街頭募金への協力

各地の駅周辺で、募金活動をよくみかける。
いろんな団体、いろんな活動、いろんな募金。
大人から、子供たちから、外国人から・・。
すべての活動に財布を開くことは難しい。
本当に真面目に取り組まれているものであるかどうかを
つい考えてしまう・・という自分自身も、疑い深いのかもしれないが
知らないことに、すぐその場でお金を払うということには臆病になる。
また、ユニセフと言われても、定期的に寄付をしましょうという話になり、
その巧みな説明にもちょっとたじろいでしまう・・・。
が、このネット社会の世の中になっても、街頭募金はなくならない。
やっぱり効果があるのだろう。

今回、名古屋駅の前で、アフリカ人らしき人たちが募金の呼びかけを
しているその前を通った。
自分の国に学校を作りたいという内容であったようだ。
つたない日本語で一生懸命話していた。
しかし、そのときは、そのまま通り過ぎた。
そして、用事を済ませて、30分後にまた通ったら、一生懸命に
呼びかけ続けており、その声と言葉には、信ぴょう性と真剣さを
素直に感じることができ、さらに、
今、自分は今晩食べたいものを買ってきた・・・なんか贅沢な
ことをしているような、申し訳ないような気持ちになり、
通り過ぎてから、戻ってワンコインではあるが、箱に入れた。
すると、その呼びかけをしていた若者たちがいい笑顔をして
「ありがとうございます!!!」
と返してくれた。
きっとこのお金は、いいことに使われるだろう。
そう思った。

いつもいつも何でも寄付をすることはしないが、
できるところ、したいと思うときは、できる範囲で
していこう。

お隣アメリカは寄付の国だとよくいわれるが、
わが日本はどうなんだろう。

一生懸命取り組んでいる人のことは、応援しなければ。
なかなか街角での判断は難しいのだけれど・・。

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先生は銃をもつのも仕事??

アメリカでは、学校での銃乱射事件が続いており、
罪のない、幼い子供たちが無差別に射殺されている。
本当にありえない。無残であり、無念であり・・・。
言葉にならない、あってはならない事件が、映画ではなく
現実の社会で置き続けている。

アメリカでは、法律で銃の所持が認められているから
こんなことが起きる。
凶悪な犯人に
対抗するために、銃をもたねばならない。だから
必要なのだという考え。

目には目を。銃には銃を。

ということであるが、本当にそれで良いのか?

そもそも、銃をもっていることから、こういった
悪質な事件が起きるのだ。
だから、特別な職業に就く人以外は、所持を
しないことにすべき。

その国のトップはそういう対策をとるべき・・・
であるのに、
なんと、では、学校の先生が銃を隠し持つようにせよ。
と宣っているようで、またもや、驚きが倍増する。

へ?学校の先生が、銃の訓練を受けて、
銃を教室のどこかに隠し持って 悪しき奴が
侵入し、銃を乱発したら、その犯人を先生が撃つ?
そうすることで生徒を守る???

ああ、恐ろしい。
銃のある教室。これこそ、映画のようだ。

それを安心な教室と思えるのか?

アメリカという国がどんどん壊れていく。

犯罪は起きうるものだとして、その備えをする。
犯罪をなくすために、どうするか。の方が重要だと思えてならないが・・・。
性善説、性悪説。どちらからモノを考えるか・・・
今は後者が多い時代のように見受けられる。

学校の先生が銃を持つ世の中は、とてもじゃないが、
平和な世の中とは思えない。

どこにも利権が巡っている。だから、説明にならない説明が
大きな声の権力で、まかり通っている。

これは、アメリカに限らない・・。

とにかく、先生が銃をもたなくて良い世界を・・・。
いつかこんな間違ったルールが、絶対に日本に輸入されないことを
心から祈る。

今回の事件に巻き込まれた子供たちに心から
哀悼の念を捧げます。

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「かた」より「がい」。

はたらき方改革とか、なんとか革命とか、大げさな言葉が飛び交う今日。
言葉でだまされるな!と常に思ってしまうのは、私だけだろうか。

はたらく人は、そんなに簡単に分類することはできない。
第一、世の中、働く人は会社員だけではない。
いろんな仕事があり、まさにいろんな働き方があり、
残業と関係ないところで仕事している人は山ほどいるはずだ。

