投稿者「mahsa」のアーカイブ

パンの肖像画との出会い。

まるで写真。でも、絵画である。インパクトもあり、立体感もあり、触りたくなり、食べたくなる。すごい!パンのまさに肖像画なる作品を描く画家さんがおられるのだ。 展覧会の告知を一目見た時から、作品はもちろんであるが、独学で絵画 … 続きを読む

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幸せの観覧車を目指して・・・。

グラン・ルー誕生は1998年9月17日。そんなに気負ってのスタートではなく、1週間前に脱サラをして、小休止して走り始めた日である。 とにかく、あゆみを止めず、ずっと走り続けてきた。気が付いたら、一人で走り始めていたという … 続きを読む

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高いところから失礼します。

改めてこの写真を見ると、スゴイなあ。と思う。日の丸、祝長寿 の旗の前に、グランドピアノ。なかなか お目にかかれない舞台である。こんなおめでたい場所で、演奏させていただけるなんて、なんという幸せ者かと思う。 このステージに … 続きを読む

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その存在に向き合う「ひと」時。

今日は、敬老の日。長く生きてこられた人生の先輩への感謝と敬意を現し、その存在を大切に思う日。と、そう理解している。 といいつつ、正直若い時は、そんなことも考えたこともなかったし、親に対しても「敬老の日」に花を送ったり、プ … 続きを読む

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「敬老」に寄せる思い。

コンサートはひとつの作品として考える。映画を観るような、物語を読むような・・・そんな時間であると良いと思っている。限られた時間、条件のなかでの表現になるため、そんな大それたことはできないけれど、その時その時のお客様にどん … 続きを読む

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ただ、それだけのこと。

敬老の日が近づいているせいか、きんさんぎんざんの映像を流すコンテンツに出会った。きんさん、ぎんざんは名古屋出身の双子の姉妹。名古屋の人だったのか。そういえば、方言が・・・。若い日は名前と、双子のかわいらしいおばあちゃんと … 続きを読む

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インストルメントなわたし。

先日、キーボードを持ち込み、会議室でコンサートをやっている様子をご覧になった方が、「コンサートって、こんな簡単にできるのかと勉強になりました。」と言われた。ご自身が運営される福祉施設でコンサートをずっとやりたいと思ってい … 続きを読む

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あれから24年。

1枚の紙焼き。本棚の写真立てに入れてある。今朝はこの写真を眺め、24年間の歳月を振り返る。写真は、まだワールドトレードセンターが存在していたときの写真。だから四半世紀以上前に撮影したもの。25歳での初NY訪問から、すっか … 続きを読む

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昭和がまたひとつ・・・

橋幸夫さんに続き、吉行和子さんが亡くなったとのこと・・・。子どもの頃から馴染みのある方たちが、次々と・・・。実際にお会いしたことがないけれど、とても寂しい気持ちになる。 昨日、ある方からいただいたメール。「友人と食事をし … 続きを読む

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台湾を忘れない

マーケティングコミュニケーションの実務家たちの国際交流組織MCEI。Marketing Communications Exective of Internationalの略である。20代の会社員時代からお世話になってきた … 続きを読む

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