時代の節目に思うこと

新しい時代を迎える当日が大型連休の真っ最中ということで、日本中が沸いている?とくにマスコミが?それにのせられ、民族の大移動、大消費・・。
そんななかで、忙しく働く人々に頭が下がる。

日の丸の旗がよく売れているとのこと。まあ、国の一大行事であるから、それは想像がつく。
また婚姻届けを出す人も多いのだとか。令和の最初の日に結婚?が縁起がいいのだそう?役所も休み返上だそう・・・。

一方、今日明日生きるか死ぬかの状況にある方にとってはどうだろうか?
病気であったり、あるいはさまざまな理由で・・。
浮かれ気分でいられない人たちも多いことと思う。

家族がこの期間中に、自分に何かが起きたら、どうなるのかなと想像もしたりする。

ある友人から、この節目は粛々と過ごします。とメールが来て共感を抱いた。
ただただ、天皇さまのこれまでの活動に感謝し、そして新しく即位される陛下に敬意を表して・・。とにかく平和であることを願うのみ。

新天皇・皇后陛下はまさに同世代。
自分たちの時代だという気持ちにもなるが、責任という意味において・・・である。粛々と静かに、そしていつもどおりに過ごしていきたい。

日本という国の平和ボケ。
これがいい方向に軌道修正できる時代になるといいが・・。
浮かれ気分ではすまない、そんな思いでいっぱいの平成最後の日曜の朝。

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遺作に心寄せる。

不思議なものだ。
その作品が遺作だと聞けば、特別な感じがする。
それは作家が、作曲者が、最後と思ってつくったのか、
意図しなかったが遺作になってしまったのか・・はわからないが、
いずれにしても、遺作といわれると、その人の人生を、最後を想像し
胸がいっぱいになる。

何年か前から、美しいと思い、ひとたび耳にすれば、聞き入ってしまう
ピアノ曲があった。ショパンの作品だ。
なんとも切なく、悲しく・・この世のはかなさを思う・・・・そんな曲。
それがショパンの遺作ノクターンであることを最近知った。
ショパンの祖国ポーランドに、家族に寄せる思いが静かに伝わってくる。

結果、パリで亡くなることになるショパンであるが、
亡くなったら、祖国へ心臓をもちかえってほしいという遺言を残していたそうだ。
そして、実際にその望み通り、ショパンの過ごしたワル シャワ実家のすぐそばにある教会に安置されているそうだ。

ショパンは、曲ができたらいつもまず家族にきいてもらっていたそうだ。
家族がいかにかけがえのない、存在であったのか・・。その様子が目に浮かぶ。

その家族のいるワルシャワに帰りたかった、せめて心臓だけでも・・・。

このエピソードを知り、詩人はどこまでも詩人であると思った。

あなたの宝物があるところに、あなたの心がある。
と、その心臓が安置されている教会の中に、その言葉が、記されているそうだ。
家族の思い出とともに、ふるさとに眠る。遺作のノクターンは、そんな作曲家の永遠の遺志を映し出しているような一曲だ。
いつかどれかが遺作となる。どんな思いで?どんな状態で綴ることになるのだろう。

最近、抱きしめたい曲のひとつだ。練習もはじめようと思う。

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日々、ハードル上げたり下げたり。

おかげさまでこの仕事は、労働ではないため、同じことの繰り返しはなく、つねに新しい課題に直面する。まだやったことがない新たな課題を与えられ、ときには、自分が自らに課題を課すことになったり・・と、道なき道をつくるというありがたい仕事。
だから、常に想像しながら手探りで前に進む。こうすればこうなるだろうと、見えない世界を現実化する。その過程でいろんな問題が発生、発覚し、それは大変、自分にできるかと自問し続けるなど、気が休まらない。では、このようにここまでやってみよう、こうしたらどうなるか?と日々、模索の連続だ。

と、気がつけば、わが人生は、いつもハードルを前に走っている。前進しながら眼前のハードルが気づかないうちに高くなっていることに気づき、歩幅や助走を調整したり、そのハードルが高く見えないよう自分なりの踏み台を用意したり、飛ぶ角度を変えてみたり、小さなイメージトレーニングを重ねながら、飛べるように工夫する。

