目覚め、目覚めよ!の朝カツ。

2時台に起きる日の多くは、出張がある日だ。
普段より早く目覚めて、日々の朝仕事に加えて、準備も行わねば。
おかげさまで会社員時代から体調不良でその日の予定をキャンセル
という経験は記憶にない。幸運としかいいようがない。
とくに自営業になってからは、代わりがいないのだから。この
1点でほどよい緊張を保ちつつ、なんとかここまでこれた。

ただ、早すぎる朝には、自らを目覚めさせる工夫も必要だ。
今朝の場合は、録ってあった五嶋みどり氏の無伴奏バッハの
音色を耳に、まるで瞑想しているような気持で澄んだ世界へ
自分を誘い、静かに目覚め・・・。細胞ひとつひとつが
開かれていくような気持になり、とても気持ち良い。
朝はクラシックが一番だ。しかも静かな弦楽奏がいい。
とくにこの奏者の演奏はなんというか、体内にしみわたる。
魂の音色だと思う。体の芯にまで沁み込んでくるのだ。
一杯の水、あるいは魔法のジュースか。

そのあとは、仕込んでおいた
カレースープをいただき、こちらは刺激で頭と体を
起こす。
こちらはちょっとしたショック療法のような感じ。
でも、朝のカレーはとても元気になれる。
イチローも確か、朝カレーを食べていたはず?

そして、仕上げは冷水での洗顔。
特に寒い朝には、勇気の要る瞬間!
でも、とても気持ち良く、たちまちスィッチオン!
これで目覚めは完了!

そんなこんなで、毎朝、今日もおかげさまで、
無事に目覚めたことに感謝しつつ、自分に火をつける。

毎日、いろんな組み合わせで、自らを目覚めさせ、
稼働する。
元気だからの朝修行。

さあ、元気に、
今日出会える人たちと、かけがえのない「共創」の
時間を過ごしたい。

いざ、出発!

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ちょっとのことで変わる。

人間は一人では生きられない。
人と人が支え合って、社会が成立する。
でも、そのひとり一人は、自分と違う人間である。
背景も立場も、考え方も価値観も・・・。
その違いを認め、克服し、協力することから、支え合いができるが、
その違いが理解できなかったり、受け入れられなかったり・・・。
そりゃ、いろいろある。ない人はよっぽどだろう。

でも、受け入れる器を大きくしたり、時には流したり、
忘れたり、そんな経験を重ねると受容できる量も増え、
まあ、いいか!と思えてくることも多い。

前に書いたが、ウクライナ出身の安青錦の取り組みを見た瞬間、私
はスイッチが入った。そうだ。負けてられへん。やるしかない!
とそんな気持ちになり、勇気も元気も沸いてきた。

人が元気になるのは、ほんの瞬間、ちょっとのことがきっかけだ
と思う。

自分がそのちょっとしたきっかけになることはできないか?

とも思う。
それは、自分の背中を見てもらうことだ。

意識してやるのではなく、自分が一生懸命生きていたら、
その背中を見てくれる、その瞬間を見てくれる人もいる・・と
いいなと思う。

社会が変わるなかで、迷える人も増えてくると思う。
そんななかで、ブレない生き方を伝えたい。その人自身の
幸せのために・・・。
ちょっとしたきっかけ・・・。人生を変える転換点にもなる。

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再び、思わず感涙、拍手。

人それぞれ好きなスポーツ観戦があると思うが、相撲が好きだ。
土俵という限られた空間のなかで、瞬間に全力を出し切る。
「勝つ」ということだけを一心に、相手に向き合う。
好きといっても、単に見ているだけなので、専門的なことは
わからないけれど、究極の集中力を見ること、相手と戦って
いるようで、実は自分との闘いであること。
など 取り組みを見ながらそう思うのだ。
厳しい日々の稽古で、横綱を目指して、優勝を目指して
研鑚を積まれていくものだと思うが、「何が何でも!」という
気概、精神力こそが勝利への道を開くのだと思う。

