まる8年を迎えました。ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」
3月分の放送は、明日31日18時~です。
今回は、素敵な和装文化を発信されている縁enishiの鳥島悦子さん、そして
良寛さんの発祥の地 出雲崎でお菓子作りを代々受け継いでおられる 大黒屋の
小黒淳さんをそれぞれゲストにお迎えし、素敵なお話をお聞きします。
春の訪れとともに、新潟発の「和」文化をお楽しみください。
楽しいリスナープレゼントもございます。


FM KENTO 愛の元気人
まる8年を迎えました。ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」
3月分の放送は、明日31日18時~です。
今回は、素敵な和装文化を発信されている縁enishiの鳥島悦子さん、そして
良寛さんの発祥の地 出雲崎でお菓子作りを代々受け継いでおられる 大黒屋の
小黒淳さんをそれぞれゲストにお迎えし、素敵なお話をお聞きします。
春の訪れとともに、新潟発の「和」文化をお楽しみください。
楽しいリスナープレゼントもございます。


FM KENTO 愛の元気人
恐怖に思い、逃げていた「親知らず」をついに、抜いた。
大げさであるが、忙しいを理由に10年以上伸ばし伸ばしにしていたが、
今回はさすがに、観念した。
併せて風邪気味、加えて腰痛、腱鞘炎と私の元気を阻む
故障源が同時に多発し、親知らずとともに、痛みが続く。
体のあちこちが断続的に疼く、、。
起きていても、寝てもおさまらず、鎮痛剤が活躍。
年度末の故障とは、一年の身体の使いすぎに対して、
安静にして、ここでメンテせよという黄信号。
ということで、腫れを気にしながら、余り人様に
会わなくて良いように、静かに過ごそうとする。
そんな時に限って、マンションの大規模工事で
騒音が響く。
痛いのはつらい。
しかし、痛みは身体の悲鳴。
治る過程なのだ、と我慢、我慢。
集中する、元気を維持するということは、
健康が前提になる。
何箇所かの小さな故障。
まあ、自然な老化、使い過ぎ。
もっと苦しい辛い闘病されている方を思えば
なんのその。
この痛い時間、どうやって有意義に過ごすか
考えるのも良し。
そう、まず気づいたのはお茶、紅茶を味わうこと。
食事をまともに摂れない日は、お茶がご馳走だ。
今日どの葉っぱにしようかと選ぶのが楽しみになる。
時間に追われる日はお茶の甘みや、一口いただいた後の
余韻など感じなかったのに、
不思議と紅茶一杯で、パリ旅行へいった気分にも
慣れてしまうのが不思議だ。
日頃 気に留めていなかった隠れた小さな楽しみを見つけ、
今週はとても幸せなことに思える。
故障した我が身を慈しむひとときも
春にふさわしい。
早く腫れがひきますように。
約1年ぶりに、下北沢の町に向かう。
演劇での生演奏という貴重な経験から、もう四季が一巡した。
そこで出会った演劇関係の人たち。
たったひとつの作品を通じてではあったが、仲間に入れてもらった
感じがする。
作家、役者、演出家から照明さん、会場関係者からいろんな方の関わりで
ステージができる。そしてお客様の入りこそが
その舞台の成功には最重要、絶対不可欠な要素。
1年前の自分の取り組みを思い出しながら、今度は観客という位置から
作品やステージをみつめる。
役者たちの真剣さにまずはしずかに感銘。
ほんとうに皆さん、セリフをよく覚えるなといつも思うが、それが
役者の仕事の基本だ。
そして、役者の演技が自分の意図通りになっているのか・・・厳しい
チェックを最終回までやり続ける作家。
ダメ出しは本番が始まってからがより厳しくなる。
そんな仕事ぶりを久しぶりに観ながら、
表現する仕事について、考えをめぐらす。
本番の合間に、仲間の作家と少し話す時間をもらう。
ひとつ仕事をオファーできないかと・・。
その話をしたら、彼女は
「私ももちろん書こうと思ったらできると思うけど、
それやったら、マーサさん
