脱サラ、卒サラと組む。

これからの社会、健康長寿を推進するならば、生涯現役は必須かもしれない。
これまでは、サラリーマンが定年を迎えたあとは、現役引退ということで、
ゆったりお過ごしの方も多かったが、最近はそういうケースは少ない。
定年年齢も繰り上がり、また経済面での必要性からも、長く働こう、社会活動をしようという人も増えている。
私の周囲にも、活動的な先輩は多いし、増えている。

最近、そろそろ定年という方から、一緒に組んで仕事をしない?といった
お声もいただく。私は脱サラ(中途退職者)、相手は期限一杯立派にお勤めを果たされた卒サラ。40年以上の会社員生活から、新たなスタートをしたいとのこと。

会社の看板を背負ってきた人たちが、ある日、その看板がなくなる。
立派な肩書をもっていた方も、ある日、ただの人になる。

そのことへの不安も正直あると聞く。
こちらは、20年以上前に、看板がなくなったから、(といっても立派な看板か肩書きかは人それぞれであるが)、そういう意味では、ただの人としては
先輩ということになる。

ひとりで20年やってきた自転車操業と、大きな組織でキャリアを積まれた方と
お互い、補える面は多そうだ。
人として尊敬できる、人として共感できる人とのジョイントは歓迎だ。

脱サラ、卒サラ。お互いの強みと経験を活かして、わくわく60代への道を
切り開くのも面白そうだ。





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エコから生まれる素敵な感動

この写真は何だ?と一瞬思われるだろう。ピンクのエコバッグ。どこで売っている?いや、売っていない。地方のあるハンバーガーショップの食器返却場に
畳んで何枚かカゴの中に置いてあったものを1つ、いただいてきた。
それが入っていたカゴに「キャンペーンの幟旗で作ったエコバッグです。使っていただける方、ご自由にお持ちください」と書いてある。色はピンクだけでなく、緑だったり、赤だったり、黒だったり、色とりどりのバッグが数個入っていた。一見、何かわからないが、気づけばびっくり!まじ?思わず広げたくなる。
すべて期間限定のキャンペーンで使った店頭用の幟を再利用してあるのだ。偶然気づき、興味をもったお客さんは持ち帰るが、目立つようには置いていないので、今回、気づいて本当にラッキーであった。
「誰がつくられたのですか?」「奥でハンバーガーつくっているパートさんです」とお店の人が微笑みながら教えてくれた。
その人の仕事はオーダーされたハンバーガーをつくることであり、エコバックをつくることではないだろうが、きっと「キャンペーンが終わったら捨てるの、もったいないね~」というという感じで、この取り組みがはじまったのだろう。
「すごい、いいのできたね~。じゃ、お店においてみる?」そんな流れだろうか?マニュアルにないおもてなしだ。そこに手先の器用なパートさんがいて
くれて、処分されていく幟たちをもったいないと気づいてくれて、それに感動してお店で置かせてくれた店長がいて・・。と、あれこれ、勝手に想像したら楽しくなる。この協力・共感体制が素晴らしい。

近々、お店の人にお礼を言いに行こうと、思っている。なんだかこれをもっているだけで、その人の気持ちが伝わってきて、とても幸せな気持ちになるのだ。
そして、またあそこに行こう、行きたいと自然に思うのだ。そして人に「こんな、いいことがあったよ~」と言いたくなる。
また行きたいと思う店には、このような手作りのサプライズがある。
マニュアルにないからこそ、感動する。自発的な、なんだか楽しさが伝わってくる行動・・。想像しただけで、シアワセになる。

おもてなしとは、コミュニケーションとは・・この拡散の時代だからこそ、よりアナログであってほしいし、ぬくもりある、心のふれあいであってほしい。
あたたかい心に触れるだけで、人はシアワセに元気になれると思うから。


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エネルギーを注入する仕事

このたびお会いした町工場の社長夫妻。

いろんな困難を二人で相談しながら、毎日きりもりされている。

脱サラをして受け継いだ会社経営だから、なんとか軌道に乗せなければ・・
仕事に追われる日々、ゆっくり長期的な視点で考えるゆとりもなかったようだ。

この度お声がけいただき、会社訪問して、社長夫妻と一緒に会社の棚卸をしてみる。

問題もいろいろあるが、夢につながる可能性もたくさんある。
一人じゃ大変だけれど、夫婦なら乗り切れる。

二人の視野を広げ、夢をもって、まずはいろんな現象、思いを見える化することをおすすめする。
夫婦だけだと、ついつい今日明日の話にとどまってしまい、大きく将来を見据えることができないが、第三者が関わることで、自分たちのことも客観化でき、
現状とすべき方向も見えてくる。

3時間ほど語り合った。気のせいか、奥さまの頬が紅潮し、社長も笑顔になってきた。
「なんだか、わくわくしてきました。がんばりますわ」
と二人でいい感じ。

困っている人に元気を注入し、やる気を引き出し、道を切り開くお手伝いをする。なんと、ありがたい仕事かと思う。
笑顔が生まれる会社になるために、一緒に前に進みたい。

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初面談はドラえもん式で!

