ふるさとの新聞から愛と元気を

岐阜新聞には、長年続いている「素描」というコラムのコーナーがある。各界で活動する、岐阜県にゆかりのある人たちが、それぞれ2か月間のある曜日を担当し、原稿を提供するという企画で、愛読者も多い人気コーナーだそうだ。記者が書くの記事とはまた違い、地元ネタや馴染みの人が書いているという点での、地方紙ならではの地域密着性もあるのだろう。

今回、3年前から続けている岐阜新聞本社のロビーコンサートがご縁で、新たな出会いがあり、このコーナーへの寄稿依頼をいただいた。7月1日から、毎週月曜朝刊。7・8月の二か月間の9回の連載となる。岐阜でお世話になっている皆さんから、早速、感想やエールをいただく。
ふるさとでの思い出、ふるさとへの感謝、思い・・・。忘れていた自分の少女時代のことにも触れてみたい。
親が喜んでいるのが、何よりうれしい。

ネット時代だからこそ、グローバル時代だからこそ、地方紙へのエールも込めて皆様に喜んでいただける発信をしたい。

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これまでも、これからもありがとう。

「これまでも、これからもありがとう」このフレーズは、10年前に10周年イベント時に提案して気に入って使っていただいたもの。あれから、10年。今回の20周年のテーマはどうしますか。と尋ねると、前回のをもう一度つかいたいとのご要望。パート2として今回もそれで行くことになった。

そんなに気に入ってもらえるなら、このままいくと30周年の時も使われるかもしれない。では、お祝いにこのタイトルでオリジナルの歌でも贈ろうかという気持ちになって急ぎつくり、20周年イベント当日のライブトークショーで初演した。

生まれた歌詞の一番は、以下の通り。

♪きみと出会い 過ごした月日  忘れないよ いつまでも        
きみの目には 大きな空と    ぷかり雲が映ってる          
きみと歌う 一緒に歩く     生きる力 もらったよ         
きみの手には やさしい力   ほっとするよ じんわりと       

出会えたよろこびと       わらった年月と            
思い出があふれてくる      一緒にあるく道          
思えば懐かしく        思えば愛おしく            
アルバムが心のなかで開くよ               

ありがとう ありがとう これまでも これからも
ありがとう ありがとう これからも ずっと
ありがとう ありがとう これまでも これからも
ありがとう ありがとう これからも 一緒 に ♪

・・・なかなか いい感じの曲になった。朝ドラのテーマ曲にもいいのでは?感動して泣きそうになったとの声をいただいた。

改めて、20周年おめでとうございます!

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私なりのお祝い

最近、いろんなお祝いごとがある。

たとえば、社長就任をされた方には、お花を贈ることもあるし、その準備段階で、いろいろ準備のお手伝い。ゴーストライターのごとく、その人に成り代わっていろいろ文章やアイデアを考え、提案する。そこで気に入っていただいたものは、その方にプレゼント、そんなこともある。
そのときにしかできないプレゼントだ。


また、ある事業所は20周年記念事業を開催。それに向けて20周年の歌をつくり、演奏する。
これもそのときしかできないプレゼントだ。


立派なお花も、高級なプレゼントもないけれど、目に見えない コミュニケーションのプレゼント。
そういうもの、ことが自分らしくていいのでは。

どこまでもオンリーワンで。サプライズで。

その歌のプレゼントは今日、お披露目だ。わくわくする。

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やっぱり手と紙の、神わざコミュニケーション。

ビジネスツールとして、メールはもっとも重要な伝達・共有手段だ。
もちろん限定メンバーでのやりとりは、それ以外の手段も有効だ。
私の場合は、どこにも属さず、さまざまな組織とやりとりさせていただくため、
やはりメールが一番重宝である。送ったらすぐ返す。キャッチボールがしやすいのと、きちんと記録に残せるのもありがたい点だ。

ある方と初面談をしてお礼メールをしたが、なかなか返事がない。
おかしいな。お会いしているときはとってもにこやかで面談を喜んで下さっている様子だったのに・・本当は何か失礼をしていたのかな?など、返事がないことでそのときの面談のことを振り返りつつ、原因を勝手に探ったり心配していた・・。

すると3日後に1枚のはがきが届いた。季節のイラストが入ったかわいらしいハガキだ。丁寧にお礼の言葉が書かれており、ああ、この方はあえてメールではなくハガキで気持ちを伝えようと思われたのだ・・。あのお別れしたときの笑顔そのままの気持ちだったのだ・・・。
メールが来ないと心配したり、不安がって申し訳なかったと思った。

