胸いっぱいの店内放送、たくさんの感謝。

もう行かないと思っていたが、もうなくなると思うと、足を向けて
しまった営業最終日の昼下がり。
地元のテレビでも朝からそのことを報じ、地方紙では見開き二面の全面広告、
さらに号外も配られ、それを見聞きした人は、そりゃ足を運ぶだろう。
想像どおりに最終日 こちらの百貨店はかつてないほどの大賑わい。
何か記念に買うものはないか・・と思い出の品を求める人も見かけたし、
食料品売り場は普段通りに食材を買い求める人も・・・。
おしゃれをしてこられている高齢者の姿を多く見かけた。最後の試着を
されている方も・・・。「最終日となってしまいました・・・」来店された
常連客に声をかける販売スタッフの言葉にも感情が籠っている。

71年も営業をしてきたわけであるから、70代、80代以上の方にとって
は、本当に多くの思い出が詰まっていることだろう。
店内には商品が少なくなり、まさに残り物の中で、宝探しをされる
人たち。そして71年の歴史をまとめた展示スペースも混みあい、撮影
したり、ありがとうのメッセージをシールに書き、壁に貼る方の姿・・・。

そんな人混みのなかで、思わず足を止めたのは、店内放送。
この店内放送やエレベータガールこそが、昭和のデパートの象徴では?
今こそエレベーターガールの姿はほとんど見かけないけれど、店内放送は
健在だ。
昨日は、最終日ということもあり、なんと社員たちがお客様に感謝の
言葉を伝えている。
「私たちは、これまでお客様に喜んでいただけるように・・・・して
きました。今日が最終日となってしまいましたが、本当に感謝の気持ちで
いっぱいです・・・」といった言葉が聴こえてきて、なぜか胸がいっぱい
になった。お客さんも寂しいけれど、スタッフはもっと寂しいだろう。
この見えない店内放送を通じて、最後の感謝を伝えるというコミュニケーション
は、いかにも百貨店らしい結びであり、私にとっては感動の一幕で、
思わず涙。そのアナウンスをバックに、これまで利用していたレジの
スタッフの方に会計後「これまでありがとうございました」と告げると、
その方も深々と頭を下げられた。

こんなコミュニケーションが各フロアでたくさん繰り広げられたであろう
最終日。
最後に、よく利用していたお漬物屋さんに寄る。
最終日でいかに商品を売り切るかと、普段以上に工夫しながら、販売されて
いたが、さすがに空きスペースも・・・。閉店時間にはもう商品がなくなって
いたかもしれない・・。
(下は、最終日午後、撮影の許可をいただいた写真)
閉店が決まってから会話をするようになった責任者の方ともご挨拶。
「本当にお世話になりました。またお会いしましょう。」
そう、きっとまた会える。
こんな感謝の言葉を交わせるのが、対面販売の良さだ。

開店する時は、期待と夢を乗せて、未来に向かい、
閉店するときは、思い出と感謝で歴史をふりかえる。

店舗は空間のなかで、商品と人が出会い、交わるコミュニケーションの
場。モノを買うだけでなく、そのプロセスを楽しんだり、ハレの気分を
味わったり、さまざまな体験もできる。そして、素敵な思い出にもなる。

百貨店は、フランスで19世紀半ばにパリで初めて誕生した業態。
それから成長発展しながら、時代とともにその姿を変えつつあるが、
地元に根差した店たちが姿を消していくことは、本当に寂しいが、
何事にも終わりはある。

昭和という時代が残してくれた夢の箱に、ありがとうを。

さあ、今日から3月。新たな気持で春に向かうとしよう。

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終わりなき はじまりはなし。

2月も最終日。
今日で、前に書いた近所の百貨店が71年間の営業に幕を閉じる。
と、たとえば、こんなことにしんみりしてしまうが、
それ以外にも、いろんな終わりを迎える季節になった。