ほぼ毎日のように、一歩外に出れば新たな出会いが待っている。
偶然の出会いもあるが、予定してお会いすることもある。
はじめて会うときは、いつも、ドキドキわくわく。
どんな人かな?どんな風に感じる人かな?立場やわかる範囲での情報以外に
ひとりの人としてどんな人か?ここは会ってみなければわからないが、
まずは、第一印象。
とにかく、まずは相手にいい印象をもっていただくことが、最初の出会いで
一番重要だ。

わが心の観覧車活動では、出会いを大切にする。
このわくわくどきどきな緊張を、新たな楽しみや学びに変えて、
そして感動や発見をみつけ、さらなる行動へ・・。
それが人間としての成長、発展につながる。

初めての面談は、
どんな話題が良いか、どんな風に盛り上げるか?
人に会うときには、話題、ネタを多く用意しておくのが良い。
もちろん相手をある程度知っておくことは必須だ。予習が重要。
それが距離感を縮める秘訣。

その上で、楽しい交流をするための工夫。
かつて、何度か「ドラえもんのポケットみたいですね」と言われたことがある。
いろんな視点、感性での話題、ネタを魔法のポケットに入れておく。
これがダメならこれ、その次は・・
多めに入れておく。

いかに笑いを引き出すか。笑いと共感が生まれれば、そこからの会話は
スムーズにいくはずだ。

よし、久しぶりにドラえもん式でいこう。いろんなスタイル・手法で
新たな出会いを創っていくことを楽しんで今日もGO!

もちろん、相手に合わせて、いい聞き役であることの大切さも忘れずに。

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新たなパートナーは10キロ級

新しいパートナー登場。名前はマドレーヌ。悩み、迷った末に、やはりこの名前に。でも、生まれはフランスでなく、イタリアだ。

重さは10キロほど。ピアノほどは重くない、可動式であるという点で、選択したものの、それでも重い。移動については、まだ課題のまま。

習いながら、自学しながら、だんだん慣れてくる。
わがグラン・ルーのテーマや、シャンソン、そしてピアソラが良く似合う。

泣けてくる音が出る。

ピアノは鍵盤をたたけば鳴る。でも、こちらは音自体、自分で創る。

正直、ひとめぼれで、即決。

私の人生、仕事にパートナーは、人間に限らないところが面白い。
計画に沿って、目的に近づきたい。

そのうち、その音色をお楽しみいただける日が・・・。


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マニュアルよりも鏡を。

知的な人が就く職業の方のために、失言を防止するためのマニュアルが作成され、関係者に配布されたようで、驚いている。その手間と労力と、発想に。

マニュアルとは、機械の操作作業手順や、誰がやっても一定基準を保たないといけない仕事に対し、大勢の人が取り組む場合、同じ品質の仕事をできるようにするための資料、トリセツであるが、高度な技術を伴わない会話の世界でそんなマニュアルが必要であるかどうか?とくにもともと、口が商売道具の人たちに、そんなものがないといけないのか?と疑問を抱いてしまう。言葉のプロじゃないんですか?と聞きたくなってしまう。

マニュアル作れば、問題が起きないと思うその発想に首をかしげたくなるが、
会話は、発言は、基本的に相手のことを大切に思えば、相手のことを思って丁寧に話せば、問題発言など出ないのではと思ってしまうが?

