3年後の約束。

「2年前の今日、あのコンサートでした。あっという間です」
そんなメッセージが届き、ああ もうそんなに・・・。
糸魚川の山間の静かな町にある、郷の茶店「えほん」で行った
25周年記念のコンサートのことだ。
当時これからどうしたもんか。という表情でおられた店主に
「せっかくの機会だからコンサートでもやって、お客さんに
楽しんでもらってはどうですか?」と、背中を押し、
気が付けば、実現が叶い、おかげさまの大盛況。
手作り感あふれる、あたたかい心に残るひととき。
プレゼントしてオリジナル曲も、喜んでいただけた・・・。
はるばる来たぜ糸魚川~♪と歌いたくなる距離も近く感じた。

あれから、2年。
ここで、終わってはいけない。
店主と1年ぶりに会う。健康状態も含め気になるので
意識して会いに行く。
なぜか、途切れたくない、大切にしたいと思える赤い糸の
持ち主だ。
「さあ、30周年までもう少しですね。25年からあっという間に
今日ですから、この勢いで3年後、またやりましょう。」
気が付けば、3年後の約束をしていた。

3年後・・・。どうなっているかわからないけれど、
その笑顔を想像しながら、生きることも幸せなこと。
ぜひ、80歳を越えても元気に営業を続けていただきたい。
私自身も、パワー落とさず、3年後に向けて走り出そう。
待っていてくださる人がいて、
喜んでくださる方がいて・・・を心の糧に。

自分の人生は、やはり心の観覧車を回し続けることかと
改めて思う。

3年後の約束。と思えば、そこに向かってがんばるしかない。
年を重ねても、ずっと前向きに・・。

27年を迎えた、えほんの美味しい手作りお菓子。
地元の越の丸ナスを使ったマドレーヌ等ロングセラーで
多くのファンに愛されている。
商品のPRがご縁で知り合った日を懐かしく思い出す。

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新聞から世界を知る。


ちょっと大げさなタイトルになってしまったが、
改めて、「新聞」の存在を大切にしたいと思う今日。
地方紙では、すでに夕刊を発行できない新聞社も増え、
朝刊も20年前、10年前に比べたら厚みもなくなって
きており、でも値段はその当時より高め。
それでも、記者が汗をかいて取材して書いた記事だ
と思えば、高いとは感じないが、情報を無料で
入手することがごく普通になっている今日、新聞を
わざわざ購読するという人は減少の一途をたどっている。

また、日々ちゃんと情報を得たい人はネットでの
有料版を購読する。といっても、無料の情報で済ます
人も多い。
ましてや、紙の新聞を購読する人は高齢化とともに
現象しているかと思われる。
ちなみに、周囲でお元気な高齢者で、新聞大好き。
と言う方もおられ、その方は大変お元気だ。

東京から地元へ引っ越してくるまでは、毎朝、
玄関の郵便受けまで新聞を届けてもらえるサービスが
本当にうれしく、朝が来るのが楽しみだった。
一時期は、二紙購読していた頃もあった。
読み比べも楽しかった。
新聞の宅配は日本固有のサービス。そんな国は
どこにもないと海外の人に驚かれたことも。
本当に便利。今はセキュリティの関係でドア前
までは来てもらえない。それが購読を辞めた理由。

また、新聞は喫茶店で読めるからいい。という
人もいる。それは今もそうで、喫茶店に行って、
いろんな種類の新聞を読み比べるのが、楽しい
と言う人もいる。
昔、喫茶店やレストランでバイトしているとき、
毎朝新聞をホッチキスでとめるのも、朝の日課
であった。多くの人が読んでもばらけないように。
最初に考えた人は偉いと思っていた。

最近、新聞が好きな人に出会った。
休みの日に喫茶店に行って、家でとっていない
新聞を読むのが楽しみという方だ。
「新聞って、会社によっていろいろ違うから
面白いよね」そんな会話自体がノスタルジー。
「わたしは、いつも出張先の地元紙を購入して読む
のが好きで、よく京都新聞は駅やコンビニで買って
読むのが好きだ」というと、その人は興味をもたれ、
「へえ。京都新聞って、どんなの?」
と聞かれたので、先日、その人のために京都新聞を
一部購入して、プレゼントした。
すると、とても驚きながら、喜んでおられ、ゆっくり
楽しみながら読まれている様子。そんなに新聞を
味わって読んでいただけるなんて・・・。
「やっぱり、中日新聞とかとは違うねえ。」