今回、優勝決定戦で、再びウクライナの若者が、優勝した。
千秋楽での2回の戦い、いずれも勝った瞬間、大きな拍手を
し、歓声をあげた。とくに優勝決定戦での勝利には、
「よう、がんばったねえ。すごいすごい!」と思わず
涙があふれた。

言葉こそ少ない力士ではあるが、どんな強い思いをもって
ここまで来たのであろう。
覚悟を決めているとさえ、思える凄みを感じる。

日本ではみんなが平和に相撲を楽しんでいる。
一方、母国ではもうすぐ4年も経つ、終わらぬ戦争に
みんな怯え、疲れている・・・。
このギャップのなか、日本に出てきて相撲を取り続ける
この若者の心は・・。と想像してしまうのだ。
故郷のご家族のことを思うと、どんな気持ちで・・・。

そんなことを勝手に想像しながら、一心不乱にがんばる
若者に敬意を表する。

何でも自分との闘いだ。
全ては、自分に勝つということだ。

自分の日々の取り組みはどうだ?
まだまだ甘い、ぬるい。
自分に負けない心身をもっと鍛えたい。

相撲が好きなのは、こんなことをいつも教えて
くれるからだ。

「よっしゃ!」と言える瞬間のために、努力を続けること。
今日からでも、決して遅くない。

安青錦の故郷に、一日でも早く平和が戻りますように。
心から祈る。

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ささやかな春の楽しみ


各地では大雪の影響が出ている。新潟の知人にも連絡をする。
雪下ろしに時間も体力もとられて、雪国の人は大変だ。
早く、雪解けの春が来るように・・・と願う週末。

心だけは春を先取り・・・。
新潟の企業さんが作っているゴミ拾い専門トング。
この商品の広報について、発売当時応援していた。
モノを売るのではなく、ゴミ拾い文化を広めようと自ら活動する
若い経営者のハートと行動力に魅了され、そのおつきあいは
今も続いている。

一方、地元の春といえば、岐阜県では知る人ぞ知る、
重要無形民俗文化財にも指定されている手力神社の火祭り。
子どもの頃から、この奇祭が春の楽しみであった。
岐阜を離れても、祭りの時にはこの祭りの雰囲気に触れるため
少し帰省したこともあった。
親たちはこの祭りとともに、この町で生きたようなものだ。

両親はもういないが、祭りになると二人の嬉々とした姿が
浮かび、涙があふれる。
父が大好きだった、自慢していた祭りに何かできないか・・。
爆竹を使い、花火を使い、火祭りという名にふさわしい、
音に、目に、熱に感動を覚える五感の祭り。

昨年、見に行ったときに、爆竹を鳴らした後の大量のごみを
手で拾っている人達の姿が目に入っ熱いだろうなあ。
拾いづらいだろうな。
ということで、新潟のゴミ拾いトングが浮かび、これを使って
もらおう。
ということで、このたび地元の自治会の会長さんに、火祭り
にピッタリのオレンジ色のトングを送らせていただいた。

ゴミ拾いトングの色がそろっているなんて、町のイメージにも
かっこいい!とにかく祭りが足元からも華やかになればいい。
ちょっとした町のSDGsにもなるかも?

トングをつくる会社の社長は日頃より山で、海で、ごみ拾いを
スポーツとして普及する活動もしているが、祭りにゴミ拾い
トングも喜んでくれるだろう。

「トング、届きました~。大切に使わせていただきますね。
祭りの日にまた写真送りますわ」
とご連絡をいただく。
喜んでいただけたら、うれしい。

火祭りが、今年も無事に安全に開催され、地元の皆様が
安心して1年を暮らせることを願う。
小さな小さなことばかり。そんなことしかできないが、
春の楽しみが一つ増えた。

ゴミ拾いトングをつくる会社のサイトはこちら
https://www.eizuka-ss.com/

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情報の入手、向き合い方。


放送大学の過去の授業で、中東の専門家で知られる
高橋和夫先生の話をふと思い出した。
揺れ動く世界を正しく見るためには、さまざまな情報を
得るようにする。しかも日本語で書いたものではなく、
外国語で書いたものを読むようにする・・・など。

