先日、五木寛之さんが書かれた「暗愁」とポルトガルのサウダージへの
共感について触れたが、それに近い感覚ではあるが、もう少し手前に
存在するような感覚として馴染み深い「哀愁」。
昭和のヒット曲のタイトルや歌詞にも出てくる、音楽と相性が良い言葉。
そういえば、「哀愁のカサブランカ」という曲もあった。タイトルだけで
ドラマを想像し、惹きつけられる。
哀愁・・悲しみや寂しさや懐かしさなどが入り混じった、心の奥底に
眠っているような感覚。若い時代のことを、あとで振り返ったときに
じんわりわいてくるような感覚である。
人それぞれ青春があるように、それぞれの哀愁の町があるかもしれない。
わたしは、最近、大阪の町を思いだし、足を運ぶとこの哀愁を強く感じる。
いろんな町に住み、訪れてきたけれど、大阪は私に新たな世界を
見せてくれたきっかけの町であり、最初の扉のような存在であった。
一人で行った最初の大都会、外国の存在を知った町~アメリカ村や
鶴橋の存在は、大変興味深かった。世界への興味を広げてくれた。
もちろん最初の万博も、民博も世界への扉のひとつ。
大人になると、仕事でもプライベートでもさまざまな出会いや交流も
増えたが、東京とは違う大阪。よりアジア的であり、食も文化も、
笑いも涙もすべて入り混じった、独特な大都会。
大阪で出会った人たちには、何とも言えない人情があり、
親近感を抱く。今もどうしているかなと思う人がいる。
大阪をテーマに歌った名曲も多く、哀愁漂うメロディと歌詞には
何十年経っても、心をとめ、懐かしき時代を思い出す。
私にとって、哀愁の町は、大阪だ。
今も足を運ぶと胸が弾み、そして切ない気持も沸くが、
ずっと非日常の存在であり続け、心に思い出の灯をともし続けて
くれる。
まだまだ知らない大阪をこれからも発掘し続け、
思い出を増やしていきたい。
やっぱ、好きやねん。
哀愁を感じる町 OSAKA。
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