増えているような・・・。

さあ、ここからまた次の挑戦に向かうとしよう。

広い空と、青い海と坂の街、長崎へ、
素敵な経験と時間をありがとうと告げる。

ランタン祭りは今週もつづく・・・。

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ぬくぬく長崎バレンタイン

長崎は、今日も雨だった~🎵の歌どおりに、コンサートの本番を歓迎するかのように、
雨が降った2月14日の夕刻。
そんな足元の悪いなか、県外から市内から、皆さま会場に集まっていただき、予定どおり長崎2回目のバレンタインコンサートを開催することができた。

今回は、ピアノと歌とトークに加え、バレンタインと私のオリジナル曲を絡め創作された
朗読劇も初披露。写真の右は、その脚本を仕上げてくださった 作家の滝本祥生さん。
京都生まれ、東京在住で、彼女が手掛ける作品に時々、生演奏や楽曲提供でお世話に
なっている。なんと諫早でも活動を始めたご縁もあって、長崎バレンタインのコンサート
にふさわしい新作を書いてくださった。オンラインと対面で少し読み合わせしただけ
であったが、お客様があたたかく見守ってくださり、無事いい感じで演ずることが
できた。最後は旅人を演じる私が駅ピアノを弾くというシーンで、東日本大震災後に
つくった「かもめりぃ」を弾き歌った。
コンサートで、こんな企画もできるのだと、今回の初挑戦に手ごたえを感じた。
世界の愛の曲、オリジナル曲の数々・・・。弾き、歌い、語った。

毎日がバレンタイン、でも、やっぱり今日こそがバレンタインということで、いろんな
愛を伝え続けた約100分のステージも、お客様のあたたかな応援により、盛会の
うちに、お開きとなった。

コンサートが終わってもまだ雨は降っていた。
天のお客様の拍手かもしれないと思った。
帰り際に、会場のスタッフから
「温泉に行ったみたいに、あたたかいんですよ~」と、手を差し出してくれた。
普段冷え性の彼女が、このコンサートで、全身があたたかくなってきたと
言われるのだ。
へえ?コンサートの温泉効果?初めて聞いたが、そうかも。
私は、温泉を通り越して、サウナに入り続けていたぐらいの汗をかいて
いたが。

今回は初めての出会いもあり、また三度目の正直で、足を運んでいただいた
方もあり、長崎での小さな観覧車が新たに動き出したことも実感。

以前にもふれたが、もう20年ほど前、NYで歌のレッスンを2~3度受けた
ことがあったが、その先生は、「マイファニーバレンタイン」の曲を歌うとき、
「人生は、毎日がバレンタインなんですよ」と教えてくれたなあ。
そんなことも、ふと思い出した長崎での本コンサート。

新作も無事生まれ、新曲への挑戦もでき、そして朗読劇も無事完成。
そして、何と言っても春節を迎える長崎でこの小さな愛のイベントを
開催できたことが嬉しい。

そしてこのバレンタインは、お客様のあたたかい握手、笑顔という素敵な
ギフトをいただくことになり、今朝もぬくぬく余韻を楽しんでいる。

愛と元気を届ける音楽家として、さらにさらに努力を続けたい。

ご参加いただいた皆様、各地より応援いただいた皆様に心より
感謝を込めて。

みなさま、今日もバレンタインな1日をお過ごしください。


今回の会場 香港上海銀行長崎支店記念館のサイトはこちら

https://www.nmhc.jp/museum_hsb/

ゲスト滝本祥生さんのサイトはこちら
https://www.blets.net/

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歓迎光臨!長崎バレンタイン


ああ、長崎だあ!
何年かぶりに、この春節のタイミングでこの町に来られたのは、幸運。
平日のはずなのに、年末のように中華街が賑わっている。
横浜に住んでいる人が昨年ここに来られ、「長崎の中華街って・・」と
そのコンパクトさに驚かれていたことも思い出すが、長崎の中華文化は、
レストランエリアだけでなく、複数のエリアにまたがり、一歩奥へ入れば
中国気分を満喫できる歴史スポットが多くある。
台湾から長崎に来た観光客が、「長崎では、本当に春節を祝っているんですね」
と、このランタン祭りの様子に感激されていたという話を聞き、本場の人も
驚くほどに、長崎のこの春節はとてもエキゾチックだ。

コロナのときは、この祭りも中止されていたが、最近は復活して、地元出身
の著名人もパレードに出演したりして、多くの観光客を集めている。
冬の長崎の風物詩、ランタン祭り。台湾での祭りを思い出し、懐かしむ。

