人が育つと嬉しい

ある企業とのコラボによる、プロジェクトもひと段落。約1年のおつきあいであった。手慣れた仕事というよりも、初めてやる仕事として、お互いに手探りの状態。でも、チームワークを発揮し、きちんとこなさなければならない。
私の担当になったのは若手女性の営業パーソン(営業マンと書くと何かとややこしい世の中らしい・・うーん)。もちろんそれ以外の関係者ともやりとりをしたが、もっともコミュニケーションをとったのがこの若手。
同じ会社に属するわけではないが、それと変わらないぐらい、頻繁にやりとりをしてときにはいいづらいこともいいながら、とにかく一緒に仕事をやり終えた。

プロジェクトが終わった日に、その上司が来てくれた。なんとうれしい差し入れをもって。
そしてそのあとメールでお礼を告げると、返信をいただく。
その内容が何ともうれしい内容。それはプロジェクトの無事の終了への感謝だけでなく、それを通じて、若手社員が成長したことについてのお礼が記されていたのだ。
一緒に取り組んだ1年の中で、彼女は他の仕事でも大きな変化を遂げたという。
そのことはこちらには見えない世界。

そんなところでも、一緒に取り組んだことのいい影響があったとは本当にうれしい限り。
数字に貢献する、市場拡大に役立つ仕事もうれしいが、人の成長に関われる仕事ほどうれしいものはない。
そのことを期待して仕事をするわけではないが、やっぱり真正面からしっかり向き合い続けることで、相手に何かを伝えることができれば・・。

本当にうれしいプロジェクトエンドとなった。

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「夏の時代」を越えて・・新たな季節に向かう。

平成最後の日、自分なりの30年間を思い出していた。
世の中の動きとともに、自分はどうだったのか・・。
京都に住み、会社員になって3年目・・。ニューヨークに初出張したのはまさに30年前の5月。30歳で東京転勤となり、35歳を前に独立し、新たな環境で生き始め、ありがたい出会いに恵まれて・・
仕事も止まることなく、元気に続けることができた。想定外のチャンスにも恵まれて、本当に順調な日々を過ごすことができた。
海外にも多く出向くことができ、新たな世界観を醸成することもできた。
音楽活動への復帰もこの平成時代での出来事だ。
新たな自分の生き方をいろんな方が応援してくださった。
東京、台湾、返還前の香港、マカオ・・・。
世界は広い、自分は小さいということを全身に叩き込みながら、小さいながらの自由な生き方を追求し続けた・・・そんな時代でもあった。
ライブもCDも出版も、演劇も、ラジオも・・コミュニケーションクリエイターの名の下に、企業のマーケティングコミュニケーション支援をしながら、多様な活動にトライした。
不思議だったのは、どんなこともやれた。幸運としかいいようがない。周囲のおかげだ。
そのなかで、もっとも印象深いのは、NYの同時多発テロのニアミス経験。
あの日をきっかけに世界が変わった。
これにコミュニケーションの変化。ネットが前提の社会になった。
そして自然災害の脅威にもさらされた・・といいつつも、わが身はおかげさまで無事に元気に暮らし続けている。
何の苦労もなく、本当に順調に・・・。
ただ前を向き、ただひたむきにがんばってきた・・というひとつの時代。
それが私の平成時代だった。自立して、自分らしく生きるということへの挑戦の時代。人生を四季にたとえるならば、まさに平成は「夏」の時代。
いい夏の日々を今、かみしめている。

令和の時代がやってきた。何も考えなくても時間は過ぎていくけれど、
同世代の方が、国の象徴という大変難しい仕事に取り組まれるのだから、
少しは私も世の中の役に立つように、貢献の時代、恩返しの時代・・そして
良い実りの秋にしたい・・。
挑戦しながら、周囲への配慮を欠かさず、優しく賢明な人になれるように。
新しい時代への私なりの抱負である。

