名古屋暮らしは、日帰りの可能性を教えてくれた。
東京をはじめ関東も、大阪京都をはじめ関西も、時には新潟も、
北陸も・・・。
日本のまんなか暮らしで出た学びは、「日帰りの魅力」。
最初は1泊してということもあったけれど、何度も通っていると
心理的な距離も短く感じられ、始発に乗って最終に乗ればずい
ぶんといろんなことができる。
12時間もいられたら、仕事はもちろん、人に会ったりそれ以外
の用事もかなり済ませることができる。
無駄に高いホテルに寝るだけで泊まるのはもったいない。
であれば、最終の列車で帰れば良い。
しかも大きなキャリーケースを持ち歩かなくて良ければありがたい。
着替えやPCの運搬は移動の障害になる。
帰宅してからの雑事が煩わしい。
できる限り身軽に動きたい。
仕事もとりあえずスマホがあれば、対応できることも多くなった。
デジタルのおかげで、仕事はどこでもできるようになった。
そんなこんなで1DAY TRIPで日本が手のひらサイズに感じる
今日この頃。
大きなスーツケースを引っ張りながら、人混みの中を行列で進む
インバウンドを見ていても、もうあんな大きいバッグを持っての
移動は卒業かなと思う。
もちろん、ときには宿泊もするが、日常の旅は日帰りに限る。
そんなことで、長崎もすでに日帰りコースになりつつある。
コンパクトにスリムに融通利かせて。
飛行機の時間にもよるが、現行フライトでは12時間近く
滞在できるため、かなりの用事が済ませる。
おかげさまで大きな旅、海をまたぐ旅は若い日にいっぱい経験した。
主に利用してきた航空会社での計算ではすでに170万マイル以上を
旅したそう。キロにすると約275万キロ?
地球1周は約4万キロだとすると何周?
それに加え、新幹線での移動マイルは?ここは不明。
とにかく数えきれないほど、地球をぐるぐるしてきたわが人生。
大きく動く旅から、小さくコツコツ動く旅へ。
とにかく、日帰りはいろんな意味で、今のライフスタイルに
マッチする。
用事があれば、目的があれば、いつでもどこでも。
どこでも隣町感覚で。
結局は、旅人人生。風の人なのだろう。
最後の旅まで、まだまだ地球を歩く旅を続けるとしよう。
1DAY TRIPの可能性
笑顔と涙のサマーバレンタイン!


「せっかくの七夕コンサートですから、皆さんに短冊を書いて
もらい、会場で飾ってはどうでしょう?」
と、先日東京で行った勉強会での余韻もあって提案したら、
「それはいい!」と、責任者が長良川で笹を入手してきて
くださった。来場者の方に願い事を書いていただき、笹に吊るして
いただき、そんな素敵なしつらえのなか、始まった七夕コンサート。
岐阜羽島駅のほど近いJAの支店内の会場に80名ほどの
女性部の皆様が集まられ、楽しい時間をともに過ごさせていただいた。
1時間ほどのトーク&ライブ。七夕の云われから、サマーバレン
タインの話まで。そして、短冊の話。願いを書いて終わりではなく
願いを書き、努力することで、願いは叶う。
皆さんが書かれていた短冊には、やはり家族の自身の健康。
「いつまでも健康にいられますように」この内容がダントツ。
他には「ひ孫が無事生まれますように」など、新たな命の誕生
を願う家族愛に満ちたメッセージもあり・・・。
お客様のノリも最高で、発する言葉一言一言に反応され、
こちらのトークも弾み、歌も気持ちよく、心を込めて演奏できた。
途中、思わず普段と違う調で弾き始めてしまい、高すぎて??
演奏し直し大爆笑。というタブレット純的「すべてを笑いに!」
のノリとお客様の温かい見守りで、それもひとつの話題。
間違えず演奏することももちろん大切であるが、
大事なことは一生懸命やっているということが、相手に伝わる
ということなんだと、再認識。命と魂を賭けてやり抜く!
