情熱の雪女は、赤いドレスで独自解釈のタンゴを弾く。ひき続いて、夏のタンゴのメッカに向かう。
情熱は天候気候によるものではなく、内側から湧き上るもの。
どこにいても、情熱は変わらない。
雪国でも感動されるタンゴは、もちろんアルゼンチンでも、イタリアでも同じく受容、歓迎
される。世界で情熱に触れたい、情熱を発信したいという思いがあれば、地球の裏側への
移動も苦にならない。
つねにいつも頭はクールに、行動は熱く。思考は冷静に、表現は情熱的に。この二面性がひとりの人間のバランスをよくする。
フランシスさまの故郷へ向かい、新たな挑戦に向けての仕込み。
夏のクリスマスの街は、どんな空だろうか。きっと名前のとおり、「ブエノスアイレス」
=いい空気 なんだろう。まさか夏なんだから、今週こそ雪は降らないはず。
雪国~夏国への斜め移動
美しいけれど大変、大変だけど美しい。
12月上旬というのに、日本海側では大雪、それ以外でも孤立や被害が出ており、心配である。新潟で食品加工をされている会社のブランドに「吉雪」というものがある。豪雪地帯の小千谷。雪との共存をしてきた地域。雪のおかげで冬は外に出られない、危険、大変。でも、その雪も春になれば溶けて、その雪解け水から美味しい作物、お酒ができる。雪は人にとって吉なるものだ。とその名づけ親が熱く語っておられたことを、この季節になると思い出す。ディナーショーでは雪は恰好の演出ツールであり、見ている分には美しい。しかし移動するには危険で大変で、日常のペースが狂う。でも、やっぱり雪景色は美しい。
美しいけれど大変、大変だけど美しい。雪はあらゆる存在の二面性を表している。
雪も雨も同じ。詩的にもなり、脅威にもなり。うまく付き合って、それを楽しめるのが
一番いい。いずれにせよ、被害は少ない方がいい。そのためのビジネスも日進月歩、いろいろさかんだ。雪国から学ぶことはとても多い。
「情熱の雪女」という新ネーム
ぜったい雪が降らない、でも冬の雰囲気が楽しめる時期でやろう。と心に決めて、知り合いの気象予報士にも事前ヒアリングをしたうえで、この週ならまず、大丈夫だろう・・ということで12月5日に設定した新潟でのディナーショー。前の週までは少しづつ寒くなってきたかな~ぐらいな冬感覚であったが、この週からは新潟の天気予報は雪だるまのマーク。「勘弁してよ~。新潟といっても新潟市のことじゃないよね。」とぶつぶつ言い続けていたが、
当日、新潟市に初雪が降り、ディナーショーが終わるまでに新潟市中の道は真っ白、そして一晩経ったら大雪警報、街は銀世界だ。
今回「マーサさんは雪女ですね」と、何人にも言われ、自分でも不思議なぐらい、こんなに雪に歓迎されているのだと思ってしまった。雪はみている分には美しく、歌にもなるほどに冬のロマンチックなシンボルだ。そういう点で雪の中のライブは素敵だ。最高の演出ツール。演奏もより情熱的になる。だから、実は雪降るライブはとても好きだ。しかし、雪の中をおいでいただいたり、お帰りいただいたり・・・雪で来られないという現実を見ると雪国の生活は本当に大変で危険だということも痛感。
帰りは衣装など重い荷物を宅急便で送ってラクラク!と思っていたが、雪の日の運送はままならぬ・・・ということで、どでかいバッグをひきずりながら移動することに。
雪国での暮らし、雪国での出会い、多くの経験。小さな想定外を学ぶには貴重な場所である。東京に戻ればこの経験は余韻となる。決してとけることはない。
あなたの笑顔が見たいから・・・。
ライブツアーも後半戦。2014年最後は新潟モノリスでのスペシャルディナーショー。
51歳になっての初自主イベント。10年間通っている新潟で出会った方たちがご多用の年末に時間を空けておいでくださることに頭が下がる。どうしても今回は行けないけれど、次回は絶対行きますというメッセージも多数。応援いただけることも心に沁みる。いつも思うが、一人でも多く来ていただくことだけが大切ではなく、すべての方の気持ちを、心を大切にするということ。80余名のお客様全員が全員笑顔で帰られることが私の目標だ。お客様の笑顔が私の幸せ、歓び。帰りに笑顔で見送ることだけを考えて、その様子を思い浮かべ、
準備もがんばった。いつも応援いただいている方から、先日の誕生日に素敵なメッセージをいただいた。
「人生は胸おどるものです。
そしてもっともワクワクするのは、
人のために生きるときです。」
- ヘレン・ケラー -
(Life is an exciting business and most exciting
when it is lived for others.)
