海を越えて、新年快楽!

昨日、台湾から新年メッセージが届く。
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あけましておめでとうございます!
去年12月の再会ができて、ほんとに嬉しくて すごく感動の気持ちを持ってます。
人と人の間の絆が世の中で1番美しいことだと思います。
今尾さんの音楽を今、毎日家族ときいています。
家族のみんなは、今尾さんの声と音楽が好きです。
静かで、心を癒すことができると感じてます。
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そうかあ。テレサテンのふるさと台南の地で、私の音楽を聴いてくださる
家族はいるとは、感慨深い・・・。新年早々、心が温かくなる。
今、台湾の妹のようなこの友は、会社を退職し、台北から台南に戻り、
ご両親の介護を姉妹で行いながら、自営業の道に進もうとしている。
その親孝行のひとときに、自分の音楽が生かされているとは、感激だ。

そして、友が書いてくれた、人と人の絆が世界で一番美しいとは!
まさにそのとおり、それを確認させてくれた今回の訪台であった。

メッセージとともに、プロのカメラマンの方が撮影してくださった
写真も多数届いた。さすがプロである。スマホで万人が撮影できる
時代になっても、プロの写真かどうかはすぐわかる。
表情のとらえ方、瞬間をとらえる力がバツグンだ。いい表情の写真。
いただいた写真は全部私の台湾時代の宝物になる。
集合写真は四半世紀前から、一緒に仕事をしていた仲間たちとその家族たち。
みんな、笑顔変わらず、いい感じで年を重ねている。
やっぱり、台湾だな~。しみじみと。

海を越えて、国を越えて。
人と人。いい一年にしよう!

「加油」は「がんばろう」と言う意味。

ともに、楽しく がんばろう!
この写真は、そんな感じ?

台湾の友たちへ 新年快楽。素敵な空間、素敵な仲間は永遠の宝物。

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世界でひとつの年賀状。

今年も早々に年賀状をいただく。
ハガキの年賀状は年々減少し、一番多い時の四分の一ほど。
以前は返事を書くのに、まる一日はかかったのに・・・。
と新年の初業務?正月の恒例行事も、変わりつつある。
ハガキが減った分、メール等でいただくデジタル年賀状が
増え、その表現は実に多様・・・。
あるカメラマンからは、昨年撮影したであろう各地の
名所の風景写真の年賀状が何枚も届き、そのバリエーションに
驚く。写真集的な年賀状といえる。お好みの画像をどうぞ。
ということか。
ハガキであれば1枚しか送れないが、デジタルであれば
メールやサイトやSNSを活用してなど、いろんな手法で
多様な表現が可能だ。

そんななか、自分のために創ってくださったという
年賀状が届き、驚く。日頃よりお世話になっているJさんからだ。
ご本人に許可をいただいたので、ここにお披露目させて
いただく。その方が普段見ておられる私の似顔絵とのこと。

以前も描いていただき、プレゼントいただいたが
それから何年か経ち、年賀状として創り上げてみたとの
こと。
なぜか、レトロ調に仕上げてくださったというところも
ホッとする。

自分のためだけの年賀状。なんと、贅沢なこと。
なかなか、その人のためだけに、その人だけに向けた
年賀状は創れないが、それをやってくださった方の
思いがとてもうれしく、心あたたまる新年になった。

年賀状なんて・・・という傾向もあるかもしれないが、
大切な人にメッセージを伝える、ひとつの大切な
節目、チャンスであると思う。
無沙汰していてもこの機会なら・・ということもある。

この新年も、気持ちを寄せていただき、
貴重な1枚、一通をお届けいただいた方々に、
感謝の気持ちを伝えたい。
覚えていてもらえる幸せ。思い浮かべてもらえる歓び。

年賀状を見ていると、その方の顔が浮かんでくる。
お元気かな。そして、やっぱり今年も会いに行こう・・
という気持ちにもなる。

日本的な習わし。時代が変わっても、残っていてほしい
小さな新春コミュニケーション。

今年も心温まるコミュニケーションを希求したい。
笑顔が生まれるコミュニケーションを。

新年から心穏やかに、感謝の気持ちをもって。
jさん、みなさん、ありがとうございます。

と書きながら、自分からの発信は遅れがちである・・・。
急がねば、そうこうしているうちに、
寒中見舞いになってしまう。

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「一歩先」を1年のルールに。

競馬はしないけれども、いただく年賀状には干支にちなんだ
デザインやアイデアが多くあり、なかには馬券をもじった
カードもあって思わず微笑む。「ああ、午年なんだ」と、
日本人にとって干支の存在は本当に大きいのだと実感する正月。