地方紙でその町を知る。知らなかった世界を知る。
新聞とは、その名のごとく新たに聞く情報が掲載され
ているから、やはり世界の「新」を知る貴重な媒体だ。
メディアとは、第三者が客観的にとらえ、社会に
役立つ情報として公に提供してくれる存在。そうあり
続けてほしい。価値ある情報を届け続けてほしい。

もともと、新聞が誕生した頃は、知識人のためのコミュ
ニケーションツールであったと聞いたことがあり、
確かに求める人が自ら手にとるツール。簡単に手に
入らなくてもいい。と思う一面もある。
とはいえ それでは作り手の環境も厳しくなる。
経営がたちゆかないと作れなくなる。紙も媒体は
作るのに、届けるのにお金がかかるのだ。

そんななか頑張っている新聞社、とくに地方紙を
応援し続けたい。
そして、表現の自由が赦されている現在の日本にも
感謝したい。

新聞のことを書いていたら、香港の新聞社のことを
思い出し、胸がいっぱいになった。

人々にとって、新聞が頭のブレックファーストで
あり続ける。世界中のそんな朝の光景が懐かしくて
たまらない。
今日は新潟日報と・・・どれを読もうかと楽しみ
になる。

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6月1日と言えば思い出す。

今日から6月。いつもこの月の始まりになると必ず思い出す記念日。
なんでも「電波の日」だそう。昭和25年に制定された電波法を記念して、
翌年に制定された記念日だそう。
これまで国営の放送しかなかったが、これを機に、電波が解放され、
放送が民放でも可能となり、自由な番組が流せるようになった。
考えてみたら、大変画期的であり、この流れがあって、今日のネット
社会があるが、電波がなければコミュニケーションはできないという
点では今も昔も変わらずである。
この電波の構造には全く詳しくないので、今でもこの世界には不思議
が多いが、これはこれとして、この6月1日になると思い出す人がいる。
その電波の日の存在を教えてくれた人でもある。
かつて、ラジオ番組でお世話になったFMコミュニティを運営する
する逸見さん。出会ったときはまだ30代前半で若さと情熱と、新潟愛
を感じさせてくれる素敵な青年であった。とある出会いから、新潟の
皆さんの熱き応援もあって、自分のラジオ番組をもたせてもらえること
になった。ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」。

当時通っていた新潟への愛を込めて、地元の企業さんたちにも登場いただき
PR含め、発信のお手伝いができれば。そして、若い人たちのコミュニ
ケーションの悩み相談や、素敵な新潟エピソードなどをお伝えすることで
地元の皆さんに愛と元気をお伝えできたら・・という意図から誕生した。
番組制作を担当いただいた青木さんも、新潟で活躍する音響のプロフェッショナル。
皆さんのおかげで、
新潟との出会いがなければできなかった素敵な経験を長くさせていただいた。

今日電波の日は、そのラジオ局の社長逸見さんのバースデーだ。
ラジオのために生まれてきたのかなと思えるタイミングでのご生誕!
ラジオは単にコンテンツを流すだけではなく、いざという時に地域の役に
立つことが大切だ。その使命感をもって、長く取り組まれている。

久しぶりに局のサイトを見てみたら、時代の変化も感じながら、
今も昔も変わらないオリジナリティとセンスに満ちた独自のスタイルが
うかがえて、思わずうれしくなり、
お世話になった皆さんたちの顔が浮かんできた。

電波。コミュニケーションには不可欠な見えない存在。
今は、ラジオが強い時代だと言われている。
人が話している、自分のそばにいる。そんな温かみが人気の秘訣かも
しれない。

これからも、地域のために、ますますの貢献を。

挑戦を与えてくれた新潟の恩人に感謝して、6月をはじめると
しよう。

ちなみに、当時の番組の一部は今もわがサイトから聴いていただくことも
できる。

FM KENTO 公式サイト
https://fmkento.com/

わが懐かしの番組 愛の元気人 インタビューコーナー
「愛の元気人」保存版

新潟への感謝と愛は永遠に!

