受け入れ、慈しむ。

そろそろ、自分の器をもっと広く、深くしていかねばと思う
今日この頃。
若かりし日々は、無我夢中に自分の力を信じ、前に進むことで
経験を積み、それがキャリアとなって、道ができる。
そういう意味では、進んできた道は、まあそれなりに
順調であった、ただただ幸運であったと思う。

それは大きな事故や病気もせず、周囲のあたたかい応援に
包まれてやってこられたということに尽きるのだが、
それは振り返ってみたら、わかること。
当時はただただ、勢いと力で進んでいた・・と今になって
思う。少々、力んでいたかもしれない。

今は、少しづつ変わってきている。
とりまく環境、身近な人の変化、関係の変化、そして自身の
変化。ある先輩が、定年前に「自分の人生は、もう秋に
きたのよ。夏までとは違う。だからこれからは・・・」
とそんな話をされていたことを、秋になると思い出すが
そう、人生にも四季があり、いつまでも青春の夏という
わけにはいかない。
燃焼した季節を越えて、そして実りの季節へ・・・。

わたしも、秋を迎えつつあるのだ。
実りの季節。これは、人に何かを伝え、遺すということ。
そして、さらに移っていく次の季節に備えるということ。
もちろん、冬になるまでにまだまだいろんなことに
遭遇するだろう。

出会いもあれば別れもある。これは誰にも起こること。
そして、その時期は来てみないとわからない。
若い日には考えたこともなかった、このような事態に
先人たちはちゃんと向き合ってきたのだと思うと
改めて皆さん、偉い、強いと思う。

今、あらためて自分の器をもっと広く、深くしたい。
そして、受け入れる力をもっと養いたい。
それは、まずは想定力をもつこと。備えること。
その上で、人生を楽しみ、そして慈しみたい。

・・・と、父の旅立ちから5年を経て、
いろんなことを考える。

ゴールまでには、いろんな悲しみや苦しみもあるが
誰しもが経験することだと思い、
ならば自分もできるはず、乗り越えられるはずと
想い、受け入れる力を持ち続けたい。

さあ、今年の長良川の鵜飼も今日が最終日。
おもしろうて、おもしろうて、やがて かなしき・・・。

かなしきこともあるから、
今が面白い。人生は愛おしいものだ・・・。
と、少しづつわかってきたような・・・。





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