いくつになっても学びは楽しく。

コミュニケーションクリエイターという仕事について、人様にご紹介いただくのは結構難しいようだ。
私のことを長年知ってくださる人でも、人に説明するときに苦慮されることがあるようで、ちょっと
申し訳ないといつも思う。
いろんな顔を知っている人ほど、説明がしづらいのだろう。

そんななか紹介をいただきながら、始まった研修。
はじまってしまえば、大丈夫。
ぐいぐい、楽しくプログラムを進めていく。

最初、ちょっと緊張していた人もいたが、みなさんの真面目な姿勢に支えられ、あっという間に2時間の講義が終了。
職場のコミュニケーションをよくする、自分から発信するようになる。
これが狙いのプログラムであったが、ワークショップでは爆笑の連続。

まさに研修講師もドラマのように。
情報+情感。セリフのように、話す。

研修は眠くなるものらしく
「今日は全然眠くなりませんでした」
と正直な感想。

そう、いくつになっても、いつでも、学びは楽しくありたいもの。
大人こそ、それを求めていると思う。

おかげさまで、私にとっても楽しい研修になった。
年度末の結びの仕事として、ありがたい経験が
またひとつ。

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350円、夜の貸し切り花見


写真は夜が明けてからのものになってしまったが、
この写真にまつわる話を少々。

2泊3日で名古屋~東京~長岡~新潟~東京~新潟~燕~新潟~名古屋
と激しく動き、帰路につく週末。
結婚式の二次会やプライベートな送別会のような春らしい週末の
喧騒のなか、疲れ果てて、土曜の夜遅く。ようやくたどりつく。

一服するため、
お湯をわかして入れようと愛用のポットを探すと、なんと
花瓶になっていた。
しかも桜の木が生けられており、びっくり・・。

ポットに咲いた桜の花とは、初めての体験。

疲れていたが、不思議な家での夜桜にすこし笑みがこぼれる。

翌朝、
「桜、どうしたの。まさかどっかで折ってきたわけじゃないやろね」
とあえて、いじわるにたずねると、
「ううん。いつものところで、買ってきた」
いつものところとは、近所の花屋さん。

限定品、お求めやすいお花はワンコインより安い350円。
しかもブーケになっている。
桜もその350円コーナーにあったようだ。

外でみる桜も良いが、ポットに咲くこちらの桜もなかなかいい。
なんといっても、貸し切りだ。
気持ちが嬉しく、疲れも吹き飛ぶ。

日曜は全国的にお花見日和だったが、おかげで中で仕事しながら
ひとり花見を楽しんだ。

いろんな花見、いろんな愛で方。
これから1週間、まだまだその楽しみは、人それぞれに。
悲喜こもごもの3月ラストウィークに桜は、とてもふさわしい。
お気に入りのポットも今週は桜の見守り役だ。

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セリフを意識すると、人生ドラマティックに?

今、ラジオドラマについての勉強をしはじめている。
ラジオドラマ自体が、今の世の中で主流ではないと思うし、
自分自身ラジオドラマには正直馴染みがない方であるが、
その講座を担当される先生の授業が大変興味深く、
ラジオドラマ以外のコンテンツや他の仕事にも大いに役立つ内容であり、
その教え方や姿勢も参考になるところが多いため、定期的に
講義を受けてきた。
そして、気が付けば年度末で講義も一区切りの時期が近づいてきた。

この半年で一番印象に残っているのは、
ラジオとは耳で聞いて受け取る媒体。聞き手は聞きながら
想像しながら、その世界を描く。
想像しやすい、映像に浮かぶ描写が大切というところ。
言葉だけで、映像が浮かぶようにするという表現は難しい。

さらに、ドラマについて。
ドラマとは架空の物語。しかも、基本的に登場人物による
セリフ(独白も含む)と効果音によって構成される。
そう、セリフが基本だ。
セリフを意識する。いきいきしたセリフを書く。
ということについて学ぶ。

いきいきしたセリフとは
情感と情報をいい塩梅で(3対1)混ぜるのが良く、
情報ばかりのセリフでは全く響かないという点を
学ぶ。かといって情感だけでは物語は進んでいかない。
なるほど。

