このたび、30代から持っていたクレカを卒業。
持っているカードの見直しは、これまでも何度も
してきたが、今回卒業したものは、
四半世紀も持参してきた。でも、もうそろそろいいかな。
最近、いろんなことについての整理、見直しをする自分がいる。
当たり前のようにしてきたこと、もってきたもの・・・。
これは本当に必要か?これからも必要か?
と自分の将来を想像しながら、いろんな判断をする。
人生で一番大切なことは、ステイタスとか見栄えではない。
さまざまな出会い、経験から得られた思い出が一番大切だ。
多くの出会いが、時間と共につきあいが厳選され、最後には
本当におつきあいできる人も絞られてくる。
絞っていい。
知っている人の数ではなく、心から信頼できる仲間がいてくれる
こと、親身になってもらえる人がいてくれること。
これが幸せだと思う。
そういえば、20年ほど前、当時60歳ぐらいだった先輩が
「最近、名刺を整理しています。多くの人と交わらなくてもいいと
思ってね。」
そんなものか~と思って聴いていたことが懐かしく蘇る。
何にお金をかけるか…時間を使うかも変わってくる。
と、いろんな変化を自ら作り始めているが、
やはり愛着のある存在との別れや、判断は心痛いこともある。
でも、ずっと同じままではいられない。
変わっていかねばならない。
変化を受け入れることと、変化を自分からつくること。
どちらもまだこの先、生きていくためには
避けては通れない道である。
自ら、変化をつくる。
パスポートと人生の旅。
前回、有楽町で切り替えをしてから、もう10年が経つ。
遡れば、20代で初めてパスポートをもったとして、
何度も更新してきたことを懐かしく思い出す。
今回、有効期限が切れる手前で手続きに行く。
この10年。もっともパスポートを使わない時間となった。
まだ新しく、余白もたっぷりある。
ここにシールを貼るなど必要な部分だけ修正すれば
まだ10年使えそうなきれいなパスポート。
コロナの影響、親のこと・・いろんな制限があって
もっとも渡航しなかった10年。ローカルな人生だった。
その前に使ったパスポートはもうスタンプする場所がなくなって
途中でページを増やしてもらった。その後、電子化になり、
スタンプは押されなくなった。
これは実はあまりうれしいことではなく、
いつどこの国に入国したかの記録がスタンプで見えることは
とても大切で、これが旅の証し。
何でも電子化されることは、本当は迷惑なときもある。
(と、個人的には・・)
そのスタンプいっぱいのパスポートは、人生の旅の証し。
何者にも代えられない宝物である。
自分の人生をタイムトリップしたいときは、それを見ればよい。
と、パスポートにまつわる思い出はさまざまあるが、
今回の更新。
最後の切り替えにはしたくないけれど、そうなるかもしれないとも
思い、写真も知人に撮影をしてもらい、自分なりに気合を入れる。
何と言っても10年に一度。前回は地元の写真館で撮影した。
写真は大切だ!
書類を整え、窓口へ手続きにいくと
「これは、いつ撮影したものですか?」
「先週ですけど?」
「カラーコンタクト、入れてますか?」
「いいえ、入れてませんけど?」
と思ってもいない質問が飛ぶ。
写真は、偽造される例もあるかもしれないので、窓口の方は大変
細かくチェックをされることに驚く。
以前より厳しくなっているような。
10年に一度の手続きは緊張を伴う。
運転免許を持つ方の切り替えも同じ心境なのかな?