プロジェクトが終わる。
ひとつの活動が終わる。
任期を終える。
私の周りでも、いろんな「終わり」の報せが入り、
自分に関することでも、いくつかの節目を迎える課題がある。

「終わり」とは、もっと続いてほしいという、終わりや別れを
惜しむ気持ちと、
あえてここで一度線を引いて、改めて動き出そうという
前向きな気持とが入り混じる人生の交差点とも言える。

もし、終わりを惜しむ、悲しい気持が勝るときには、
一度、終わることは、新たに始まることだと、自分に
言い聞かせる。
別れとは、終わりとは自分から告げることもあれば、
告げられる場合もあるが、いずれにしても、
未来への出発点だととらえたい。

同じことを続けるのではなく、環境を変えること、
違う方向を見ることによって必ず道は開ける。

人生はいつか終わる。と思えば、
個々の取り組みも、はじまりがあれば終わりがあることが
当たり前であると思えてくる。
さまざまな出会いと別れ、始まりと終わりの繰り返しで
人生はより豊かになる。

終わりがあるから、次のはじまりがある。
どんな終わりも、未来につながる道であると思いたい。

でも、寂しかったり、惜しむ気持はもちろんある。
感謝の拍手を送りながら、次に向かうのが春。

今年も、そんな春がきた。
春は希望に満ちながら、憂いもつきまとう。
でも、また始まる。

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フィナーレとロゴ

いつもある、いつでもある、そこにある。
と、生まれてから、自分の成長を見守るかのごとく、存在していたものが
なくなる。ついに、ここもか・・・。
何か月も閉店セールの車内吊りを見てきたが、これもまもなく終了か・・・。

小学生の頃、岐阜から名古屋まで毎日レッスンに通ったため、このデパート
の前は通っていた。
子どもであったため、ひとりで入ることはなかった。
半世紀が経ち、東京から名古屋へ移って9年、身近な食品売り場のひとつ
として愛用してきた。
ふるさと岐阜の店はとっくに閉店していたため、名古屋本店はひとしお
愛着もあった。
岐阜の高島屋は一昨年閉店してしまい、なくなったことを今も寂しいと
思いつつ、ようやく慣れてきた今、今度は名駅のこのお店が明日閉店となる。
再開発という未来に向けてのクローズとのことではあるが、ちょっと
複雑。
この数年、デパート店舗の閉店はいくつか見てきており、なんとも
いえない寂しさを感じ、時代の移ろいも実感して、こうやって
町は変わっていくのだな・・・としみじみ・・・。

昨日、帰り道に寄ってみると黒山の人だかり。
最後の買い物をしようと、見納め、買い収め・・・いろんな目的が
あるが、こんなにこの店に人が来ているのを見たことがない。
何か買わなくちゃと思って見ている人をしばらく観察していた。
有名ブランドの化粧品は、ほとんど品切れ。全部売れるのか。
思い出に買う人もいるのか・・・。ここで買ったという思い出。
デパートとはそういう存在感がある。
「あの時、あそこで買った(買ってもらった)」という思い出は
店がなくなっても消えない。

ふとロゴを見る。
きれいなロゴだな。これも時代の変遷とともに変化してきている
ようであるが、これが最後のロゴになるのだろう。
紙袋も、印につけられるテープにもこのロゴ。
実は、こんなにここのロゴを見続けたことはなかった。
これを考えたデザイナーさんは、今どんな気持ちだろうか?

店を出てから、何度も何度も振り返り、写真を撮る。
月が出ている。これもなかなか・・・。

今日、明日はさらに混雑するのだろう。
最後のシャッターが閉まるあの瞬間だけは想像するだけで
涙が出るので、行かない。

地域に愛されるお店。
時代とともに生き、そして終わる。

お客さんも、働く人も、感謝とそして名残惜しい
クライマックスになるだろう。

このロゴも間もなく見られなくなるのかと思うと
・・・。
しっかり自分の歴史とともに 胸に刻みたい。

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はんなり いきましょか。

気合を入れてがんばるとき。
そして、そのあとは、ちょっとリラックス。

1日の暮らしのなかでも、緩急は大切だ。
体内、そして心身の血流をよくするためにも、
効果的な健康法、「緩急」の意識。

言い換えればメリハリのある暮らし。
メリハリとは、邦楽用語メリカリからきているとは
これまで知らなかったけれども、
強弱、高低をしっかりさせるという意味だそうで、
こちらも日々の暮らしには意識したいこと。

