五木寛之さんの近著、すぐ読めそうなのに、結局途中で雑務に追われ
時間がかかってしまった。本は一度読み始めたら、一気にいかねば。
ご本人の半生はもちろん、最近のご様子から93歳でしか書けない
言葉も多く、いつの日も、この方の作品は読者の肩を叩き、ほどよい
安心を与えてくれるものだと今回もそう感じた。
とくに印象に残ったのは、(先日も少し触れたかと思うが)
人は自分のためではなく、誰かのために生きるということ。
五木さんの場合は、早くに亡くなられたお母様のために!生きる
のだそう。とても共感し、勇気づけられた。
さらに、前からずっと気になっていたポルトガルで学んだ
独特の郷愁、憂い。ファドに表現されている、あのけだるいような
悲しいような何ともいえない大人の悲哀・・サウダージについて。
これはロシアでいえば、「トスカ」という言葉があり、韓国ならば
「ハン(恨)」とその民族の歴史や気質などから生まれ、そして
暗黙の間に受け継がれている独特な精神性。
これは日本にはないのか?とずっと気になっていたが、
五木さんは「暗愁」がそれにあたると書かれており、新たな発見
をいただく。
これは若いときには感じない空気、感情、気分。
大人になり、年を重ね、いろんな複雑な経験をしながら、
自らの中に宿っていくもの。
ふっと心に吹く風のようなものともいえるかもしれないし、
ずっと自分の奥底にあり続ける感覚ともいえる。
そう、言葉にするのが難しい。ちょっとけだるく、重く、
憂いを帯びた、とても大人な感覚か・・。
ではあるが、五木さんの記述に触れ、確かに暗愁とは
決してネガティブな存在ではなく、
人生の最終楽章にふさわしい表現なのだとも
感じ、いずれ自分も、受け入れ深く理解する日が
来るのだろうと思った。
人間は言葉にできない感情を歌で表現することがある。
そうすることで、人生そのものを感じることもある。
ポルトガルでは、ファドでこのサウダージを表現
している。確かに伝わる。何とも言えない人生の深み・・。
それにしても、わかりやすい文章を書き続けておられ、
心から尊敬する。
描き続けることで、お母さまの分まで存分に生きて
おられる、素敵な人生を見習いたい。