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静けさの中で。

早朝は宝だ。
何よりも、静けさが良い。
車の音も、運がよければ、サイレンの音もない。
無音の状態は、心の森に導かれるような感じがする。

テレビもラジオもネットもOFFにして、この静寂な時間を
過ごす。
とても気持ちが良い。

構想を練るために散歩をする作家や音楽家のことを
想像する。それはきっと静かな空間であっただろうと。
騒音が多いと、想像力も邪魔されてしまう。

19世紀は、まだ社会は静かであっただろうと想像する。
ベートーベンたちが活躍した時代は、まだメディアは
本が主体であり、演奏も教会や限られた会場でしか
聴けなかっただろう・・・。
車もなく、電車もなく、クラクションもなく・・・。

あるのは、馬車の音、人の話し声。
雨や風の音に耳を澄ますこともあっただろう。

音なし世界。
静けさ。これは、心を落ち着かせるためにとても
大切な要素。
日曜は、ゆったりと静けさを楽しみたい。

何も音がしない早朝。まもなく町が目覚める、
にぎやかになる。
その前に、やれることをやってしまおう。





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あのおじちゃんに会いたくなる時。

ふりかえると、子どもの頃は、親以外のいろんな大人にも大変
お世話になった。
子ども会という活動も、今思えば本当にありがたい遊びと交流の
時間。合唱団の活動もそうだ。毎週 練習に出かけて、たまに
演奏活動にも出かけた。一番の思い出は東京は澁谷に出かけ、
NHKの番組に出演したこと・・・・。
その活動には、いつも親たちの応援やサポートがあった。
共働きが少なかった時代、お母さんたちが本当に熱心に
お世話してくれたし、お父さんも同じ。週末は地域の祭りや
子どものスポーツの活動に時間を割いてくれた。

親たちのご尽力は、今も変わらない。
週末になると、少年野球につきっきりのお父さんたちのお話も
聞くので、やる内容は違えども、親たちは今も昔も、昼夜を
曜日を越えて、子どもたちに寄り添い、付き添ってくれる。
塾へ通く子も多い最近は、どの程度、子どもたちが外で活動
しているかわからないが、こういった取り組みは親にとっても
子にとっても一生の思い出になるだろう。
今日もおそらく、熱い中、練習や試合、大会と忙しい家族も
多いことだろう。

わが子ども時代をふりかえると、会いたくなるひとりのおじさんがいる。
親よりも年上であったし、もうご存命ではないと思う。消息は
もうわからない。
その方は最初は、子ども会で知り合った。子ども会の役員を
されていたのだろうか。
お仕事は町工場を自営されていたが、子どもたちの育成にも本当に
熱心な方であり、また優しくて、面倒見がよくて、小学生の
私にとっては、大好きなおじちゃんであった。

今も忘れられない遊びがある。
それは、新聞紙で行うファッションショー。
新聞紙で洋服をつくり、それをモデルに着せて、最後はファッションショー。
そんなお金のかからない、遊びを私たちに教えてくれた。
そのファッションショーは地元の公民館で練習し、学校の体育館で
本番。その後、岐阜市の子供会のイベントでもご披露し、新聞にも掲載。
その指導をしてくれたのが、そのおじちゃんである。
他にもバナナを使ったマジックなど、楽しい遊びをいろいろ教えてくれた。

その後も、そのおじちゃんが仕事で大阪へ納品に行くと聞き、トラックに乗せて
もらって、大阪の住吉神社で下ろしてもらい、おじちゃんが仕事を終えるまで
大阪でひとり遊び、帰りも大阪の梅田だったかで拾ってもらい、岐阜まで
またトラックで・・・。これが人生初の大阪トリップであった。
ひとりで遊ぶ大阪は、あまりに大都会で、テレビで見ていた世界はより
エキサイティングな町であった。
おじちゃんは、いつも私に新たな世界を見せてくれた。
おじちゃんは自宅で自営業をされていたから、お昼は家で食事をされていた。
あるとき、お昼にお邪魔したとき、おじちゃんは自分でキャベツの千切りを
つくり、ご飯と一緒に食べておられた。美味しそうに食べておられたので、
その時のキャベツがご馳走に見えた。何をかけて食べていたのかは忘れたが。