この賑わいの中心から、10分も歩けば、私の大好きな「ほんしゃん」に
たどり着く。
かつて、香港上海銀行長崎支店であった建物だ。

ここで本日開催するコンサート。
昨日は夕方から、会場のスタッフと打ち合わせを行い、リハーサル。
ああ、1年ぶりだ。ここのピアノを弾くのは昨年のバレンタイン以来。
今年もまた演るとは。去年は思っていなかったが・・・。

歴史ある洋館の中で、やさしく深い音色を響かせながら、長崎との縁を
思い、この町ならではの深い歴史にロマンを感じる。
ああ、長崎だ。
何を切り取っても、この町らしさを感じる。

血縁、地縁なにもないところから始まった長崎との交わりは、やはり
ザビエル縁から始まる。

今日はいろんなご縁あって、各地から訪ねてきてくださる皆さんを、
長崎で待つ。

私が言うのもなんですが、
「長崎へようこそ!」
と、そんな気持ち。

わざわざ足を運んでくださる方、また来られないけれど応援をして
くださっている皆さまの顔が浮かぶ・・・。
台湾からもエールのメールが届いた。
心の席に何人かのお客様も、見えてきた・・。

日本と中国の関係は、長い。
「日本は、中国から学んだことばかりですね」と昨日、知人が
くれたメッセージに頷く。

そう、平和と愛で。世界中、みんなが心ひとつになればいい。
そんなことを改めて思う、ちゃんぽん文化の街、長崎が
私は大好きだ。

素敵なバレンタインにしたい。

本日開催。お待ちしています。
今年も長崎でバレンタインコンサート。受付開始しました。 | La Grande Roue

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いつのまにか夢の共演!

バレンタインが近づいてきた。
現地では、今年もランタンまつりが始まり、世間で心配している
日中関係とは関係なく、長崎らしい日中交流行事が活発とのこと。
さすが、時を越え、長く深く交流してきた町ならではである。

そんな異国情緒たっぷりの長崎でのバレンタインコンサート。
いつの間にか、朗読劇にも挑戦することになり、気が付けば、共演チラシも
用意された。台本も本番用に仕上げていただき・・・なんだか本格的になってきた。
バレンタインらしい台本だ。台本の台紙(表紙)は大切だと新たな学び。
今回協力いただいている作家さんのテンションがありがたい。
まさか、ここで共演ができるとは。いつかしたいと思っていた夢の共演・・・。

なかなかいろんな意味で、どうなることやら?の今回の企画ではあるが、
長崎でやる意味があるのだ・・・と自身に言い聞かせ続けている。
愛や平和の大切さを伝えるには、長崎でぜひ・・・。

当日までどうなるかわからないことが多いけれど、
とにかくおいでいただける方に、心を込めて。
今日から現地入りして、準備をはじめる。
一人でも多くの方においでいただけたら、うれしい。

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15年前の自分と向きあう。

3月11日のあの日から、今年で15年になる。もう?まだ?
その日が近づくと毎年、いろんな思いが蘇る。
とくに、その前日に札幌のスタジオで初アルバムのレコーディング
をして、へとへとになって東京へ戻って・・・そして翌日にあの
大地震。銀座で打ち合わせしていて、お店のシャンデリアがふりこ
のように揺れていたことが思い出される・・・。

あれから、日本も世界も、みんな変わった。
自分もその中で、なんとか生きてきた。
大震災も、コロナも、これまで経験のない「想定外」な事象が
続いてきた。今も続いていると感じている。
人間、驚くことにも慣れてしまうのかとも思う今日。

このように世の中の変化を感じることは容易であるが、
その時間を自分がどう過ごしてきたかをみつめる機会は
少ない。

今回、久しぶりにその震災直前に録音した自分の声と演奏を
聴きながら、その当時の自分を思い出した。
まだ?40代であった。初のアルバム、出版ということ
でその当時の自分にとっては大きな挑戦であったことを
思い出す。
その初アルバムは、いろんな意味で改善点は今もみつけられるが、
でも、何かしらピュアなものを感じる。
自分の作品をつくる、まとめる、残す。
その初めての経験は、いかに自分のなかで貴重な宝であったか。

あれから15年。基本は変わっていないつもり。
人生はミルフィーユのように・・・とわがテーマ曲
「人生は観覧車のように」にも書いたが、一枚一枚薄い皮を
重ねながら、ここまできた感じ。
でもそのミルフィーユはバウムクーヘンに変わってきたかも。