とにかく、毎日、走りながら飛び続ける。少しでも飛ばないと跳躍が劣る気がする。

だから、ときにはハードルを下げてもいいから、とにかく飛び続けること。

そして、もちろん、どんどん高く飛べるようになりたい。

気が付けば、昔はできなかったことがいつの間にかできるようになっていた。
そんな成長は、今も可能だと信じている。

人生はほんとうに、障害物競争だ。いや、障害物マラソンだ。

なかなかの体力が要る。

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十連休をどう過ごすか?

すでにもう長いこと、世間の休みは、無関係にある、この暮らし。
サービス業に従事する人、自営の人にとってはこの連休はまさに休まない日、
休めない日であるし、休んでいる場合ではない・・という見方もあるかもしれない。
私も広義においては、サービス業だ。
世間が休む、止まるときにいかにこの時間を使うか。
仕込みをする、仕入れをする。世間が動きはじめたときにはもう先に進んでいる状況を創るための時間として、この連休はありがたい。
また、本を読んだり、調べものをしたり、日ごろ時間がとれないなかでできないことをするにもありがたい。

インプットの時間としても有効だ。

言葉通りに十連休をレジャーに費やす・・という人はどれだけいるのか?
そんなに休んだら、飽きないか?そんなに休んだら、あとが大変だ。

マグロ的に人生を進んでいる私としては、十連休こそ、仕事を片付けたいという思いと、なるべく人混みに合わなくてよいように、そのための準備を今週しておかねばと思う次第。

額面どおりに、生きなくていい。消費するだけではなく、自分のプラスになるように時間を使いたい。
とくにこの期間は、新たな節目もあるのだから。なんとなく過ごさず、心してしっかりと刻みたい。そのためにもそれなりに準備をして迎えよう。すべき課題、読む本、観るもの、、、。あと1日で満員の通勤電車が満員の新幹線に。

疲れない連休にするには、、、。マイノリティーの道を行くのがおススメ。とは言いつつ、この日しか家族サービスできない方、お疲れ出ませんよう。

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現代病と多発する事件・事故と

いろんな事件・事故が繰り返される。
ニュースとは何のためにあるのか?
同じ不幸が発生しないように、みんなで気を付ける、みんなで注意する・・
そのための情報だと思うが、悲しい事件はなくならない。

世界的にみれば、テロの多発。これまで安全といわれていた南半球でも、
もう最近は安全かと思い始めていたスリランカでも・・。
国内でも、目や耳を疑う残酷な事件から、交通事故の多発、、。
それぞれに理由はある、それぞれの言い分もある。
その個別性だけでなく、現代社会にはびこる病理が背景にあるのだと
思えてならない。

その理由のひとつとして考えられるのが、寛容さがなくなってきているという点。この生きづらい社会で自分を守るために、他者を受け入れない。
一緒に認め合って、共生しよう ということよりも排除の方向。
事故が多いのも、その寛容さも関係していると思うし、個々が疲弊している
ことも大きな要因だと思う。
心からリラックスして、平和な気持ちで過ごせることが難しくなって
きたように思う。

このままいくと、もっと悲劇が続くと思う。
今の経済優先の世の中から、生きがいを求める、求めやすい社会に・・。
変わってほしいし、変えていきたいものだ。
それぞれのニュースを見て、心痛い日がなくなり、ほっこり出来る日が増えるように。

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平成感謝ウィーク

もう1週間しかない平成時代。連休前で忙しく過ごす人も多く、
自分もそのなかの一人であるが、
でも、できれば、出来る限り、この1週間、平成で一番丁寧に生きて
みたい、過ごしてみたい、そうしなくてはと思っている。

