2026年も始まったばかりというのに、早速2027年のコンサート出演の
予約をした。受付が1月5日からということ。最近は出演希望者が
増えているため、早めに予約をせねば!ということで、なんとか確保。
こんな風にこの何年間、先の1年のことを考えながら新年を過ごし
ている。
「今年も宜しくお願いいたします」と言いながら、頭の中で、来年の
ことを想像している。1年後、世界は、日本は、自分はどうなっている
のだろう?
一方、来年はないという話。
毎年いただく年賀状。近年、年賀状は今年で最後にします。
と書いてあるものをみつける。
年賀状を書くときから、一年後のことを考えておられるのだ。
年賀状をやめるということは、宣言するほどの重大なことなのだ。
単に書くのを、投函するのをやめる。の意味ではなく、
おつきあいを、交流を控えます。という読み方もでき、
ちょっと寂しい感じにもなる。
そう書いてある方にはお返事をし、さらにご縁が切れない
ようにしておかねばと思う。
25年ほど前、よく新橋の飲み屋に連れていっていただいた
マーケティング業界の先輩。
その方の年賀状にそう書いてあった。
年賀状でしかお会いできなくなって、それでもその1枚を見るたび
に懐かしくて、新橋時代を思い出していた。
年賀状が終わっても、おつきあいは切れては困る。
今年は会いにいこうと決める。
来年のこと。いいことも、そうでないことも。
すでに今年から始まっている。
すべていいことになるように、働きかけたい。
もう来年のこと。
ベネズエラの青年のこと。
もう10年以上前の話になる。
時々、弾丸ツアーと称して、ブエノスアイレスに訪ねたときのこと。
すでに3回目か、4回目だったか。
一人で旅するブエノスアイレスでの目的は、タンゴ音楽の勉強。
夜になると演奏されるタンゴの店に出かけて、現地でしか聞けない
19世紀末から20世紀初めに流行ったアルゼンチンタンゴの本場の
音を学んだ。昼間は楽譜店を訪問して、タンゴの楽譜を買い集めた。
自分のCDを売り込みに行ったことも、今となっては懐かしい。
そして、そこで知ったアーチスト。すでに伝説の人であったが、
すっかり魅了された。
その名はカルロス・ガルデル。アルゼンチンタンゴの歌手、俳優
として超有名な人物であった。日本ではほとんど知られていない。
そのガルデルの名が付く劇場があり、彼が残した名作ばかりを
演奏するという唯一の会場。出演する歌手たちもカルロスを
真似たファッションで登場し、100年前を想像し、タイムトリップ
を愉しんだ。余りに気に入って、そこに何度か通った、ある時の
こと。
ブエノスアイレスでタンゴを楽しむ店は、まず食事をしてから
音楽を楽しむという構成。
その店に私のような一人の客は珍しく、向いの席に、
これまた一人のお客。
一人同士であるから、話すしかない。
お互いたどたどしい英語でなんとか通い通じた。
その青年は、ベネズエラから来たという旅人で、仕事は電力関係の
会社につとめているようだった。石油ではなかっただろう。
30代になったばかりか、自分より若かった。
聞けば、その翌日が誕生日。それが理由はどうかはわからないが、
一人旅の海外旅行先としてブエノスアイレスを選んだようだった。
彼にとっては、生まれて初めて見た日本人、私にとっては初めて会った
ベネズエラ人。
そこから誕生日だという翌日に改めて待ち合わせをして、
カフェで会い、いろんな話をした。
たどたどしくても、お互い珍しいので、一生懸命言葉をぶつけ、
理解をしようとした。
話をしていて思ったのは、ベネズエラ人からすると日本は