さあ、この時代も命が終わるまで、生き続けていこう。

平成の時代に別れを告げ、新たな時代へ。平和で優しさに満ちた社会になるように。

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平成最後の日に、「節目」を想う。

これで平成という時代が終わり、明日から新たな時代がはじまる。
今日は、日本人にとって、大きな節目の日。
それぞれがいろんな思いで過ごす1日になりそうだ。

これを機会に人生の節目を考えてみる。
人生にはいろんな節目がある・・。
誕生日、入園、入学、進級・・・・就職、結婚、出産、昇進、独立、引退・・・・となくなる日まで・・。
節目があることで、それまでの動きを見直したり、リセットしたり、また新たに始めることができる。
人生には実に大きな節目から、小さなものまでさまざまあるが、節目が多ければ多いほど、強い人間になれるのではないかと思う。

人から与えられる節目もある。
自分からつくる節目もある。

後者が多い方が個性豊かな人生になるのかもしれない。

仕事ひとつとっても、一つのプロジェクトが終わり、また新たに何かをはじめることは大きな節目だ。
この季節はこのようなことも多い。

この連休に、自分のこれまでの節目を振り返り、これからの節目について考えたい。だらだら生きることをしないためにも・・毎日という節目を有意義に生きるためにも・・自らつくる節目について思いを馳せたい。

平成という30年、本当にありがたい時代であった。

この大きな節目にまず、心から感謝したい。

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感情を表現する手段を選び、術を磨く。

生きていると、日々いろんな感情がうごめく。
喜怒哀楽。この感情が豊かなであればあるほど、人生は豊かであるとも
いえるが、できれば喜楽が多い方がいい。
でも、怒りや悲しみがあるからこそ、人は、喜楽を求めて生きられるのかもしれない。

最近、怒りを暴力でぶつける人が増えている。
これはモノを壊したり、人を傷つけたり・・・・。言葉の暴力もある。ネット社会は、無責任にそれを増長させているともいえる。
怒りが湧くことは、ときとして悪いことではなく、人間らしくもあるし、怒りが正しい道に向かわせることもある。
人類の歴史において、「革命」などは人民の怒りから生まれた行動だ。

日本で生きていても、怒りがわいてくることがある。
でも、日本人は、それをあまりオープンに表現しない傾向にあるように思う。
感情を表に出さない。と感じる。何も感じないのか?あるいはどこかにしまってあるのかと思うことも・・・。

人として生きるには、怒りも含め、いろんな感情を抱くことは人間らしい。
では、これをどう表現すればよいのだろう。デモ行進もそのひとつかもしれない。でも先人たちが大切に遺したモノの破壊など、誰かに迷惑をかけることは避けたい。
ではどうすれば?最近はSNSを使った発信も可能であるが、自分の場合は・・やはり、人の心に直接訴える、響く何かを伝えたい。
怒りの気持ちを何で表現するのか。
ペンで、映像で・・文学や芸術では怒りを含めた感情を表現することができる。
映画では文字ではそれを直接的に伝えることができる。
音楽は・・・。音楽で怒りの感情をそのまま表すのはなかなかむつかしい。打楽器などで瞬間的に表現したり、ハードロックやパンクなどの現代音楽の一部では怒りも表現できるかもしれないが、音楽はやはりその文字のごとく、怒りの表現には向いておらず、喜哀楽の表現に向いているのではと思う。


いろんな感情を美しく楽しく表現することで、音楽のチカラで人と人が笑顔でつながり、平和な世の中になる・・・それが一番だ。
音楽は言葉を越える。だから、どんな伝達手段よりも伝える力をもっている。
人間が感情豊かに、人間らしく生きるために。音楽を含めたコミュニケ―ションのチカラでできることを、もっともっと模索したい。
怒り続けることにエネルギーを注ぐより、怒りを幸せの感情に転換した方が人生幸せになる。
そう信じて、表現する力をもっと高めていきたい。


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時代の節目に思うこと

新しい時代を迎える当日が大型連休の真っ最中ということで、日本中が沸いている?とくにマスコミが?それにのせられ、民族の大移動、大消費・・。
そんななかで、忙しく働く人々に頭が下がる。