- Helen Keller -
人のために・・とは おこがましくて言えないけれど、人が笑ってくれることを
考え、行動するときに私自身がわくわくする。
そんな夜にしたいと全力で向かった。そして80余名の笑顔を見ることができた。
「すっごく楽しかった」との言葉が多く、それをいただき、私はすっごくうれしかった。
新潟初雪、素敵なクリスマスディナーショー。無事着地できたことに無上の喜びを感じている。
次のわくわくを考えよう!
毎日毎日生きている。当たり前に思ってはつまらない。同じ24時間であっても毎日自分次第でどんなに違うことだろう。たとえば誕生日という1日は特別な感じがして、大げさにいえば一分一秒を大切に思い、お祝い一言一言がうれしくて「とっても特別」な気持ちになれて、そうこうしている間にあっという間に1日が終わってしまう。毎日がこんな1日だったら人生が楽しくなるだろう。毎日が誕生日というのはありえないので、わくわくすることを自分で考え、自分で行動していけばよい。いつも応援してくださっている方は「また、どこまで行くの?とびっくりさせてね」と言ってくださる。人をびっくりさせることが面白いというよりも、自分が自分でびっくりするようなことを考え、立ち向かうことが面白い。
楽しく前向き。一生懸命になりすぎずに、笑いながら、鼻歌混じりに、ほいほいほい~♪という感じで、次の「わくわく」をいつも考えていたい。ハッピーコミュニケーションクリエイターとはそういう仕事であり、生き方だ。本日5日の新潟ディナーショーはわがライブツアー本年の最後のステージとなる。また音楽だけでなく、参加される方のハッピーコミュニケーションにも役立てたいし、なんといっても感謝の気持ちをこめてやり遂げたい。
おもてなし・・・というと大げさだ、自分らしく感謝を込めて。そして相手も私自身も
よかった、よかった・・となることを思い描いて。
生んでいただきありがとう。の気持ちを改めて
51歳の誕生日もいつもどおり母親に朝メール。「産んでいただいてありがとうございます。これからも楽しくがんばります!」と書くと「あなたが生まれた日も寒かったです。世のため、人のために尽くしていれば必ず自分のためになるから、これからもがんばってください。」という返事。敬語で書かれることにも、話されることにも慣れていないが、誕生日は親にとってこそ、記念日なのだと思う。今年もお礼を言えてよかった。人生は観覧車のようには1・2・3のワルツ、マジックの世界も1・2・3だ。そしてアウフヘーベン、そしてハッピーコミュニケーション。
あっという間にすぎる1日であるが、この記念日を出張先で普通に過ごせたというのもまた幸せ。
ザビエルが帰天した日に生まれてよかった。また1年、自分らしくいい感じで生きていきたい。これまでの自分を支え、見守ってくださるすべての方に心から感謝しています。いっぱいおめでとう・・・の言葉をいただき、うれしい。おめでとうのブーケは1年を元気にすごす大切なエネルギーだ。
おひとり様ランキングのありがたさ
ある方との久しぶりの再会。最初の出会い時にはなかったタブレット端末の存在がその後の交流に貢献している。その方は、ある日「月末になったらブログについてメールしますから」と予告メールをされ、そのときは何のことかわからなかったのであるが、11月末に、なんと1か月間私のブログを読み続けていただいたようで、そのランキング10を結果報告してくださったのだ。・・・そのメールより・・・