この「セリフを意識する「」ということは、
日常生活やビジネスシーンにもそのまま役立つ。

講演でもプレゼンでも、もしかしたら日常会話でも
それがセリフだと思えば、もっと一言一言を大切にするのでは?
そして日々発する言葉をセリフとして意識すると、
人生がもっとドラマチックになるかも知れず。

ラジオドラマを学び、表現やコミュニケーションについて
改めて考えさせられている。
聴覚でのみ伝える媒体。
シンプルであるが、表現力を身につけるには最適な
教材でもある。

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親や周囲が反対することをやれ。

イギリスのチャーチル大統領の半生を描いたハリウッド映画で、
特殊メイクを担当したメイクアップアーチスト辻和弘さんが
日本人初のアカデミー賞を受賞した。
先日たまたま見つけたインタビューで、その人の生き様を少し知ることができ、
大いに刺激を受けた。

辻さんは10代の頃から、特殊メイクの世界に興味をもち、独学を重ね、
単身でハリウッドに行き、修行の道を進んだそうだ。
そして、アニメ系、仮想の動物などの特殊メイクで名を馳せるが、
その世界での限界を感じ、しばらく活動を休止。

そして、このたび、チャーチルの映画の制作時に、
主演男優からの指名を受け、チャーチルの顔づくりに挑戦。
それが見事アカデミー賞受賞となったとのこと。
人間の顔をつくるという仕事は極めて珍しく、それだけに
興味が尽きない。

さて、ご本人がインタビューで残した言葉が
いたく気に入った。
「親や周囲がすすめることをしてはいけない。」
それをすると、きっと後悔する。
もちろんそれが自分のしたいことと同じであれば良いが。

それよりも、自分がやりたいものをみつけ
それにとことん突き進む。
反対されようが、何されようが、自分の意志で
突き進む。
そして、10年やり続ける。
その結果が今回の受賞ということだろう。

そうだ、誰がなんといおうと
自分がやりたいこと。
これがみつけられることが大切だ。
みつかってしまえば、それに向かって
行動を起こすのみ。

50代半ばにもなって、こんなことに共感しているようでは
遅いか?
いや、まだ遅くない。

人の顔をつくる仕事というのは、とても興味深い。
どんな生き方をしてきたかで、顔は変わるそうだ。
年輪のごとく・・。

自分で道を創る人は、素晴らしい。

うーん。わが人生はまだまだ・・。

誇りに思う、心から尊敬するアーチストがまた一人増えた。

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音楽用語を意識して生きる。

クラシック音楽の楽譜にはさまざまな注意書き、表示が書かれており、
それにより、その曲をどう演奏すれば良いかがわかる。
楽譜の音符の羅列だけでは、速さや強さなどがわからないが、
音楽用語が添え書きしてあることで、曲のイメージが見えてくる。

具体的に速さを記すものとして♪=60のように、1分間に八分音符が
60個入る速さでと言った表示もあり、これはメトロノームという道具で
その速さを誰もが確認、同じ速さを表現できるので、大変科学的で汎用性
がある。

一方、「Andante」とあれば歩くような速さで、「vivace」といえば活発に
というように、人により受けとめ方がさまざまな表示もあり、ここは
演奏者や指揮者の感覚により、同じ曲であっても違う演奏になるため、
そこがクラシックの面白いところで、解釈や表現に無限の可能性がある。

さてこの音楽用語を、日々の暮らしのなかでしばらく忘れていたが、
最近あるピアニストと出会い、彼女と話している間に、
この音楽用語の存在を久しぶりに思い出した。
彼女はmezzo pianoの人かな、私はforteな感じかな、といった具合に。

自分の生き方を音楽用語で表してみるのも面白いかも。

音楽はいろんな意味で、人生に役立つ。

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幸せな修行。

おかげさまで、歩くことが大好きだ。
昔、ニューヨークへよく行っていたころ、
マンハッタンを毎日、歩きまわっていた。
地下鉄は怖く、バスもタクシーも本当に
疲れたら、または時間がないときだけと決めて、
とにかく歩く。一日10時間も歩くと
足が棒になり、足の裏が熱くなるが、
歩くというのは本当に楽しい。
見たいものが見れて、入ってみたければ
すぐ立ち止まったり、中に入ることもでき
駐車の心配もなく・・
ウォッチングやリサーチには、徒歩が最適
だった。

