チューリップが歓迎する春の町

新潟駅から万代橋に向かって歩きはじめると、すぐ目に入って
きた、赤や黄色のチューリップたち。
「ああ、今年もそんな季節になったんだ」
地元では、桜の花も満開を過ぎ、春のクライマックスを
終えたかなと少し寂しい気持があったが、新潟まで来ると、
春はまだまだ、これから!
新潟市のメイン道路である、東大通から万代橋にかけて
チューリップのプランターがずらり並ぶ。
報道によると24000本?というものすごい数である。

新潟県がチューリップ切り花の生産日本一ということは
前から知っていたが、このチューリップストリートを見ながら、
新潟は食だけでなく、花の町であることを思い出した。
そうそう、十数年前、東京で開催したバレンタインライブのとき、
(雪の日であった・・・)新潟で先始めたばかりの
チューリップを届けていただいたことがあった。
と、急に新潟での花の思い出もよみがえる。

このチューリップたちは、市内の幼稚園、小学校を
はじめ、市民みんなで育てて、一斉にここに飾られる。
幸運なことに、そのイベント「萬代橋チューリップフェスティバル」
の開催初日であった。なんという偶然!

いつも見る萬代橋からの風景も、チューリップが足元にあって
少し華やいで心地よい。
みんなで育てたから、余計に美しく見える。
みんなの花だから、優しさが伝わる。
やっぱり、新潟はやさしい町だ。

歩きながら、チューリップを見て撮影するビジネスマンの姿も
印象的であった。なんか、とってもいい感じだ。移動中、
ひとときの幸せを感じておられるのだろう。共感する。

と、自分も見とれていて、アポイントの時間が!やばい!
「あんまり、チューリップがきれいなので、2~3分遅れます~」
「ごゆっくりどうぞ~」
そんなメッセージを受け取り、やっぱり、この町にはいい時間が
流れているとうれしくなった。

まさに、チューリップのおもてなしで、心のふるさと新潟の
春をしばし、満喫できた。

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会いたい人がいる町。

友達とは?生まれながらに存在するものではない。
つくるもの、育てる関係であると思う。

幼なじみという存在も、違う道を進むようになると
その関係も薄らいでいく。
友達とは、出会いの出発点はいろいろあれど、
時間をかけて関係を途切れないように、紡いでいく
関係であると思う。

今や、学生時代までの友達は残念ながら少ない。
これは自分の生き方を反映しているので、
やむを得ない。
と言いつつも、あの時のあの子は、今はどうしている
だろうと思い出すことは少なくないが。

自分が歩んできた道のなかで、友人の多くは
仕事での出会いから始まった。
一緒に仕事をした人、その過程で知り合った人、
お世話になった人、出会った瞬間で意気投合した人・・・。
おかげさまで、いろんな方とのご縁を多くいただいてきた。
わが人生の一番の宝は、この友の存在だ。

京都に、東京に、新潟に、台湾に、長崎に、そしてその周辺
それ以外・・・。
あの街に行けば、あの人に会える。あの人に会うために、そこに行く。
人に会えるとは、なんという幸せなことだと思う。

もちろん孤独な時間もとても好きだけれど、
人に会うことで、自分の来た道をたどり、ふりかえり、
ともに過ごす時間はかけがえのない人生の瞬間。
今は会えるけど、次はどうかわからない。
いつでも会える・・は幻想。

そんなこんなで、今日はとんぼ返りの新潟行き。7時間ほどの滞在。
ある会社の仲間たちに会うことから、いろんな面談を追加したら、
時間が足りなくなった。もっと会いたい人がいるが、次のお楽しみに。

覚えていていただけるうちに、お互いが元気なうちに、
会いたいと言っていただけるうちに、出かけていく。

仕事の相談、人生の相談なんでもいい。
最後に残るのは、人という宝である。
その存在を大切にしたいと今改めて思う。

「新潟の魅力は、何ですか?」
と、以前シティプロモーション議論の席での問いかけに、
「新潟は食もおいしいけれど、人があたたかく優しい。
それが一番の魅力と思います」
と発言したことを思い出す。今もその印象は変わらない。

新潟に友がいる。関係を絶やさないように、大切に。

今日も大きな空に会えることも、もちろん楽しみである。

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楽器も体もメンテで長持ち!e気持ち!