毎日、その日のミッションをこなすため、
気合や集中力をもって、ぐっと自分の中の坂道をかけあがる。
そしてピークまでいったら、力を抜いて坂道をくだる。

こんな毎日をずっと過ごしながら、日々の新たな出会いや
経験を楽しむ。

何と幸せな人生かと改めて思う。

そこに、少し気品や美しさも足して、心豊かな時間を
過ごすのもよい。
そんなとき、京ことばの「はんなり」という言葉が
浮かんでくる。

緩急があり、そして、ちょっとはんなり気分で・・・。
そんなゆとりのひとときを意識したい。

そして、また気合を入れ、新たな朝を走り出すとしよう。




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黒いひまわりと雪上の国旗。

昨日でロシアのウクライナへの侵攻は、まる4年を数えることに
なってしまった。
何という長い歳月を・・・。
まだその戦いは終戦への道は見えなく、両国にとって、
悲しい日々が続いている。

昨夜の放送で、戦地で亡くなった兵士たちを埋葬する仕事を
されている人へのインタビューを見た。
毎日、その仕事は続き、そのために確保された土地は毎日、
埋まっていき、これからもその埋葬数は増えていくだろうと
のこと。
その場所に立てられた数多くの国旗に雪が積もり、どんな
寒いところで・・と思ってしまう。
数多くの戦士、そして一般の人たちがこの期間に命を失くした。
なんということ・・・。

生きている人たちも、停電の厳冬のなか、いつ空爆があるか
知れない危機感のなかで、恐怖とともに生き続けているとの
ことを知ると、それが4年も続くとは、想像するだけでも
耐えられないことだ。

4年前につくった「黒いひまわり」は、ウクライナのブチャ
という町での虐殺のニュースを知り、浮かんだ曲。
ある日突然に、愛する人の命を、人生を、暮らしてきた
町を破壊する黒い影への怒りと悲しみを込めている。
ウクライナの惨状に触れると、その曲が心の中で鳴り始める。

人間とは何か。
戦争とは何か。

改めて、理想の人間社会とは・・・ということを、
考え、自分ができることをしなければと思うけれども、
あまりにできることは小さい。
それでも、しなければ。

人間の尊厳。
どの人においても、不本意な人生になってはいけないと
思う。

いのちを大切に。
まずは、ここから。

改めて、世界の平和を心より願いたい。

祖国の土に眠るウクライナ兵に哀悼の意を込めて

そして、

闇を越えて、
きれいなひまわりが広がる世界に願いを込めて



以下は、札幌の芸森スタジオでライブ収録した「黒いひまわり」

https://www.youtube.com/watch?v=C4eKvML2OdY



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「いいなあ。」のひとときを。

「いいね」は共感の確認という印象がある。
そうだよね。いいよね。と人目を感じる言葉だと
そして、少し軽い意味合いでの共感のコミュニケーション
だと、自分はとらえている。

一方、「いいなあ」は、自分の世界の話。
何か1日に一度でも、二度でも、
「これ、いいなあ」
と感動することをみつけたい。

道端に咲く小さな花をみつけたり、空の色が雲の形に見入ったり、
気持安らぐいい音楽を聴いたり、素敵な言葉を聞いたり、
思いがけず出会いをいただいたり・・・毎日、
いろんなお宝に出会うきっかけがあるはず。

それを意識してみつけ、それを感じ、
「いいなあ」と自分の心に取り入れたい。

いいなあ。そう思う瞬間、心の中に小さな
光が見えたり、花が咲いたり・・・そんな世界が
でき、明るく華やぐ気持にもなれる。そして、
ゆとりも生まれてくる。

しみじみと、「いいなあ」と感じる時間を
自分からみつけに行きたい。

歩きながらでもいい。何か考えている途中でもいい。
「あ、これ、いいなあ」
感性が歓ぶ瞬間でもある。

そんなゆとりを心にもてるように、今日もGO!