そして、おかげで足が丈夫。外反母趾に
なったことは仕方ないが、それでも
よく歩いてきた。

最近も、毎日1万歩を目指す。
都内や京都で1日活動すると軽く
2万歩ぐらいになる。
小さな達成感が健康のバロメータ
である。
が、そのためだけでなく、
歩くとは、自分との対話の時間にもなる。
ここが自分にとって大変大切だ。

自分と話す。
いろいろ考える。、
悩んでいるならば、歩きながら気分転換、
あるいは、新しいアイデアが出てくる、
曲が生まれるのも実は歩いているときだ。

修行僧の方や巡業の方も、
歩きながら祈り続けておられる。

歩くとは、心の旅の一歩であり、
自分と向き合う時間であり、
本当に貴重なのである。
歩きながらでも仕事ができるのだ。

人間が歩ける生き物でよかった。
これが 犬のように よつんば であると
見える世界も違うだろう。

さあ、人混みを避けて、歩こう。

と、自分の足で地球を踏み、
自由に移動できて、
幸せだ。
歩くとは、この上なき幸せな
修行だ。

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他人のような叔父さん。

子供の時にかわいがってもらったおじさんは、今70歳になる。
そう、子供時代、同居していたこともある。
だから、自分の親のことや、家族については、身内という立場で
よく理解してくれている貴重な存在。
このおじさんと、時々、珈琲を一緒に飲み、話をする。
若いころはしたことがなかった。
こちらが50代を過ぎてから、おじさんの存在のありがたみを
改めて知り、なんとなく年齢が近くなってきたような感じがして
自然と会話するようになった。
その叔父は、身内にもかかわらず、
「身内のことを気にしすぎず、自分の人生を楽しんだらいい。」
という。そしてさらには
「遠くの親戚よりも、やっぱり近くの友人。友達が多い方がいい」
とも。
叔父は近所の一人暮らしお爺さんや、気のおけない遊び仲間や、
昔の仕事仲間など・・気になる人が多くいるという。
毎日のように、そのお爺さんに声をかけ、何かあれば病院にも
付き添い、まるで家族のようなつきあいをしている。
そして、その生き方が楽で、たのしい。
という。

親のことをやたら気にするそんな年齢になってきた私に
「そんなに親のことなんか心配しなくてもいい。
何かあれば、ちゃんと何とかしてくれるしくみができているんだから。
親のことより自分の人生だよ。」
といつも、気遣ってくれる。

若い頃から苦労し、自立の道を生きてきた叔父。
自分らしく、生きるべく、努力してきたからこそ言える
言葉が心に染みる。

そう、身内ももちろん大切だけれど、
地縁含め、与えられたご縁を大切にしていくこと。
これは、本当に大切だ。

叔父さんは、もしかしたら、年の離れた兄なのかもしれない。
身内だけど、独立した関係だから、ありがたい。

そう、いい意味で他人のような、
そしてかけがえのない心族の一人だ。

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どんなときも人のせいにせず。心清らかに。

昨今の、いや、ずっと続いている政治屋たちの自分主義の惨状を見ながら、
何でも人のせいにしたり、人をだましたり、欺いたりしてはいけないと
改めて思う。
その前に、人を馬鹿にしてはいけない。
これらの行動、言動はいつか、天罰が下ると信じているが、今は
いろんな意味で自分の人生に照らし合わせ、反面教師としても
また人間を研究する上でも参考にさせていただこうと、
なるべく怒りをおさえ、客観的にみつめるようにしようと
自らをなだめる日々・・。

そこから学ぶことは、
人のせいにしてはいけない。ということ。
自分のために、他人を犠牲にしては、巻き添えにしてはいけない
ということ。

自分がいたらない、おかげさまで。
の気持ちがあってこそ、人と人は心からのつきあいが
できるのだと思う。
自分の非をみとめる、自分で責任がとれるならば、
きっと人間はいい顔になる。