1年ぶりに、グランドピアノの調律をしていただいた。

調律師さんもありがたいことに、地元の方。
放置してあった20~30年前と比べて、近年はよく使うようになって
いるため、前回の調律から半年もしないうちから、音の変化が
気になっていたけれど、忙しさにかまけて、
やっとお願いすることができた。
地元のお祭りの日に、ピアノ調律とはなんとも縁起も気分も良い。

親とのピアノ関係が良好ではなかった頃、きちんとメンテできて
いなかったけれど、ここ10年ほどは良好だ。
この間、ピアノには本当に申し訳なかったと反省しているが、
今となっては、両親が遺してくれた、一番のお宝である。

2時間ほど、じっくりと弦の状態を見ていただき、調整をいただく。
よく考えたら、人間の身体や、愛車と同じだ。
長く使いたかったら、こまめに点検をして、調整をすることが
重要だ。依頼をいただくコンサートでは調律したての状態も多いけれど、
やはり調律をすると、音が格段と良くなる。

丁寧に見ていただいたあと、調律後のピアノを弾いてみる。
一音、鍵盤を叩いただけで、すぐにわかる。
音が新品になっている感じ。

この何か月か、ちょっと気になっていた音のひび割れた感じも
解消し、何と滑らかでつややかな音に!
まるで新品・・というと、大げさではあるけれど、
それに近いと思うほどに、きれいによみがえった。

写真の楽譜は小6か中1か、出かけた柳ケ瀬の当時の丸物百貨店
(その後近鉄百貨店 今はもうない)の楽譜売り場で、
父にせがんで買ってもらったベートーベンのソナタ集1。
高校受験の課題曲もここから選んだという大切な相方。

通学時に、自転車のかごに入れて登校していたので
ボロボロだ。もっと大切に扱うべきだった・・・。
とにかく、この楽譜とピアノはセットだった時代が懐かしい。

改めて、自分が生きている限り このピアノたちと共に在ること。
これが生きる前提。
そのために、自分の身体も、ピアノもメンテ・ケアしながら
人生の旅を続けたいと改めて思う。

不思議なもので、調律したあとは、演奏が上手に聴こえた。
気のせいだけれど、音の良さに指が喜んで鍵盤の上を
踊っているようだ。

ピアノも時代とともに変化していると聞く。
環境重視のモノづくりになり、品質面では半世紀前とは
異なってきているのだそうだ。
たとえば、価値があるとされていた、象牙の鍵盤はもう生産
されていないし、鍵盤を接客する材料も環境に良い分、
粘着力も弱くなっており、剥がれることがあり、そのたびに修理が
必要になり、メーカーの苦労もうかがえる。

古いピアノだからこその、味わい深い音色がある。
将来に向け、この音色を聴いていただく機会も考えていかねば。

両親の苦労に改めて感謝。
まつりの日が、これでさらに格別になった。

毎年の恒例行事にしようかと考えている。

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おもしろうて、やがてかなしき祭りかな。

4月11日。毎年4月第二土曜日に開催される、地元の火祭り。
300年以上の歴史があり、岐阜県重要無形民俗文化財に登録
されている、わがふるさとじまんのひとつ。
クライマックスは夜であるが、昼間はその準備で会場となる
手力雄神社の境内は緊張感で包まれ、今年もやってきた!
という気持になるため、好んで足を運び、神社に参拝。
お賽銭も普段より少し奮発?