暦が変わるだけ、年号が変わるだけといえばそれだけのこと。

しかし、人間の暮らしはすべてこの暦とともにある。

この平成に出会い、ありがたいご縁を授かった人には、今、感謝の言葉を
お伝えしはじめている。

おかげさまでいい平成でした。

お互いに振り返り、感謝をするにはちょうどいい機会である。

だから、連休前だからと流されず、毎日を丁寧に過ごしたい。

周囲への感謝が改めて芽生えてくる。

改めて意識する、へいせいカウントダウン。

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静かに平成を見守りたい・・

平成が終わり、新たな令和という時代の幕開け。
4月30日が5月1日になる時点で、新たな時代が到来する・・・。

これは生まれて初の体験の人が多いことだろう。

これまでは、天皇の崩御という悲しみのなか、新元号が発表され、その時代に
そのまま突入した・・。
この度の天皇陛下の退位というご決断は、国民の時代観にも大きな影響を与えていると思う。

良かった点は、お元気な天皇皇后さまにお礼を、感謝ができるという点。全国民が実際に会いに行けるわけでもないが、そのことが一番大きい。

この重要な世代交代は、なんと10連休中に行われる。
4月30日は、5月1日は、いやこの10連休すべてが、「ありがとう平成、ようこそ令和」をテーマに各イベントが賑やかに執り行われるだろう。

しかし、何か営利目的、商業主義なイベント、(便乗も含めて・・)には
ちょっと距離をおきたいかも・・。
これは、軽々しいものではない、厳かな節目だ。
だから、言葉だけのお祝い、感謝ではなく、何か静かに日本国民でいることに、あるいは日本という国に静かに思いを馳せる日でありたい。と私は思っている。

天皇皇后さまは最後の1日まで、1秒まで、業務を精力的にこなされ、そのひとつひとつにはいろんな思いをお持ちであろう。
心中お察ししながら、本当にお疲れ様でした、ありがとうございました。と
頭を下げたい。

平成という時代は・・・とまだ最終総括をするには早いかもしれないが、
とにかくどんな時でもいつも国民に寄り添そい続けられたお二人には、感謝感動だ。

今年の4月30日は、静かに平成30年間、元気に生きられたことを感謝する一日にしたい。この10連休は、足元を見つめ直す時間にするのが良さそうだ。

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世界遺産で忙しくなる人への祈り

早朝、久しぶりに民放のニュースを見ながら、朝の雑事に手を動かし、テレビから漏れ聞こえる声からふと画面を見ると、見知った人が映っている。
「あ、また出ておられるわ」
その方とは、もう4年ほどのおつきあいになろうか。何度かお邪魔して、一度はそこでオルガンコンサートもさせていただいて、信者でもない私にも寛容に接していただいて、そのシスターのお人柄がとても好きで・・・。時々、テレビで見かけると、ついつい、お忙しいだろうと思い、差し入れを送ったり、手紙を送ったり・・・。
その方がおられるのは、長崎市中心から車で約1時間の町。そう、かの遠藤周作が感動し、この町を心のふるさとと愛し、ここから作品も生まれ、遂には映画にもなった、「外海」という地区にある出津。この名前の教会もある。(写真)この一帯は隠れキリシタンの里として知る人ぞ知る場所で、この教会などは昨年、世界遺産に登録され、今や長崎の主な観光・巡礼地(後者がメインが良いが)になっている。ひっそりとしていたこの町が活気づいてきた様子。
このたびの世界遺産登録で、このシスター、大変お忙しくなられた。
世界遺産登録が決まったときも、インタビューで「神様にお仕えするだけです」とおっしゃっていたことがとても印象的であった。神様に仕えることが、教会やそれにまつわるさまざまな有形無形遺産を大切に守ることになるのだ。
私にとっては世界遺産は関係なく、素晴らしい出津教会や、シスターがおられる救助院のあるこの町のことを思い出すといつも心が清らかになる。
世界遺産登録もいいけれど、ずっとずっと守り続ける人のご努力にスポットを当てたい。そのおひとりがこのシスターだ。
以前、一度お送りしたミントのキャンディが美味しかったとのこと。ということで、それを連休前、差し入れにとお届けする。神にご奉仕される方を応援するそんな普通の庶民がいてもいいだろう。いつの間にか私のなかで、このシスターは心のおねえちゃんのように位置付けているのかもしれない。
愛する長崎、愛する外海。隠れキリシタンの思いが今も眠るこの里には、なぜかいつも惹かれ続けているが、実はこのシスターとのあってこそ、その思いがより深まっているのだと確信する。
世の中には、利他の精神で生き続けている人がいることを知り、では自分は?の自己点検。
美しき空の下、ここに静かに眠るド・ロ様の存在に感謝を忘れず・・。