スピードが速く、忙しくて、恐ろしい国と言う印象を
もっているということだった。
10年前だったせいか。今ならば、もっと違うかもしれないが。
誕生日プレゼントにあげたチョコレートの包装紙の
裏紙にいっぱい落書きをして、コミュニケーションをした。
なんだかよく笑い、楽しい会話をした。そのことだけは
よく覚えているし、
カルロスの歌を口ずさんでいたから、ベネズエラの人も
アルゼンチンの人も、音楽で通じ合っているのだと
興味深く思ったことは、今も覚えている。
世界で一番遠い国に行けば、さすが、いろんな出会いが
ある。
と、そんな遠い遠い国での楽しかったひととき。
すっかり忘れていたが、
今回の大統領の事件で、ふと彼のことを思い出した。
元気にしているのだろうか。
消息はもう不明だ。
その包装紙のメモ紙は保存してあったか、名刺もとって
あったか・・。
それすら、もう覚えていないが、
とにかく
元気なのだろうか。安全に暮らしているのだろうか。
「いつか、ベネズエラにも来てください。
海がきれいですよ。」と、
そんなことを言っていたな・・・。
旅の記憶は途切れるが、ある瞬間に蘇る。
今は心配している。
元気なら、安全に、幸せに暮らしているなら安心。
世界が衝撃的なことに襲われる。
こんなことに慣れてはいけない。
改めて、南米に思いを馳せる。
非日常から日常、そして。
急に街が落ち着いた。普段の暮らしを取り戻した。
年末年始という特別な時間を過ごし、普段と違う
空間で、環境で解放された束の間を満喫された
方も多いことと思う。
休みの最終日は大人であっても、明日から会社か~
と少し憂鬱な気持ちになるケースもあるかも
しれない。
でも、365日毎日が休みだったら・・・。
そんなわけにはいかないし、毎日が休みであると
メリハリもなく、うきうき感もなくなるかも。
日ごろ、多少のストレスを抱えながらもがんばって
いるからこそ、非日常の時間を楽しみにできる
はず。
楽しかった数日を終えて、普段の生活に戻り
仕事を始めればそれはそれで、仕事に追われて、
日常に戻っていく。
戻るのに少し時間がかかる場合もあるかもしれないが
まあ、すぐにペースを取り戻すことができる。
日常はいいことばかりでなく、いろいろあるが、
それが暮らし。
人生は、日常が基本である。
そこに時々、ワクワクドキドキの小さな非日常が
あることで、やりがい、生きがいも生まれる。
非日常が日常になっては、つまらない。
時々のお楽しみこそが、生きる糧になる。
普段の暮らしに戻った街を見ると安心する。
ここから本当の1年が始まる。
とはいえ、もう365日分の6日目に入った。
あっという間に時計が回るから、
季節が移っていくから、
小さな感動を見落とさないように、
より確かなものをみつけていきたい。
日常とはありふれているけれど、
平穏な平和な時間。
その日常のなかに、時々、求める人に
小さな非日常をプレゼントできる
そんな暮らしを心がけたいとも思う。
今日という一日。大切に。
どんなドラマを創り、生きるか。
音楽家の知人が主催する初春コンサートをたずねた。
声楽、ピアノ、フルート、サキソフォンなど様々な音色が調和する
音の世界旅行の時間。
映画や演劇と同様、現実から少し離れた世界で夢を見ることが
できる時間。初春にとてもふさわしい時間だ。
いつまでも夢を見続け、それを目標として行動する勇気を!
そんなメッセージをコンサートから感じた。
また、最近は ちあきなおみ の見事な歌唱力に触れ、
その中で、歌という表現の可能性を考える機会を得た。
歌いながら演じている。役になり切っている。スゴイ!