地元の各町内の人々が町ごとに花火を仕込んだ神輿を担ぎ、
それはそれは壮大なスケールの火祭りを繰り広げる。
今も昔も、地元の人が大好きな祭り。
そして、まさに非日常の地元での暮らしが、年に一度、
ハレの日になる。そんな記念日でもある。

父はこの地で生まれ、育ったからこの祭りの洗礼を受けて
人生を送ったといえる。

病に伏して、結果的に最期の住まいとなった部屋は、
この祭りの様子が少しでも見える窓がある部屋を選び、
住んでもらった。もし、祭りの季節に生きていたら、
そこから祭りの音と様子を楽しんでほしいと・・・。
でも、春まで待たずに旅立ったので、それは叶わなかった。

昨日、父が最期を迎えた部屋から、この祭りがどう見えたかを
辿ってみた。下の写真が、父の部屋の前方にあった橋から
撮った夕方の神社。これから祭りの本番だ。
夕映えが美しく、空が広く、神社のやぐらも見える。
そして、この写真を撮った橋の欄干には神輿を担ぐ町衆の姿が
デザインされている。

夕暮れ。各町内の神輿が神社に宮入りする。その宮入は、聖なる行進であるが、
爆竹の音がとどろき、ここは日本か?と思うほどにアジア的。
鳴り響く爆竹に加え、カンカンとなり続ける銅鑼の音。
わっしょいわっしょい、と担がれ進む、花火が仕掛けられた神輿。
何度見ても、奇祭である。私にとって、爆竹の音はまさに禊である。
爆音の滝が一気に流れてきたかのような爆竹の音は言葉を失うほどに強烈であり、
全身に注入される。ああ、この音を毎年、子どもの頃から聞いてきた。
そして、父もそう。母も嫁いで半世紀以上、この祭りとともにこの町で暮らしてきた。
と、思うだけで、なんともいえない気持になった。

おもしろうて、おもしろうて、やがて かなしき祭りかな。

と、たまらない気持になり、最後まで見ることができず、途中で帰路についた。

帰り道、神輿を担いでいた青年がよろよろと(お酒を飲まされてか、ずいぶん酔っぱらっているのだろう)「やっぱ、火祭り、最高やな」と話しているのが聞こえた。

担ぎ手が年々減り、また花火を行うための資金繰りも大変だと
聞く。
どうか、未来にもこの素晴らしき伝統が受け継がれるように。

関係者の皆様のご尽力に敬意を表し、心より感謝を込めて。

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仕事と長寿

自営業で、長年現役で仕事を続けておられる方。
たとえば、地元のお米屋さんの女将さんは80代後半
にもなるが、今も看板娘であり、ときには配達もされ、
日曜以外はお店で仕事されている。
創業100余年の店を守るということへの責任を
果たしておられる。
同級生のお母様であり、また母の親友であったから、
この方がお元気でいてくださることが本当にうれしく、
親の分までずっとずっと長生きしていただきたいと
思っている。
今日も、地元のお祭りがあるため、赤飯の予約の対応
で忙しい。
そう、地方の祭りではお米屋さんやお菓子屋さんは
赤飯や御餅の注文対応に追われる。

「元気でいるために、仕事続けてね。」
「もう、あかんわ。」と笑いながら言い、
「いらっしゃいませ」と温かくお客さんを迎え入れ、
どの方にも気持よく利用してもらえるように、心尽して
接客されている。

一方 最近発見した、大阪のミナミにある居酒屋さん。
何でも平日は昼前から、週末は朝からノンストップで
夜まで営業。おひとり様も歓迎される店。
店に入ると「いらっしゃい!」と威勢の良い声の
お迎え。男性の声に交じって、ハリのある女性の声も。
よく見たら、カウンターでおでん鍋を担当されてる
白髪の女性。仕切っておられるようなので、女将さん
だろう。
おそらく70代後半か80歳近いか?
それにしても、声が大きく、はきはき、てきばき
されていてお客がその方のペースに乗るという感じ。
でも、どこまでも気持よい接客で、
初めて来たであろうお客には
「また、寄ってくださいね」と笑顔で見送る。
ずっとおでん鍋の前に立つ、看板娘。