ビジネスに迅速性はもちろん大切だ。しかし、大切な出会いであれば、また最初の出会いを大切にしたければ、きちんと手書きで伝えようというのは、素晴らしい視点であり、行動だ。

ハガキを何度も手にとって、読んで、ひとりにっこりする。
このデジタル社会だからこそ、このぬくもりコミュニケーションを大切にしたい。

手と紙によるコミュニケーションは瞬間にして、関係を強く深く結びつける、まさに神わざ(神様のしわざ?)である。今回も一枚のはがきの神わざに感動、実感している。

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社長さん十色

仕事で社長さんと呼ばれる人によくお会いする。
ほぼ、毎日どこかの社長さんに会っているような気もする。
この6月だけでも、
任期満了で退任された社長さん、代替わりをされ新しく就任された社長さんと先代。新たに社長になるからと、こんな会社にしようと準備をなさってきた新社長さん、このままじゃ会社経営がよくない、なんとかしたいと社長夫妻で相談に来られた社長さん、就任から3年経ち、すっかり社長らしさが板についてこられた社長さん、長年自分で立ち上げた飲食業をこのたび家族以外の後継者にバトンタッチされた社長さん、そして一緒に新たなプロジェクトを一緒に始めた、新たな時代に挑戦しようと奮闘される社長さん・・・。
気が付けば、世の中は社長さんがいっぱいだ。
規模や事業内容はそれぞれ違えど、社長をやる以上は、会社を発展させ、世の中に貢献すると同時に、従業員を幸せにしなければならない。

雇われている立場とは全く違う。社長さんはホントに大変だ。

会社員をやめる決断をしたとき、会社って社長とそれ以外。自分はこのままどっちに?ということを考えたことがあった。

社長次第で会社はいかようにもなる。もちろん社長一人の力ではないが、社員や関係者を率いていくのは社長の力だ。

肩書きがすごいのではなくて、背負っている責任が本当に大変なのだ。

リスクのないビジネスはない。
おかげさまで、私の周りには、なんちゃって社長は、いない。
みなさん真面目に、真剣に事業に取り組んでおられる。
相談相手がいない人も多い。少しでもお役に立てればと思う。

名誉のためでなく、真剣に課題に向かい合っている姿を尊敬する。

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つぶやきをよく聞く

自分の性格、体質、生き方などに、俗に言うSMSはマッチしないため、利用しない。先日の世界広報デーに、ローマ法皇さまも、ソーシャルメディアは世界の結束のために良い意味で使われるなら良いが、現在はこれによって分断されているとの警鐘を鳴らしておられた旨の記事に接し、心から共感。最近では、受信料を徴収する放送局ですら、ツイッターによるとなんて、一国の大統領のメッセージを真面目に取り上げたり、違和感満載の今日この頃。

呟きなら、一人で言ってろ、そんなのつぶやきでも何でもない。メディアの使い方が低俗化して、本当に嘆かわしい、と心でつぶやく我が暮らし。

話は変わるが、父に会いに行っておきまりの喫茶店に行っての帰り道。彼がふと
「もう兄弟4人も死んでしまったな・・」と、つぶやいた。
「同級生もみんななくなっていって・・・もう みんなおらんわ」
その言葉を聞き逃さなかった。
返す言葉が難しい。

80歳を過ぎて、周囲がどんどんいなくなっていく寂しさと、父は毎日たたかっているんだろうな・・でも、それは強い戦いではなく・・・。

これからも父の、つぶやきを、ひとりごとをちゃんと聞き、勇気づけたり
元気づけたりしなければと改めて思っている。
SNSではなく、肉声でのつぶやき・・。ここに素直な気持ちがある。




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自営業の素晴らしさ

サラリーマンとは、言葉の上では、給料をもらって仕事をする人という意味。
人生の長い時間を組織に捧げ、一定契約のもとでその組織の中で一歯車として
働く。組織は業績や時代の変化のなかで、人を入れ替えながら、事業の存続を図る。だから、サラリーマンのつとめには限りがある。定年という節目だ。
死ぬまでどうぞ働いて下さい。という企業はない。
だから、サラリーマンの道を選んだ人たちは、定年というゴールまでがんばって
時間と労力を組織に提供し続ける。

一方、自営業は誰から給料をもらうのではなく、自ら営む仕事。自分の食いぶちは自分で探す、自分で稼ぐ。という仕事だ。
毎月定額の収入があるというルールはなく、浮き沈みも激しく、その安定化につとめるが、なかなかそうはいかない。一方、自分で挑戦したり、判断して進む方向を選んだり、自分の意志と責任で、仕事の選択もできる。
リスク覚悟であるが、その分リターンもある。