これは「歌芝居」というジャンルだ。
今まで考えたこともなかったが、
歌を越えた歌。ミュージカルではなく、ぐっと魂にささる歌。
ぜひ、今年はこれに挑戦したいと、心が動いた。
ある方が、人生は時間をかけてつくる物語だと言っていたが、
最近、そのことが少しわかるような気がしている。
そして、その人生を凝縮することができるのが、曲、歌。
曲はメロディとコードで。歌はそこに歌詞が加わるため、より
伝わりやすい、言葉と音で綴るドラマ。
自分はどんなドラマを創りたいだろうか。
どんな物語を表現したいだろうか。
それは、自分の進む道から生まれる。
そんなことを思いながら、1日1日に向かう。
まずは、毎日が小さなドラマ。
そう思って、今日という日を大切に生きる、そして
世界を見る、周りを見る。
今日から、世間が一斉に動き出す。
今年出会う人たちに感謝し、毎日を丁寧に紡いでいきたい。
素敵なドラマが生まれるように。
海を越えて、新年快楽!

昨日、台湾から新年メッセージが届く。
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あけましておめでとうございます!
去年12月の再会ができて、ほんとに嬉しくて すごく感動の気持ちを持ってます。
人と人の間の絆が世の中で1番美しいことだと思います。
今尾さんの音楽を今、毎日家族ときいています。
家族のみんなは、今尾さんの声と音楽が好きです。
静かで、心を癒すことができると感じてます。
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そうかあ。テレサテンのふるさと台南の地で、私の音楽を聴いてくださる
家族はいるとは、感慨深い・・・。新年早々、心が温かくなる。
今、台湾の妹のようなこの友は、会社を退職し、台北から台南に戻り、
ご両親の介護を姉妹で行いながら、自営業の道に進もうとしている。
その親孝行のひとときに、自分の音楽が生かされているとは、感激だ。
そして、友が書いてくれた、人と人の絆が世界で一番美しいとは!
まさにそのとおり、それを確認させてくれた今回の訪台であった。
メッセージとともに、プロのカメラマンの方が撮影してくださった
写真も多数届いた。さすがプロである。スマホで万人が撮影できる
時代になっても、プロの写真かどうかはすぐわかる。
表情のとらえ方、瞬間をとらえる力がバツグンだ。いい表情の写真。
いただいた写真は全部私の台湾時代の宝物になる。
集合写真は四半世紀前から、一緒に仕事をしていた仲間たちとその家族たち。
みんな、笑顔変わらず、いい感じで年を重ねている。
やっぱり、台湾だな~。しみじみと。
海を越えて、国を越えて。
人と人。いい一年にしよう!
「加油」は「がんばろう」と言う意味。
ともに、楽しく がんばろう!
この写真は、そんな感じ?

台湾の友たちへ 新年快楽。素敵な空間、素敵な仲間は永遠の宝物。

世界でひとつの年賀状。

今年も早々に年賀状をいただく。
ハガキの年賀状は年々減少し、一番多い時の四分の一ほど。
以前は返事を書くのに、まる一日はかかったのに・・・。
と新年の初業務?正月の恒例行事も、変わりつつある。
ハガキが減った分、メール等でいただくデジタル年賀状が
増え、その表現は実に多様・・・。
あるカメラマンからは、昨年撮影したであろう各地の
名所の風景写真の年賀状が何枚も届き、そのバリエーションに
驚く。写真集的な年賀状といえる。お好みの画像をどうぞ。
ということか。
ハガキであれば1枚しか送れないが、デジタルであれば
メールやサイトやSNSを活用してなど、いろんな手法で
多様な表現が可能だ。
そんななか、自分のために創ってくださったという
年賀状が届き、驚く。日頃よりお世話になっているJさんからだ。
ご本人に許可をいただいたので、ここにお披露目させて
いただく。その方が普段見ておられる私の似顔絵とのこと。
以前も描いていただき、プレゼントいただいたが
それから何年か経ち、年賀状として創り上げてみたとの
こと。
なぜか、レトロ調に仕上げてくださったというところも
ホッとする。
