閉会式と戦争と・・・。

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックの閉会式が
行われている。
障がいをもつアスリートたちの、競争を終えたあとの共演は
美しいと思った。
そして、それぞれ体が不自由であるにも関わらず、
自分の能力を信じ、努力を続けてこのステージに立たれて
いること自体に胸が熱くなる。
えらいなあ。それしかない。

そもそも、この共生の社会を目指そうと言っているご時世に
なぜオリンピックとパラリンピックを分けて
開催するのかは、大きな疑問をもっている。
一緒にやればいいのに。助け合ってお互いに楽しみあう、
認め合う・・・そんな場になれば、もっともっとスポーツの
祭典は意義深いものになると思うが、記録を競うことを
主目的にすると、同時開催は難しいのだろうか。

それはそれとして、
困難を越えてがんばる選手たちの姿は、いろんな意味で
刺激に、学びになり、自分もがんばらねばと思わせてくれる。

一方、このスポーツの祭典は平和の祭典でもあるはず。
にもかかわらず、同じ地球上で、戦争が新たに始まった。
パラリンピックの開催中に、である。
あれはあれ、これはこれ?
違和感が募る。

そして、戦争をやれば、障がいをもつ人が増えるのだ。
過去の戦争が証明している。悲惨である。
心身ともに、一生その傷を引きずり、ご本人も家族も
苦しむ・・・そんな実態もあるのにも関わらず、
戦争は続いている。

世界は大丈夫ではない。
と、心配しはじめると、生きる気力も萎えそうであるが、
いやいや、そんななか、一生懸命、自身の障がいを乗り越え、
全力で、がんばろうと努力している人の姿を見ると、
自分も まずは全力で自分ができることをせねば。と
勇気が湧いてくる。

と、閉会式を見ながら、改めて世界平和を祈る。
世界の分断。なんとかせねば。

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