書類は無事受け付けられて、次は出来上がりを待つのみ。
「発行日は10月14日となります」
へ?なんと父の命日とは。
新しいパスポートは使うたび、みるたびに、父を思い出すことになる。
父は旅の道連れとなった。ちょっと特別な感じがしてきた。
あとどれだけ世界を巡ることができるだろう。
人類の滅亡論まで出始めている今日、行けるときに、と
ますます思う。
パスポートは古来から通行許可書として存在していたそうであるが
日本の場合は、明治になる前に生まれたそう。
国を越えての往来。
そしてパスポートからパスワードへ・・・。
仮想空間ではなく、リアルな世界に足を向け着地し体験を
したい。
新しいパスポートとともに、人生の旅を心ゆくまで、
身体許す限り・・・。
道は続く、どこまでも。
30代の頃、特によくNYに通っていた。
私なりのアメリカンドリームの時代だったかもしれない。
日本では見たことがない新たな、スタイリッシュな店、
そして移民たちがつくった、世界各国の文化と歴史を
感じる多種多様な店、公演で開かれているマルシェを
見るだけでも飽きることがなく、さらに道行く人を
眺めているだけでも、大いに刺激を受けたあの頃。
ニューヨークも本当にいい時代であった。
尋ねるとほんとうによく町を練り歩いた。
地下鉄やタクシーが怖かったのと、バスでは時間がかかったせい。
ならば、歩けばいい。摩天楼を眺めながら、すれ違う人に挨拶を
交わしながら、まるで住人になったような感覚で・・・。
そのわりには、せっかくの旅だからいろんなものを見ないと損を
するかのようにきょろきょろ。
朝から夜まで、足の裏が熱くなるほど、てくてくと歩いた。
当時はスマホも万歩計もなかったが、おそらく1日2万歩ほど
歩いていたかもしれない。
とくに、ブロードウェイが好きだった。「広い道」という意味。
だから歩きやすい。車の往来も多く、店も立ち並ぶ主要な通り。
この道は劇場通りとしても有名であるが、劇場がある41~50街
だけでなく、チャイナタウンやウォール街の方に向けてずっと続く。
この道沿いに歩くだけでも、十分にマンハッタンの歴史と現在を
感じる。
同じ道を毎回歩く、そんなことが町の観察にはいい。
先人たちが歩いた歴史の道を歩く。
今年でアメリカも250年。当時のあの道はどうだったのだろう?
(まだ命名されていなかったかもしれない)
思いを馳せる・・・そんな旅が好きだ。
日本でいえば 東海道、中山道の旅もそうだ。
これらは まだ歩いて完全制覇したことはないけれど、馴染み深い。
交通機関がない時代、歩いて旅する人に留まる宿。宿場町は今も趣がある。
さて、長崎にも歩きたくなる道がある。
南蛮から砂糖がもたらされ、長崎から小倉までその砂糖が運ばれた
シュガーロードと呼ばれる長崎街道。ちょっと幸せな感じがする道だ。
そして、あの二十六聖人たちが京都から移動させられ、時津港から
殉教することになる西坂まで歩いた浦上街道。
この道は、想像するだけでもいたたまれない気持になる。
今は電車もバスも往来し、生活の大切な基盤として存在している。
先人たちのいろんな夢、傷を思いながら、道をてくてく歩く。
長崎では、歩くことを「さるく」と言うが、本当に歩きがいの
ある道多き町。
自分の足で立ち、歩けるうちに、どんどん歩こう。
そこに暮らす人たちの暮らしを見ながら、世界を広げることは
とても楽しい。
道は続く、どこまでも。
立ち止まらず、旅を続けよう。
出会いを求め、そして時々ふりかえりながら・・。
情景が浮かぶように。
昨日の岐阜新聞ロビーコンサートは、雨天という悪条件にも
かからず、大勢の方においでいただけた。
始まった頃は空席も目立っていたが、遅れてこられる方も
おられて、結果的にいい塩梅の賑わいのあるステージとなった。
今回のテーマは、「愛に出会う 秋の旅」。
いろんな秋、そして旅にまつわる曲をselect。
カバーもあれば、唱歌もあれば、オリジナルも・・・。
お客様をいろんなところへご案内したい・・。
そんなホスト、ガイドツアー?になった気分で、
曲を聴いた方がその場所にいるような 情景が浮かぶように
表現するアーチストの一人◌役で臨んだ。
情景が伝わるような演奏とは・・・。
まず、丁寧に弾く、歌うこと。
歌詞があるものは、とくに言葉ひとつひとつに
情感を込めて、はっきり聞こえるだけでなく、
聴かれる方が、心の中で景色が描けるように。
語るように、朗読するように、演奏するのもひとつの方法。
そこから見えてくる世界もある。
日本の曲も世界の曲もオリジナル曲も、どこかのことを書いている。
誰かのことを書いてある。
それがどこなのか、誰なのか?聴く人が想像力を働かせることが
できることが、大切だ。
そんなことで、今回の演奏は、情景が浮かぶように表現できた。
会場がそうさせてくれるのか、木目調のグランドピアノのおかげか。
9月は3会場で、それぞれお客様の特性が異なる場所で演奏させて
いただいたせいかもしれない。
毎回ターゲットに合わせて、目的も異なる。
今回は一緒に心の旅をしたかった。だから情景を描けるように
したかった。
元気と愛を届けるだけでなく、時にこんな目的ももって
演奏する。
岐阜新聞ロビーコンサート44回目の出演は無事終わった。
お客様からいただいた嬉しい言葉は本当に宝物。
歌と言う仕事は、生ものの楽器(喉)を相手にするから
大変なのだ・・・・。でもうまくいったときには この上なく
うれしい。
お客様から帰り際に声をかけていただいた。
「ほんとうに、唯一無二の声ですね。玉がころころっと転がるような
声で・・」
この声が、お客様の心の旅のお供になっていたならば、うれしい。
さあ、今日から次のステージに向かう。
みなさま、雨のなか、お出かけいただき本当にありがとうございました!