問題を起こさないためには、頭の中に情報を叩き込むことではなく、どうしたら相手が喜ぶか、理解してくれるかという視点をもち、相手目線で会話をする、自分が自分がではなく、まず聞くという立場を大切にすれば、もっといえば、自分が何様かを勘違いしなければ、問題はなくなると思いたい。

要するに心根の問題、自分の勘違いをなくすこと。
マニュアルの前に、自分を見つめ直すこと。

そんなこともマニュアルにかいてあるのかどうかしらないが、
そんなものがなければ、答弁できないなら、その仕事に就く資格もないのでは?
マニュアル作ること自体をニュースで言うということも、恥ずかしくないのかと
とにかく驚くことが続く、今日この頃・・・。

必要なのは、マニュアルより、自分を映す鏡。

言葉は難しい。心の現れであるから。
まず、一言の重さを自覚すること・・・。
いずれにせよ、まずは、我が身から。




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言葉にならない思いを○○に。

生まれて初めて買ったいわゆるDCブランドの洋服は、ヨージ ヤマモト。
y’sというブランド名だ。
大学1年のときだったか、バイト代をためて買ったコート。当時の周囲の影響もあった。哲学や美学を学ぶ若者には、これらのデザイナーは憧れであった。
その頃、このワイズや、コムデギャルソンは、それまでの華やかなデザインとは
全く違って、黒ベースのシンプル、でも主張ありげなデザイン・・・。そこが
当時、若き自分をくすぐった。こんな服をきて、背伸びした自分を見せたい。他とは違う自分を表現したい・・・なんて、そんな気持ちがあったと思う。
あのコートは結局20年以上、着続けた。
あの頃から、山本耀司も川久保玲も憧れであったが、社会人になって機能性が必要になり、イッセイミヤケを愛用するようになったが、それでもワイズもずっと好きであり続けている。この世代の日本のデザイナー先生は本当に素晴らしいと心から尊敬し続けている。世界に誇る偉人たちである。
ヨージヤマモト。経営が大変だと聞いた時代もあったが、どうやら最近は売り上げが好調とのことで何よりだ。若者たちが、黒いワイズの服を着ることで、自分の生き方を変えたり、新たなことに挑戦したりしているようだ。自分が若いときと同じだ。時代が戻っている。ただ、昔と違うのは、彼らがワイズの良さを国を越えて、SNSで拡散していること。この時代に、ワイズは今また新しく育っているわけだ。中国の若者が反権力のしるしとして愛用しているのも印象的だった。

その山本氏は、もう70代後半だそうだ。今もずっと変わらずおしゃれだ。
先日見聞きしたインタビューでぐっとくる会話があった。
「もうそろそろの年なので、ずっと思ってきたことを表現しなくちゃと思っている。政治や社会についてのメッセージについても。言葉では言えない(言葉にならない)ことを、洋服で伝えたいと思っている・・・。」といった趣旨の内容。

凄い。言葉にならないメッセージ、あるいは言葉にしてしまうと、ただそれだけになってしまうことを、自分なりにしっかり自分らしく表現する。これが仕上げの仕事というわけだ。

洋服はメッセージツールであり、メディアなのだ。
なるほど・・・。最近の洋服には文字が入ったものや、カタチやモチーフ等で深い意味があったり・・・。ひとつひとつにすべて意図があるのだ。それをモデルが、お客が着用することで、そのメッセージが広がる・・・。
パリコレを見た記者が、これはデザイナーの仕事でなく、アーチストではないかと評していたたが、山本氏は「いえ、わたしは服屋です」と言い切ったその表情も、とても素敵であった。

言いたいことを、何で表現するのか。私は??
五感で、自分の得意な領域で、メッセージを伝える。何で?
確かに、言葉以外で伝えた方が伝わることが多い。
人生の先輩たちが、まだまだ現役でその仕事に取り組む姿を見て、まだまだこれからだと勇気も沸いてくる。

改めて、山本氏の偉大な仕事について、心から敬意を表したい。
今、国内外の若者が山本氏の洋服を着て、社会にアンチの姿勢を示したり、
おしゃれに自己表現をしている。
生き方のお手伝いができるなんて、素敵すぎる仕事。

言葉にならないことを、伝える。山本さんのようにはできないが、私なりに・・。
ああ、もう処分してしまったはずの昔のコートが、急に懐かしくなってきた。


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あの日に帰りたい・・か?