と、小学時代の私のおじちゃんの思い出。
大人になってからも、会っておけばよかった。と強く思う。

今、新聞を手にもつ時、キャベツを刻むとき、そして大阪の町のはずれに
立つとき・・・そのおじちゃんとの小さな思い出がよみがえる。

親以外の大人が教えてくれたことはたくさんある。
あのおじちゃんは、いつも「まあちゃん、まあちゃん」と優しく
してくださった。親の良き友達でもあった。
今、空の上で、会っているといい。

町工場を営みながら、地域のことにも積極的で・・・。
そんな一人の男性の人生を、今 私なりになぞっている。
感謝をしたい人のひとりだ。

新聞紙のファッションショー。今でも子どもたちに教えたら、
きっと大うけするだろう。
お金をかけずに、楽しく遊んだ時代。
交流がいっぱいあった時代。

あの頃は、
手のひらサイズのうつむき時間より、幸せがいっぱいあった。
そんな気がしている。

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マイノリティの誇り。

最近、ある企業での社員面談をしていて、ある人が
「多数決って好きじゃないんですよね。多ければ正しいという
のは違っていると思うから。だから、自分は少数派なんです」
という声を聴いて、思わず、顔がほころんだ。
ああ、こういう人もいるのだ。
私も、まったく同じだ。
「それでいいと思う。みんな違っていい。それぞれ違うのがいい。
自分の考えはちゃんと持っていないといけないし、お互いの違いを
尊重しなければ。そうすることで、自分が気づいていないことも
気づけるし、世界も広がるし。自分はマイノリティどころか、オンリーワン
と思っている」
と、そんな会話が続いた。

自分も多数決については、疑問がある。数の力は正しいとは言えないことも
ある。違う考えを交換しながら、お互いのことを知り、歩み寄ったり、
調整しながらより良い方向にしていくことが大切だと思っている。

また、「みんな」と一括りにしても、同じではない。
ある利害だけが一致しているかもしれない。
よく考えれば、「みんな」という存在は不確実だ。

ふと、子どもの頃を思い出す。
「みんながやっていることをやっていれば、いいんだ。
10人中9人がやっていることをやっていればいい」
父との口論はここから始まることが多かった。
そこだけは受け入れることができなかった、生意気な子どもであった。

ふと、父の保守的な面への反発が自分の自我の形成に
つながったのかもしれない。

今も、あの頃と変わらず、多数派に交わらないことを良しと
している。
そんなことで、今も、世代を超えて、
共感できる生き方をしている人に出会えることはうれしい。

その、少数派と自認する彼は、今、一生懸命、次の世代の育成に
励んでいる。自分で考えて自分で答えをみつけ、生きることを
教えている。

マイノリティだからこそ、新しい発想ができ、創造ができる。

共感できる若者に出会うことで、なんだか自分も勇気が湧いて
きた。




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AIへの危機意識と。

先日長崎でお世話になっている方との会話から、
今のローマ法王は、周囲の声を聞きながら、慎重に発言される方
とのことを聞き、勝手に親近感を抱いた。
戦争にはとことん反対、世界平和の必要性を力強くメッセージ
されており、当たり前のことといえば、そうであるが、間違って
いることは間違っている、と言う人は今の社会には必要だ。
そんな期待のなか、今回、「AIの武装解除を」と発信されており
これにも深く共鳴した。
AIが戦争を仕組んだり、人命を脅かす世の中になってはいけない。
そのための対処を正しく行う必要性を説いておられる。

最近、とても気になっていることであったため、ローマ法王自らが
世界に向け、このことを発信されたことは本当に意義深いと感じた。

このままでは、AIにより世界が崩壊することもある。
他人事ではない。

先日は生成AIが引き金となって、お騒がせとなった話題もあった。
何でもAIに相談することが、極端な行動につながり、思わぬ結果
を招く。という一例であると思うが、AIにより家庭が崩壊する、
人生が崩壊する。ということもあるという実例だ。

