先日、キーボードを持ち込み、会議室でコンサートをやっている
様子をご覧になった方が、
「コンサートって、こんな簡単にできるのかと勉強になりました。」
と言われた。ご自身が運営される福祉施設でコンサートをずっと
やりたいと思っていたけれど、大がかりなことはできないのでと
諦めていたけれど、これならば・・・ということで、今そのスタ
イルでのコンサートの相談をいただくようになった。
出前コンサートの案内をすることにより、楽器を持ち込むケース
も増えてきた。
そりゃ、グランドピアノがある会場のようなわけにはいかないけ
れども、施設に来られている方たちにはキーボードでの演奏でも
十分に楽しんでいただける。
その場合は、ピアノを存分に楽しんでいただくというのではなく、
どちらかといえば、トークと歌を中心に、キーボードはあくまで
も伴奏だ。
まだ楽器があるだけいい。
「ちゃんとした楽器がないと、できません」と言っている以上は
音楽の敷居は下がらない。何を弾いていても心がグランドピアノ
でちゃんと伝わる。
さらに、楽器がない場合でも、演奏はできる。
昨日は、個室レストランでの少人数での会食を開いた。
そのときに、アカペラで歌わせていただいた。
ピアノやそのほかの楽器で伴奏がなくても、それはそれでいい
演奏ができる。
お客様は、目を閉じて歌に集中してくださるのだ。
歌だけであるので、歌詞も入ってきやすいのかもしれない。
まさに、自分自身が楽器になる瞬間である。
何も持っていなくても、自分が楽器になる。
人間は歌い、手拍子、足拍子をとれる生楽器である。
何もなくても、体一つで感動をお伝えすることができる。
個室であれば、歌も歌える。
ふと、昔、飲み屋さんを回っていた 流しの人を思い出した。
ギター1本、バイオリン一台あれば・・いやいや何もなくても
アカペラ演奏もなかなか味わい深い。
ところで、人類が初めて歌を歌ったのはいつ頃なのだろう。
今度、みんぱくで調べてみようか。
嬉しい時、悲しい時、歓びを表現したいとき・・・。
祈りの場面、お祝いの場面、葬送のとき・・・。
歌は一番身近な、心を現してくれる生楽器なのである。
話すよりも、もっと感情を込めて伝えたい。
そんなときに、歌があるのだろう。
歌は感動を伝えるコミュニケーションツール。
インストルメントなわたし。もっと磨かねば♪
