月別アーカイブ: 2025年9月

受容力、判断力をしっかりと。

ファクトチェックが必要となる世界も悲しいが、それをも必要としなくなる世界は嘆かわしい。 もともと、発信される公的な情報はプロが責任をもって取材をしプロとしてのチェックを受けて、発信、配信されていた。そこに書いてあるから、 … 続きを読む

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笑顔で再会のアニバーサリーデザート

神田にあった焼きとん屋さん。東京暮らしの週末も、出張で通いとなってからも行けるときに足を運んできたが、コロナの影響を受け、その後復活したが、まもなく都市開発の影響で立ち退き、閉店となった。東京で指折り数える大変少ないお気 … 続きを読む

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パンの肖像画との出会い。

まるで写真。でも、絵画である。インパクトもあり、立体感もあり、触りたくなり、食べたくなる。すごい!パンのまさに肖像画なる作品を描く画家さんがおられるのだ。 展覧会の告知を一目見た時から、作品はもちろんであるが、独学で絵画 … 続きを読む

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幸せの観覧車を目指して・・・。

グラン・ルー誕生は1998年9月17日。そんなに気負ってのスタートではなく、1週間前に脱サラをして、小休止して走り始めた日である。 とにかく、あゆみを止めず、ずっと走り続けてきた。気が付いたら、一人で走り始めていたという … 続きを読む

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高いところから失礼します。

改めてこの写真を見ると、スゴイなあ。と思う。日の丸、祝長寿 の旗の前に、グランドピアノ。なかなか お目にかかれない舞台である。こんなおめでたい場所で、演奏させていただけるなんて、なんという幸せ者かと思う。 このステージに … 続きを読む

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その存在に向き合う「ひと」時。

今日は、敬老の日。長く生きてこられた人生の先輩への感謝と敬意を現し、その存在を大切に思う日。と、そう理解している。 といいつつ、正直若い時は、そんなことも考えたこともなかったし、親に対しても「敬老の日」に花を送ったり、プ … 続きを読む

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「敬老」に寄せる思い。

コンサートはひとつの作品として考える。映画を観るような、物語を読むような・・・そんな時間であると良いと思っている。限られた時間、条件のなかでの表現になるため、そんな大それたことはできないけれど、その時その時のお客様にどん … 続きを読む

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ただ、それだけのこと。

敬老の日が近づいているせいか、きんさんぎんざんの映像を流すコンテンツに出会った。きんさん、ぎんざんは名古屋出身の双子の姉妹。名古屋の人だったのか。そういえば、方言が・・・。若い日は名前と、双子のかわいらしいおばあちゃんと … 続きを読む

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インストルメントなわたし。

先日、キーボードを持ち込み、会議室でコンサートをやっている様子をご覧になった方が、「コンサートって、こんな簡単にできるのかと勉強になりました。」と言われた。ご自身が運営される福祉施設でコンサートをずっとやりたいと思ってい … 続きを読む

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あれから24年。

1枚の紙焼き。本棚の写真立てに入れてある。今朝はこの写真を眺め、24年間の歳月を振り返る。写真は、まだワールドトレードセンターが存在していたときの写真。だから四半世紀以上前に撮影したもの。25歳での初NY訪問から、すっか … 続きを読む

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