AIに人間が振り回されないように。
使い方、関わり方のルールづくりも必要だ。

以前も触れたがAIに倫理や哲学を教え込んでいる会社もある。
人間ファーストであるために、こういった努力も不可欠だ。

今こそ、AIの武装解除を。
この言葉を他人事と思わず、今こそ、AIの使い方、関わり方に
ついて、考えたい。

これからも法王様には、世界へ平和のメッセージを発信し続けて
いただきたい。そのことで気づける人も多くいると思うから。

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少しでも良い方向を目指す挑戦。

仲間が主宰する劇団の作品に共演したことがきっかけで
知り合った演劇人。
その時は、朗読劇であったが、
役者として素敵な語りをご披露いただき、こちらは生演奏で
という共演。

そんな出会いであったので、最初、役者さんだと思っていたら、
なんと作家であり、監督であり、劇団主宰者でもあり、びっくり!
どんな作品を書かれるんだろう、興味は一気に高まった。

出会った頃は、まだコロナ禍の名残もあり、
演劇自体は、オンラインでの公演ということも多かった。
オンラインは遠くにいても、視聴できるからある意味都合が良い。
場所を選ばず、見れる環境で視聴し、応援していた。

そして、最近は劇場での公演もすっかり復活し、
都内の劇場にも出かけるようになった。
毎回ドキドキなテーマで、熱いステージを観ながら
いろいろ考えさせられ、大いに刺激をいただいてきた。

この方の作品にはメッセージがある。
世の中に対する、強い思いがある。
世の中を正しくみつめ、より良い方向に進んでいかねば
という意志を感じる。
でも、決して、理屈っぽくなく、どこか肩の力が抜けつつ、
でも、シャープな切り口。
少しジャーナリスト的でもあるが、表現は演劇。
だからわかりやすく、伝わる。
面白おかしく、でも考えさせられるし、泣けてくる。

どこにでもありそうな、物語。
として、敷居を低くしながら観客をしっかり伝えたい世界へ
導く。

昨年は終戦80年にふさわしい作品。そして、今回は
「分断」をテーマにした作品。
タイトルと見ただけで、ああ、それが言いたいのね。とすぐ
わかる。

その公演が無事終わったとお礼メッセージをいただく。

「演劇でやれることは微力で限られていますが、
デタラメが横行する今の政治情勢の中で、
少しでも社会を動かすきっかけになれば良いなあと思っています。」

とのこと。心から共感する。そのことがよく伝わる作品であった。

いろんな行動がある、表現がある。
自分ができることで、少しでも社会を動かすきっかけが
できたら、それぞれが自分でできることをはじめたら、
世の中はきっと良くなる。

私も強くそう信じている。
演劇でも、音楽でも、文学でも・・・・。

発信すること、表現することで、周りに思いの灯が付けばよい。
人を変えるきっかけになる仕事は、本当に素晴らしい。

次に出てくる作品も楽しみにしている。
今回の上演、大変お疲れさまでした。

劇団チャリT企画/TOP

出会いは出会いを生む。素敵な人との出会いの連鎖で、
わが人生は、とても幸せ。おかげさまである。



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チラシ文化は、これからも。

チラシ・・・もともとは、英語ではFLYER(フライヤー)から
きていると若き日に学んだことがある。
空を飛ぶツール、散らすように、ばらまく。
直接、受け手に送り届ける、受け手が手にとる情報媒体。
これは新聞記事とは違って、広告主本人が作成するもので
あるので、もう一人(一枚)の営業マンでもある。

もっとも、今ではチラシとフライヤーは見た目で区別?
されているようで、デザイン性高いものをフライヤーと
読んでいるようであが、いずれにせよ、作り手の想いや
商品、サービス情報が印刷されているツール。

新聞折り込みチラシも、この時代には新聞購読者が減り、
購読層も高齢化のため、種類も数量も減少傾向。
そんな寂しいチラシ業界であるが、今なお、健在なのは
演劇業界や音楽業界の公演チラシ。

劇場に行くと、受付時に当日のプログラム以外に、数多くの公演
チラシを渡される。もしくはすでにアンケートとともに、各座席に
セットされている。
ずっしりと重い、チラシの束。
公演が始まるまでの間の時間つぶしに、または持ち帰ってから
ゆっくり見る。
(個人的にはこうしている)