しかも間違ったデータをもとに企画しているならば、
その話はなかったことになるのが、仕事の常識。
ゼロから検討し直すのが、当たり前。

なんでも無理やりこじつけようとしている、そろそろ国会時間が
何時間だから決めなければ・・・という、その働き方こそ根本的に
改めるべきじゃないの?
と、首をかしげる毎日。

そもそも、働き方にこだわる以上に、
「はたらきがい」こそ、大切ではないのか?と真剣に
思っている。

残業がどうだこうだ、ではなく、働かされているような
状況自体が問題。
自分でやりがいを感じられる仕事をみつけ、自身の力を
伸ばしていき、働き甲斐をもって充実した人生を
つくっていけるようになれば、もっと幸せな人が
もっともっと増えるはず。
そのためには、教育から考え直していく必要がある
のではと思っている。

なんだか、ずれまくっているなあ~

人生の価値は自分で上げるしかない。
人任せの人生は、本当に危険だ。

いずれにせよ、大切なことは、生き方、働き方より、
いきがい、はたらきがい。
そのための、手段、道筋としての生き方、働き方。
ならば、まだ理解できる。

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アニバーサリー同士、がんばろう!

本づくりの仕事をしている知人と久しぶりに
喫茶店で待ち合わせ。
お互い、ちょっと暗めの照明の店が似合う、そんな年ごろになった。

限られた時間のなかで、近況を矢継ぎ早に話す。
出版業や印刷業は、価格競争。そして本づくりの世界も
デジタル化の波だけでなく、とくに自費出版となれば
高齢化社会の影響を受け、顧客の減少が悩ましい。

結局は、高齢化社会になってくると、そのご本人相手だけでは
商売にならず、その子供(まさに私たちの世代)が絡まないと
ビジネスにはならないということも、10年前とは
情勢が変わってきている。

彼女とはもう10年以上のおつきあいになる。
いつも応援してもらい、時に頼りにも?していただき
お互い励まし合い、がんばっているという関係と
勝手に思っている。
彼女が、自費出版の仕事をこつこつ続けていることに
敬意を表しているので、いつも心のどこかに
存在しているという感じでもある、

「今年、私独立20周年になるわ~」
「へえ。うちも15周年。」
おたがい
「そうかあ~」
と、お互いのこつこつの積み重ねを噛みしめる。
「じゃ、やっぱ今年がんばらなあかんわ。
じっと立ち止まっている場合じゃない」
「動かないこと、変わらないことが一番あかん。
よし、がんばろ、やろう」

と、お互いが節目の今年であるから、いつも以上に
彼女の背中を押した。
と、同時に私は自分の背中も押した。

アニバーサリーは、やっぱり特別だ。
新たに動き出すには、いい機会。
迷わないで、とにかく進もう。

彼女を自分の鏡と思い、私も動き出そうと
改めて思った。

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愛の元気人2月分 本日オンエア


愛の元気人2月分(第95回)は本日2月24日18時~よりオンエアです。
「にいがた元気人」コーナーのゲストは、新潟自宅葬儀社の代表 青木俊さん、
そして 子供靴専門店MIMIの代表 井田美保さんが登場されます。
いずれも最近、起業された方で、強い意志と若々しさが伝わってきます。
素敵なトークをお楽しみください。

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創業214年、11代目の挑戦にエール。

いやはや、なんともうれしい1日だった。
久しぶりに、自分が力を出し切った満足感ではなく、
いろんな意味でバランスもよく、そしてほんわかと
嬉しい仕事に関わった・・黒子としての達成感にあふれた
そんな1日。

胎内市の乙(きのと)という地区にある、創業214年の
老舗饅頭屋の11代目が取り組んだユニークな
広報活動の発表を、対談という形でお手伝い。
ご本人はゲストスピーカーで、私はナビゲーターという
役割。
私のミッションは、企業さんの魅力をより引き出し、参加者に
より多くのヒントを得ていただくということだ。
主役はあくまでも、企業さんと参加者のみなさん。

今回は柏崎の商工会議所からのご依頼で実現。
地元の商店、企業さんらが50名ほど集まっていただいた。

対談も、その後の交流会も無事終わり、
一緒に新潟市まで車に乗せてもらって、移動。
その車中も、ずっと話し続ける。

彼との出会いは3年前。
地元へ25歳で戻り、
単品商売をしている実家の饅頭屋をいずれ継ぐという
という志をもち、新たな模索がはじまる。
ある日の出会いから
饅頭屋の広報活動がはじまった。
しかし、200年以上続く単品商売であり、新商品などはない。
では、モノを売るのではなく、
コトを売る、つくる、伝える方向にしては??
この会話が、この11代目の背中を押した。