毎日仕事をするということは、
お客さんと接するということは
コミュニケーションがある生活をするということ。
しかも商売なので、細かいところまで気を遣う緊張感も
必要。
そのメリハリが、元気の秘訣かも。

生きるなら生涯現役でいたい。
できるなら、人と関わり続ける仕事、生き方をしたい。
一方で静かに本を読んだり、演奏をする生き方もしたい。
と欲張りな将来を描きつつ、

とにかく働くことは、生きること。
生涯現役でいられるように、心して!

今日は、地元のお祭りだから おばちゃんの
はりきる姿を応援、赤飯を受け取りに行く。

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ひとり一人が、365歩のマーチ!

新年度になり1週間も過ぎ、そして今週も週末に近づいている。
月曜から金曜の時間の進み方が、以前より速い気がする。
日々、自分はちゃんとできているだろうか?と気になる。

毎日、当たり前のように、予め決めた予定に沿って、動く。
計画通りに進むには、いろんな努力が必要だ。

企業でもそうだ。一人でなくチームで仕事を行うのだから、
どこかに不具合があると、計画どおりにいかなくなることも
多い。ひとり一人が責任感をもち、自分の役割を全うする
ことが大切だ。誰かの不調が、誰かの無意識が、全体に大きな
影響を与えることも多い、
だからひとり一人、だから日々、毎時毎秒の積み重ね。
これが全て。

改めて企業というのは、生き物であると思う。
人が企業をつくる。人がいないと何もない。
DXがどんなに進んでも、企業は最後、人である。
日々の積み重ねで、仕事がすすむ。

ふと、子どもの頃にヒットした、
「365歩のマーチ」が頭に浮かぶ。
ちょっと昭和的な作品であるが、
時に勇気づけられ、背中を押される。

まさに生きるとは、日々の前進。
毎日生きていれば、いいこともそうでないこともあり、
3歩進んで、2歩下がることもあるが、
前進することを意識して行動すれば、必ず前に進むはず。

1週間をふりかえるとき、
何歩進んだか?を確認するようにしたい。
後退ではなく、進むこと。

人生の時計は逆戻りしてくれないのだから。
さあ、今日も前に進んでいこう!


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生成と創造。

ある知人から、「たまたまAIのことを調べていたら、音楽でも
活用できるとわかって、曲もできて驚いています」
と、たまたま自分が所属している会のテーマ曲ができたとか
で共有いただいた。
デザインでも音楽でも、AIを活用したら、誰にでもイラストも
曲もカタチにすることができる。
とくに作曲をこれまでしたことがない方にしてみたら、
AIがあれば、十分自分でもできる!と驚きと発見、その世界
にハマるのかもしれない。
こちらの作品は情報によって組み合わせ、生成される。

一方、私は今、ある企業の周年イベントに向け、オリジナル
曲を生み出そうとしているが、もちろんAIを使っても、それなり
のものはできるだろうが、それはしないと決めている自分が
いる。
その会社への思い、事業を続けることの苦労、ネットでは
書かれていない見えない歴史や人々の思いを込めてつくりたい
と思っているから。そこで働く人、経営者夫妻の顔も浮かび
その残像や自分の中に入っている情報から、お祝いの曲を
生み出したいと思っているから。食べるものをつくる会社であれば
そこで作る商品を食しながら、味わいながら、その会社のイメージを
五感で感じ直し、働く人達を思い浮かべ、音に言葉に出したら
言葉を乗せたらどうなるか?を楽しみながら、生みだす。
歩きながら思索し、あ!といいメロディが浮かぶ至極の瞬間が
何とも言えない。
創造はプロセスとその生まれる瞬間がポイント。

そして、瞬間に自動でできあがってくるメロディーではなく、
自らの中にわいてくる音、生みの苦しみのあとに出る
音の方が、聴く人の心に響くと信じている。
そこにはストーリーがあるから。

創造には、作り手の思いや愛があると思う。
生成はすでにある情報の組み合わせであるから、思いや愛は?

