黒いひまわりと雪上の国旗。

昨日でロシアのウクライナへの侵攻は、まる4年を数えることに
なってしまった。
何という長い歳月を・・・。
まだその戦いは終戦への道は見えなく、両国にとって、
悲しい日々が続いている。

昨夜の放送で、戦地で亡くなった兵士たちを埋葬する仕事を
されている人へのインタビューを見た。
毎日、その仕事は続き、そのために確保された土地は毎日、
埋まっていき、これからもその埋葬数は増えていくだろうと
のこと。
その場所に立てられた数多くの国旗に雪が積もり、どんな
寒いところで・・と思ってしまう。
5万人以上の方がこの期間に命を失くした。
なんということ・・・。

生きている人たちも、停電の厳冬のなか、いつ空爆があるか
知れない危機感のなかで、恐怖とともに生き続けているとの
ことを知ると、それが4年も続くとは、想像するだけでも
耐えられないことだ。

4年前につくった「黒いひまわり」は、ウクライナのブチャ
という町での虐殺のニュースを知り、浮かんだ曲。
ある日突然に、愛する人の命を、人生を、暮らしてきた
町を破壊する黒い影への怒りと悲しみを込めている。
ウクライナの惨状に触れると、その曲が心の中で鳴り始める。

人間とは何か。
戦争とは何か。

改めて、理想の人間社会とは・・・ということを、
考え、自分ができることをしなければと思うけれども、
あまりにできることは小さい。
それでも、しなければ。

人間の尊厳。
どの人においても、不本意な人生になってはいけないと
思う。

いのちを大切に。
まずは、ここから。

改めて、世界の平和を心より願いたい。

祖国の土に眠るウクライナ兵に哀悼の意を込めて

そして、

闇を越えて、
きれいなひまわりが広がる世界に願いを込めて



以下は、札幌の芸森スタジオでライブ収録した「黒いひまわり」

https://www.youtube.com/watch?v=C4eKvML2OdY



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「いいなあ。」のひとときを。

「いいね」は共感の確認という印象がある。
そうだよね。いいよね。と人目を感じる言葉だと
そして、少し軽い意味合いでの共感のコミュニケーション
だと、自分はとらえている。

一方、「いいなあ」は、自分の世界の話。
何か1日に一度でも、二度でも、
「これ、いいなあ」
と感動することをみつけたい。

道端に咲く小さな花をみつけたり、空の色が雲の形に見入ったり、
気持安らぐいい音楽を聴いたり、素敵な言葉を聞いたり、
思いがけず出会いをいただいたり・・・毎日、
いろんなお宝に出会うきっかけがあるはず。

それを意識してみつけ、それを感じ、
「いいなあ」と自分の心に取り入れたい。

いいなあ。そう思う瞬間、心の中に小さな
光が見えたり、花が咲いたり・・・そんな世界が
でき、明るく華やぐ気持にもなれる。そして、
ゆとりも生まれてくる。

しみじみと、「いいなあ」と感じる時間を
自分からみつけに行きたい。

歩きながらでもいい。何か考えている途中でもいい。
「あ、これ、いいなあ」
感性が歓ぶ瞬間でもある。

そんなゆとりを心にもてるように、今日もGO!

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戦い、闘い そして・・・

ミラノ・コルティナオリンピックが閉会した。
ながら見ではあったが、イタリアらしい美しいフィナーレだったと
感じた。
全力でこの2週間を駆け抜けた全てのアスリートたちに、心から
拍手。
結果が出せて良かった人、そうでなかった人。
いろんな結果があるが、これで終わり、ここから次へ。
とそれぞれが、この節目からさらにそれぞれの人生を歩まれる
ことだろう。
世界の仲間と出会い、試合・競技を通じて出会い、ともに戦い、
称賛でき、新たな世界観も生まれたことだろう。
平和にスポーツができることの幸せも実感されたことだろう。
がんばれば そこに行ける。
そんな夢をさらに膨らませる若者もいるだろう。

オリンピック。
ひとつの世界交流の形。
スポーツを通じて、世界がひとつになる。
戦争をしない世界にする。
選手たちは、今回の経験を通じ、自己記録の更新だけでなく
世界のことにも目を向けて、これから様々な発信を
してもらえたら・・と切に願う。

戦い。という言葉は大変嫌いだ。
マーケティング用語で使う、戦略・戦術という言葉も
その文字から常に違和感を感じていた。
もともとは戦争用語であると学んだことがある。
だから、自分からは使わないようにしてきた。

誰と戦うのだ?どうも、戦うことは、勝つか負けるかを
目指すことになる。
それはどうも・・・。
もし、生きることはたたかい・・だとすれば、
相手があっての戦いではなく、自分との闘い。
自分の人生のフィナーレに向かって、努力を続けること。
これを闘いというならば、納得する。