15年前の自分の作品や声や演奏は、現在の自分を鼓舞してくれる。
エールを送ってくれる。そんな存在だ。
そして、自分にはたくさんの宝があることをうれしく
思う。

自分がつくり、歌い、弾いた作品は自分がここから
いなくなった後も残るだろう。誰かがきいてくれる限り・・・。
思い出してくれる限り。

人生とは、まさに人生づくり。
自分で生きた証しを、悩みながらも作り続ける時間なのだと
思う。

今日も自分の音を聴きながら移動し、しっかりインプットして
明後日の長崎では、
15年前からの自分が生んだ作品も 今の自分らしく演奏して
みたいと思う。

いつまでも、ピュアであれ。まっすぐに、実直であれ。
15年前のわたしからの、エールに元気が湧く。

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クリエイティブに生きる歓び

Creativeとは、創造的な・・という意味だ。
同じことを繰り返すのではなく、人まねでなく、新しい発想をもって
何かを生み出そうとする姿勢、行動を目指すことである。

自分の人生だから、自発的に自分らしく生きるために、あれこれ
発想し、ひらめきや思いつきを大切にしながら、それをカタチにする。
自分が伝えたいことを持つこと自体が、クリエイティブな生き方の
始まりだ。

何かを創造するには、世の中を俯瞰して見ないと創造のタネが
見つからない。
また、自分は何をしたいのか?どう生きたいのか?という
問題意識がないと、作品づくりまでたどり着かない。
何か作ればよい。という作品はつまらない。

思いがあること、それを自分らしく表現してみること。
誰も作らなかった作品が生まれると、生きていて良かったと
思えてくる。

今、週末のバレンタインコンサートに向けて、クリエイティブな
感性をちょっと揺さぶっている。
今回は、曲だけでなく、小さな朗読劇という挑戦も待っている。
いずれも、クリエイティブな営みであり、自分らしい。
それを楽しみながら、関わってくれる仲間があってのこと。
創造をともに楽しめる仲間がいることは、私の人生を豊かに
してくれている。本当にうれしい。

また今、自分の過去の自作の曲を聴き続けている。
15年前の、10年前の、数年前の、3年前の・・・その時々の
自分のクリエイティビティに自分で感動し、自分を褒める。
クリエイティブな発想と行動力は、人生を豊かにする。
経済的な豊かさ以上に、心の豊かさは 創造を楽しむことから
得られるのだと思う。

生みの苦しみというほどのこともない。
瞬間の集中から、生まれる作品もある。

お尻に火がつくと、よりクリエイティブになれるのが不思議だ。

長崎バレンタインコンサートまで、あと3日。

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アルモニアを目指す世界へ。

オリンピック・・・。この存在に思うことは多々あるが
純粋に自分の記録のために、がんばる選手を見ていると、
なんだか気持が高揚する。
この瞬間のために、純粋な気持ちで、努力を重ねてきた
人達の姿は、本当に美しい。
記録を出すには、自分ががんばるしかできない。
他人には頼めない。逃げることもできない。
まあ、途中で逃げるような人は この舞台に立てないし、
立つ資格もない。

結果が出ても、出なくても、全力を出し切った選手には
心から拍手したい。
自分が最高のパフォーマンスができたならば、
まずは、それだけでも、金メダルものだと思う。

競技であるから、記録を競うものであるから
順位はつくけれど、それ以上にがんばる姿こそが、
見るものに感動を与えてくれる。

やってよかった!悔しい!もっとがんばろう!
やった人しか味わえない気持がある。
経験したからの学びがある。
それをバネにさらに努力をはじめる選手たち。
こうやって人は成長していくのだなと思う。

なぜか、冬季オリンピックが好きだ。
雪や寒さとの闘い。
雪があるからできる競技。
寒さを乗り越えてのパフォーマンス。

夏のオリンピックは暑くて大変な印象が毎回強くなって
いるが、冬のオリンピックは清々しい世界を感じる。

と、あたたかい部屋でながら見をしていては、
選手に申し訳ないけれど。

跳ぶことも、滑ることも 何もできない私であるが、
スケートを見ながら、音楽とスポーツの関係も
楽しみつつ、気分転換をさせてもらっている。

自分との闘い。

どんな手を使って勝つでも・・というのは
本来のスポーツには、ないはず。
努力あるのみ。
そう、自分の人生は自分でつくる。

愚直に努力すること。

そのことを、教えてくれる選手たちに感謝。

今回のオリンピックのテーマには
「アルモニア」という言葉が掲げられている。
ハーモニー、調和である。
この言葉も、とても気に入っている。
スポーツを通じ、世界が平和になるように。
素敵な調和が生まれるように。
メダルを目指すだけでなく、
世界の平和、協調しあう世界を目指したい。
競技する人も、観戦する人も一体となって・・・。