誰にもできるよりも、誰もできないことをもっと極めたい。
伝えたいのは、やっぱり「思い」。
届けたいのは、生身の人がつくることの感動。



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学友からのメッセージ。

ビジネスとは無関係の場所に身を置くことで、
日常で出会えない人との出会いもある。
そこに行くから出会える人がいる。
背景や動機がそれぞれであっても、そこに来る
という点で共通の問題意識がある。
もっと学びたい、世界を広げたい、
新たな出会いを求めたい・・・と。

東京暮らしの最後に通った早稲田の講座。
スペイン語を学ぶ・・・このことは、私にとっては
結局、後に続かなかったけれど、そこでの収穫は
まったく異なる世界を生きてきた方との出会いが
あり、10年近く経った今もその関係は続いている。
まあ、何年も同じ教室で学び、卒業したという関係
ではないけれど、大人になってからの「学友」と
呼ばせていただきたい。

その方は広島生まれ。ご両親やご親戚は原爆を体験され、
それがその方の一生を決めることに。

放射線の研究をして専門家になり、その正しい活用を
世に伝える仕事に。自らの経験から生きる道を選んだ。
あのとき、なぜかスペイン語の教室で出会った。
私は、すぐ挫折したが、この方はずっと語学を学び
続けて、スペイン語の次はフランス語を!と意欲的。
頭が下がるほどに熱心な勉強家であり、生涯学習を極める
人。

全く畑が違うけれど、情熱的で勉強熱心なその紳士は、
よきアミーゴとして、教室を離れても長年交流を続け
させていただいている。

定年後も、放射線の研究者への指導を続けながら、語学を
大いに学び、国内外を旅しながら、世の中の動向を見据え、
ご自身ができることを積極的に取り組んでおられる。
人生を楽しんでおられるのが印象的。
こんな知り合い、他にいないな~、と
まったく違う世界を見せてくれるユニークな学友。

新たな学びの場に出向くと、そんな仲間にも出会える。

少しご無沙汰していたが、
久しぶりにメールを贈ったら、こんな返信がきて、
心から共感した。


近年、他人を過剰に殺めることが当たり前の風潮となった。
時流となれば当然政治家もその手法を多用する。
本当に嘆かわしい、というより恐ろしい。

一服の清涼剤があった。「チームみらい」が発したメッセージ。
私たちは、誰かをおとしめない。
他の政党も政治家も、日本の未来をつくる仲間。協力できる箇所を探し、
一緒に進みます。

私たちは、分断を煽らない。

感情ではなく、データと事実で語ります。
批判より提案を。分断より解決を。

私たちは、何事も決めつけない。

正解はひとつじゃない。
多様な声に耳を傾け、より良い答えがあれば、柔軟に改善します。

とのメッセージを引用され、この声が少しづつ世の中に広がっていくと
良いとあり、大いに共感。

そして、最近、これから講義される勉強会に予定されている
冒頭の一説を共有してくれた。

L’essentiel est invisible pour les yeux.  

大切なものは目に見えないんだ…(星の王子様の独白)

・・・・・・・・・・・・・・・・・
ほんとうにそうだ。

学びの場で出会える人とは、こんな刺激も交換できる。

さあ、これからも、大切なものを探し続ける旅を!