自分で書けばいいじゃない。せっかく勉強してきているのだし」
あ、そうか。
そういわれて、そうか自分でもできるかも。
と思えてきた。
そうそう。それを忘れていた。
いつかはそうしようと思っていたのに、
よく考えたら、今からそこから始めてみれば良いので
あった。
春は、やっぱり始める季節。
何かの機会に、誰かがふいと一言、背中を押して
くれることに、
前に進もうと思えるのが、新たなことに挑戦しようと
思わせてくれるのが春だ。
久しぶりに下北沢へ来て、良かった。
東京では、すでに満開の桜。週明け、平日でも花見を楽しみたいと人がであちこちで、
空を見上げ、スマホをかざしている。
この時期に訪日した海外からの観光客にとっては、ラッキーかもしれない。
メニュー豊富な東京観光に花見が加わるのだから。
さて、その桜・・。
私にとっての東京の桜は、
「なごり雪」ではなく、「なごり花」だ。
混雑が苦手なため、
千鳥ヶ淵をなるべく通らないようにしながら、市ヶ谷のお堀を遠目に見ながら、
上野公園にも行かず・・・桜というと人が湧いてくるのが嫌だと思いながら、過ごして
きた。観桜するならば誰もいない、早朝、散歩やジョギングをしながら・・という時代も
あったが・・。
ここ2~3年は、家の前にある大きな桜の木の見晴らしがよくなったため、
部屋から、目の前の桜を観るという、贅沢な貸し切りの花見を楽しんでいた。
そして、昨年の今ごろは
「ああ、東京の桜は、これで最後」
と思い、複雑な思いで何度も何度も写真を撮り、ずっとみつめていたのを、
今改めて思い出す。
あれから、1年。
あっという間の1年。
東京は帰る場所でなく、訪れる場所になったが、
約四半世紀過ごしたこの町は、この季節になると
さすがに、ちょっと懐かしくなる。
3月末に咲く桜は「なごり花」。
きっと今日も都内のどこかで
昨年の私と同じような気持ちで桜を見上げている
人もいることだろう。
雪の次は桜。
日本の四季はやはり抒情的であり、そこが良い。
あれから1年。
再び、我が家の前にあった桜に会いに行く。
「こんにちは。お久しぶり・・・」
「よ、今年も咲いたよ。」
と桜の木からの声が届いたように感じた。
コミュニケーションクリエイターという仕事について、人様にご紹介いただくのは結構難しいようだ。
私のことを長年知ってくださる人でも、人に説明するときに苦慮されることがあるようで、ちょっと
申し訳ないといつも思う。
いろんな顔を知っている人ほど、説明がしづらいのだろう。
そんななか紹介をいただきながら、始まった研修。
はじまってしまえば、大丈夫。
ぐいぐい、楽しくプログラムを進めていく。
最初、ちょっと緊張していた人もいたが、みなさんの真面目な姿勢に支えられ、あっという間に2時間の講義が終了。
職場のコミュニケーションをよくする、自分から発信するようになる。
これが狙いのプログラムであったが、ワークショップでは爆笑の連続。
まさに研修講師もドラマのように。
情報+情感。セリフのように、話す。
研修は眠くなるものらしく
「今日は全然眠くなりませんでした」
と正直な感想。
そう、いくつになっても、いつでも、学びは楽しくありたいもの。
大人こそ、それを求めていると思う。
おかげさまで、私にとっても楽しい研修になった。
年度末の結びの仕事として、ありがたい経験が
またひとつ。

写真は夜が明けてからのものになってしまったが、
この写真にまつわる話を少々。
2泊3日で名古屋~東京~長岡~新潟~東京~新潟~燕~新潟~名古屋
と激しく動き、帰路につく週末。
結婚式の二次会やプライベートな送別会のような春らしい週末の
喧騒のなか、疲れ果てて、土曜の夜遅く。ようやくたどりつく。
一服するため、
お湯をわかして入れようと愛用のポットを探すと、なんと
花瓶になっていた。
しかも桜の木が生けられており、びっくり・・。
ポットに咲いた桜の花とは、初めての体験。
疲れていたが、不思議な家での夜桜にすこし笑みがこぼれる。
翌朝、
「桜、どうしたの。まさかどっかで折ってきたわけじゃないやろね」