自分のためだけの年賀状。なんと、贅沢なこと。
なかなか、その人のためだけに、その人だけに向けた
年賀状は創れないが、それをやってくださった方の
思いがとてもうれしく、心あたたまる新年になった。
年賀状なんて・・・という傾向もあるかもしれないが、
大切な人にメッセージを伝える、ひとつの大切な
節目、チャンスであると思う。
無沙汰していてもこの機会なら・・ということもある。
この新年も、気持ちを寄せていただき、
貴重な1枚、一通をお届けいただいた方々に、
感謝の気持ちを伝えたい。
覚えていてもらえる幸せ。思い浮かべてもらえる歓び。
年賀状を見ていると、その方の顔が浮かんでくる。
お元気かな。そして、やっぱり今年も会いに行こう・・
という気持ちにもなる。
日本的な習わし。時代が変わっても、残っていてほしい
小さな新春コミュニケーション。
今年も心温まるコミュニケーションを希求したい。
笑顔が生まれるコミュニケーションを。
新年から心穏やかに、感謝の気持ちをもって。
jさん、みなさん、ありがとうございます。
と書きながら、自分からの発信は遅れがちである・・・。
急がねば、そうこうしているうちに、
寒中見舞いになってしまう。
「一歩先」を1年のルールに。
競馬はしないけれども、いただく年賀状には干支にちなんだ
デザインやアイデアが多くあり、なかには馬券をもじった
カードもあって思わず微笑む。「ああ、午年なんだ」と、
日本人にとって干支の存在は本当に大きいのだと実感する正月。
干支はもともと中国の考え方で、欧米人にはおそらく
馴染みがないと思われる。ちなみに、干支は英語で
Chinese zodiac と呼ぶらしく、このzodiacは馴染みがまったく
ない英語であるが、ネットによると占星術の世界の用語ら
しい・・が、普段、簡単に干支といっているが、そのルーツ
は大変不思議な世界。
それはさておき、今年は午年。とくに丙午(ひのえうま)
という約60年に一度巡ってくる特別な年だとか。
この丙午説については、いろいろあるが、それはそれと
して、とにかく午年というのは、行動的で情熱的で、社交的
と言われるようであるが、その行動の結果、飛躍したり、成長
につながったりとポジティブな1年になれる縁起のよい年。
改めて、競馬はしないけれど、馬が駆けていく姿はカッコいいと
思う。そこを意識しながら、一つ頭を出す、そんな一年を目指す
のも良いかと思う。
一歩前に出る。一歩先に行く。
ここを改めて行動してみたい。
となると、いつまでもゆっくりしていてはいけない。
もう動き出す。
一歩先に、一歩前に。
これはゆとりをもって、生きる秘訣でもある。
後で余裕をもてるように。
一歩前を見て進む。これまでもそうしてきたけれど、
改めて意識しながら、今年はさらに前に!
これは、相対的な競争ではなく、自分との闘いである。
ブーケが観覧車になる年に。
おかげさまで無事に新たな年を迎えることができた。
初日の出を拝みに行く方々は、早起きしてそれぞれの目的地に
向かっておられることだろう。
どうぞ、世界中が平和で穏やかで、笑顔で包まれる1年になりますように。
それだけを祈りたい。
そして、自分はそのためにできることをしたい。
大きなことはできないから、小さなことでいいから、
周囲の人にできることをしたい。
困っている人がいたら、手をさしのべたい。
聞いてほしいと思う人がいたら、耳を傾けたい。
心が折れそうという人がいたら、「心は折れないから、大丈夫」
と言いたい。
ときには歌で、ときには言葉で、ときには〇〇で。
いずれもコミュニケーションの力で、世界のただひとつのブーケを
その人に届ける。
そんな人になりたいし、そんな一年でありたい。
初夢はまだ見るものではないのかもしれないけれど、
今朝寝起きに、母が夢に出演していた。・・・そんな感じがした。
母にも、ブーケを贈ってあげないと・・・。安心のブーケかな。
今年の年賀状は、私なりの思いを込めてブーケを現してみた。
贈るブーケが観覧車となって、くるくる回り出す・・・。
2026年は、そんな1年にしたい。なりたい。
どうぞ、よろしくお願いいたします!