まんじゅうを売ろうとする広報ではなく、
地元 乙に来てもらう観光を企画し、
周囲を巻き込んで、人が集まる仕掛けを
作るというユニークな企画だ。
2年前に企画、実施した「デトックス乙女旅」
が成功、そして継続。今年もこの週末、旅行会社を
巻き込んでの開催。毎年継続していることに感動。
いつのまにか、地元の観光への取り組みに名前がついた。
乙トラベル→キノトラベル→KINOTO LABEL。
地域連携をしながら、いろんな関係者が関わり、
四季を通じ、地元に観光客を誘致し、
町を活性化、町のブランディングに寄与する
という企画。饅頭屋はその仕掛け人である。
彼自身、ガイドもつとめる。

もちろん、観光に来た人には必ず
饅頭屋にも来てもらう。
買ってくださいと広報しなくても、
地元に人が集まればおのずと饅頭屋にも
人がやってくる・・という流れを
考案した。

彼は出会ってから、ずっとネタを考えては
ニュースリリースを書き続け、マスコミに発信し続けている。
その継続力にも頭が下がる。

彼のご両親と私は同い年だ。
そんな青年と、一緒に企画し、一緒に発信する。
そんな仕事がとっても楽しく、お客様にも
喜んでいただけて、ほんとうにうれしかった。

今度は全国への発信を。
彼は、今子育てをしながら、新しい時代に向かって
自分なりの饅頭屋の広報活動を頑張りつづけている。

彼が12代目にバトンを渡す日はまだまだ先だ。
応援し続けようと思う。

余韻が残る仕事は、本当に楽しい。

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アンパンマンと「激落ちくん」になれるか?!

アンパンマンという存在は、やなせたかしさんが子供だけでなく
大人たちにも人としてのあるべき姿を示した素晴らしい作品のひとつだ。
自分を犠牲にしてでも、困っている人を救う存在だ。
その発想力と表現力、普遍のメッセージに心から尊敬している。

そのアンパンマンを思い出させる、強力な存在に最近出会った。
それは、強力な洗浄用スポンジ、「激落ちくん」。そう、正体はスポンジ。
商品自体は真っ白だが、パッケージに眉毛の太い顔が描かれており
店頭でも一目みてわかる。
この顔=激落ちくん・・・と、キャラクター性の強い、珍しいスポンジ。

たまたま景品でもらって、使わないでずっとしまってあった。
ところが、急に出番がやってきた。
ちょっと不注意により、壁が汚れてしまい、やばい!なんとかせねば1
こういうとき、ネットも助かる。
誰かが何かを必ず書いている。(とても不思議ではあるが)
そこに登場したのが、「激落ちくん」。

お、これならあるじゃん。
水をつけてこれでこすれば、ほとんどの汚れがとれると、ネットに
あり、疑心暗鬼ではありながら、藁をもすがる思いで、げきおちくんを
袋から出してこすってみた。
袋から取り出すと、単なる白いスポンジだ。袋から出すと
激落ちくんの顔も消える・・・。ここからまさに、げきおちくんだ・・。

さて、水につけて、その汚れた箇所を恐る恐るこすってみる。
すると、みるみるきれいになって、汚れがほとんで見えなくなった。
不思議だ。ミラクルだ。メラニンが入ったスポンジで、もともとは
ドイツ製らしい。

しかし、きれいになった分、げきおちくんが、ボロボロになり、
げきおちくんのカタチがなくなり、彼自身がげきおちくん・・になって
しまった。わが身を失くしても、汚れをとる、世の役にたつ。
そんな存在が、「激落ちくん」だ。
おかげで、汚れは全くと言っていいほど、目立たなくなった。
すごい商品だ!と心から感激。