干支はもともと中国の考え方で、欧米人にはおそらく
馴染みがないと思われる。ちなみに、干支は英語で
Chinese zodiac と呼ぶらしく、このzodiacは馴染みがまったく
ない英語であるが、ネットによると占星術の世界の用語ら
しい・・が、普段、簡単に干支といっているが、そのルーツ
は大変不思議な世界。

それはさておき、今年は午年。とくに丙午(ひのえうま)
という約60年に一度巡ってくる特別な年だとか。
この丙午説については、いろいろあるが、それはそれと
して、とにかく午年というのは、行動的で情熱的で、社交的
と言われるようであるが、その行動の結果、飛躍したり、成長
につながったりとポジティブな1年になれる縁起のよい年。

改めて、競馬はしないけれど、馬が駆けていく姿はカッコいいと
思う。そこを意識しながら、一つ頭を出す、そんな一年を目指す
のも良いかと思う。
一歩前に出る。一歩先に行く。
ここを改めて行動してみたい。

となると、いつまでもゆっくりしていてはいけない。
もう動き出す。

一歩先に、一歩前に。
これはゆとりをもって、生きる秘訣でもある。

後で余裕をもてるように。

一歩前を見て進む。これまでもそうしてきたけれど、
改めて意識しながら、今年はさらに前に!
これは、相対的な競争ではなく、自分との闘いである。

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ブーケが観覧車になる年に。

おかげさまで無事に新たな年を迎えることができた。
初日の出を拝みに行く方々は、早起きしてそれぞれの目的地に
向かっておられることだろう。

どうぞ、世界中が平和で穏やかで、笑顔で包まれる1年になりますように。
それだけを祈りたい。

そして、自分はそのためにできることをしたい。
大きなことはできないから、小さなことでいいから、
周囲の人にできることをしたい。
困っている人がいたら、手をさしのべたい。
聞いてほしいと思う人がいたら、耳を傾けたい。
心が折れそうという人がいたら、「心は折れないから、大丈夫」
と言いたい。

ときには歌で、ときには言葉で、ときには〇〇で。
いずれもコミュニケーションの力で、世界のただひとつのブーケを
その人に届ける。
そんな人になりたいし、そんな一年でありたい。

初夢はまだ見るものではないのかもしれないけれど、
今朝寝起きに、母が夢に出演していた。・・・そんな感じがした。
母にも、ブーケを贈ってあげないと・・・。安心のブーケかな。

今年の年賀状は、私なりの思いを込めてブーケを現してみた。
贈るブーケが観覧車となって、くるくる回り出す・・・。
2026年は、そんな1年にしたい。なりたい。
どうぞ、よろしくお願いいたします!

皆さまにとって、
心あたたかで笑顔があふれる1年でありますように。

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感謝のブーケを束ね、空へ。

いよいよ2025年も最終日となった。
改めて、1年をふりかえっているが、記憶が鮮明である部分と
すでに遠い過去のことのように思えたりと、時間とは、
過ぎてしまえばそんなものかとも思えてくる。

4年前、親を送ってから、人生は大波ではなく、小波、さざ波
のように静かに過ぎてきているような、そして少しづつ
大河に、海に向かって進んでいるような・・・。
まさに、時の流れに身を任せて生きているような、そんな
感じもする。

と、流れ続ける時のなかの2025年も、今日でおしまい。

ことし、私が改めて心に留めた言葉のひとつは、「ブーケ」で
あった。

今日は1年の終わりということで、今年一年の嬉しかったこと、
楽しかったこと、感動したことなどを1日思い起こしながら、
そのひとつひとつに「感謝」を込め、私なりのブーケを
束ねておきたい。

