今も、未来も「おぼえています」


台湾の親友 ANNEが静かに旅立ってから、もう4年が経過する。
3月7日だったというから、月命日であるこのタイミングに再び台北を訪ねることができ
本当に良かった。
彼女のHUSBANDも、ちょうど旧暦の正月のタイミングも兼ね上海から台北に
もどっていたため、幸運にも彼との再会も叶った。
東京でのライブに突然現れて、2年経つ。

今は60歳になる彼。WIFEの闘病生活をともに生きるため、都会暮らしから
郊外へ引っ越し、隠居生活を始めた。今も変わらないそうだ。
そう50代前半から、リタイアし、静かにシンプルな生活を送り、
病の妻を支えた。
本人の希望で手術もせず、最後まで自然体で生き、静かに旅立った妻のことを
今も変わらず愛している。
私に、スマホに入った彼女の在りし日の笑顔や、葬儀のとき、お墓、息子・・・の
写真などを見せてくれた。もう悲しい顔ではなく、穏やかに優しく微笑みながら・・。
4年の月日がそうさせたのかもしれない。

ANNEは、わがオリジナル曲「ANNEソロジー(アンソロジー)」のモデル。
「おぼえています あの日のはなし♪」
ではじまる。

そう、ANNEは亡くなったら、自分の体を医学の研究に役立ててもらうのだと
言っていたが、本当に大学病院に献体していたことを今回知らされ、彼女らしいなと
彼女のいろんな言動を懐かしく思い出す。
彼女は闘病というより、病に向き合い、自分の死を静かに準備し、
そして旅立った。仏様との出会いも、力になったようだ。

人はこちらが忘れない限り、覚えている限り、その人は生きている。
今回、ANNEがまだ私たちのなかに 生きていることを再確認でき
命の尊さを改めて知る。

ANNE、そのうち、そちらでお会いしましょう。
私たちは、あなたのことを永遠に「おぼえています♪」・・・。
今日も台北の空で、あなたは笑っているようで・・。

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老いて才能を発揮する人。

101歳で、現役の絵描きさんのことを知り、驚いた。
入江一子さんという。
女性版、芸術家版、聖路加病院の日野原先生のように、
現役中の現役だ。
現代版の上村松園といった方が近いかもしれない。

入江さんが描く作品は、シルクロードの風景であったり、ご自身が若き日に
歩いた各地の町、出会った人たちがモチーフ。
色彩豊かに、力強く描かれており、とても100歳を
越えた方が最近書かれた作品とは信じがたいほどに、
若さといきいきとした筆づかいで見る人の目を離さない。

NHKでのインタビューをきいていると、その描かれている
風景は、ご自身が若い日に行ったことのある場所。
そのことを何十年も経った今になって、改めて思い出す。
今になって
くっきりとそのときのことがよみがえってくるのだ
という。
昔の記憶が、今日の作品にそのまま反映されるとは
凄い記憶と想像力、そして創造力だ。

毎日、アトリエと寝室を行き来し、
目覚めては描き、疲れては休み、ふたたび描き始める・・
そんな毎日を過ごしておられるとのこと。
上村松園もそんな半生だったと、読んだことがあったことを
思い出す。

インタビューで泣けることばがあった。
「年をとると、絵がどんどんわかってきて、
かけるようになってくるんですよ。
絵はうまくなるのだけれど、悲しいことに
体力がついていかないのです・・」

老いて、体力が落ちても、「描かなくては」
「書かずにいられない」という
自らの使命感、内側から湧き上がる衝動が
入江さんをキャンバスに向かわせ、絵筆をとらせて
いるのだろう。

まさに神に選ばれた芸術家ともいえる。
描かれた作品は、入江さんの命の結晶だ。
「わたしは生きている」と見る人に
永遠に語りかけてくるようだ・・。
実際に、以前、とある美術館でたまたま
その作品を拝見したときに、
立ち尽くしたことを思い出す。