50回出演、そして100回出演を目指します!
来年の再会を楽しみに!

岐阜新聞本社でのロビーコンサートは、本日で44回目の出演を迎える。
数えていなかったため、先日主催者に教えていただいた。
コロナなどで中止せざるを得ないこともあったので、もしそれらが
予定どおり開催できていたら51回目だそうで、そんな時代もあったのだと、
月の流れを実感するこの回数。
東京に住んでいた頃から、ふるさとでの演奏の場をと探していたときに、
運よく出会いがあった。
親たちが元気な時代から、残念ながら別れを経て、それでも休まず
可能な限り続けてきた。
ふるさとにできること、小さな恩返しのひとつ。
岐阜で生まれ、音楽をやってきたことへの感謝と恩返しのしるし。
今日はどんな方においでいただけることだろう。
いつもドキドキしながら、本番に向かう。
そして、ここでは、今年最後のステージ。
来年の予定をお伝えして、新たな年、元気に再開することを
約束し、お客様と笑顔でこの秋のひとときを楽しみ、
笑顔でご挨拶したい。
それにしても、1年早いこと!
今回のテーマは、「秋の旅、愛に出会う」
おいでいただける皆さんと、音楽を通じて、心の
旅を楽しみたい・・・。
違う働き方で、また一緒に!
3年前から、ITの専門家たちとタッグを組んで仕事をする機会も
生まれた。
全く専門が違うため、ある意味新鮮だ。
メールは極力使わず、chatでのやりとり。会議もオンラインが
基本。最近は議事録もAIが担当する。
時に、ネット環境が悪いと、会議もフリーズとなり、しばし
電話をかけたり、アナログな環境のなかで、緊急対応をするが、
まあ、そんなこともある。という開き直りも生まれ、これも新鮮。
出会ったときは会社員として、組織に属して仕事していた人たちが、
独立して自営となり、会社員時代に担当していた仕事をそのまま
請け負って継続されるケースもある。
結局、仕事は会社ではなく、個人で動かすことも多い。
その人にしかできない仕事ができる人は、働く環境を自ら変えることが
できるのだ。
ということで、今は独立して自営業を始めたエンジニアたちと
組んで、モノづくりをする企業のサポートを行っている。
どこに所属していても、仕事は変わらない。
「独立したら、ひとりで何でもやるのは大変ですか?」
「いやー、AIも進化してきているし、仕事してくれるから、
自分ひとりで十分できると思いますよ」
と笑顔を見せる。
組織に属するのではなく、独立してAIと協働するという働き方。
フリーでありながら、テーマによっては組織で担当していた頃と
同じように取り組む。企業の受け入れ方も柔軟に変わってきた、。
やめても、その仕事は続けてほしい。新たな契約が始まる。
終身雇用はもうなくなる。
そこにいれば一生安泰という時代はとっくに終わった。
自分より仕事ができる人間だけでなく、AIとの闘いにもなる。
だから自分しかできない武器をもっていることが
生き残りのために必須となる。
働き方がどんどん変わっていく。
自分の周りにも、フリーランスの人が増えている。
AIとうまく付き合える人、AIをうまく使える人が
独立にも意欲的だ、
私はAIやITの専門ではないが、お客様側の立場に立てる。
顧客目線で課題解決のためのプロデュースやサポートを担う
ことはできる。
そんなことで、今は見えない仕事をつくる人と一緒に、
創造的な仕事に挑戦している。
見えない世界をつなぐには、想像力が必要であるが、
業界が違えば、使う言葉の意味合いや解釈も
異なる人達とのコラボが新鮮で、ほどよい緊張感があるのが
とても良い。と思っている。
働き方が変わっても、やることは変わらず一緒に
仕事ができる。
一緒に取り組みたいと思われる人であり続けたい。
存在を証明し、のこす1枚。
今から思うと、親たちが元気な頃に夫婦そろって、地元の馴染みの
カメラ屋さんに撮っていただいた写真があって良かった。本当にいい笑顔で、