とあえて、いじわるにたずねると、
「ううん。いつものところで、買ってきた」
いつものところとは、近所の花屋さん。
限定品、お求めやすいお花はワンコインより安い350円。
しかもブーケになっている。
桜もその350円コーナーにあったようだ。
外でみる桜も良いが、ポットに咲くこちらの桜もなかなかいい。
なんといっても、貸し切りだ。
気持ちが嬉しく、疲れも吹き飛ぶ。
日曜は全国的にお花見日和だったが、おかげで中で仕事しながら
ひとり花見を楽しんだ。
いろんな花見、いろんな愛で方。
これから1週間、まだまだその楽しみは、人それぞれに。
悲喜こもごもの3月ラストウィークに桜は、とてもふさわしい。
お気に入りのポットも今週は桜の見守り役だ。
今、ラジオドラマについての勉強をしはじめている。
ラジオドラマ自体が、今の世の中で主流ではないと思うし、
自分自身ラジオドラマには正直馴染みがない方であるが、
その講座を担当される先生の授業が大変興味深く、
ラジオドラマ以外のコンテンツや他の仕事にも大いに役立つ内容であり、
その教え方や姿勢も参考になるところが多いため、定期的に
講義を受けてきた。
そして、気が付けば年度末で講義も一区切りの時期が近づいてきた。
この半年で一番印象に残っているのは、
ラジオとは耳で聞いて受け取る媒体。聞き手は聞きながら
想像しながら、その世界を描く。
想像しやすい、映像に浮かぶ描写が大切というところ。
言葉だけで、映像が浮かぶようにするという表現は難しい。
さらに、ドラマについて。
ドラマとは架空の物語。しかも、基本的に登場人物による
セリフ(独白も含む)と効果音によって構成される。
そう、セリフが基本だ。
セリフを意識する。いきいきしたセリフを書く。
ということについて学ぶ。
いきいきしたセリフとは
情感と情報をいい塩梅で(3対1)混ぜるのが良く、
情報ばかりのセリフでは全く響かないという点を
学ぶ。かといって情感だけでは物語は進んでいかない。
なるほど。
この「セリフを意識する「」ということは、
日常生活やビジネスシーンにもそのまま役立つ。
講演でもプレゼンでも、もしかしたら日常会話でも
それがセリフだと思えば、もっと一言一言を大切にするのでは?
そして日々発する言葉をセリフとして意識すると、
人生がもっとドラマチックになるかも知れず。
ラジオドラマを学び、表現やコミュニケーションについて
改めて考えさせられている。
聴覚でのみ伝える媒体。
シンプルであるが、表現力を身につけるには最適な
教材でもある。
イギリスのチャーチル大統領の半生を描いたハリウッド映画で、
特殊メイクを担当したメイクアップアーチスト辻和弘さんが
日本人初のアカデミー賞を受賞した。
先日たまたま見つけたインタビューで、その人の生き様を少し知ることができ、
大いに刺激を受けた。
辻さんは10代の頃から、特殊メイクの世界に興味をもち、独学を重ね、
単身でハリウッドに行き、修行の道を進んだそうだ。
そして、アニメ系、仮想の動物などの特殊メイクで名を馳せるが、
その世界での限界を感じ、しばらく活動を休止。
そして、このたび、チャーチルの映画の制作時に、
主演男優からの指名を受け、チャーチルの顔づくりに挑戦。
それが見事アカデミー賞受賞となったとのこと。
人間の顔をつくるという仕事は極めて珍しく、それだけに
興味が尽きない。
さて、ご本人がインタビューで残した言葉が
いたく気に入った。
「親や周囲がすすめることをしてはいけない。」
それをすると、きっと後悔する。
もちろんそれが自分のしたいことと同じであれば良いが。
それよりも、自分がやりたいものをみつけ
それにとことん突き進む。
反対されようが、何されようが、自分の意志で
突き進む。
そして、10年やり続ける。
その結果が今回の受賞ということだろう。
そうだ、誰がなんといおうと
自分がやりたいこと。
これがみつけられることが大切だ。
みつかってしまえば、それに向かって
行動を起こすのみ。
50代半ばにもなって、こんなことに共感しているようでは
遅いか?