さて、わが身は。
まだ何にもわかっていない。
体力はまだある。

体力があるのに、もっと突き詰めないと、
100歳過ぎてもがんばっておられる先輩たちに
申し訳ないぞ。

いつまでもお元気に、そして素晴らしい作品を
描きつくして、素敵な人生をお過ごしいただきたい。

高齢化社会のなか、老人のいきざまも多様であるが
どうぜ生きるならば、こちらの方向を目指したい。

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継続は必ず力になると信じ。

昨年春より、岐阜新聞社のロビーでミニコンサートを隔月継続している。
毎回おかげさまで、多くのお客様に足を運んでいただき、
有難い限り。
車に乗り合い、みんなでランチを兼ねて出かけてくるマダムたち、
お仕事の合間、ランチタイムを利用して寄ってくださるビジネスマン、
散歩ついでの方、毎回ご夫妻で来てくださる方。
「初めての方」も、リピーターの方も・・。
すべてありがたく、このような場をもてることに感謝。

「あんた、岐阜出身かね。こういう人がおったんやな」
「あんた、何回かやってみえるね。前も聴かせてもらったわ」
いろんな声をいただき、
まさに、ふるさとならではの ありがたい機会だ。

わずか30分の構成であっても、毎回違うネタで、プログラムで
いかに楽しく、脳トレしてもらえるか・・。工夫する。

聴いていただくだけでなく、一緒にできることも用意する。

さて、毎回実は、練習不足で当日を迎え、バタバタで当日会場で
ゆっくり練習するというパターンでもあり、反省も多い。

ボランティアであれ、なんであれ、おいでいただける方に
満足していただくことが大切だ。

次回は5月。
赦される限り、親が元気でいてくれるように、励みにしてくれることを
願い、続けていきたい。
この活動も、きっと次へ進む自分自身のチカラになるのだと信じている。

おいでいただける皆様へ、会場を提供いただける主催者へ
感謝を込めて・・・。

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「人生ななつ星」を目指す

人生の、マーケッターとしての、脱サラ組としての先輩。
作家として生涯を閉じた、野村正樹さんの命日にあたる日が、
東日本大震災の翌日。
だから今年は七回忌。

その日が岐阜でのミニコンサート。
今回は、311を取り巻くさまざまな経験から生まれた曲を
綴った。

野村さんのことを書いた、「人生ななつ星」もそのひとつ。
私なりに、野村さんへの感謝を込め、歌い弾いた。
天に届けと。
届いただろうか。空の野村さんに聞こえただろうか。

人は命絶えても、覚えている人がいる限り、その人のなかで
生き続けるのだと思う。

今も空から見守ってくれていると信じている。

「書かずにいられなくなることがあるから」
野村さんが私に遺してくれた言葉のひとつ。
そう、
弾かずにいられなくなる、行動せずにいられなくなる、
書かずにいられなくなる・・

そんな衝動を新たな行動のチャンスにせよ。と
大切なことを教えてくれ、励ましてくれた恩人。

「人生ななつ星」を目指して生きよう。

命日はその人に感謝し、与えられたことを見直す
大切な日だ。

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昭和、歌舞伎町、酒。孤独と笑いの人生。

グラン・ルー20周年を迎える今年は、55歳になるという節目も含め、
感謝のGO GO精神でいこうと思っている。
と書くと、ちょっとイケイケな感じに聞こえるが、そうではなく
会いたい人に、会っておきたい人に、感謝すべき人に、会いに行くという意味。

いつか会えなくなるから、そんな日が来ないうちに・・・。
そして、恩返しをする行動の1年にしたい・・・という意味のGO GOだ。

早速、四半世紀、新宿歌舞伎町でお世話になってきた元ママと
久しぶりに再会する。
お店をやめてもうかれこれ数年、お年の頃は70代前半か・・。

「久しぶりに新宿でごはん一緒にいかがですか?」
と誘いの電話に、「いく、いく」と元気な声。
私が遠くへ行ってしまったと思っていたご様子であったので
余計に喜んで下さった様子。