情報が氾濫する現在、より正しい情報を得る姿勢が
大切だと改めて気づかされる。
世界中の動向を常にキャッチする仕事をされているから、
情報の付き合い方もさすがと思う。

少しでも参考にしたいと思うが、
外国語のニュースといっても、英語がせいぜいであるが、
意識して眺めるだけでも、日本のメディアとは違う
事に気づけるのは確かだ。
BBCはおすすめだと、以前ジャーナリストから教えて
いただいた。

遠く離れた日本で記者たちが見聞きして書かれた情報では
なく、より現場に近いところで現地をよく知る人たちの
取材により、集められた情報にもっと触れようということだ
と理解する。情報源を知る、情報源に近い情報を知る。
そのためには、日ごろから偏りなくいろんな情報を得ながら
有用な情報を選びとって、判断をすることが重要。

プロのジャーナリストであれば、情報源は必ず探して、
その上で活用して記事にしているはずだ。

ということで、単に目の前に流れている映像や音声をうのみに
してはいけないということ。
情報は自分から取りに行く。
それから、偏りなくいろんな情報を得るようにし、そこから
真理を探る。解決法を考えることを意識したいと思う。

これは世界情勢だけでなく、日常の環境、身の回りに
おいても同じこと。
一方的な情報収集にならないようにすること。
いろんな視点から情報を聴きながら、その上でどうしたら
を考えること。

偏りのない情報のとりかた。
そのためには、いろんなところから偽りのない情報が
入手できるように、日ごろから関係づくりをきちんと
しておかないと。常に一方的にならないこと。

そう、一番のメディアは人間ひとりひとりだ。

いろんな情報を素直にとりいれ、うけとめ、
そして整理しながら、俯瞰し、自分の道を見出すこと。

人は情報に左右される。
流されないようにしなければ。

常に地球儀を見る感覚で、身の回りの動きにも目を向けて
いきたい。

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伝わってこそ。のコミュニケーション

コミュニケーションは一生の課題であると、日々痛感する。
コミュニケーションなしに生きられず、何もできず。

相手に伝えて、それがこちらが意図したとおりに伝わるか。
伝わればよいが、そうでないこともある。そうでないことの
方が多いこともあるし、伝わったと思っていたら、実は
そうではないということもあり、とにかく毎日反省の連続だ。

たとえば、記者発表会などを企画して、複数の報道関係者に
商品やサービスのことを伝えても、短時間の説明やリリースの
内容だけでは、時として違った解釈で報道されてしまうこと
もある。伝えたはずであるが、伝わり切れていないことも、
ある。その場合は速やかに対応する。そこも大切だ。

個々のコミュニケーションにおいても、自分の意図とは
違った伝わり方をすることもある。
伝え方の不十分さやタイミング、相手の状況によっても
伝わり方が変わる。
コミュニケーションは伝えるための活動であるから、
伝わっていなければ、意味がない。
また、それ以上に誤解を招いたり、相手に不快、不安な
気持を抱かせてしまうこともある。
そういう時は、本当に申し訳なかったという気持ちになる。
素直に反省し、お詫びをする。

改めて、伝えることの重さをかみしめて、慎重に丁寧に
いかねばと思う。
相手との距離によっても、コミュニケーションは変わるが
その距離や関係に甘えることなく、どこまでいっても
相手の立場に立って、丁寧に伝えることを改めて
心がけなければと思う。

コミュニケーションクリエイターという名に恥ずかしい
ことも日々起きる。
一生懸命に生きることは大切。
と同時に、自分だけが一生懸命ではなく、周囲の動きも
しっかりみつめ、相手のことをよく理解することで
良いコミュニケーションが生まれる。
みんな、それぞれ一生懸命生きているのだから、その理解が
おろそかにならないように。

コミュニケーションとは、あくまでもキャッチボール
である。キャッチボールをするには、やはりお互いが向き合って
いなければならない。そして一定の距離がないとキャッチボールが
できない。ゆとりも必要だ。
「今、よろしいですか?」の一言も大切だ。

と、毎日の反省を重ね、改善を重ね、ありがとう!が
生まれる1日になればうれしい。

全ては相手があってのコミュニケーション。
忘れないように。

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目を疑う値段、味は?

