生成と創造。

ある知人から、「たまたまAIのことを調べていたら、音楽でも
活用できるとわかって、曲もできて驚いています」
と、たまたま自分が所属している会のテーマ曲ができたとか
で共有いただいた。
デザインでも音楽でも、AIを活用したら、誰にでもイラストも
曲もカタチにすることができる。
とくに作曲をこれまでしたことがない方にしてみたら、
AIがあれば、十分自分でもできる!と驚きと発見、その世界
にハマるのかもしれない。
こちらの作品は情報によって組み合わせ、生成される。

一方、私は今、ある企業の周年イベントに向け、オリジナル
曲を生み出そうとしているが、もちろんAIを使っても、それなり
のものはできるだろうが、それはしないと決めている自分が
いる。
その会社への思い、事業を続けることの苦労、ネットでは
書かれていない見えない歴史や人々の思いを込めてつくりたい
と思っているから。そこで働く人、経営者夫妻の顔も浮かび
その残像や自分の中に入っている情報から、お祝いの曲を
生み出したいと思っているから。食べるものをつくる会社であれば
そこで作る商品を食しながら、味わいながら、その会社のイメージを
五感で感じ直し、働く人達を思い浮かべ、音に言葉に出したら
言葉を乗せたらどうなるか?を楽しみながら、生みだす。
歩きながら思索し、あ!といいメロディが浮かぶ至極の瞬間が
何とも言えない。
創造はプロセスとその生まれる瞬間がポイント。

そして、瞬間に自動でできあがってくるメロディーではなく、
自らの中にわいてくる音、生みの苦しみのあとに出る
音の方が、聴く人の心に響くと信じている。
そこにはストーリーがあるから。

創造には、作り手の思いや愛があると思う。
生成はすでにある情報の組み合わせであるから、思いや愛は?

誰にもできるよりも、誰もできないことをもっと極めたい。
伝えたいのは、やっぱり「思い」。
届けたいのは、生身の人がつくることの感動。



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