大きな花でなくてよい、小さな花。
あの人に、この人に感謝。
悲しかったこと、悔しかったこともあったかもしれないが、
それを乗り越えるときに、応援してもらったり、お世話になった方が
いる。そこに目を向けて、感謝したい。

少なくても、
2025年12月31日の現在。
おかげさまで心身ともに満ち足り、元気で、幸せを感じている。
雨が降ろうが何が降ろうが、ここまで来ることができた。

全ての関わりに感謝。
そして、ありがとうのブーケを心に飾る。
そのブーケは、夜空に輝く観覧車になる。

今日1日、そんな思いで、仕上げの時間を過ごしたい。

皆さま、今年一年も大変お世話になりました。
どうぞ、素敵な新年をお迎えください。

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笑顔で一年を結ぶ。

いろんな事故や事件が続く、この年末。
多くの人が一斉に動き始めると、何かが起きた場合の
影響は大きくなる。
無事で何もないと良いけれど、残念ながら・・・

痛ましい事件や事故は、なくならない。
むしろ、増えているのかもしれない。

事故もちょっとした判断やタイミングが違っていたら
違う結果になっていたかもしれないが、
巻き込まれてしまった方は本当にお気の毒であるし、
自分もそういう事態に出会うこともありえることを
覚悟しながら、過ごさねばと改めて思う。

恨みや憎しみをもって、行動に出てしまう人のことを
思うと、なぜ、その前に相談したり、打ち明ける相手が
いなかったのかと思い、そういう人が、もしいたら
痛ましい事件はもっと減るのにと今回も思ってしまう。

年末に1年を振り返ることは大切であるけれど、
ネガティブにではなく、感謝の気持ちをもって
おかげさまで・・と言える最後にしたい。

落語を聴きに行った。
噺家さんたちの苦労を思いながら、笑いを届ける
意味を考えていた。
一年を笑いで洗い流すというのも、ありだと・・。
いろいろ溜まったこころの澱を、まったく違う世界で
繰りひろげられる可笑しな世界に耳を傾けていると
現実の苦しみも和らいで、悩みも薄らいで、
なんかあほらしい。まあ、良かったやん。
気にせんでいいやん。ま、ほっとこか。
という気持ちにもなってくる。
笑いには、マイナスの感情を散らしてくれる効果がある。
さらに、泣き笑いの境地までいくと、
まあ、なんでもええやん。
と悩んでいる自分がどこかにいって、
楽しい時間を過ごす自分に気づく。

時代を越えて、お笑いのコンテンツの人気が不動なのは、
そういう点もあるのではないかと思う。

腹を抱えて笑うも良し、
くすっと笑うのも良し、
かわいい動物を見て、癒されてほほ笑むのも良し、
もちろん美味しいものを食べて、ほっこり笑顔になるのも良し・・・。

とにかく笑顔で、みんなが笑顔で、
1年を、今日を明日を結べる・・・。
そんなことを心から願う。

笑う門には福が来たる。
まずは、自分が笑わないとね。

ことしもあと2日。今日もいい笑顔で!



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出会いと再会の1年。

真夏に金沢駅に向かう途中、道案内してくれた学生さん。
その後も、なぜか自然とやりとりが続き、年末に再会となった。
今から思えば、とても不思議である。
最初に声をかけてもらっていなければ、出会いはなかった。
たった数分ぐらいの歩きながらの会話で、こんなしっかりした学生って
いるのかなと驚きと関心。
そこから交流が途切れず、続いた。ここが不思議である。
もしかしたら、たぶん、お互いに「変な人」なのだろう。
程よい距離感でコミュニケーションを続けることで、
再会となる。

まさに親子ほどの年の差があるが、ひとりの人間同士の
会話。世代を越えて、いろんなテーマに話が及ぶ。
哲学、教育、世界・・・さまざまな切り口で話ができ、
自分も学生時代の一コマを思い出せたし、
これから社会人になっていく若者の考え方をいろんな角度から
聞くことで、自分にも発見があり、また若者を応援したいと
いう気持ちがますます強くなった。

自分が20代だったころ、周囲の大人たちはどのように
見ていたのか・・・。見えていたのか・・・。
恥ずかしいような、ほろ苦いような・・そんな時代でもある。
正直、そんなに何も考えず、ただ日々を前に向かっていただけ
かもしれない。