当日、元ママは、キレイにおめかしして登場!想像どおり。
くたっとしていない、よれっとしていない。キレイだ。
やっぱりその道のプロだ。

お店に入って
「何、飲みます?ビール?」
とすすめると
「いや、私、日本酒 常温でもらうわ。おちょこじゃなくて、グラスでね」
やっぱ、ここでもプロっぽくて、頼もしく思える。

そして
「どーも、どーも、久しぶりね。今日はどーもね。はい、カンパイ!」
と、なんだか昔の店で最初の一杯をいただくときと同じような
ノリだ。
声も、歌舞伎町時代と変わらず、ちょっとハスキー。

そこから、ママと2時間半。ふたりで懐かしい四半世紀の思い出話や
社会の動向、今の時代の話などしながら、食事する手を止めないように
するのが大変なほどに話に花が咲く・・・そしてあっという間に時間が
経つ。

「なんだか、私ったら 今日はよく話すね。自分でも驚くわ」
そう、私がかなり聞き役になっていた。

本当に、ママは20年前と同じように、よく話した。
私はその様子がとてもうれしかった。
店をやめて、家に籠っていないかと心配していたから・・。

歌舞伎町に通っていたまではいかないが、私がお世話になった
馴染みの飲み屋さんといえば、東京ではここだけ。
最初の出会いはゴールデン街のお店時代に遡る。

いろんな人をお連れし、またいろんな方と遭遇し、
水商売の世界をちらり垣間見て、世間を勉強させてもらった。
本当に、新宿という町は奥が深いと思ったのも、このお店との
ご縁がきっかけだ。

「いつも、表に出ないしね、一人だから、ほんとうは寂しいんだよ。
一人というのは、寂しい。」

ぽつんとママが言った。

一人暮らしだと、確かに毎日話す人がいない。
だから、たまに気心知れた人と会うのはいいのかもしれない。

別れの時間になった。
「たまには、ちょっと寄っていくかな」
さすが 新宿のプロだ。
「どこへ行ってもいいけど、ちゃんと家に帰ってくださいよ」
「そうだよね、ばあさんが 飲み屋にひとりで夜中にいってもねえ・・」
気持ちよく、笑って握手して別れた。

翌日、電話がある。
「まさこちゃん。昨日は本当に、ほんとうに、楽しかった。ありがとね。
また、今度、いつでも誘ってね。」
喜んでくれてよかった。本当によかったと、心からホッとした。

気が付けば、
「昭和」の時代は良かったと、何度も口に出していた。

平成がもうすぐ終わるようだけれど、心に残っているのは
やっぱり、昭和。

これからもっと懐かしくなる。
昭和。歌舞伎町。ネオン・・・。

ママをまた誘わなくちゃ。

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「みず・つち・ひと」の調和を考える日。

あの東日本大震災から7年の朝を迎えた。
誰しも、それぞれの311があるだろう。
亡くなられた方々に、今も行方不明の方々に、心から
哀悼の意を捧げたい。
ご遺族におかれては、大変な7年をお過ごしであったことと
お察し申し上げる。
何年経っても、毎日毎日ずっとずっと忘れることができない。

そして、
東北地方の皆様の今なお続く、ご苦労について、改めて
頭が下がる思いだ。
ほんとうは、オリンピックなんかやらないで、そのお金や
労力をそこに費やしたらよかったのに・・と
思えてならないが、自力でがんばり続けておられる
皆さんに頭が下がる。

関西にいると、中部にいると、東北の津波は関係ないのでは?
東北大震災後に、阪神大震災を体験された作家、高村薫さんが
「土の記」という小説を書かれた。舞台は奈良だ。
「震災と奈良は関係ないのでは?」とのインタビューアーの問に
高村さんは、
「東北の震災は津波でしょ。津波は、土を水がかっさらっていくこと。
土は日本中、全部つながっていますよ。だから、関係ないという
ことはない・・・。」土の中に住んでいたカエルや育っていた種や
いろんな命も一緒に流された。それがあの津波。奈良で農作業を
行う主人公が、そのことを思い出すのだそうだ・・。
(まだ小説を読んでいないため インタビューより抜粋)