この公演チラシは、劇団にとって大変重要である。
私の仲間の劇団主催者も、公演が決まると会場押さえなどと
同時進行でチラシの制作に注力する。告知、集客には不可欠な
ツールである。

印刷したものを配り、サイトでも公開するハイブリッドなチラシは
大変有効である。
演目、それを補強して伝えるキャッチコピーにサブ、リード・・・。
そして、メインビジュアル。
おそらくコピーは主催者や作家自身が考案し、デザインはデザイナー
に依頼。お抱えのデザイナーなどであれば、劇団のことも理解して
おり、意図が伝わりやすく、劇団のツールとしての統一感も出せる
というメリットもあるかもしれない。
とにかく、主催者、作家の思いが詰まった1枚。
この1枚が集客にも大きな影響をもたらす。

チラシ1枚できるまでも大変といつも思いながら、できあがると
なるほど。本番の劇が楽しみになってくる。想像をかきたてられる。

コンサートのチラシは、すでに曲名や演奏者で想像ができる
ため、読ませるところは少ないが、演劇はほとんどが創作である
ので、チラシでの発信はより貴重。

今回も、東京から持ち帰り、じっくり1枚1枚を見る。
デザインや色も参考にしながら、ささるコピー、タイトルを
探す。
チラシ文化が残っているこの業界がとても好きだ。
演劇自体がもっともアナログ的芸術であるため、チラシとの
相性も良いのだろう。

1枚1枚のチラシをめくり、次はどれを見るか。
そんなことを考える楽しみを与えてくれる。

時には、作り手の思いを、じっくり味わう。
そんな紙コミュニケーションに親しみたい。

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やりたいことをやる、が一番。

この週末は、知人が手掛ける劇団の公演や、いわゆる噺家や芸人の
皆さんのステージをいくつか観る機会をいただき、多くの「もうひとつの
人生」「現実にはありそうでなさそうな物語」を連続して見せて
いただき、刺激を受けた。
演劇でも、落語でも、歌でも、神楽でも、現実とは異なる
架空の物語が表現される。
言葉を聞きながら、演技を見ながら、音や声をききながら、
現実世界とは違う、もうひとつの世界を旅する時間。
想像力を働かせながら、見知らぬ世界を体験できるとは、
人間に与えられた宝物、贅沢なことだ。

時代を経て、その表現方法が変わっても、もうひとつの
非現実の世界を楽しむ娯楽はなくならない。
そのニーズはなくならないから・・・。
誰もが一度の人生を、より豊かに生きたい。
リベラルアーツの世界には、それを充足させてくれる
無限の可能性がある。

作家も役者も舞台担当も、演出者も、すべて、想像の世界の
表現に全力投球する。
そして、何らかのメッセージをそこに込める。
表現の自由が赦される世界とは、なんと幸せだとも
改めて感じる。

今回、ステージを観ながら作家も役者も、そして噺家、
紙切り芸人、歌手・・いろんな芸人、表現を目の当たりにしながら
今の瞬間、観客に向かって全力投球されている姿に感動。
もちろん表に見えない裏方の皆さんの働きにも・・・。

それぞれが今日の瞬間にために努力されてきているのだと思うと、
思わず、じんときた。
見えない努力があっての本番だ・・・。

しんどくても、努力を続けることができるのは、
自分のやりたいことだから・・・であろう。

どうせならば、自分がやりたいことで、努力をしたい。
やりたくない人生を無理していきるのは、もったいない。

やりたいことをやり続けている人を見ると、勇気や元気を
いただける。
目に見えない世界をつくり続ける仕事は、
生みの苦しみもあれば、さまざまな制約もあるが、

それを誰かに見てもらい、共感、感動してもらえたら、
最高に幸せ。
つくりたい人、演じたい人、歌いたい人、かきたい人は
とことんやればいい。と改めて思った。
自分は?
改めて自らに問う。

やりたいことをやり続けよう。
すると、きっといい顔になってくるし、心も澄んでくる。
そして、
悔いのない人生になる。

時々、挑戦する人に刺激を受け、自分も新たな挑戦に。

もちろん、やりたいこととは、やりたい放題とか、
人に迷惑をかけたり、傷つけてまで無理に行動する
こととは対極のこと。
それはやってはいけない。


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