若者との偶然の出会いと、再会は自分の40年前を思い出させて
くれた。悔いはないが、その日があるから、今があることには
納得する。違う選択をしていたら、今とは違う人生になっていたかも。

今年も多くの出会いや、再会に恵まれてきた。
自分次第で世界はいかようにも広がる。
若者たちとの出会い、交わり、そして応援。

未来に向かう人たちにまじって、自分も生きる。
少しでも役に立てたらいい。

あと3日。まだまだ新たな世界と交わりと刺激を求めていこう。




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 「最後の」年末・・・。


あっという間に2025年が終わりを告げようとしている。
毎年不思議であるが、12月はとくに秒針が速く回っているのではないか
と感じるのは、私だけではないはず。
この「年末」という言葉は何とも言えない緊張感がある。
そして、そこに「最後の」という一言がくっつくとなおさら、なんとも
いえない気持になる。

近所にある地元のデパートが、来年の2月末で閉店するとのこと。
私が生まれる前からあった、戦後日本の経済成長とともに歩んできた
店舗。
70年の歴史は、長い。今、店舗内で70年の回顧展をやっている。
制服、パッケージ、プロモーション・・・。昭和を懐かしく思い、
わが子ども時代を思い出す。毎日レッスンで通っていた名古屋。
私なりにずっと馴染みのあるお店・・・。
でも、閉店が決まった。

今年に入ってから、何か催事をするたびに「最後の〇〇市、最後の〇〇展」
と銘打ってのプロモーション。
人間、最後の・・・と聞くと反射的に行動する。70年の思い出とともに、
何か残しておきたいと、思わず財布の紐も緩む。

東京に住んでいるときも日本橋や新宿のデパートが閉店したのを経験した
記憶があるが、東京は次々と新しいものが誕生するため、寂しさは
さほどない。時間とともに新しい街に慣れていく。そのスピードが速い
というのもあるだろう。

しかし、地方での大型店舗閉店の痛手は大きい。
私が名古屋に拠点を移して8年の間に、地元で3つの百貨店が閉店した。
とくに岐阜の高島屋の閉店はとても悲しかったし、1年以上経った今も
その影響は免れず、柳ケ瀬の衰退は進んでいる・・・。

そして、今回は、駅前の開発に伴う閉店だとのこと。
しかし、その開発の工事予定が未定になったと最近報道されたばかり・・
それでも、そんなに早く閉店してしまうのか?
「最後の〇〇」と銘打ってしまっているから、後戻りできないのだろうか。
など、いろいろ不思議に思っていた。

ある地下食品売り場のテナント店舗に寄った、そこの店主らしき方が
いつも丁寧な接客をされていて、好感を寄せていた。
買い物をしながら、言葉をかけてみる。
「今年の年末は、寂しいね。何とも言えんわ」
すると、
「本当にそうです。なんで、やめるんや。と思っています。
せっかくここまで頑張って、売り上げ伸ばしてきたのに。
せめて移転して、営業続けさせてくれたら・・・。」
予想通り、それ以上にお店の方の言葉が続いた。
心からの怒り、残念無念という思いが伝わり、胸がいっぱいになった。
どうやら、社長さんのようである。
各地に売り場を出しているけれども、ここ名古屋がメインだそう。
それがなくなることへの葛藤・・・。
次のお客様が来られたので、会話を終えて
「また来ますね。がんばってくださいね」
と挨拶をし、笑顔の接客を受け取る。
いいお店なのに、なくなってしまうんだ・・。再び寂しさが募る。

最後の年末。
もちろん、これとは違う、最後の年末もあるだろう。
でも、もしかしたら、自分にとっても最後の年末になるかもしれない。
そんなことも頭をよぎる。

いろんな年末があることを忘れずに。
浮かれて楽しいことばかり、そんな人ばかりではない。
そんななか、暖かい部屋で目覚め、美味しいコーヒーや食事をいただき
好きな装いをして、好きな所へ行き、好きなことをする気ままな年末。