話が少し広がったが、
オリンピックも究極は自己との闘い。
一堂に会して、お互い競い合うけれども、実際には自分との
闘いだ。苦しくても、つらくても、ゴールに向かって
やりきらねばならない。やった人が良い結果を残せる。

改めて、オリンピックとはメダルの数争いではないと思う。
一生懸命がんばる選手たちから受け取る感動。
結果、メダル獲得になるけれども、
悲喜こもごもさまざまな場面に、心が動く。
失敗したときに、自分の人生を重ね、涙することもある。

いろんな闘いを見せてもらったオリンピック。
そういう点から、貴重な祭典である。

地球温暖化により、いずれ、冬季オリンピックは
実施できなくなるかもしれないと聞く。
それはとても、悲しい。

そして、オリンピックがあろうが、
戦争が続いていることも、とても悲しく嘆かわしい。

自分との闘いは人に迷惑をかけないけれど、
戦いは・・・。NOである。

いろんな思いをさらに強くしながら、
すべてのアスリートへ、心から拍手を送りたい。

つかの間の夢を見せてもらい、
人間の無限の可能性を示してもらい、
大いに刺激と気づきをいただいた。

今回のオリンピックでは、タグラインとして
掲げられている
「もっと速く、もっと高く、もっと強く。」
というフレーズが印象に残った。(表記自体は英語)
「もっと」は、「より」と置き換えても良いだろう。

それをうけ、

「よりしなやかに、より豊かに、より強く。」
と自分なりになぞってみた。

人生には、いろんな挑戦がある。
私はこれでいく。

いずれも強く生きるために
自分と闘うのだと思う。
一生懸命やれば、悔いのない人生になる。
それが一番の幸せだ。

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上司に歌のブーケを贈る日。

2月22日。2が3つ揃った、ぞろ目の日。
「にゃんにゃんにゃんの日なんですよね~」と、奥様があとで
少し笑いながら、そして寂しさも込めながらおっしゃっていたこと
を思い出す。
今日は、わが上司の旅立ちの日。

4年になるか。もう・・という気持と、まだ?という感触と、
両者が入り混じる。これは両親に対しても同じ、不思議な感覚だ。

新入社員の20代前半から、40年近く本当にお世話になった。
社会人として、クリエイターとして、自立するワーキングウーマン
を目指せと、いつもいつも応援してくださり、
背中を押し続けてくださった。

今でこそ、自分がリーダーとは?とお伝えする場面があるが、
私にとってのこの上司は、最高のリーダーだったなあと、改めて
思い出す。
ずっと見守り、ずっと応援してくださり、成長を喜んでくださり・・・。

気が付けば、組織を離れてからもずっと最強の応援団だった。

コロナ前。お元気な頃によく、待ち合わせした京都のとある
ホテル。ふと、似たような背中をみつけ、楽しかった会話を
思い出す。

今日はこの永遠の上司に、
先日コンサートでいただいたお花とともに、歌のブーケを贈りたい。

https://www.mahsa.jp/creation/

https://www.mahsa.jp/lagrr/wp-content/uploads/2025/11/5b0aab5c95afdc8e7e7305b1f11c6004.pdf

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みんなのハッピーエンドを。

日々、生きていると本当にいろんなことが起きる。
起きない日はない。
そのことをどうとらえるか。

人によって、受けとめ方も違うけれど、
私は、毎日起きることを、いろんなドラマだと
受けとめる。
それぞれ、いろんな場面でいろんな人が登場して、
いろんなことを言い、ときに笑い、ときにぶつかりあう。

それを見ながら、
実際に解決するにはどうするか?
それぞれの登場人物の立場に立ち、
どうしたらうまくいくか?
考えて、自分ができることを行う。

いつの間にか、自分は見ている人ではなく、
ドラマの中の登場人物に
なっている。

みんながハッピーエンドになるには?