皆さまにとって、
心あたたかで笑顔があふれる1年でありますように。

感謝のブーケを束ね、空へ。
いよいよ2025年も最終日となった。
改めて、1年をふりかえっているが、記憶が鮮明である部分と
すでに遠い過去のことのように思えたりと、時間とは、
過ぎてしまえばそんなものかとも思えてくる。
4年前、親を送ってから、人生は大波ではなく、小波、さざ波
のように静かに過ぎてきているような、そして少しづつ
大河に、海に向かって進んでいるような・・・。
まさに、時の流れに身を任せて生きているような、そんな
感じもする。
と、流れ続ける時のなかの2025年も、今日でおしまい。
ことし、私が改めて心に留めた言葉のひとつは、「ブーケ」で
あった。
今日は1年の終わりということで、今年一年の嬉しかったこと、
楽しかったこと、感動したことなどを1日思い起こしながら、
そのひとつひとつに「感謝」を込め、私なりのブーケを
束ねておきたい。
大きな花でなくてよい、小さな花。
あの人に、この人に感謝。
悲しかったこと、悔しかったこともあったかもしれないが、
それを乗り越えるときに、応援してもらったり、お世話になった方が
いる。そこに目を向けて、感謝したい。
少なくても、
2025年12月31日の現在。
おかげさまで心身ともに満ち足り、元気で、幸せを感じている。
雨が降ろうが何が降ろうが、ここまで来ることができた。
全ての関わりに感謝。
そして、ありがとうのブーケを心に飾る。
そのブーケは、夜空に輝く観覧車になる。
今日1日、そんな思いで、仕上げの時間を過ごしたい。
皆さま、今年一年も大変お世話になりました。
どうぞ、素敵な新年をお迎えください。

笑顔で一年を結ぶ。
いろんな事故や事件が続く、この年末。
多くの人が一斉に動き始めると、何かが起きた場合の
影響は大きくなる。
無事で何もないと良いけれど、残念ながら・・・
痛ましい事件や事故は、なくならない。
むしろ、増えているのかもしれない。
事故もちょっとした判断やタイミングが違っていたら
違う結果になっていたかもしれないが、
巻き込まれてしまった方は本当にお気の毒であるし、
自分もそういう事態に出会うこともありえることを
覚悟しながら、過ごさねばと改めて思う。
恨みや憎しみをもって、行動に出てしまう人のことを
思うと、なぜ、その前に相談したり、打ち明ける相手が
いなかったのかと思い、そういう人が、もしいたら
痛ましい事件はもっと減るのにと今回も思ってしまう。
年末に1年を振り返ることは大切であるけれど、
ネガティブにではなく、感謝の気持ちをもって
おかげさまで・・と言える最後にしたい。
落語を聴きに行った。
噺家さんたちの苦労を思いながら、笑いを届ける
意味を考えていた。
一年を笑いで洗い流すというのも、ありだと・・。
いろいろ溜まったこころの澱を、まったく違う世界で
繰りひろげられる可笑しな世界に耳を傾けていると
現実の苦しみも和らいで、悩みも薄らいで、
なんかあほらしい。まあ、良かったやん。
気にせんでいいやん。ま、ほっとこか。
という気持ちにもなってくる。
笑いには、マイナスの感情を散らしてくれる効果がある。
さらに、泣き笑いの境地までいくと、
まあ、なんでもええやん。
と悩んでいる自分がどこかにいって、
楽しい時間を過ごす自分に気づく。
時代を越えて、お笑いのコンテンツの人気が不動なのは、
そういう点もあるのではないかと思う。
腹を抱えて笑うも良し、
くすっと笑うのも良し、
かわいい動物を見て、癒されてほほ笑むのも良し、
もちろん美味しいものを食べて、ほっこり笑顔になるのも良し・・・。
とにかく笑顔で、みんなが笑顔で、
1年を、今日を明日を結べる・・・。
そんなことを心から願う。
笑う門には福が来たる。
まずは、自分が笑わないとね。
ことしもあと2日。今日もいい笑顔で!