11月1日〜30日マーサブログベスト10。2日→マカオ…。8日→泣き笑い…10日→一通の手紙…。13日→ふるさとライブ…。16日→セブンティーンの花束…。17日→東京ライブ。18日→市場は…。21日→高校受験に…。特にお母様のドクターへのコメントは特筆事項。26日→何度やっても…。駅ホームベンチ
50歳の自分の約束を果たす
50歳最後の日になる。なんとか元気に無事に過ごせたのは、周囲のおかげである。
この50歳の誕生日、セカンドアルバムをリリース。そして50歳のうちに必ずやると
決めたこと。12月3日命日のフランシスコ ザビエルの讃歌として創った「フランチェスカの夢」をバチカンに贈ること、フランシスコ法王へ贈ること。実はCD完成と同時に思いついていたことであるが、どうせならば法王様の誕生日に向けてと思い、準備をしていた。
今回の行動について、家人は最初びっくり、あきれた様子?「どうして、そういうことを思いつくの?」と質問され、それでも、時間が経過、本当に準備に入っている様子を見て、最後は手伝ってもくれた。専用ジャケットのデザイン、歌詞の英訳から、スペイン語訳、さらには主旨を書いたお手紙の英訳・・・にいたるまで、いろんな方のお世話になった。どの方も私の想いを理解してくださって、「想いが伝わるといいですね。」と応援してくださった。ザビエルが船出したリスボンと、フランシス法王のふるさとブエノスアイレスの写真を使ったジャケットはなかなかいい。自分ならではの世界が表現できた。スペイン語に訳してくれたブエノスアイレスのモニカは常宿のスタッフ。曲ができたときにi-phoneで曲を聴いてもらい、これを贈ろうかと思っていると伝えると彼女は興奮して「きっと彼は喜んでくれるから早く送ったらいいわ」と言ってくれた。法王のふるさとの人に背中を押してもらい、現実の行動に勇気が湧いた。
大使館にも親切に教えていただき、こんな行動も、世の中で許されることなのだということも知った。手紙にサインをし、CDやオリジナルカレンダーも入れ、封筒に入れ、郵便局へ持ち込む。なんだかドキドキする。EMSでイタリアまで早ければ3~4日で届くという。
さて、ご本人の手に無事にたどり着くだろうか?いつ届くのだろうか?
すべきことはした、後悔はない。とてもうれしい気持ちだ。どんなふうに伝わるかもすべて
わからないが、手は尽くした。よし、やったぞ!おかげさまでいい50歳。
「心覚」からのクリスマスプレゼント
昨年のクリスマスに台北で会ったのが最後、そしてこの春に亡くなった台湾人の友人のご主人が、来日した。日本通であった彼女との日本での思い出を再訪するということと、彼女の日本の友人に会うためにやってきたとのこと。なんと約1か月の滞在の予定だという。先日の東京ライブで初演奏した彼女を思って創った曲「ANNEソロジー」の報告をそのご主人にしたいと思っていた矢先の来日で、彼女が天から旦那さんを呼び寄せてくれたのではないかと本気で思うほどのタイミング。旦那に会うのは数年ぶりかもしれない。上海で、香港で会った記憶があるが、そのときはいつも夫婦そろっていた。今回は彼と通訳を担当する友人が目の前に現れた。
亡くなって半年以上経過し、でも最愛の人を亡くす悲しみはそんなに簡単に癒されるわけはないので・・・ととても心配していたけれど、彼はいつもどおり元気で、陽気で、上機嫌で、ランチタイムなのに焼酎を熱燗にして和食を楽しんでいた。3時間ほど、世間話をして馬鹿笑いして、私が創った曲も歌詞を読み、歌い。。漢字混じりの歌詞を見て、彼は「覚えています」という曲の出だしにすぐ反応した。実は、彼女は癌になってから、癌から逃げるのではなく、向き合って生きていく。西洋医学的な治療は一切受けず、自然に生きて、死にたい。という意思を持ち、その生き方をまっとうするために仏教を学び、最後は改名をしていた。その名が「心覚」(しんかく)。そう、彼女の名前を無意識に、私は歌詞の中に入れていた。