と考える。
自分のハッピーから考えると、
最終的にはハッピーエンドにならない。
みんなの幸せがあって、自分も幸せになれる。

みんなが笑顔になる。
そのことだけを思って、毎日のドラマを楽しみつつ、
現実に真剣に向き合う。

最後に
感謝され、喜んでもらえる。

そんな日々を毎日重ねる。
みんなのハッピーエンド。
今、書きながら、
昨日交流した、いろんな人の笑顔が浮かんでいる。





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いつまでも夫婦でボン ボヤージュ

先週、長崎までおいでいただいた方から、メールをいただく。
私のコンサートには毎回出向いていただき、
これにあわせて、長崎を旅されるようになり、
すっかり楽しませてもらっています。と、
夫婦でのツーショットも送ってくださる。
大雪での長崎コンサートに始まり、その後、
運営する施設の皆さんの旅行、そして前回、今回。
どの長崎時間もご一緒させていただいた。
このご夫妻は、長崎だけでなく、地元新潟、東京、
岐阜・・。各地の公演に出向いてくださっている。
「私たち、どこでも出かけていきますよ!」
車いすを持参しての各地への旅。
移動もままならないのに、よく出かけてくださると
心から感謝する。

今回は、長崎でのランタン祭り、グラバー邸を堪能され、
コンサートの翌日は博多へ・・・。
「小学校の頃、教科書で見た金印を初めて見て感動しました」
福岡の美術館に寄られた様子。

コンサートついでに観光を楽しむ。
新たな世界に触れる、出会いを楽しむ。

そのきっかけのひとつになっていることが
とてもうれしい。

ご夫妻たちがいつまでも元気でいてくださるように、
自分のコンサートなどが、元気に生きる糧、
楽しみのひとつであり続けられるように、
皆さんの笑顔がまた見られるように
頑張り続けなければと思う。

応援団がいるから、がんばれる。
応援団の力は、無限大だ。

どうか、いついつまでも、お元気に
旅を続けてほしい。
次回は、どこで会いましょうか。

と、次の企画を練り始める。

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目覚ましオリンピック!

あっという間にミラノ・コルティナオリンピックが後半の
プログラムになっている。
もうすぐ終わるのか・・・。
大相撲のときも、2週間はまだまだと思っていたら、
あっという間に千秋楽になる。
今回のオリンピックも同じ。
時差があるおかげで、深夜、未明に鮮やかな賑わいを
眺めることができる。
銀世界が目に入ると、自分もそこにいるような気になり、
「ぶるっ」と、瞬時に目が覚める。

真っ白な世界に舞う、世界のアスリートの姿を目にする
だけで、寒さのなかの力強いパフォーマンスに、
朝から元気をもらう。
スケートもスキーも、すべての種目が自分には神業と
思えるが、同じ人間なのだから、最初から跳べた、
滑れた人はいないはず。

子どものころからの訓練、努力があって、この世界の
ステージに上がっているのだ。
ピアニストも、バレリーナもスポーツも同じ。

その見えない努力に感心、敬意を抱く。

スポーツは、単に体を動かす能力、技術だけでなく
精神力、集中力、心身をひとつに結び、整える
調整力、そして瞬発力がなくては、いい記録は出せない。
それらの力を習得するには、どんな訓練をしてきた
のだろう・・・。目標意識がなければ、努力も
続かない。
目標は金メダル。優勝。

大空に向かって跳ぶ、雪や氷の上を滑り舞う。
夏のオリンピックは、暑くて大変だな・・・と
思ってしまうが、銀世界での競演は、大地と
空と、選手が一体となる美しい世界を見ることが
でき、実に爽快で清々しい気持ちになってくる。
なんだか自分も世界に羽ばたけるような気が
してくるのだ。

そんなこんなで オリンピックでいい目覚めを
いただいているこの2週間。
もうすぐクライマックスか・・・。

スポーツを通じて、世界が平和になれば。
改めて強くそう思う、この祭典。

自分の空を元気に飛べる、舞うことができる。
ってとても素敵だ。

自由に生きられる世界のありがたみを思いながら、
今日のスイッチをオンにする。

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1日を振り返るとき。

毎日を丁寧に生きたい。
相変わらず、やることが多くてバタバタとはしてしまうけれど、
それでも1日のどこかで、今日という唯一の時間を
振り返りたい。

今日は誰と出会い、誰と話し、どんな学びがあったのか。
朝から夜まで、1日の間に会った人達の顔や表情、声、
言葉を思い出す。
不思議なもので、人間は意識すると思い出す。覚えている。

たとえば昨日はのべ50名以上の方と対面している。
個々の面談、打ち合わせから、研修、会食・・・。
その中には、初めての対面があったり、会社を今月で退職される
方への歌のセレモニーもあったり、五感での体験を行うワーク
ショップがあったり、若手のエンジニアとの会話があったり、
経営者との面談があったり・・。

一緒に笑顔になれた人、最後に握手をして別れた人・・・・。
また、いろんなプレゼント交換もあり、さしあげても、いただいても
ギフトってうれしいものだと改めて思ったり・・・。
一生懸命準備したことが、喜んでもらえたりすると、
良かったと幸せな気持ちになる。

今朝になって昨日と言う1日をふりかえっても、
物凄いドラマチックな1日であったと思い、
充実していたなあと、しみじみ・・・。
と同時に、やらねばならない課題がまた生まれてくるため、
今日もまたバタバタ暮らしになるけれど、