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戦い、闘い そして・・・

ミラノ・コルティナオリンピックが閉会した。
ながら見ではあったが、イタリアらしい美しいフィナーレだったと
感じた。
全力でこの2週間を駆け抜けた全てのアスリートたちに、心から
拍手。
結果が出せて良かった人、そうでなかった人。
いろんな結果があるが、これで終わり、ここから次へ。
とそれぞれが、この節目からさらにそれぞれの人生を歩まれる
ことだろう。
世界の仲間と出会い、試合・競技を通じて出会い、ともに戦い、
称賛でき、新たな世界観も生まれたことだろう。
平和にスポーツができることの幸せも実感されたことだろう。
がんばれば そこに行ける。
そんな夢をさらに膨らませる若者もいるだろう。

オリンピック。
ひとつの世界交流の形。
スポーツを通じて、世界がひとつになる。
戦争をしない世界にする。
選手たちは、今回の経験を通じ、自己記録の更新だけでなく
世界のことにも目を向けて、これから様々な発信を
してもらえたら・・と切に願う。

戦い。という言葉は大変嫌いだ。
マーケティング用語で使う、戦略・戦術という言葉も
その文字から常に違和感を感じていた。
もともとは戦争用語であると学んだことがある。
だから、自分からは使わないようにしてきた。

誰と戦うのだ?どうも、戦うことは、勝つか負けるかを
目指すことになる。
それはどうも・・・。
もし、生きることはたたかい・・だとすれば、
相手があっての戦いではなく、自分との闘い。
自分の人生のフィナーレに向かって、努力を続けること。
これを闘いというならば、納得する。

話が少し広がったが、
オリンピックも究極は自己との闘い。
一堂に会して、お互い競い合うけれども、実際には自分との
闘いだ。苦しくても、つらくても、ゴールに向かって
やりきらねばならない。やった人が良い結果を残せる。

改めて、オリンピックとはメダルの数争いではないと思う。
一生懸命がんばる選手たちから受け取る感動。
結果、メダル獲得になるけれども、
悲喜こもごもさまざまな場面に、心が動く。
失敗したときに、自分の人生を重ね、涙することもある。

いろんな闘いを見せてもらったオリンピック。
そういう点から、貴重な祭典である。

地球温暖化により、いずれ、冬季オリンピックは
実施できなくなるかもしれないと聞く。
それはとても、悲しい。

そして、オリンピックがあろうが、
戦争が続いていることも、とても悲しく嘆かわしい。

自分との闘いは人に迷惑をかけないけれど、
戦いは・・・。NOである。

いろんな思いをさらに強くしながら、
すべてのアスリートへ、心から拍手を送りたい。

つかの間の夢を見せてもらい、
人間の無限の可能性を示してもらい、
大いに刺激と気づきをいただいた。

今回のオリンピックでは、タグラインとして
掲げられている
「もっと速く、もっと高く、もっと強く。」
というフレーズが印象に残った。(表記自体は英語)
「もっと」は、「より」と置き換えても良いだろう。

それをうけ、

「よりしなやかに、より豊かに、より強く。」
と自分なりになぞってみた。

人生には、いろんな挑戦がある。
私はこれでいく。

いずれも強く生きるために
自分と闘うのだと思う。
一生懸命やれば、悔いのない人生になる。
それが一番の幸せだ。

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上司に歌のブーケを贈る日。

2月22日。2が3つ揃った、ぞろ目の日。
「にゃんにゃんにゃんの日なんですよね~」と、奥様があとで
少し笑いながら、そして寂しさも込めながらおっしゃっていたこと
を思い出す。
今日は、わが上司の旅立ちの日。

