尊敬する作家の一人、五木寛之さん。
学生の頃から、その名は知っていたし、今から思えば
「かもめのジョナサン」の訳者としても、また個人的には
「戒厳令の夜」という作品は自分を「見知らぬ世界」に
誘ってくれた・・・作家と言う仕事は凄いなと思わせて
くれた作家のひとり。その生い立ちは戦争との闘いであり、
苦難の人生を生きてこられた人生の先輩である。
成人してからもずっとその生き様にも興味をもちながら
あんな風に生きたいと憧れていた。
今思えば、地下鉄の駅だったか、出版社の近く出会ったか、
一度その姿をみかけたことがあったことも・・・と
思い出す。
50歳になってから、作品を書くために京都の大学の
聴講生になられたことにも、大いに刺激を受けた。
大学って、いつから行ってもいいんだ。
今でも、その道への可能性を考えるのは、五木さんの
影響もあるだろう。
世の中が定年、退職といっても、ペン1本、辞書を
片手に文章を書き続ける仕事を今も続けておられ、
しばらく見ないなと思っていたら、NHKのインタビュー
でそのお元気な姿と変わらぬ自然体の語り口調を
聴き、とても感激した。
93歳。今なお現役であり、多くの連載もこなして
おられるとのこと。
近著「大河の一滴 最終章」について話されていた。
ご自身が病になって、初めて生きることへの
意欲を持ち、生きなければいけないと強く思うよう
になったとのこと、聞けば、早くして亡くなったお
母さまの分、自分は頑張って生きなければ・・と
そう思われるようになったという言葉に心が震えた。
前作「大河の一滴」を世に出した60代の時の方が
達観していたと思う。
今は、いろんなことにあらがってでも生きたい、
生きなければと思う・・とのこと。
確かに、60歳を越えた今の自分はどうだろうか。
とも思えてくる。
93歳。今なお お変わりなくペン1本、広辞苑を
片手に書き続けておられるその生き様にこの上ない
感動と尊敬の念が生まれてくる。
よし!自分もがんばらねば。
母の分、父の分、そして数多の無念の死に
倒れていった人々のために、戦地で命をなくした
方たちのために・・・。
早速、久しぶりに書店で本を買った。Amazonではなく
書店で、単行本を。手書きで執筆されている五木さんの
本は紙で読まねば、ずしっと重さを感じながら・・と
思った。
今どきはカバーを付けてもらうのも有料。
「カバー要らないです」。本を抱えて、帰る道すがら、
ずっと五木さんのことを思い出していた。
そう、上司にとてもよく似ている。
もう3年前に亡くなられたが、もしかしたら同い年か。
立ち止まったり、後ろを向いたり、うつむいている
時間はない。
生きるのみ、自分の命を燃やす。何で?
考えながらでいいから、前に進もう。
どうぞ、世の人々のために、1日でも長く、変わらぬ五木さんで
いてほしい。心から、その存在に感謝と込め、敬意を表して・・。
今日の岐阜新聞コンサートは、そんな思いも含め、
感謝の春をお届けしたい。
敬意を表し、単行本を買う。
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