張本勲さん。わたしが子どもの頃は、おそらく巨人で活躍されていたか。
テレビやラジオの中継でしか見たことがないが、その存在はよく
知っていた。
野球に詳しいわけではないが、長嶋、王に次ぐ・・ほどに著名な選手、
お馴染みの存在だった。
でも、当時は野球が特別好きだったというわけではなく、その生い立ちなど
子ども時代には知る機会もなかった。
それが日曜の朝番組で印象が変わった。
スポーツコーナーでのコメント、突っ込みがなんとも言えず
ユーモラスで厳しいけど温かみがあるそのキャラクターに関心を抱いた。
スポーツは人生に例えられるが、自分が決めた道なら、とことんやりつくせ。
喝を入れる。妥協を許さない厳しさがある。でも、それは己のため。
頑張った人には、あっぱれ!を送る。
ご自身も努力家だったんだ・・・。
だんだん張本さんの生い立ちを知ることになり、驚いた。
被爆経験があり、幼き頃からご苦労をされた。
戦争は絶対にダメだ・・・と晩年、訴えられていた様子を聞いて
涙があふれた。
そして、出身についての差別も受けながら、育ってきたとのこと。
これを聞いて、どこまでご苦労をされたのかと・・。
そんな張本さんが亡くなった。
なぜか 泣きたいぐらいに悲しかった。
一度もお会いしたことがないのに、まるでお会いしたことが
あるかのように、自分が喝を入れていただいたことがあるか
のように、そんな身近な応援団がいなくなったような気が
して、とても悲しくなってしまった。
どんな思いで、自分にふりかかったさまざまな苦しみを
乗り越えて生きてこられたのだろう。
野球の存在が、多難な人生を支えてくれたのだろう。
晩年、被爆者としての経験、思いを若い世代に伝えて
おられた。
伝えねばならぬ。という熱い思いが籠った言葉であった。
苦労した人しかわからない道。
それが伝わってくる人であった。
泣き寝入りをしない人生。
自分を強く信じて生き抜いた人生だったのだろう。
多くの人が勇気をもらったはず。
戦争も差別もない社会を心から祈って
野球を通じて、人生をまっとうされたその姿に
心から敬意を表し、ご冥福を祈りたい。
なぜ、こんなに悲しいのかわからないけれど、
それだけ多くの人々に、
メッセージを残されたのだろう。