「もう」より「まだ」

「もう無理」とか、「もうできない」とか、自分が子どもの頃よりも、
早い段階で、「もう」と進む道を自分で打ち切ったり、途中で終わろう
とする傾向が気になる昨今。
そんな簡単に、「もう」と決めつけなくてもいいのに・・・。
と正直思うけれど、人の人生は変えられないため、求められない限りは
口をはさめない風潮・・・。
簡単に人生諦めていいのかな。とはずっと思っているが、
それぞれの人生だから、後で気づくかもしれないと 今はそっと見守る。

一方、自分のこと。
悔いがない人生にしたいと思っているが、今のところの悔いは、
もちろんある。
自分の指が40年前のように動かないことだ。
これだけは、今も悔しい。

でも、まだ今は、「もう無理」と思うことはしない。
「まだいける、まだやれる、まだ動く」と自分を鼓舞して、
指の訓練をしようと思う。それでも日々忘れてしまうので、
習慣化をして、なんとか少しでも昔のようになりたい、と思っている。
まずは、再び弾きたい曲の楽譜をいつも眺め、頭に入れること。
そして、いつも弾きたい曲を耳にしながら、覚え、指を動かす。
楽器がなくても、練習はできるのだ。
ピアノがないから・・・は、長らくの言い訳であった。
ここは、反省。

ピアニストやバレリーナは練習を1日さぼると、取り戻すのに1週間
かかるといったことをよく聞いた。
1日どころか、何十年とピアノを弾かない時代があったことは、
本当に今から思うと・・・であるが、その代わり、他の道も
歩めたのではないかとそのことにも感謝、再び、ピアノ指を
取り戻す努力をする!と心に誓う。

まだやれる、まだ弾ける。
今、世界の作曲家たちが遺してくれた素晴らしい作品に多く
触れ、自分の中にレパートリーを増やしながら、弾ける曲を
増やしていこうと思っている。
それが一番の幸せなのだと、改めて思う。

「もう無理」は本当に限界までやってから。
まだまだやれる。まだやっていないのだから。

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