いや、まだ遅くない。
人の顔をつくる仕事というのは、とても興味深い。
どんな生き方をしてきたかで、顔は変わるそうだ。
年輪のごとく・・。
自分で道を創る人は、素晴らしい。
うーん。わが人生はまだまだ・・。
誇りに思う、心から尊敬するアーチストがまた一人増えた。
クラシック音楽の楽譜にはさまざまな注意書き、表示が書かれており、
それにより、その曲をどう演奏すれば良いかがわかる。
楽譜の音符の羅列だけでは、速さや強さなどがわからないが、
音楽用語が添え書きしてあることで、曲のイメージが見えてくる。
具体的に速さを記すものとして♪=60のように、1分間に八分音符が
60個入る速さでと言った表示もあり、これはメトロノームという道具で
その速さを誰もが確認、同じ速さを表現できるので、大変科学的で汎用性
がある。
一方、「Andante」とあれば歩くような速さで、「vivace」といえば活発に
というように、人により受けとめ方がさまざまな表示もあり、ここは
演奏者や指揮者の感覚により、同じ曲であっても違う演奏になるため、
そこがクラシックの面白いところで、解釈や表現に無限の可能性がある。
さてこの音楽用語を、日々の暮らしのなかでしばらく忘れていたが、
最近あるピアニストと出会い、彼女と話している間に、
この音楽用語の存在を久しぶりに思い出した。
彼女はmezzo pianoの人かな、私はforteな感じかな、といった具合に。
自分の生き方を音楽用語で表してみるのも面白いかも。
音楽はいろんな意味で、人生に役立つ。
おかげさまで、歩くことが大好きだ。
昔、ニューヨークへよく行っていたころ、
マンハッタンを毎日、歩きまわっていた。
地下鉄は怖く、バスもタクシーも本当に
疲れたら、または時間がないときだけと決めて、
とにかく歩く。一日10時間も歩くと
足が棒になり、足の裏が熱くなるが、
歩くというのは本当に楽しい。
見たいものが見れて、入ってみたければ
すぐ立ち止まったり、中に入ることもでき
駐車の心配もなく・・
ウォッチングやリサーチには、徒歩が最適
だった。
そして、おかげで足が丈夫。外反母趾に
なったことは仕方ないが、それでも
よく歩いてきた。
最近も、毎日1万歩を目指す。
都内や京都で1日活動すると軽く
2万歩ぐらいになる。
小さな達成感が健康のバロメータ
である。
が、そのためだけでなく、
歩くとは、自分との対話の時間にもなる。
ここが自分にとって大変大切だ。
自分と話す。
いろいろ考える。、
悩んでいるならば、歩きながら気分転換、
あるいは、新しいアイデアが出てくる、
曲が生まれるのも実は歩いているときだ。
修行僧の方や巡業の方も、
歩きながら祈り続けておられる。
歩くとは、心の旅の一歩であり、
自分と向き合う時間であり、
本当に貴重なのである。
歩きながらでも仕事ができるのだ。
人間が歩ける生き物でよかった。
これが 犬のように よつんば であると
見える世界も違うだろう。
さあ、人混みを避けて、歩こう。
と、自分の足で地球を踏み、
自由に移動できて、
幸せだ。
歩くとは、この上なき幸せな
修行だ。