昨日があっての今日。だと思うと、気合も入る。
昨日、今日、明日。毎日がそのくりかえしではあるが、
どんどん変化、進化している。

人生は、こうして経験を積み重ね、成長していけるのだなと
感慨深くなる。

同じ日はまたとない。

一番後に残るのは、笑顔になっていただいた人のこと。
そして、笑っていなかった人のこと。

後者のことは、後になっても気になったまま。

振り返ると、自分は人と接する時、どうするとよいか。
が見えてくる。

自分は笑顔を相手に必ず返すように、その印象でその日が
終われるようにしたい。

ネガティブな印象で終わるのではなく、
笑顔でにこにこ・・を目指したい。

と、長い昨日という一日を心のスクリーンに描き出しながら、
今日という1日を、心新たにはじめる。

今日もどんなドラマがあるだろう。楽しみだ。

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残された時間のなかでできること。

バレエを通じて、日本とウクライナの交流を続け、平和のための
活動に生涯をかけた女性の存在を知った。
MICHIKOさんと言う。母と同い年であるが、母より5年長く
生きた方。京都でバレエ学校を設立され、本場のバレエを日本に!
とのことで、モスクワ~ウクライナに出向き、ウクライナのバレエ
学校を姉妹校として、両国の交流を続けた方だ。
その方の生涯をドキュメンタリーで見て、こんな方がおられたのか。
と心から感動し、刺激を受けた。
人生100年時代といっても、長く生きているだけでは意味がない。
残された時間に何ができるか?

MICHIKOさんのように、自分の道をひたすら究め、次の世代に
その道を拓く人生は、誰にでもできることではないけれど、
スケールの大きさはともかくとして、自分でも何かできるだろう、
しなければと思えてくる。

あと10年、20年、いや3年なのかもしれないけれど、
残された時間のなかでできることを、やり切らねば!と
思う。
夢を抱き、使命感をもって、そして思いやりの心を忘れず
関わる人を大切にしながら、自身の道を切り拓く。

そんな人生を目指したい。
ウクライナのことを、こんなに思って活動されていた方が
おられたとは。
わが楽曲「黒いひまわり」を聴いていただきたかった方だ。

心からその偉業に敬意を表し、安らかな眠りを心から
祈りたい。

京都とキーウ。バレエの交流から平和を。
MICHIKOさんの夢は、受け継がれていくことだろう。

本当に素晴らしい人生。
いろんな世界に目を向けると、
素敵な人生の先輩はおられるものだ!

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動けば、必ず出会う。

長崎でのコンサートを通じて、改めて思ったこと。
どんな場合でも、自分から動けば必ず新たな経験が
得られ、新たな出会いがあるということ。
何もせず、じっと待っているだけでは何も生まれない。

今回も新たなお客様、スタッフに出会え、さらに
長崎でのご縁が広がった。
去年まで、昨日まで知らなかった人との交流が始まり、
そこから新たな世界が生まれている。

そして、おいでいただいたお客さまには、
歌や演奏の音色について、また今回初めての取り組みで
あった朗読劇にも嬉しい感想をいただき、
素敵なバレンタインを過ごせた、次は家族で行きます
各地に出かけて行きますなど・・・喜んでいただけ、
やって良かったと安堵。
なかでもパワフル、情熱的と言ってくださる方と
ピアノの音がやさしいと言われる方がおられたことは
意外でもあり、いろんな感じ方があるのだと新たな発見。

弾く人によって音色は変わるのだそう。
そう、ピアノとの出会いにも恵まれた。

また、長崎はいいところ行って良かった、また行きたい
との声もいただき、これもうれしい限り。
コンサートがきっかけのひとつになり、他の楽しみと
ともに、長崎が好きになる・・・。
人生が豊かになる・・・。
その媒介のひとつとなれたならば、それも幸せだ。

動けば必ず何か生まれる。
そんなことを、今回も学んだ。

雨の本番を経て、最終日は晴れ。
余韻に包まれ後片付けをしながら、心も晴れ。

うれしいことに、今回は帰り道でも、
新たな出会いがあった。旅とはそういうものだ。

出会いは「出るから会う」。
旅は小さな非日常。だから、普段と違う出会いが得られる。

動けるうちに、動けるだけ動きまくろう。

長崎で小さな観覧車がまた、回り始めた。
乗る人が少しづつ増えているような・・・。

さあ、ここからまた次の挑戦に向かうとしよう。

広い空と、青い海と坂の街、長崎へ、
素敵な経験と時間をありがとうと告げる。

ランタン祭りは今週もつづく・・・。

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