最近、仕事も勉強も兼ねて、大学に足を運ぶことがある。
正式に講座等を受講する場合もあれば、ふらり出かけ、学校内の施設を見学することもあり・・・自分が通った学校だけでなく、いろんな学校に行くのは楽しい。

岐阜のとある大学に用事があって訪問することになる。
ちょっと町中から離れているので、スクールバスが充実しており、近隣の主要駅から無料で乗せてくれる。
生まれてこのかたスクールバスなるものに乗ったこともなかったが、こうやって学生の足をカバーする手厚いサービスもあるのだと感激しながら、現役の学生たちと同じバスに乗る。ちょっと緊張しながら・・・。
車内ではもっと賑やかかと思っていたら、とても静かだ。学生は大人である。
30分ほど乗って大学キャンパスに到着。学生たちに続いて降りて、キャンパスに入る。門から一歩中に入ると、何かわくわくするものだ。自由な空気を感じる。食堂など学生たちがいる場所を通っていく。彼ら彼女らの会話に触れるだけでも、自分の学生時代がよみがえる。彼らの話題は多岐にわたる。

もう学校を卒業して30年以上の月日が経った。あの日に帰りたいだろうか?毎日バイトをして、いろんな出会いがあって・・。初めての一人暮らしはある意味、音楽との別れとともに、真新しい世界が広がって、その延長線上に今がある。
その当時を、懐かしいという気持ちはあるが、戻りたくはない。

むしろ、今改めて、大学で学びたい。もっと勉強しなければ、勉強したいという思いが若いときよりも、旺盛なのかもしれない。

「もう一度、大学でもいって、しっかり勉強したいな」
「何のために?何かになるの?勉強するだけだったら、もっと後でもいいのでは?」
そんな会話を家でする。

何になる?何を目指す?あの頃、もしかしたら、そんなに真剣じゃなかったかもしれない。

そういう意味では、今改めてもっと自分の将来を考えなおしたいのかも。
そういう意味で、あの日に帰りたい?
いや、帰らない。
帰らず、今の自分を活かし、前に進むとしたい。
と、大学に足を踏み入れると、学生になりたい自分が顔を出す。

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うれしい仕事にするために・・

死ぬまで、ずっと仕事をするだろう。というか、生きることが仕事と思っているから、何かしらやり続けるだろう。
どこが折り返りなのかもわからないまま、毎日彷徨っている感じもあるが、
いろんな仕事に接し、いろんな人に出会い、交流させていただくが、
改めてふりかえると、私にとって、仕事で一番うれしいことは、心から感謝していただけたとき。
それは、自然と相手の表情に出るから、すぐわかる。

感謝される仕事ほど、うれしいものはなく、
感謝されない仕事ほど、むなしいものはない。

感謝されるためには、どうするか・・。これは永遠の課題であり、努力も必要だ。

自分が感謝したくなるときはどんなときか?心から感謝するときは?と思い浮かべれば答えは簡単。

いつでも、相手の立場になり、相手とできる限り一体となって、今どきの言葉でいえば、心から「寄り添って」できる限りを尽くすこと。

迷ったときは、これまで喜んでくださった人たちのあの笑顔を思い起こすことに
しよう。
うれしい仕事にするために、うわべでなく、調子よくではなく、心から生きることを大切にしたい。



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人を下げる発言に注意。

コミュニケーションの仕事をしていると、言葉のむつかしさや、重み、また一言の影響というものについて、つくづく考えさせられることがある。

先日、あるイベントで、司会者が演者のパフォーマンスを悪く言う、見方によってはその演者の心を傷つける発言をしている現場に出くわした。見方によっては、司会者はその場を盛り上げようと、演者をダシにして、笑いをとろうと思ったのかもしれないが・・。その発言は、聞く人によっては司会者の言葉に左右され、聴衆・観客の印象も左右され、演者のパフォーマンスの評価を下げる可能性もあるため、大変気になった。
司会者とか、ナビゲーターとか、講師とか、会話、言葉で仕事をする人は、決して演者をけなすような言い方をしてはいけない。もし十分に表現できていないことに気づいたり、個人的にそのパフォーマンスが自分の好みでなくても、「良かった」「素晴らしかった」とプラスの発言をして、演者も会場も盛り上がるように仕向けなくてはいけない。と私自身はいつも考えている。

どんな場でも、誰かを傷つけたりする発言は、絶対にしてはいけない。

人を上げることはあっても、絶対に下げてはいけない。

今回そのステージを見て、演者がかわいそうになった。そんなつもりでやったのと違うだろうし、司会者の発言と違う印象を自分はもったため、その司会者に不快感と疑念と、プロとしては少々怒りも・・。

下げてはいけない。絶対に上げること。

人は褒められて、認められて、成長するし、相手のことが好きになるし、応援しようという気持ちにお互いになるものだ。

さまざまな世の中でいう、「プロ」という人たちに接しつつ、それが本物かどうかの見極めもしている・・。自分ももちろんされてるだろう。
いずれにせよ、みんなをハッピーにできる人が、プロ!である。

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