まずは、小さな平和から。


広島への原爆投下から81年の記念式典。
被爆者の遺族の方々から、関係者・・・。
そこで発信される公式メッセージに耳を傾けながら
いろんな思いになる。
年々、むなしさも感じてしまうが、それではいかん!
と自らに。

被爆された方々の高齢化は、年々深刻になっている。
そんなに遠くない日、生存されている方がいなくなる
ことは確実だ。
直接体験を聴く機会がなくなれば、触れる機会がなくなれば
人々の記憶からも、意識からも、そのうち消えてしまうのか。

亡くなった人のことを忘れない間は、その人は生きている。
といつも思い続けているが、原爆も同じこと。
原爆の恐ろしさを知り、その事実を伝聞であれ理解し、記憶していれば、
それは現実に起こった悪しき歴史として、絶対に繰り返しては
いけないと思えるが、知らなかったり、忘れてしまえば、
何もなかったように、核使用は進んでしまうだろう。
81年間の願い、叫びは、高齢化という言葉で、終わってしまっては
あまりに悲しい。

平和はあったらいいな。では実現しない。
自分から平和な世界をつくらなければならない。
でも、大きなことは難しい。
でも、諦めなくていい。
まずは、自分の周りが平和であるようにつとめること。
家族でも、職場でも地域でも。
それぞれがお互いに感謝し、理解し、協力しあえる関係であれば
争いにはならない。
笑顔で日常を過ごすことができること。
これが、平和の第一歩だ。
誰かを憎んだり、疑う前に、相手を知り、理解し、認め合う。
すべてはそこからだ。
相手と通じていれば、分断にはならないはず。

81年の式典が行われている最中も、戦地では緊張関係が続いて
いる。
これは一体?

まず自分は、身近な平和を実現すべく、生きる。
そして、リーダーと言われる人たちは、利他の心をもって
世界をつなぐ強いメッセージを発信しなければ。

そのために、記念日があり、式典があるのだ。
形骸化しないように。
そして、まずは日本中が、この原爆記念日に注目するように。
そこからだろう。

まもなく長崎でも行われる。
現地には行けないけれど、心はそこへ。
一緒につらい経験をされた皆さんに心を寄せたい。

平和のためにできること。
自分事として考え、やれることをやりたい。
やらねば!

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