周囲でも、AIは便利だという声が高まっている。
確かに、まず聞いてみよう!という人もいる。
自分で調べて考えるよりも、すぐ答えをくれる、
適切な質問をすれば、納得する、使える答えを
与えてくれる。
仕事だけでなく、生活のなかでも、良き相談相手
と言う人もいる。
コンサルをしている知人も、
「助かってるわ」と笑顔で話していたが、
改めてどこまで使うのかは、難しいのではと
思う一面も。
ある企画を出さなければならないとき、
時間もなかったのと、どんなものかを知りたく、
AIの助けを得た。短時間でそれなりにできたけれど、
サポートを得たことになんとなく罪悪感があった。
全部自分で調べたわけではない、何か表面的な
感じ・・・と。
AIは、日々学習をしているから、どんどん情報を
蓄積しており、実力をつけている。これは脅威でも
ある。
考えない人間をどんどん追い越していく。
調べものの領域では、うまく使わせていただく。
でも、創作、創造の世界では、やっぱり人間として
自分らしくと思っている。
小説も、楽曲もデザインもそれなりにできる
AIの力であるけれど、
感動を創ることはできるだろうか?
感動は人の心が動く、非言語の世界でもあり、
情感の世界。ここはAIに再現できるのか?
AIに心はないから、それはないと思っている。
人の心を動かす仕事は、やはり人でなければ。
メディア論で著名な、マクルーハンの言葉を
思い出す。
「私たちは道具を形づくり、次に、
道具が私たちを形づくる」
この「道具」をAIに置き換えることもできそうだ。
ますます、考えさせられる。
自分らしく生きたい。
そのために何を選び、何とともに、いかに生きるか?
今日は昭和の日だ。
あの日々を思い出しながら、この命題について
考えてみたい。未来に向かうには過去から学ぶことも
多いはず。