どんなステージでも同じだ!伝えたいことはそれだけ。
今回は美輪さんへの感謝と祈りを込めて
愛のレパートリーを歌い始めると、
会場が笑いから静けさ、そして涙へと空気が変わるのを感じる。
そして、オリジナル曲「歌のブーケをあなたに」で、空に入る人たちへ
サマーバレンタインへの思いを込めて。
最後には、皆さんの地域活動のためにと15年前につくらせていただいた
JA岐阜女性部のテーマソング「みのり愛」を全員で合唱。そしてお開き。
そうそう、今回は映画国宝に出たシュークリームへの愛を込めてつくった
オリジナル曲も大変好評で、「聴くデザート」もあり!と新たな発見。
音楽にはさまざまな可能性がある。人を想像力で幸せにすることができる。
と確信した。
お帰りの際に、皆様より
「楽しかった」、「来てよかった」「次も来てほしい」の声をいただき、
多くの握手を重ねた。
どの方も笑顔で、嬉しそうで、満足な表情が心に沁みる。
「サマーバレンタインかあ。初めて聞いたわ」そう言って帰られる方も・・・。
空を越えて、地を越えて、時を超えて。
愛を伝える、受け取るひととき。
私にとっての七夕は、そんな意味がある。
だから七夕や、バレンタインにコンサートをするのが好き。
でも、もちろん毎日がバレンタインである。
今日も愛を伝えよう。
お声がけいただき、笹の木を探しに行ってくださり、すべてのお膳立てをして
くださった主催者、スタッフ、おいでいただいた皆様に感謝。
そして、会場での撮影の腕前も、バツグンで。
(カラーもモノクロも!)
私にとっても、心に残る最高の1日となった。
どうぞ、みなさま今日もお元気で!

失ってから出会い、気づく。
このところ、移動中にずっと聴き続けているせいか、
寝ても覚めてもその声が頭から離れない。
美輪明宏さんの歌声だ。
今から思えば、お元気なうちからもっと知っておくべき
だった。
でも、ご健在のときは、いつでも聴ける、いつでも
という気持ちで、意識して演奏を聴き直すことはなかった。
でも、今年の2月に行った長崎でのバレンタインコンサート
がきっかけで、「ボンボアヤージュ」を何度も聴くことに
なり、そして訃報に接してからは毎日何度も何度も美輪さん
の演奏と語りを聞き、命がしみ込んでくるような そんな
感動を味わい続けている。
どんな人生だったのだろう。想像するしかないが、
美輪さんが生まれた当時の長崎、原爆の日のこと、そして
上京、そして歌の世界・・・。同性愛を世間が認めない
頃から自分らしく生きようとされたその勇気と挑戦。
あるインタビューで
「人が人を愛するのは、男女でも男男でも、女女でもいいの。
人が人を好きになるだけのこと」
と言われていたことが思い出される。
本当の意味で、ひとりの人として生き抜いた表現者だった。
その姿形、声はこれからは記録されたものでしか出会うこと
ができないが、その存在、その生きた歴史に変わらぬ尊敬と
憧れをもって関わり続けたい。
いつでも会える、いつでも聴ける。いつでも話せる。
と元気な時はそう思っているけれど、
いざ失うと、その存在の重さ、意味、価値に改めて気づかされる。
そして、失ってから改めて出会い、気づくことも多い。
今日は岐阜羽島で80名ほどの七夕コンサート。
美輪さんも大切にされてきた愛と平和について、私なりに思いをもって
伝えたい。
失ってから気づくこと、得ることは、あまりに大きい。
「たのしそう!」

6月半ばに開催した京都でのパーティーの写真。洋菓子屋さん70周年のお祝い。
演奏に合わせて、お客さんたちが続々と前に出てきて、みんなで踊っている様子。
その瞬間が収められた1枚が届いた。当日は見えなかった構図。
なんとも絵になる情景だ。
「たのしそう!」とのメールタイトルで送られたこの1枚。
確かにその時の様子が蘇り、いかにも楽しそうな様子が伝わってくる。
周りの人もうれしそう。思わず笑みがこぼれる。
そして、「本当に良い会でした」とメッセージも添えてあり、時間を経ても、
いい思い出になっていることを心からうれしく思い、お手伝いができたことを幸せに
思った。
楽しい時間、心に残る時間、人生の1ページになる時間・・・。
長年頑張ってこられた皆さんの労をねぎらい、歓びをともにできる。
そんなひとときを創造する瞬間芸のような仕事。
でも、その瞬間は永遠になる。
人が喜んでいる顔を見るのが、一番幸せ。
コミュニケーションクリエイターは、人々の笑顔のため、幸せ、平和のためにある。
そう在りたい。と改めて・・・。
もちろんそのために、不断の努力は欠かせない。
いくつになっても自問の旅。
心から共感、尊敬する人と、長くおつきあいできること。
見守り、応援いただけること。
そんな幸せのなかで、わが道を歩き続けてきた気がする。
その中には、いろんな人に出会い、交わってきた時間もあるが、
最後に残るのは、表面的なつきあいではなく、哲学的な話題まで
自然にできる人との関係。
30年以上交流いただいている人生の先輩たちは、もう70代後半。
後期高齢者だよと笑いながら、言われるが、その表現、括りは
不要。大変失礼すぎて、話にならない。
人生を重ねてこられた先輩たちは、道を示してくれるありがたい
お手本だ。
最近の会話より心に沁みるメッセージがあったので、ここに・・。
「一人一人と誠実に向き合い、一つずつの事柄について是非を
