Essay (Word)」カテゴリーアーカイブ

「一歩先」を1年のルールに。

競馬はしないけれども、いただく年賀状には干支にちなんだデザインやアイデアが多くあり、なかには馬券をもじったカードもあって思わず微笑む。「ああ、午年なんだ」と、日本人にとって干支の存在は本当に大きいのだと実感する正月。 干 … 続きを読む

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ブーケが観覧車になる年に。

おかげさまで無事に新たな年を迎えることができた。初日の出を拝みに行く方々は、早起きしてそれぞれの目的地に向かっておられることだろう。 どうぞ、世界中が平和で穏やかで、笑顔で包まれる1年になりますように。それだけを祈りたい … 続きを読む

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感謝のブーケを束ね、空へ。

いよいよ2025年も最終日となった。改めて、1年をふりかえっているが、記憶が鮮明である部分とすでに遠い過去のことのように思えたりと、時間とは、過ぎてしまえばそんなものかとも思えてくる。 4年前、親を送ってから、人生は大波 … 続きを読む

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笑顔で一年を結ぶ。

いろんな事故や事件が続く、この年末。多くの人が一斉に動き始めると、何かが起きた場合の影響は大きくなる。無事で何もないと良いけれど、残念ながら・・・ 痛ましい事件や事故は、なくならない。むしろ、増えているのかもしれない。 … 続きを読む

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出会いと再会の1年。

真夏に金沢駅に向かう途中、道案内してくれた学生さん。その後も、なぜか自然とやりとりが続き、年末に再会となった。今から思えば、とても不思議である。最初に声をかけてもらっていなければ、出会いはなかった。たった数分ぐらいの歩き … 続きを読む

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 「最後の」年末・・・。

あっという間に2025年が終わりを告げようとしている。毎年不思議であるが、12月はとくに秒針が速く回っているのではないかと感じるのは、私だけではないはず。この「年末」という言葉は何とも言えない緊張感がある。そして、そこに … 続きを読む

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自己満足であっても・・・

今年一年を終えるまでになっておかねばならないことは掘り起こせばいろいろあれど、まずは小さなチャリティ。私の場合は、1年の音楽活動でいただいたお金から、その一部を日本赤十字を通じて送金するというもの。本来は活動のたびに寄付 … 続きを読む

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何年後まで記憶に残るか

前に書いたとおり、先日の台湾訪問の際に、尊敬する鄧麗君が眠る金宝山に足を運んだ。数年ぶりに見たテレサの墓地。墓石以外に、歌う姿の銅像や花壇や、ピアノの形のアートなどがあるちょっとした公園になっており、その敷地には多くの木 … 続きを読む

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ケーキ屋さんとクリスマスと・・

約20年前からの知人。京都で約70年の歴史を有するケーキ屋さんの社長さん。今年、思いがけぬ京都駅近鉄エリアで再会となり、そこから交流も復活。「うちのシュークリーム、映画の『国宝』にも出たんやで。」さらりと言ってくれるとこ … 続きを読む

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感謝と未来への誓いの青花。

6年ぶりに、鄧麗筠のお墓を訪ねた。テレサ・テン。テレサとはマザー・テレサが由来と聴いたことがある。今年は亡くなって30年の記念年。気が付けば、もうそんなに・・・。生きていたら72歳か。 広大な墓地構内にある花屋さんで毎回 … 続きを読む

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