月別アーカイブ: 2026年8月

心重ねる、ちょい甘な時間。

人生はミルフィーユのようだと、自作の「人生は観覧車のように」の歌詞の中にも書いているが、本当に生きていくこと、時を重ね続けることは時に、繊細で壊れやすいものであると思う一方、バウムクーヘンのごとく、年を重ねた分だけ年輪と … 続きを読む →

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さざなみのない、ドナウへの憂い。

ウィンナーワルツの代表作のひとつ、シュトラウスの「美しき青きドナウ」を歌う、ウィーン少年合唱団の美声に心が高揚した少女時代。あの頃から、ヨーロッパへの憧れがあった。そして、ルーマニアで生まれた「ドナウ川のさざなみ」は19 … 続きを読む →

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長崎の空を想う朝

近年、撮影した長崎の空。なぜか私の中では、ブエノスアイレスの空と長崎のそれは共通点がある。きれいな、澄んだブルー。そこに雲が存在感豊かに浮かんでいる。長崎に行くと、坂道が多いせいもあってか、町と空が一体になっている、そし … 続きを読む →

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今だけでなく、でも今だから。

この1週間は原爆、被爆の話題が多く取り上げられている。そして、来週には終戦、戦争のことも取り上げられることが多くなるだろう。この季節だから、この時期だから・・・。明日は長崎の原爆投下から81年として、式典も開催され、全国 … 続きを読む →

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まずは、小さな平和から。

広島への原爆投下から81年の記念式典。被爆者の遺族の方々から、関係者・・・。そこで発信される公式メッセージに耳を傾けながらいろんな思いになる。年々、むなしさも感じてしまうが、それではいかん!と自らに。 被爆された方々の高 … 続きを読む →

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どうせ生きるなら!

同じことをやるにも、にこにこ「喜んで~」といって楽しみながらやるのと、いやいやしぶしぶとやるのではまったく時間の過ぎ方も、充実感も違ってくる。そして、どうせするなら、相手に「ありがとう!」と言ってもらえる方が、自分もうれ … 続きを読む →

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内緒の金庫

「誰にも言ってないけど」とか「ここだけの話にしておいてね」などの言葉を時々いただく。自分に打ち明けられることは、信頼の証しでもあるため、取り扱いを十分に気を付ける。他言はしない、秘密は守る。 気が付けば、そんな言葉を自分 … 続きを読む →

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あの人もがんばっているから!

ふと、夜中から起き出して、仕事をはじめている弁当屋の主人を思い出す。もう20年以上のおつきあい、弟のような存在。彼が20代の頃からだ。 人様が寝ている時間から、都会で働く人たちの元気の素を毎日作り続けている。その努力がお … 続きを読む →

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これで終わっていいんかい。

ピアノを弾きに行くまでに1時間以上をかけての移動。その時間、距離は別段遠いとも思わないが、この暑さには、めげそうになる。出発するまでに、相当の気合が必要になる。「今日は、行くぞ!」始発の電車を目指して出発する。いわゆる「 … 続きを読む →

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超朝型で行こう!

酷暑と簡単に言うけれど、本当に生きづらい季節。この暑さでも、夏が好き!という人に、稀に会うけれど大したもんだなあと尊敬する。私は、この季節は好きとはいえず、どうぞ、時計には早回りしてほしいと真剣に思う。そして、命を削る季 … 続きを読む →

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