「最後」の年末。
改めて、かみしめたい。

今年もあと4日か。361日、無事に生きたようだ。ありがたい限り。

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自己満足であっても・・・

今年一年を終えるまでになっておかねばならないことは
掘り起こせばいろいろあれど、まずは小さなチャリティ。
私の場合は、1年の音楽活動でいただいたお金から、その一部を
日本赤十字を通じて送金するというもの。
本来は活動のたびに寄付をすればよいけれど、ある程度
まとめて‥と1年の終わりに行う。
応援、支援の形はいろいろある。
気持を寄せる、祈りをささげるだけでも十分な支援だと
思う。でも、それだけでは足りないか。
人は生きるために、物資が必要だ。その足しになれば、なるので
あれば・・と思う。
自分が億万長者であれば、多くのお金をまとめて寄付できるが
そうもいかない。
だから、少額になる。
その内容も迷う。応援しなければならない地域がたくさんある。
増えている・・・。
あれこれ悩んで、いくつかの地域への義援金寄付を行う。

これぐらいの金額では何の足しにもならないのではないか。
でも、少しでも役に立てたらいいのではないか。

報道で接する天災、人災の被災地で生きる皆さんの様子
に触れると、何もしないではいられない。
映像を見ながら、平和な環境で過ごしている自分に
対して罪悪感もある。
こんなぬくぬくと、生きていてよいのだろうか。

そんな気持ちからの小さなチャリティ。
行動をしたら、少しは気持ちがすっきりする。
それは自己満足にすぎないのかもしれないが、
どんな善行も、そこから生まれるのではないかとも
思う。

今年一年の出前・出張コンサートの活動でいただいた
お礼の一部を予定どおり、今年も日本赤十字社を通じて
寄付をさせていただきました。
活動の機会をいただいた皆様へ心より感謝いたします。
(後日、公式サイトのインフォメーションでもご報告します)

自己満足かもしれないけれど、
自分がやろうと思うことはやる。
やっておけばよかったと悔いないように。

その結果、誰かのお役に立てるならば、
それは意味があるだと思う。
それを信じて、生きるのみ。

とにかく1年ここまで無事に進んでこられたことに
感謝したい。

小さなチャリティ・・来年も、さらに続けよう。

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何年後まで記憶に残るか

前に書いたとおり、先日の台湾訪問の際に、尊敬する鄧麗君が眠る
金宝山に足を運んだ。数年ぶりに見たテレサの墓地。墓石以外に、
歌う姿の銅像や花壇や、ピアノの形のアートなどがあるちょっとした
公園になっており、その敷地には多くの木々があり、墓地を管理する
人たちによって手入れされている。
この30年間、ずっと誰かが掃除をし、木を伐採し、落ち葉を拾い、
花に水をやり・・・。この墓地公園の手入れを続けてこられた。
もちろん最初に尋ねた四半世紀前と、その墓地公園そのものは変わら
ないけれど、さすがに30年の月日を経ると、墓を訪ね、祈る人も
少なくなっているのではないか。と思ってしまった。
墓が朽ちているわけでもなく、以前と変わらないが、やはり30年の
月日は長く、風雨に耐えてきた、少し苔が生えてきた様子から、
時間の経過を感じたのだ。
以前は、墓石にテレサの写真も添えてあったが、今はない。
でも、墓石の上に誰かがおいていった、数珠と指輪をみつけた。
熱心なファンが思いをもってここに足を運び、祈りをささげていった
のだろう。
そのファンの世代はおそらく自分と同世代か、それ以上だろう。
この後の30年を想像したとき、テレサのことを覚えている人は
どれぐらいいるのだろう。
もちろんアジアの歌姫の存在の記録、記憶は決して消えないけれど
ファンの高齢化により、いずれは伝説になっていくのかもしれない。

と、テレサの墓の変化を感じながら、自分のこの30年とこれからを
重ねた。
この世にカタチが亡くなっても、歌があるから、テレサの存在は
消えることはない。
音楽とは存在を永遠にする。
本当に素晴らしい。

自分にはこんな偉業を成し遂げることは到底できないけれど、
小さな世界のなかででも、生きた証が残せたらいい。もちろん
残すために生きるのではなく、今の瞬間を精一杯生きること。

いつまで?の答えはないが、
テレサは私が生きる限り、心の中に生き続ける。





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