日の丸の旗がよく売れているとのこと。まあ、国の一大行事であるから、それは想像がつく。
また婚姻届けを出す人も多いのだとか。令和の最初の日に結婚?が縁起がいいのだそう?役所も休み返上だそう・・・。

一方、今日明日生きるか死ぬかの状況にある方にとってはどうだろうか?
病気であったり、あるいはさまざまな理由で・・。
浮かれ気分でいられない人たちも多いことと思う。

家族がこの期間中に、自分に何かが起きたら、どうなるのかなと想像もしたりする。

ある友人から、この節目は粛々と過ごします。とメールが来て共感を抱いた。
ただただ、天皇さまのこれまでの活動に感謝し、そして新しく即位される陛下に敬意を表して・・。とにかく平和であることを願うのみ。

新天皇・皇后陛下はまさに同世代。
自分たちの時代だという気持ちにもなるが、責任という意味において・・・である。粛々と静かに、そしていつもどおりに過ごしていきたい。

日本という国の平和ボケ。
これがいい方向に軌道修正できる時代になるといいが・・。
浮かれ気分ではすまない、そんな思いでいっぱいの平成最後の日曜の朝。

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遺作に心寄せる。

不思議なものだ。
その作品が遺作だと聞けば、特別な感じがする。
それは作家が、作曲者が、最後と思ってつくったのか、
意図しなかったが遺作になってしまったのか・・はわからないが、
いずれにしても、遺作といわれると、その人の人生を、最後を想像し
胸がいっぱいになる。

何年か前から、美しいと思い、ひとたび耳にすれば、聞き入ってしまう
ピアノ曲があった。ショパンの作品だ。
なんとも切なく、悲しく・・この世のはかなさを思う・・・・そんな曲。
それがショパンの遺作ノクターンであることを最近知った。
ショパンの祖国ポーランドに、家族に寄せる思いが静かに伝わってくる。

結果、パリで亡くなることになるショパンであるが、
亡くなったら、祖国へ心臓をもちかえってほしいという遺言を残していたそうだ。
そして、実際にその望み通り、ショパンの過ごしたワル シャワ実家のすぐそばにある教会に安置されているそうだ。

ショパンは、曲ができたらいつもまず家族にきいてもらっていたそうだ。
家族がいかにかけがえのない、存在であったのか・・。その様子が目に浮かぶ。

その家族のいるワルシャワに帰りたかった、せめて心臓だけでも・・・。

このエピソードを知り、詩人はどこまでも詩人であると思った。

あなたの宝物があるところに、あなたの心がある。
と、その心臓が安置されている教会の中に、その言葉が、記されているそうだ。
家族の思い出とともに、ふるさとに眠る。遺作のノクターンは、そんな作曲家の永遠の遺志を映し出しているような一曲だ。
いつかどれかが遺作となる。どんな思いで?どんな状態で綴ることになるのだろう。

最近、抱きしめたい曲のひとつだ。練習もはじめようと思う。

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日々、ハードル上げたり下げたり。

おかげさまでこの仕事は、労働ではないため、同じことの繰り返しはなく、つねに新しい課題に直面する。まだやったことがない新たな課題を与えられ、ときには、自分が自らに課題を課すことになったり・・と、道なき道をつくるというありがたい仕事。
だから、常に想像しながら手探りで前に進む。こうすればこうなるだろうと、見えない世界を現実化する。その過程でいろんな問題が発生、発覚し、それは大変、自分にできるかと自問し続けるなど、気が休まらない。では、このようにここまでやってみよう、こうしたらどうなるか?と日々、模索の連続だ。

と、気がつけば、わが人生は、いつもハードルを前に走っている。前進しながら眼前のハードルが気づかないうちに高くなっていることに気づき、歩幅や助走を調整したり、そのハードルが高く見えないよう自分なりの踏み台を用意したり、飛ぶ角度を変えてみたり、小さなイメージトレーニングを重ねながら、飛べるように工夫する。

とにかく、毎日、走りながら飛び続ける。少しでも飛ばないと跳躍が劣る気がする。

だから、ときにはハードルを下げてもいいから、とにかく飛び続けること。

そして、もちろん、どんどん高く飛べるようになりたい。

気が付けば、昔はできなかったことがいつの間にかできるようになっていた。
そんな成長は、今も可能だと信じている。

人生はほんとうに、障害物競争だ。いや、障害物マラソンだ。

なかなかの体力が要る。

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十連休をどう過ごすか?