百年以上続いているお米屋さんの三代目とお会いし、
あれこれと生き残りにかけた話をする。
「米の値段もよくわからなくて、先行き本当に見えないです」
老舗であっても、そんな様子。
バレンタイン商戦を前に準備に忙しいお菓子屋さんも
カカオの値上げに悲鳴をあげておられる。
「今年のバレンタインは、カカオの値段がまた上がって
どこも大変だと思います」

つくる側も、売る側も、それぞれかかるコストが高騰して、
売り場に並ぶ商品を見て、本当に驚く。
こんなに高かった?もしくは、こんなに小さかった?薄かった?
とにかく、同じ価格で以前と同じ商品が同じ量だけ購入できない。

この現象、以前のような状況に戻る望みは薄いだろう。

長年親しんできた、チョコレートも半分ぐらいの薄さに変貌して
いた。値段も上がり、量は減り・・・。
これからは、これまで以上に味わって、少しづついただかないと・・。
丁寧に味わう必要がある。

商品を作り、販売を続ける企業、お店の努力に改めて敬意を
表し、その苦労も味わって商品をいただかないと・・・と思う。

値段も変わり、量も変わり、味わい方も変わる。
無駄にしてはいけない。
一口、一粒を大切にいただくようにしなければ。

バレンタインイベントが各所で始まったけれど、毎年
楽しみに集まるチョコマニアたちも、きっと会場で、
これまでと違う感覚をもたれるのでは・・・。

先行きは見えないけれど、変化を受け留め、
その中での楽しみをみつけたい。

そして、根本的な暮らし方の見直しもしていかねば。
このままではいけない。



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何を見て、誰に寄りそうか。

人間、同時にそんなに多くの人と向きあい、交流することは
できない。表面的なつきあいであれば、可能かもしれないが
ひとり一人の心に向き合うとなると、大勢に同時に寄り添う
難しさはある。
とはいえ、気になる人も多く、何とか力になれたら・・・と
思い、できる限り、声をかけつづけ、理解をし、背中を
押したい。

誰に寄りそうか。
ここは、実はとても大切だ。
そして相手によって、その寄り添い方も異なる。

悩んでいる人、困っている人、弱っている人に対し
自分が何か力を届けることができるならば、まずはそこ。
一人で悩まなくてよい。と言いたい。
受け入れながら、前に進めるように、言葉をかけ続けたい。
さらに前に進もうとしている人には、ゴールを共有しながら
一緒に走る。

ちょっと立ち止まる、とことん聞く、一緒に走る。
走りながら、時に導く。

とにかく、いろんな寄り添いがある。

最近、寄り添い方の大切さを実感しながら、ひとり一人に
丁寧に向き合っていけたらと思う。

どこまでも、相手を人を見て。
私の場合は、やはり現場主義。

データだけでなく人を見て、ひとり一人に向き合い、
コミュニケーションをとりながら。

みんな、それぞれ何かしらの悩みを持ちながら
生きている。
それが人間なんだ。と自分自身にも言い聞かせ、
そして、悩める人にも一緒に走ろうと声をかけたい。

どうせ生きるなら、より良く生きたい。
みんな、そう思っているはずだから、
そうなれるように、目を向け、言葉をかけ、背中を押したい。

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〇〇に生きる。を考える

ここ最近、もっと早く気づけばよかったと思い、心寄せて
何度も聴きながらその表現力を学ばせていただいている
シンガー、ちあきなおみ。
今はどうされているのだろうか?
お元気ならばうれしい。