そう土はみんなつながっているのだ。
だから、東北の震災は日本中につながっているのだ。

このインタビューを聴きながら、自分の「みす・つち・ひと」
という曲を思い出した。
土があって水が注がれて、そこに生物が生まれ育つ。
土はつながっている。そして水は命水であるが、ときに狂い水、悪魔になる。
人はそこで生かされる。

この調和がとれづらくなってきている現代社会を思いながら
生きることの根本は「みず・つち・ひと」のバランスなのだと
改めて思い、
そのバランスが崩れたときに、えらいことになる・・・
ということを7年前に、私たちは知ることとなった。

3月11日。いろんなことを考える。それぞれがそれぞれの立場で。
私は、
7年前のファーストアルバムのレコーディングの翌日に起こったあの
衝撃を思い出しながら、
7年後も無事で生きていることに感謝しながら、
東北のみなさんのことを思い、
祈りを捧げたい。

みず・つち・ひと・・・。
調和の永遠はない。ということを心に留め、今日を大切に生きると
しよう。

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「いつでもできる」は後悔につながるから。

東京にいるときは、あまりにあらゆることの選択肢が多く、
本当に欲しいものがかえって見つからなかった。
あるいは、時間に追われて、自分にとって必要なことを
吟味する時間すらとれなかった、いや、その価値を見出していなかった
のかもしれない。

30代、40代の東京暮らしは、がむしゃらに、勢いで・・であったのかもしれないから。

今、日本のまんなかに拠点を移してみたときに、
東京にいかに自分が求めるものが多かったが、今さらにわかってくる。

インバウンドに湧くTOKYO、商業経済の先端としての魅力は
自分にとってはもう薄いが、
文化、芸術や学問という点での選択肢では、まだまだ健在だ。
今になって、ああ、東京なら・・という機会が多い。

人間、いつでもできる。いつでも手に入ると思っているときには
気づかないことが多い。
ちょっと離れることで、いかにそのことが自分にとって
大切であったかに気づくことがある。

「いつでもできる」は、もうやめて
「今しかできない」、「今すべきこと」を迷わず行動していこう。

そんなこんなで
学ぶ、表現する、そして価値ある人たちと
交わるという点で、TOKYOとの縁はこれからも切れない。

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小さな出来事、大きな喜び。この積み重ねを。

ある公的な施設の会議室を出るとき、ドアを開けた瞬間、廊下を歩いていた人に
接触しそうになり、
「あ、すいませーん」
と言いつつ、その人が、外部からの来客ではなく、
そこで働いている掃除のスタッフであることに気づき無意識に、
「お疲れ様です」
と声をかけた。
そう、どこでも掃除をしているお仕事の人には、一言、声をかけるのがわが習慣となっている。
商業施設でもどこでも、このお仕事をしてくださっている方のおかげでみんな気持ちよく
利用できると思うからだ。

すると、その女性も気持ちよく
「お疲れ様です」
と声を返してくれ、初対面なのに瞬間、お互い満面の笑みですれ違った。

私がその場所でそのまま仕事の連れを待っていたら、その人が戻ってきて
「いやー、うれしかった。いい笑顔ねえ。すっごい癒されるわ~。
今日、嫌なことばかりあったんだけど、癒されました。ありがとうございました」