すでにもう長いこと、世間の休みは、無関係にある、この暮らし。
サービス業に従事する人、自営の人にとってはこの連休はまさに休まない日、
休めない日であるし、休んでいる場合ではない・・という見方もあるかもしれない。
私も広義においては、サービス業だ。
世間が休む、止まるときにいかにこの時間を使うか。
仕込みをする、仕入れをする。世間が動きはじめたときにはもう先に進んでいる状況を創るための時間として、この連休はありがたい。
また、本を読んだり、調べものをしたり、日ごろ時間がとれないなかでできないことをするにもありがたい。

インプットの時間としても有効だ。

言葉通りに十連休をレジャーに費やす・・という人はどれだけいるのか?
そんなに休んだら、飽きないか?そんなに休んだら、あとが大変だ。

マグロ的に人生を進んでいる私としては、十連休こそ、仕事を片付けたいという思いと、なるべく人混みに合わなくてよいように、そのための準備を今週しておかねばと思う次第。

額面どおりに、生きなくていい。消費するだけではなく、自分のプラスになるように時間を使いたい。
とくにこの期間は、新たな節目もあるのだから。なんとなく過ごさず、心してしっかりと刻みたい。そのためにもそれなりに準備をして迎えよう。すべき課題、読む本、観るもの、、、。あと1日で満員の通勤電車が満員の新幹線に。

疲れない連休にするには、、、。マイノリティーの道を行くのがおススメ。とは言いつつ、この日しか家族サービスできない方、お疲れ出ませんよう。

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現代病と多発する事件・事故と

いろんな事件・事故が繰り返される。
ニュースとは何のためにあるのか?
同じ不幸が発生しないように、みんなで気を付ける、みんなで注意する・・
そのための情報だと思うが、悲しい事件はなくならない。

世界的にみれば、テロの多発。これまで安全といわれていた南半球でも、
もう最近は安全かと思い始めていたスリランカでも・・。
国内でも、目や耳を疑う残酷な事件から、交通事故の多発、、。
それぞれに理由はある、それぞれの言い分もある。
その個別性だけでなく、現代社会にはびこる病理が背景にあるのだと
思えてならない。

その理由のひとつとして考えられるのが、寛容さがなくなってきているという点。この生きづらい社会で自分を守るために、他者を受け入れない。
一緒に認め合って、共生しよう ということよりも排除の方向。
事故が多いのも、その寛容さも関係していると思うし、個々が疲弊している
ことも大きな要因だと思う。
心からリラックスして、平和な気持ちで過ごせることが難しくなって
きたように思う。

このままいくと、もっと悲劇が続くと思う。
今の経済優先の世の中から、生きがいを求める、求めやすい社会に・・。
変わってほしいし、変えていきたいものだ。
それぞれのニュースを見て、心痛い日がなくなり、ほっこり出来る日が増えるように。

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平成感謝ウィーク

もう1週間しかない平成時代。連休前で忙しく過ごす人も多く、
自分もそのなかの一人であるが、
でも、できれば、出来る限り、この1週間、平成で一番丁寧に生きて
みたい、過ごしてみたい、そうしなくてはと思っている。

暦が変わるだけ、年号が変わるだけといえばそれだけのこと。

しかし、人間の暮らしはすべてこの暦とともにある。

この平成に出会い、ありがたいご縁を授かった人には、今、感謝の言葉を
お伝えしはじめている。

おかげさまでいい平成でした。

お互いに振り返り、感謝をするにはちょうどいい機会である。

だから、連休前だからと流されず、毎日を丁寧に過ごしたい。

周囲への感謝が改めて芽生えてくる。

改めて意識する、へいせいカウントダウン。

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