きちんと共有化することを疎かにして一般論で語ることのむなしさ、
恐ろしさを忘れたくないですね。原点は生き方の原則。
迷ったらここに戻る原則を持って生き続けることが大切と
思っています。この世代になって、相変わらず
「自分は何者?何がしたいの?」と自問自答を続ける未熟者ですが、
だからこそ人生は面白いと思うことにしています。」
人生の先輩の言葉はずっしりと重いが、勇気が湧いてくる。
そして、ああ、このままでいいのだと思えてくる。
生きている限り、ずっと 自分も「何がしたいのだろう?」と
迷いさまよい続ける。
自分の人生もそうなりそうで、それでもいいのだと安心もする。
結局は、自問をくりかえし、自分探しをするのが人生の
道のりなのだろう。
大切なことは、回答をみつけることではなく、その過程を
楽しむことなのだ。
学べる人が周囲にいてくださることがありがたい。
自己表現の行方
自己表現とは「自分」という存在を、何かしらの
形で見えるようにする行為。
一人の人間として、他の誰とも違う存在として、
表現ができることは、とても幸せであるし、
生きる活力にもなる。
絵画でも写真でも、小説でも、映画でも、音楽でも
これらの作品はすべて、作り手の自己表現のツール。
誰かの作品を鑑賞するとき、作品自体を楽しむのは
もちろんであるが、
なぜ、この人はこれをつくったのか?と考えること
自体が意味がある。作品を通じて、その人を知ることが
できるから・・・。
その人らしさがどう表現されているのか。
いつもそんなことを思いながら、作品を鑑賞するのが
好きだ。
人間がゼロから考え、生み出す作品。
人間はどの時代も、自己表現をしながら、後世に
命のリレーをしてきたのではないか。
作品は作家自体。
そう思っている。
一方、AIに表現を手伝ってもらったりすることは、
自己表現につながるだろうか?
最近、その点をよく考える。
その活用も含め、自分らしさが表現できているならば
自己表現といえるか?
簡単にできることよりも、
悩みながら、生み出すプロセスを大切にしたい・・・。
人工なるもの。
これを自己表現にどう生かしていくのか。
主役は、あくまでも人、
こんなことを、今度 芸術を学び、理解している若者と
語ってみたい。
どこまでも自己表現を、そしてその先には自己実現を
目指す生き方が理想だ。
根っこからの応援団の力。
長くお付き合いしている方との時間は、ありがたい。
自分が歩んできた道をご理解いただいており、
その道が今の自分とちゃんとつながっているか、
やっていることが自分の人生にとってブレていないかを
確認する機会になるから。
先日、30年以上見守っていただき、おつきあいいただいている
方と久しぶりにお会いし、近況を語り合い、意見交換をする時間を得た。
自分を知ってもらっている人との時間は、まるで家族との時間。
話題は尽きない。
家庭の話題から世界情勢、未来まで・・何でも話せるスゴイ関係だ。
変化する、課題の多い現在。このなかで自分はどう生きたらいいか?
最近よく考えるテーマだ。
それについても、あれやこれや・・・雑談しながら、心が整う。
結論としては、
「マーサはマーサでブレない生き方、やっぱり、
コミュニケーションクリエイターとして全うするのが一番」
との声を聞き、ああ、これでいいのだと安心。
AIが活躍する時代になっても、心豊かになるコミュニケーションを創る、
人と人をつなぐ、結ぶ、人を元気にする役割は、人間が生きる以上
なくてはならない。
目立つ仕事、華やかな仕事でなくてよい、むしろ黒子として、
自分の周囲の笑顔が増えるように、できることはまだまだある。
ブレない人生を生き抜く。
私らしく。
コミュニケーションクリエイターのこれからの役割について
見つめ直し、自信をもって進んでいこう。
応援団の存在は、本当にありがたい。
根っこのところを理解してくれる人がいることは
心強い。
ずっとずっと見守っていただきたいと、心から思っている。
そして、私自身も誰かのそんな存在になることができるように
真の寄り添い人でありたい。
今日も誰かのバースデー。
その昔、アメリカの文具店で、バースデーカレンダー
なるものをみつけたことがあった。
バースデーを記載するための1冊。
面白いカレンダーだと思ったが、使い切れる
のかなとも思った。
確かに、毎日が必ず誰かの誕生日であり、旅立ちの日。
365日の1で、いずれかの日が記念日となる。
私の場合は12月3日が誕生日であり、その日は
1年のなかでもっとも特別な日であると勝手に
思っている。そして、これまでの人生で、
同じ誕生日の人は一人だけいた。なんだか
特別な関係なのかも?と思って共通点を探した
りした。そして、誕生日が近い人に出会うと
それだけで親しくなったりもする。
今日7月2日は、周りに誕生日と言う人が3名も
いる。そして、そのひとりの方の姪っ子さんも
同じ日だそう。
そんなこんなで、この日は、私にとって特別だ。
お祝いを、あの人にも、この人にも・・・。
自分を見守ってくれる人たちが、同じ星の元に
生まれたとはめでたいこと。
自分が生まれた日も大切であるが、大切な人たちが
生まれた日はもっと大切だ。
その人がいてくれるから、今の自分がいる。
最近会えていない、気がかりな
7月2日生まれの人に花とメッセージを送る。
お元気だろうか?