そして旦那さんは今回の彼女の最期について語った。人は生まれて、生きて、そして死んでいく。そのことを受け入れていくという生き方を全うしたという話だ。そして、今、彼女の体は台湾のある病院に献体されている。将来の医学に役立ててほしいというのも彼女の意志だったという。「彼女はそういう生き方をしたのだから、それでいい。だから私たちも悲しまないで、自分の人生をがんばって生きていきましょう」と、旦那は亡くなった妻の代弁者のようにメッセージをくれた。涙も見せず、笑いもあり、そして大変強いメッセージを投げかけた。
「心覚」・・・覚とは、単に記憶しているということではなく、目覚める、覚醒するという意味も込めている。彼女はやっぱり素晴らしい人間であり続け、彼女らしい人生を全うしたことがよくわかった。いつも、「MASAKOはすごいよ、君はすごいよ。」と言ってくれていたことが今日の私を支えている。私も「心覚」を大切に生き続ける。陽気な旦那さんは、私が創ったこの曲を日本語で歌えるようにがんばる!と言った。
アンソロジー。ANNEは、やっぱり私の心の華。永遠に。
わざわざ妻のメッセージを伝えるために、そして彼女との思い出を確認するために日本を旅する旦那の生き方に心打たれた。
台湾、上海、香港・・・そして日本。彼女とは約20年の間にアジア各地で会い、仕事も協力しあった。そして、最後の面会は台北のスタバでのクリスマス。そのときは足まで癌が転移していたと初めてきいた。それなのに痛いと言わずずっと笑っていた。今思えば、それが彼女のクリスマスプレゼントだった。
「絵になっていましたから」

応援している企業さんのお店が、新潟市内の情緒あふれる商店街の中にある。そこを訪問し、
すぐに戻らねばならないところ、商店街に出ている野菜売り場に惹かれて、ついつい買い物をしてしまう。仕事中でも野菜を普通に買わせてしまう!のが新潟のまちだ。
とんがらしの吊るした商品があり、食べ方を聞いたりしていると、背後に何か存在を感じる。ビデオカメラとマイクをもっているぞ?なんだ?この商店街を取材しているのかしら?
買い物をして、さ、行こうとすると、声をかけられる。「ちょっとインタビューいいですか?」「へ?何?何に使うの?」どうやら、新潟大学の学生らしい。映像の勉強をしており、街中に出て取材や撮影の実習をしているようだ。何を聞くのかと思ったら「今日は何を買いましたか?」「ここへはよく来ますか?」などの質問。聴き方も、内容も初々しい。
付添の方がしっかりフォローされていた。「なんで、私を撮るの?」「買い物しているところが絵になっていましたので・・」どうやら、お店のおばちゃんとのかけあいが、それらしかったようで・・。学生たちがあまりにかわいらしかったので、「ちょっと代わりに君たちを撮らせてよ」といって撮った1ショット。喜んでポーズをとったりするところもいい。名前は板垣樹くんと、宮本一輝くんの二人。しっかり名前も書いて教えてくれる。
「そのうちブログに書くかも」「まじっすか。チェックします」と盛り上がっていた。
地方のちょっと懐かしい商店街の素朴な買い物風景を、若者がいい絵であると選び取ってくれることがうれしく。彼らの将来が楽しみだ。でも、撮ってくれた私の買い物姿は決して、人様に見せられるものではなく・・・であったのだが。