「場」を求める旅

人と「場」の関係は、密接であり、そして不可分である。
人が生きる限り、必ずどこかしらに身を置きながら、足をつけながら
生きていくからである。
ずっとさまよい、どこにもとどまらず、動き続けて一生を終える・・。
そんな人も、まれにいるかもしれないが、旅人、ジプシーであっても
その日の宿や、休憩地を求めるから、そこはやはり、その人にとっての
「場」。
四半世紀前、スターバックスが日本に上陸したとき「サードプレイス」
としての店というコンセプトが話題になったことを思い出すが、
職場でも、自宅でもない自分だけの第三の場を求める人にとって
スタバをはじめとするカフェは、その人のくつろぎの「場」として
成長した。
サードプレイスは、今もカフェだけでなく、さまざまな業態、サービス
のなかに存在し、求められ続けている。

一方、人々は自分だけの場所に限らず、
さまざまな「場」を求め、ときに集い、交流する。
婚活も、就活も、部活も・・・すべての活動は、出会いの場、学びの場、
交流の場を求めての活動。これがしたい、こうなりたい・・と自分が
変わるきっかけとして、新たな場を求める人も多い。

そして、場づくり、場の提供自体が、ビジネスになる。
今も昔も。カタチを変えても、求める人に「場」を与える仕事。
どんな場を求めるかは、人それぞれだ。
物理的、空間的な場を求める人、もしくは心の中の場を求める人。
読書、音楽も人々に心の置き場所を提供する立派な役割を果たしている。

生きるということは、つねに「自分の居場所」の旅なのかもしれない。
最近、会話で「場」というワードをよく耳にする。
それだけ、場をもてない人も増えているのかもしれない。

スマホだけが、自分の居場所にならぬよう。
手元を見るだけでなく、前方に広がる、無限の世界=新たな場を
見つける歓びを大切にしたい。

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