そして、このたびのパリの大聖堂の火災の報に接し、こちらの教会でこのようなことが絶対ないように日々のご無事を、平穏を祈っている。


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成長を続ける人とともにサルーテ!

この写真。名古屋駅前でのワンショット。両手に花、いや両手にきらきら星。私を挟む二人の紳士は、新潟の経営者たち。一人は約15年前、もう一人は4年前、それぞれに私が講師を務める勉強会に参加され、その後あるきっかけでこの二人が出会い、経営者の大先輩・後輩としてお互いに刺激を交換しながら交流を続け、今回、一緒に展示会に出展されるまでの関係となった。

伝え下手と言われる新潟県人のなかでも、この二人はそれに当てはまらない。常に、情熱と努力と工夫を重ね、臆せず積極的に発信。しっかり着実に自分の進むべき道を歩んでおられる。
同じ製造業、同じ町工場の後継ぎ息子という点での共通点がありながらも、それぞれが自分らしく独自路線で挑戦している、実に頼もしいお二人。
先輩から見れば若手は、まるで自分の20年前のよう・・と懐かしくもあり、つい教えたくもなり。また後輩はひたすらに先輩にいろんなことを教えてもらって目標になる先輩がいることで、よりやりがいが生まれる。
経営者同士の先輩後輩という関係はなかなかむつかしいが、とってもいい感じ、まるで兄弟のようでもある。
そんな二人が名古屋の展示会に出るので、どうしても一緒にカンパイしたいと言ってくれた。 とてもうれしくて、うれしくて。
自分の言ったこと、示したことを実行し、今日まで進んでくださった。何年たっても、時々思い出してくれているようだ。
信頼されることの幸せを感じ、そして関わった人の成長を知ることができ、我ながらありがたい仕事をさせているな・・と胸いっぱいになる。
フランス国旗柄とオレンジのネクタイというなかなかいないおしゃれな彼らは
自分をよく見せる術もばっちりだ。
これからもまっすぐに自らの道を進む。
もちろん、一生応援し続ける。
東京での再会よりも、名古屋で・・というところが、また思い出になる。


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危機はチャンス!みんな一緒に!復旧復興

先にも書いたノートルダム寺院の火災は、世界的な衝撃であり、キリスト教徒ならず、世界中のパリファンが絶望の淵に立たされる瞬間であった。
とくにあの尖塔が燃え堕ちる瞬間は・・・。

しかし、もうフランスは立ち上がっている。早期に必ず復旧させると。
世界中から寄付が集まっている。
おそらく、この状況では、ストライキもやっている場合ではないと関係者も気づき始め、違う行動をとり始めるだろう。
不平不満、自己主張をし、対立している間に、大切なものがなくなってしまったら・・。しかもそれは、みんなのアイデンティティ。しかも自国の誇り高きシンボル・・。
今こそ、立ち上がらねばならないとみんな、思ったことだろう。
他の国の人から見れば、大げさかもしれないが、パリがパリであるゆえんの
大切な象徴がなくなってしまうと、そこには町の魅力は失われる。
いつまでもパリがパリであるために、今こそみんなが結束しなければならないし
外国人である私たちも応援したい。
どんなときも危機はチャンス。
それを乗り越えて新たな歴史がまた開かれるのだと信じたい。

フランス中の大聖堂から毎日祈りの鐘が鳴り響いているのだという。
争っている場合ではないよ。
みんな一体になって、助け合って 自分の町を国を守らねば。

神様が・・あの国にはいるのだと改めて思っている。

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