今、改めて清らかな人が好きだ。

先週、台湾の尊敬するわがボスに会ったときにも
そんな話題。
「利他の心が大切なんです。これがある人とつきあいたいですね」
まったくそのとおり。

何をしても、どう生きても、神さまは見ている、仏さんも見ている。
人々も見ている。

それを信じて、我こそは、清らかな心をもてるように
努力したい。

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ここでも、中小企業が支えている。

台湾で、新たな仲間を紹介される。
名刺を見ると、中小企業を支援する団体のスタッフだ。
日本にもそのような類の組織は存在するし、自分も
そういったところにもお世話になっているが、
台湾にもそうした機能があることを、改めて知る。
日本同様、
台湾の企業の9割が中小企業、個人事業者だとのこと。
この国の産業を支えているのは、実に小さな会社、個人の会社。
日本の展示会や、マスコミで知る機会が少ないこの存在こそが
台湾を支えている。

台湾には小さな工場や、屋台を含めた飲食店が無数にある。
皆さん、汗をかきかき、からだひとつで頑張っている。
代々家業として受け継がれてきた会社もあるだろう。
それぞれに悩みもある。どう売り上げを伸ばすのか。
どう次代に引き継いでいくのか・・・などなど。

日本と共通する課題も多く、参考になる解決策もあるだろう。

今回、台湾で中小企業の存在を改めて知ったのはいい機会だ。
これまで10年以上自分が関わってきたことが
ここで生かせるかもしれない。

新たなコラボの可能性を、この青年たちと
交流を重ね、お互いに模索していこうと
意気投合。

どの国も中小企業が支えている。
台湾の人たちのお役に立てるように
新たな課題に、ファイトが沸いてきた。

自分自身の働き方を見つめ直すにも、いい機会になると
確信する。

ちょっと外に出ると、必ず新しい発見や出会いが
ある。現状に甘んじていては、いけない。
と、自分に喝!を入れる。

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おばちゃんの懐しきおもてなし。


台湾には、おばちゃんたちのおもてなし文化が健在だ。
とくに市場や土産物屋街などの伝統的なお店で見かける、
元気印の女性たち。店を切り盛りし、そのパワフルな仕事ぶりと
サービス精神は、元来働き者の台湾女性の姿を象徴している。

ここは、金山という台湾の北東にある古い土産物街。
テレサテンのお墓にほど近いところにある。
当地はさつまいもの産地なのか、さつまいもを使った
加工品、お土産品、もちろん芋そのものも店先に多数並んでおり
観光客でにぎわっている。

今回、ドライバーさんのおすすめで立ち寄ってみたが、
車を降りたとたん、磁石に引き寄せられるように市場に入り込んで
しまう。何かありそう!という感じがひとめでわかる。

土日は大変な人混みだそうだが、平日も活気がある。
それはおばちゃんたちの元気な接客にも依るのかもしれない。
元気に呼び込みをして、試食をしきりにすすめる。
まとめ買いをすすめる。
ちょっとしたおまけを欠かさない。

日本のデパ地下なんかで働いても、十分いけそうな感じだが
ここで出会えるのが嬉しい。

私は、がんばるおばちゃんが好きだ。とくに地方の、台湾の
おばちゃんたちには親しみを感じる。
生活を、家族を、支えているという感じが伝わる。
いわゆるキャリアウーマンとは違って、おばちゃんの
生活感漂う、なんともいえない肌感覚のパワフルさが
好きだ。
だから応援したくなり、ついつい・・・多めに買ってしまう。
そう、ちょっといいおばちゃんだと、つい買ってしまう。
商品の魅力ももちろんあるが、おばちゃんの影響は大きい。

台湾のおばちゃんはとても親切だ。
私がつり銭を素手でもっていると、危険だから
すぐ財布に、カバンにしまいなさい。と教えてくれる。
袋をいくつももっていたら、
大きい袋を出して、ひとつにまとめなさい。と手伝ってくれる。

どれも小さなことであるが、
ちょっとした親切が、信頼関係になり、その店を好きになる
きっかけになる。

日本のとくに都会では、コンクリートのビルでは
見かけなくなってきた「人情」。

それらが台湾の市場にはまだまだ健在だ。
ああ、こんな光景いいな。ああ、懐かしい。

おもてなしの研修など受けなくても、自然体にお客さんに
親切にできることが素晴らしい。
日本にもこんな時代があったが、、、。

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