どちらの道も努力すれば、しただけの結果が出ると思うが、この高齢化社会、年金などの不安が語られる今、とにかく健康が一番で、それさえあれば、一生働けばいい、働くのが持論。

自営業には定年がないため、仕事を続けることへの抵抗はない。

サラリーマンの方のように一度やめてから、再び自力で走り出すのはなかなか勇気も行動力も必要だ。

自営業はこのまま走り続けるしかない。
健康であれば、なんでもできる。

今になって、自営業でよかった。この時代を予測していたわけではないけれど、そんな気がしている。人任せの人生、依存、所属の人生はそこから脱皮するのが難しい。

ビバ!自営業。そんな時代になるように、努力をいとわず続けたい。

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ミッションの種まき

今日はどんな日にしようか。今日はこれをしなければならない。
おかげさまで、毎日なんとなく過ぎる日はない。
今日はこれをやる!やらねばならぬと思って一日を始めることで
あっという間に一日が過ぎる。

ビジネスミッションもあり、ライフワークのミッションもあり、
いろんな課題があって、日々新鮮だ。

今はビジネスも、アーチストワークも、バランスよく進みたい。

どちらも社会にお役に立つため、誰かを元気にするために。

先日、あるボランティアの面接に行ってきた。ある病院でのこと。
ずっと気になっていた病院だ。
少しでもそこで入院されたり、治療されている方の癒しになればと
思って・・。
すぐに大きなことにはならなくても、ミッションの種をまき続けることは
大変意味がある。
これをしなければならないから、まずこれをする。

一歩一歩進みながら、一粒づつ種をまいていく。

そう、育てていく、育っていくのが面白いのだ。

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いつまで、どこまでパワーアップできる?

どこの国か忘れたが、100歳過ぎてから走り始め、世界記録を出した女性がいることを報道で知り、驚く。若いときからやっていたのではなく、100歳から?!そんな人がいるのかと耳を疑うが、嘘ではなさそうだ。調べてみると日本にもいらっしゃるようで、さらに驚く。

最近、20年ぶりに会った人から、「さらにパワーアップしていますね。」と言われ、戸惑いを感じた。パワーというならば、30代半ばの方が明らかにありそうで、自分の現在は、パワーアップという段階でもない感じであるが、久しぶりに会う人にはそう見えるらしく・・・。
まあ、恥じることでもなく、ありがたく受け止めるとしよう。

人間はいつからでも、新しいことを始めることができるのだろうか?
健康で、意志があれば、できるのだと思う。
走るかどうかは別としても、私も生きている限り、やりたいと思うことをやり続けようと思う。自分がやりたいと思うことをやっている以上は、powerfulでいられるのだろう。
パワーに満ちる自分であり続けるためには、常にプラス思考でいること。
まだまだ55歳。まだ若い、まだまだ若い。100歳まではちょっと道のり遠い・・。

自分には、出来る限り

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兄弟たちの成長とともに。

20年ご無沙汰していた企業。30年以上前にお世話になった会社とのご縁が復活、ここのところ、毎日のように連絡を取り合うようになってきた。

一度、離れた会社なのに、やはり長くお世話になってきたからか、変わらぬ社風にも自然と入り込むことができ、ずっとそこで働き続けている当時の先輩、後輩たちとも、あたかもずっと一緒に仕事をしてきたような感覚でやりとりができる。とても不思議であるが、相手がどんな人か?を知っているというのは、コミュニケーションをする上でとても重要だ。

四半世紀前に初々しく入社した後輩たちが、今は40代後半から50歳と、立派な幹部になっている。そんな彼らと今やりとりをしていると、成長したな、変わらないな。あ、こういう性格だったんだ、相変わらず真面目だな・・、いや、やっぱり成長したな・・と見守ること自体楽しく、今と昔を比較しながら、自分のいなかった空白の20年間の時間の長さを感じる。
再び先輩たちに見守られ、後輩たちと一緒に仕事ができるこの環境は本当にありがたいと思う今日このごろ。

おかげさまで、みんないい兄弟たち。残念ながら妹は残っていないが・・。

ちょっと違う関係になったけれど、心族であることは間違いない。

これからも一緒に成長していきたい。若いもんに、まけへんで~。という気負いもなく、いい信頼関係を紡いで。行けたらいい。

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