4年になるか。もう・・という気持と、まだ?という感触と、
両者が入り混じる。これは両親に対しても同じ、不思議な感覚だ。

新入社員の20代前半から、40年近く本当にお世話になった。
社会人として、クリエイターとして、自立するワーキングウーマン
を目指せと、いつもいつも応援してくださり、
背中を押し続けてくださった。

今でこそ、自分がリーダーとは?とお伝えする場面があるが、
私にとってのこの上司は、最高のリーダーだったなあと、改めて
思い出す。
ずっと見守り、ずっと応援してくださり、成長を喜んでくださり・・・。

気が付けば、組織を離れてからもずっと最強の応援団だった。

コロナ前。お元気な頃によく、待ち合わせした京都のとある
ホテル。ふと、似たような背中をみつけ、楽しかった会話を
思い出す。

今日はこの永遠の上司に、
先日コンサートでいただいたお花とともに、歌のブーケを贈りたい。

https://www.mahsa.jp/creation/

https://www.mahsa.jp/lagrr/wp-content/uploads/2025/11/5b0aab5c95afdc8e7e7305b1f11c6004.pdf

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みんなのハッピーエンドを。

日々、生きていると本当にいろんなことが起きる。
起きない日はない。
そのことをどうとらえるか。

人によって、受けとめ方も違うけれど、
私は、毎日起きることを、いろんなドラマだと
受けとめる。
それぞれ、いろんな場面でいろんな人が登場して、
いろんなことを言い、ときに笑い、ときにぶつかりあう。

それを見ながら、
実際に解決するにはどうするか?
それぞれの登場人物の立場に立ち、
どうしたらうまくいくか?
考えて、自分ができることを行う。

いつの間にか、自分は見ている人ではなく、
ドラマの中の登場人物に
なっている。

みんながハッピーエンドになるには?

と考える。
自分のハッピーから考えると、
最終的にはハッピーエンドにならない。
みんなの幸せがあって、自分も幸せになれる。

みんなが笑顔になる。
そのことだけを思って、毎日のドラマを楽しみつつ、
現実に真剣に向き合う。

最後に
感謝され、喜んでもらえる。

そんな日々を毎日重ねる。
みんなのハッピーエンド。
今、書きながら、
昨日交流した、いろんな人の笑顔が浮かんでいる。





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いつまでも夫婦でボン ボヤージュ

先週、長崎までおいでいただいた方から、メールをいただく。
私のコンサートには毎回出向いていただき、
これにあわせて、長崎を旅されるようになり、
すっかり楽しませてもらっています。と、
夫婦でのツーショットも送ってくださる。
大雪での長崎コンサートに始まり、その後、
運営する施設の皆さんの旅行、そして前回、今回。
どの長崎時間もご一緒させていただいた。
このご夫妻は、長崎だけでなく、地元新潟、東京、
岐阜・・。各地の公演に出向いてくださっている。
「私たち、どこでも出かけていきますよ!」
車いすを持参しての各地への旅。
移動もままならないのに、よく出かけてくださると
心から感謝する。

今回は、長崎でのランタン祭り、グラバー邸を堪能され、
コンサートの翌日は博多へ・・・。
「小学校の頃、教科書で見た金印を初めて見て感動しました」
福岡の美術館に寄られた様子。

コンサートついでに観光を楽しむ。
新たな世界に触れる、出会いを楽しむ。

そのきっかけのひとつになっていることが
とてもうれしい。

ご夫妻たちがいつまでも元気でいてくださるように、
自分のコンサートなどが、元気に生きる糧、
楽しみのひとつであり続けられるように、
皆さんの笑顔がまた見られるように
頑張り続けなければと思う。

応援団がいるから、がんばれる。
応援団の力は、無限大だ。

どうか、いついつまでも、お元気に
旅を続けてほしい。
次回は、どこで会いましょうか。

と、次の企画を練り始める。

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