人は生まれ、そして、いつか死ぬ。
そこまでが人の一生だ。
1日24時間であること、いつか知れないが人生が終わる。
その日までを生きる。
そのことは、人類共通の生きる条件。
どんな過酷な、あるいは平穏無事な一生になるのか、
いろんなパターンがあるが、
できれば、戦争や災害で命をなくすことは避けたい。
でも、これも自分では決められないこと。
と、少し不自由な世界で、皆生きている。
そういう点では、平等な社会だ。
数年前までのコロナ禍を思い出す。
そして、5年前の今日を思い出す。
亡くなる13日前に入院してから、見舞いも許されず、
会えたときは生き途絶えていた。
終わったなあ~。人生で味わったことのない経験。
あの瞬間のことは、一生忘れない。
ONとOFF。まさに、母の人生のスイッチがOFFになった日。
不思議なもので、死なないと思っていた母がいなくなって、
大きな柱を失った感覚ではあったけれど、それでも
5年生きてきた。生きられたという気持が強い。
今は失った柱を悲しむ以上に、その存在に感謝したい気持ちが
増している。ああ、ありがたい。
もちろん、寂しさは消えないままであるが。
母の旅立ちの日がベートーベンの誕生日で良かった。
今日は、なんとなく、第九交響曲を聴きながら、母の存在を
心の中で、辿りたいと思う。
フロイデ!生きる歓びを力強く描いたあの不朽の名作を
背景に。そんな命日も良いだろう。
しんみりではなく、力強く!
感謝して、私はもうしばらく生きる続ける。
あきらめることに抗い、元気に生きる。
と、この記念日に心に誓う。
桜咲くこの季節に、母の存在をかみしめることができる幸せに
感謝を込めて。