今回、この何気ない掃除用スポンジから、
身を粉にして働くということ、自分を犠牲にして、他者の役に立つということ
について考えさせられた。

うーん。げきおちくん。アンパンマン。見習うべき存在だ。

それにしても、すごい商品があるものだ。

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ネットに感謝する再会。

先日、ここにも記載したが、京都で知り合った、ベジタリアンレストランの
女主人。何年かぶりに店が復活していたことをネットで知り、すぐ連絡をと
試みた。
営業時間に電話してはいけないと思い、営業時間を外して、思い切って
お店にダイヤル。
電話に出たのは、まぎれもない、懐かしの女主人の声。
であるが、名前を名乗っても、わからない様子で…正直、ショックであった。
ああ、もう7~8年経っているから、忘れられたかなあ。でも、何度も
会ったし、親しく話もしてきたのに・・わからないといわれては何もいえず
失礼しました・・といって電話を切った。
いや、この時間にかけたからいけなかった、もう一度ちゃんと伝えよう。
お店の復活とお元気な様子への祝福を伝えたい・・・。
すぐ手紙を書いて、投函。
すると、2日後の朝、電話が鳴った。
「今尾さん?ごめんね~。この前、電話のとき、うっかりして・・・
失礼したわ~。ちゃんと覚えていますしね。私もあれからいろいろあって~。
ぜひ、お会いしたいので、きてくださいね~」
昔のままの、明るく朗らかな女主人の声に、私も心も踊った。
ああこの人だ、この人だ。また再会できるんだ。
もうインドか、NYかどっかへ瞑想の旅に行ってしまわれたかと
思っていたのに、ちゃんと京都におられたことがわかり、こうして
つながった。

ネットで調べ、すぐ電話。ダメならすぐ手紙、そして通じた。

今回は素直に、ネットのおかげ の再会だ。

京大近くのあの店に、20数年ぶりに行けるのは、
本当にうれしい。
時が変わっても、変わらない。
こんなタイムトリップができるのは、ネットのおかげ・・。
フェイスブックに人気があるのも、こういう一面だろう。
と、今回は素直にググったおかげの再会を喜ぶとしよう。

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「ありがとう」が通じますように!

もし、親が、家族が、認知症などになってしまったら・・。

たとえば、いつも元気で、働き者で、畑仕事が生きがいで、
一生懸命野菜を作って、家族にそれを食べさせて・・・。
そんなおばあちゃんが、あるきっかけで、体力が低下し、
そして元気がなくなり、家にふさぎ込むようになり、
元気だったころは、家族の大黒柱のような存在だったのに・・・。

そのおばあちゃんが、種を撒き、育ててこられた、お野菜をいただいた。
そして、そのおばあちゃんが作られた切干大根もいただいた・・。

風邪なら、元気になってね。で終わるが、
野菜作りへの復帰は、なかなか厳しいだろう。

その家族の気持ちを思うと、気持ちが重くなる・・・。
ばあちゃんが育てた野菜を、子供たちが収穫し、
毎日の食卓に・・・。

「ありがとうね。ごちそうさま。美味しかったよ」
いつか、そんなお礼の言葉が通じなくなる日が
来るとは、信じたくない。

これが最後の大根になるのか・・・と思うと、
なんとも・・・。

年老いていくお世話になってきた人に
きちんとお礼を伝えよう。
伝わるうちに、きちんと伝えよう。
言い続けよう。

ずっと「ありがとう」が伝わってほしい、
そして、その言葉で、元気を盛り返してほしい・・・。

いただいた野菜を切りながら、泣きそうになる。

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ブレない応援団づくり。

「ヤフーニュースに〇〇のことが載っているよ」
と家族に言われて、ドキッとしながら、そのネタ元を調べる。
だいたい、ヤフーに出るネタは、新聞社からも流れているものが多いが、
限られた字数の中に、意味ありな言葉が凝縮されているため、
一瞬、たじろぐこともある。
あれ?このネタ?おかしいな。事実とは違うように思うけれど・・。
早速、その記事を掲載されている企業の担当者に確認すると、
もともとのネタはそういう意図ではないのに、取材後、メディア側の
都合で変更され、そのままネット上にあがったという・・。
そこの社員や家族、株主が見ても心配になる内容になっているし、
一般の人からすれば、(とくにネットニュースに影響される人たち)
「ああ、そうなんだー」と、思ってしまうだろう。
ああ、やだやだ。ネットニュース。
いちいち、ネット上の言葉を信頼するような人ばかりではないが、
ますます情報管理が難しい時代になっている。
「なんで、こんな風にかかれるんだろう。」という気持ちと
それだけ話題にしたくなる会社であるという有名税的な感覚。
両者を意識しながら、企業はこの拡散社会のなか、生きていかねば
ならない。

拡散をあるときには味方に、あるときには敵に・・。
どんな情報の風が吹こうとも、
「そんなはずはない。がんばれ!」
と信じてくれるコアなファンづくりこそが、大切だ。
ブレない応援団の存在が、企業を守る。

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