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情報源の分断が招くもの。

先週末、全米を取材し続けてきた毎日新聞の記者の
話を聞いて、もっとも印象に残ったこと。
社会の分断の根底にあるのは、情報源の分断ということ。

その人がどんなメディアに日ごろから接しているかによって
それが真であろうが、偽であろうが関係なく、その身近な
情報を信じるようになる。
どんな情報に接しているかで、いろんな判断が変わる。
同じ事象も全く違う世界に見えてしまうから、恐ろしい。

新聞の誕生。日本では江戸時代。瓦版のようなものが
ルーツと言われ、今でいう新聞は明治になり、海外の
新聞に倣っての誕生となったらしい。当然、印刷したもの。
それをわざわざ買いに行く、わざわざ見にいく。
と自分の意志で自らが情報を入手した時代。
人びとはもっと世間を知りたい、世界を知りたいと、
新聞による新たな情報は、さぞかし楽しかったことだろう。

伝え手はあくまでもプロであり、受け手は受け手。
そして、メディアとはあくまでも権力の監視をすることが
その大切な役割であった・・・。
世の中が間違った方向にいかないようにと、第三者の目で
客観的な情報を伝え、読者が考えるきっかけを与えた。

と、そんな時代はどこへ行ったのかと思うほどに、
メディアはその質も、量も変化し続けてしまった・・・。

今は、いつでも手に入る、目に飛び込んでくるものが
とりあえず良し。
どんどん飛び込んでくるものに、次第に親近感を抱くように
なる。

何を見ているか、により、その人の価値判断は変わる。
自分と違う世界を見ている人とは、相容れなくなる。

今やグローバルとは程遠い、大変狭い視野の中で、
生きる人が増えている。
これは、ネット社会、SNSの影響が大きいと言えるだろう。

自分が知る世界以外のものを受け入れない社会。
ここから、今の愚かしい事態も生まれていると思う。

いろんなものを見る。そして、より確かな目をもつ。
その情報はどこから来ているのか?それは確かであるか?
それをすぐ信じるのではなく、俯瞰しながら、
ときにクリティカルに、冷静に受け入れる姿勢が
相手を真に知ること、理解することにつながる。

分断という言葉が日常化すること自体に危機意識をもつ。

自分と他者の間に壁をつくることは 人類の幸福に
つながるだろうか。

いいかげん、〇〇ファーストをやめないと。
改めて、情報という存在の怖さとその責任の重さを思う。

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願えば、言葉に。

いつも、将来はどこへ住もう、住んだらいいか。
とそんな話をしている。
まだそんなことを言っている。
現在地を終の棲家とするとは、思っていないようで。
あそこに住んだら、便利だ。
いや、あそこなら、眺めが良くて、老後には向いているのでは。
いや、便利じゃないと無理だ。
いや、もっと近くに勉強できたり、見るものが多いところがいい。
いや、散歩をするには、やっぱり、あの街じゃないと。
でも、もう東京には住めないね・・。
と、思えば、ここ何年も、同じような会話をし続け、将来の夢を
つぶやき続けている。
ご馳走もいらないし、高級品を求めることも不要。
でも、いろんな道で散歩ができて、四季の変化を楽しみ、
美術館や商店街など見聞したり、
ふれあう対象があって、ちょっとしたカフェがあれば・・・。
むむ、かなり贅沢なことを言っている。

でも、願えば口に出す、意識に上げる。
すると、それに向かって必要な情報を得たり、出会いもあるかも。

ほんとうに、どこへ行きたい?どこで終わりたい?
とずっと、心の旅を続けながら、
でも、結局はピアノのことが、気にかかる・・・。

わが人生、どこへ行くのかは今しばらく迷い続けるとして、
日々生まれ来る願いは、これからも言葉にし続けよう。

ああなりたい、これがしたい、こんな世の中に・・・。
前向きなことをいっぱい口にして、
そのためにできることをやり続けよう。
そんなことを続けていたら、きっと行きたい場所に
たどり着いているかも。

人生は終わりが見えないゲームだから、
どうなりたいか、どうしたいか、
あきらめるのではなく、大いに楽しめばいい。

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