と、再び声をかけてくださり、1分ほどの立ち話になる。
毎日午後、その施設に来てお掃除なさっている方だ。

知らない人なのに、出会いがしらの挨拶だけで、感謝していただけるとは、
私も、実はとてもうれしく、なんだか知らない人に喜んでもらえるとは
なんたる幸運かと思った。

人生はいろんなことがあるけれど、こんないいこともある。
小さくても、自分の存在を肯定してくれる人がいることは
うれしい。

このごろ、迷い悩むことが多かったけれど、改めてわが心にも春が
来た次第。

挨拶は、笑顔は、人を、一日を幸せにすることができる。
なんてすごい。

余りに小さな出来事であるが、大きな喜び。
毎日、こんな小さな宝石をみつける生き方をしていきたい。

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ジャーナリスティックに生きるということ

同じ文章を書く、言葉を話すにしても、
仕事だから書く、言葉を話すという人がいる。

仕事といっても、いろんな見方がある。
お金になるから書く、話すという人がいる。
伝えることが仕事だから、書く、話すという人がいる。

たとえば報道という仕事、発信という仕事は、
お金になるから・・・だけでは本当にいい仕事にならない。

その点は芸術と同じかもしれない。

書くことで、描くことで世の中に伝えるべきことを伝える。
伝わるために行動する。

結果、それで生活していけなければ、仕事として
長つづきすることは、難しいが、

まずは、書かずにいられない、というのが本当の
ジャーナリストの仕事で
表現せずにいられない。、というのが芸術家の仕事だ
と思う。

無償であっても、新たな挑戦をするジャーナリスト
たちの行動に共感し、敬意を表したい。

安定の上に、いいジャーナルはない。

と、最近注目しているジャーナリストの新たな活動に
期待したい。
書かずにいられない、行動せずにいられない。
そんな行動を見習いたい。

メディアが混迷を極める今日だからこそ、
真のジャーナリストたちの出番だ。
こういう生き方、こういう仕事観が
いい。

新聞社やテレビ局ではたらいているから
ジャーナリスト・・とは限らない。
どこにいるかではなく、
何をしようとし、何をしているか、
そしてどこへ向かっているか・・・
が大切だ。

これからも、ジャーナリストという生き方
仕事ざまを注視していきたい。

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人生、まさに心の旅。

今、旅がブームである。
しかも長いブームだ。大人も若き人たちも、、、。

何をするのが旅だろう。
普段住む場所を離れ、日常と違う景色を見てその美しさに感動し、
そこで美味しいものを食べて、泊まって、
そこで普段合わないような人との出会いもあって、
そこで記念のお土産を買って・・・・・。
一言で言えば、非日常の時間を過ごすことが旅だろうか。

私は最近、ビジネス以外で、どこかの町に行く場合、それは
カラダが動くことで、心が動く。そのことが旅の意味、醍醐味ではないかと
思うようになった。

心が動くこと・・そして、自分を見つめ直したり、人生の来し方を、行く末に
思いをはせること・・・が旅。
だから、家でもしようと思えばできるのかもしれないが、
日常のなかではなかなか、そんな心のゆとりがもてないから、
普段と違う場所に自らを置き、自らをみつめる。
それができるのが旅。

だから、私は基本、旅はひとりでするものではないかと
思っている。
もちろん、二人でする旅も楽しいが、
ひとりの旅とはちょっと目的が違うのだと思う。

最近 まさに「心の時代」というEテレ番組で、不思議な元僧侶の
半生を知った。
若いときに、放浪しながら、瞑想の道に導かれ、
宗教を学び、その後得度しつつも、国内の寺の修行で満足できず
ミャンマーへ行き、さらにはカナダへ、英国へ・・。
瞑想を極めた立派な僧侶・・。
が、ある日、俗還の道を選ぶ。
そして今は、メンタルフルネスやスピリチュアルケアなど、
瞑想で得たことを終末医療に生かし、仏教系の大学他で
教鞭をとっている。

その元僧侶の人生こそ、心の旅の人生だと思った。

いろんなところへ動き回ることで、自分の道が見えてくる。

そういう旅は意味がある。
放浪は究極の旅。
ちょっと、最近憧れる。

とにかく、人生は旅。どうせなら、豊かな旅をしたい。
美味しいものを食べること以上に
心に響く、心が震える、自分の道につながる、
そんな旅を続けたい。

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