どんな誕生日をお迎えであろうか。
本当は駆けつけてお祝いしたいけれど、
元気でおられるならば、安心だ。
今日も誰かの誕生日。
その人のことを思い出し、自分とのつながりを思い出し、
感謝をしたい。
今日はいっぱい感謝をする、ありがたい1日だ。
ハッピーバースデー 7月2日の人達。
そんなことを思うだけで、毎日が特別な1日になる。
今日も誰かのバースデー、そして旅立ちの日。
人生は時計とともに、止まることなく進み続けて
いる。
ハッピーバースデー 信愛なる人たち♪
みんなで未来へ「願いごと」
コミュニケーションを楽しく学ぶ、「マーサの会」。
この会社でもう数年、年に2回ほど続けている。
自主的に始めた試みであったが、気が付けば10回以上。
5年前には、会社のテーマソングをつくるための歌詞を一緒に
考えた。そこから毎回、欠かさずその曲「シャイン・マーチ」
を歌い続けている。みんなの曲になっていることが、うれしい。
今回は来年10周年を迎える会社のアニバーサリースローガンを
皆で考えた。
どんな会社になりたいか、あってほしいかの願いを込めて。
みんなでつくることに、意味がある。このプロセスが大切。
自分で考え、チームで話し合い、案を決め、みんなで発表し、
投票。
素敵な案がたくさん出されたあと、無事、ひとつの案に決定。
これから10周年に向けて、そのスローガンが活用されることになる。
みんなで考えた言葉が、未来への道しるべになる。素敵なこと。
ワークショップの締めは、毎年恒例になってきた七夕の飾り。
ひとりひとりが短冊に思いを込め、願いを書き、笹に吊るす。
しばし子供こころに戻りつつ、わくわく気持になる。みんなの願い事は・・・・
こうなりたい、あれがほしい。という願いもあるが、今回目を惹いたのは
世界が平和であるように。戦争がなくなるように。という言葉。
わたしも「愛と平和」と願いを込めて書いた。
みんなで撮った写真。9年目のいい記念になる。
今日から7月。大人になっても 七夕気分を忘れず、星に願いを。
またまたピュアな時間をいただいた。
これからも若き人たちに、愛とコミュニケーションを伝えつづけたい。
※シャインマーチのメロディはこちらに
https://mosshine.co.jp/

あじさい日記2026 最終章
今日で6月も最終日。
雨の多い季節を楽しめるようになった理由のひとつは
あじさいの存在かもしれない。
主人がいなくなっても毎年咲く、実家の庭にあるあじさい。
彼ら(あえてそう呼ぶ)が今年も咲いた!と歓び、まるで
再会を喜ぶように、つかのまの時間を静かに楽しむ。
そんなことがこの5年の習わしになった。
「今年もまた咲いたよ・・・」
悲しみが雨に流され、時の移ろいを受け入れることができる。
そこにじっといるのが、紫陽花。
いつの間にか、私にとっては大切な友のような存在。
庭に咲く花から1輪。切って自宅の良く見える場所に置く。
庭だけでなく、自宅ででも対話する。
今年は、こんな風変わりな紫陽花をみつけた。
これまで見てきたぎっしり詰まった紫陽花よりも
自由奔放な感じで、今にも動き出しそうだ。
どっちに向いて咲いてもいいんだよ。
なんだか、微笑ましく、勇気づけられたりもする。
今年も紫陽花に助けられたこの1か月。
おかげさまで、梅雨の鬱陶しさを越えて、みずみずしい気持で
過ごせたような。
今日は水無月をいただくという習わしもあるそうで、京都の
和菓子屋の店頭が賑わっていた。
6月の締めくくり。
いろんなところで。私は紫陽花を今しばらく眺め、彼らとの
静かな対話を楽しみたい。
今年もまた、咲いたよ。
来年も、また 咲いてね。
また、会おうの約束を。
JUNE PROMISE。