約40年前に録音された楽曲を聴き、ほんとうに歌う女優だ
と酔いしれる。
心をつかむとは、心に染み入るとはこういうことか。
どんな美辞麗句も巧みな演説も、心に染み入るという例は
本当に少ない。入ってこない方が圧倒的だ。

でも、歌の力は、本当にすごい。
と感動しつつ、ずっとこのシンガーのライブ録画を聴き続ける。
歩きながら聴くため、映像はない。想像しながら聴く。
各楽曲の歌詞をきいていると、時々自伝的なメッセージも
挿入されていて、歌のなかの物語は、実は、歌手本人ではないか
と思うところもあり。

そんななかで、「歌に生きる」という言葉が出てきて、
思わず、足を止めた。
この人は、ほんとうに歌に生きているんだなあ。
・・・そうか、自分は何に生きているんだろうか。

〇〇に生きる。
道往く人は皆、それぞれ、何に生きているんだろう。

仕事に生きる?家庭に生きる?趣味に生きる?お金に生きる?
人それぞれだろう。
一番大切にしているものは?
人生のコアは何か?ということだ。

わたしの場合は・・・と考えてみる。
歌に生きる‥というには極めていない。
あれこれ考える。

今のところは
愛に生きる・・・と言いたいところ。
もちろんこれも言えるほど、極まっていないけれど、
そんな気持ちで生きたいとは思う。

とにかく
〇〇に生きる!
と言い切れる、ブレない人生を歩むと、生きるパワーも
みなぎってくるのでは。
そんな生き方は、とても好きだ。


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調和の美を目指す、ばんそう者に。

社会で生きていく際には、それぞれ役割を担った人が
協力しながら、同じ目的意識をもち、ともに進んでいけると
とても良い社会になっていけるのだが、人ひとりひとりは
違う人格であり、価値観や考え方も全く異なるため、
ともに歩み続けることは簡単ではない。
また人の上に立つ人の姿勢、言動、行動で部下の人達の
意識や行動は変わる。
もし、何か問題があったとしても、あの人もがんばっているから
自分もがんばろう!という気持ちになれたらいいけれど、
そうならないこともある。
がんばってもらえると思っていたのに、突然、退職したい・・と
言ってくる人もある。
その人にとっては考え抜いて、決断しての行動であるが、
その前に相談してもらえていたら、愚痴のひとつでもこぼして
いてくれたら・・違う結果になることもある。

話しやすい、相談しやすい、相談してみたいと思ってもらえる
人であることがリーダーの要件かもしれないといろんな場面に
接して、強く思う今日この頃。

人間関係が昔より希薄になってきており、人は組織内よりも
情報含め、外に解決のヒントを求め、知らない間に自分の次の
選択をしていることも増えているのかもしれない。

組織をまとめていくことの難しさを実感する。
寄り添う、支える。
これは言葉だけでは、成し遂げられない。
そして、ひとり一人に寄り添うことは難しいかもしれないが、
その人の立場に立ち、深い洞察力でもって、その人の心まで
読み、先に言葉をかける、どうしたらこっちを向いてくれるか
考えて先に行動する。

リーダーにはそんなことも求められる。

自分は誰に寄り添い、誰を支えているか、支えるか。
求めてくれる人に対して、肩書は関係なく、その人の
立場に立って、あるべき姿を描きつつ、時には励まし、
時には導き、伴走し続ける。

経営者に対しても、リーダーに対しても、
まだ走り始めたばかりの若い人たちに対しても・・・。
ご縁があって、求めてくれる人とともにしっかり伴走したい。

音楽には伴奏。仕事には伴奏。
以前、声楽家のピアノ伴奏をした時に、
「マーコの伴奏は歌いやすいわあ」
と褒められたことがある。
相手が歌いやすい、仕事しやすい、生きやすい・・・
そうなるためのサポートをするのが、良い伴奏(走)者。
一緒に作り上げる。そこには協力というハーモニーが生まれる。
その美しさが感動になる。
仕事の場面も同じこと。

ありがとうの言葉が生まれる、ばんそう者でありたい。
ここにはやはり、コミュニケーションの力が欠かせない。

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