心から全選手へ期待を込めてエールを送りたい。

アルモニア・・・いい響き。
30年以上前、ある広報誌の企画で
「夢ハーモニー」というタイトルを考えたことがあったなあ。
ふと、そんなことまで思い出す、今回のオリンピック。




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雪国へのエール、と敬意。

新潟長岡より、最近の雪の写真が送られてきた。
撮影の翌日には、さらに50センチほど積もったとのこと。
そんな光景の中、目覚めたことがないため、ただただ、驚く。

「雪、やばいです。昨日まで毎日、家の周りを1時間除雪してから
出勤していました。町のアーケードが陥落したり、何度も全国
ニュースになっています。今日は快晴に恵まれ、会社の屋根に上がって
雪庇を落としました。もー、ヘロヘロです~」

雪屁とは、馴染みがない言葉であるが、屋根の上などにせり出す
雪の塊だそう。そのままにしておくと落下事故になったりして
危険なため、それを落とすのも大切な雪対策となる。

続いて小千谷からも便りが届く。
「小千谷の積雪も2.5m~3mです。市内の道路は狭くなり、
家の周囲や屋根の雪のやり場がないなどの問題はありますが、
雪国らしい生活として普段通りです。
私も毎日朝晩2回の家の前の除雪が必要ですが、
運動不足解消に役だっています。2月後半からは雪消えが進みます。
春を待ちたいと思います。」
と、何と前向きな生き方をされているのだと、いつもながら感心。

雪国の人たちは、じっと雪や寒さに耐えながら、冬の日々を暮らし、
春を待つ。

かつて新潟の企業さんたちと都内での催事を企画した際に、
「雪どけ越後の〇〇」といったタイトル案が出てきたことを
思い出す。

雪がとけると、春なのだ。雪解けの季節を待ちながら、
冬を耐えて暮らすのだ。

雪があるから豊かな水があり、美味しいお米やお酒もできる。
だから、雪は迷惑な存在ではなく、吉雪なのです・・・と
それを商品のブランドにしている企業も・・・。
と、雪の季節になるとそんなことも思い出す。

雪国の人は、口は達者ではないかもしれないが、
黙って努力する、真面目に働く人が多い。
私が出会ってきた新潟の人たちは、みんなそうだ。

こんな時期の選挙が熱狂のなか、終わった。
雪国の人への心配りはどうだっただろうか?
改めて、祭りの後に思う。

何があっても、自分を守ることを力強く実行されている
雪国の人に学びたい。

雪国へのエールと敬意、そしていろんなことを学ばせていただける
ことへの感謝を込めて・・・。

ちょっとやそっとの雪で騒いでいるんじゃないよ。
と笑われないように、私もしなやかに、強く生かねば!


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熱狂より、癒しと優しさの世界を。

自分の世界をつくりたい。と思うのは良いこと。
でも、そのために人を巻き添えにしたり、傷つけたりして
自分の目指す世界を、どんな手を使ってでも、
権力で無理矢理に実現するのは、賛成できない。

自分も、そして自分以外の誰かも幸せになる、そんな世界を
目指したい。

そして、大きくなくていいい、小さくて良いから
熱狂的でなく、地味で良いから、
自分なりの世界を描いてみたい。
との思いがある。

アーチストは、またその道を目指している人たちは、
作品のなかで、自らの世界を描こうとしている。
だから、自分もこの世界に心惹かれるのだと思う。

たとえば、数日後に迫った長崎でのコンサート。
小さな取り組みであるけれど、この機会に自分なりの世界を
表現することができる。
そういったステージをもてることが、幸せだと思う。
もちろん何もしない方が楽ではあるけれど、
やろう!と思う気持が湧くうちに、行動する。

長崎での時間に思いを馳せる。
この町に、この町の歴史に、自分はなぜ惹かれるのか。
共感し続けているのか。
ささやかではあるが、この町を訪ねるようになって
知りえた、学んだ多くのことを、今改めて思い出す。
小さな出会いが少しづつご縁になって、出会ってきた
人たちの優しさを実感している。
そんな皆さんに感謝を届けたい。
そして、愛と平和な世界を思う気持を、自分なりに
表現したい。

せいぜい2時間の小さな世界。
演劇でも、コンサートでも、映画でも・・・。
しばし、現実の世界とは違う、夢の世界を表現できる
のだ。
おいでいただける方ひとり一人にその気持が伝わる
ように・・・。

と、まだまだ思案中。

長崎の朝の空を思い出しながら・・・。

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