いざという時に、迷いもなくその写真を使うことができた。
でも、その写真が活躍する頃には、本人たちはここにおらず、
その写真を見るのは他人ばかり・・・。
写真がその人の代役となって、生き続けることになる。
そんな意味からも、いい写真が残せると、人生の締めも良い。
ただ、遺影となると、背景をいきなり白やブルーにさせられる。
実際、そのときはそんなことはわからないので、
それを選択せざるを得なかったが、
母のときは大変違和感があり、父のときは自然の背景をそのまま
生かして用意したことを思い出す。
改めて背景をなしにする写真は、どうも好きではない。
境界線ができてしまう感じがするのだ。別れの悲しみが深まるのだ。
つい最近、パスポート用の写真を撮っていただいたが、
実際 証明用に使う場合は背景を白かブルーなどの
無地にしなければならない。
たちまち、いい感じの写真が、見ようによってはあの遺影のようになる。
証明写真は、雰囲気がいいとか、素敵であってはいけない。
その本人であることだけがわかればいい。そのための証明である。
ということで、今回の背景は白にした。
背景がないと、やはり写真はベツモノになる。
ま、パスポートは仕方ないが、この写真、今後背景も生かして
大切に使いたい・・・。そう、遺影にもなるなあ。
そう思ったら、なんだか安心してきた。
いい1枚がキープできたのだ。
でも、遺影として使われるときには、自分がそれを見ることは
ない。
そんな日が来るのだなあ・・・。
写真は存在を思い出として残す大切なコミュニケーションツールだ。
たかが写真、されど写真。
最後は写真でしか会えなくなるか・・・。
傾聴と空気清浄機。
1日10名ほどの人との面談。
人に話をするのも、それなりに準備や段取りが必要であるが、
聴くというのも、緊張感と心構えが求められる。
集中力を途切れさせることなく、ずっと相手の言葉に耳を傾ける。
顔もしっかり見ながら、その表情からも伝えたいことを
感じ取ろうとする。どんな気持ちで話しているのか?
何を伝えたくて話しているのか?
そんなことも考えながら、聴きながら相槌をうち、
時々、こちらからも言葉を返す。
言いたいことを吐き出すように話す人。
言いながら、私の表情を探る人。
言葉を休めることなく、ずっと話し続ける人。
堰を切ったように 流れ出すように話して、止まらない人。
いろんな人がいるが、とにかくその人に合わせて、傾聴し続ける。
その人が安心して、気持ちよく、その時間を終わってもらえたら
そして 何かを吸収して、気づきを得ていただけたら成功だ。
頭も心もすっきりしたら、大成功だ。
なかなか日ごろから聴いてもらえない人もいる。
組織の上に立てばたつほど、自分の話したいことが話せなくなる。
自分自身が聞き役にならねばならないことも多いから。
抱えている課題、悩みを聴いてもらっている間に
答えがみつかったり、解消することもある。
聴いてくれる存在。
以前、自分にも、いつも聴いてくださる人がいた。
まるで、空気清浄機のような存在だったが、
きっと多くのパワーを要したことだろう。と今になって
改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
まずよく聴く。改めてこのことを大切にしたい。
今日を楽しむ。
9月もいつの間にか最終ラウンド。
8月も9月も休日が多く、暦が進むのがより早く
感じられる。
苦しかった夏も終わりをつげ、1日1日に
ていねいに向き合える、快適な季節になった。
9月もイベント続きで、おかげさまで今のところ
順調に予定を終えている。そして、次の準備を
しながら、今日を始める。
イベントとは、私にとってはコンサートなどを指す
だけではなく、プロジェクト活動のひとつひとつ
も大切なイベント。会議ひとつとっても、その日の
大切なイベントである。それぞれの目的を達成すべく
ひとつひとつを充実した時間にしたい。
すっきり課題を解決したり、いいアイデアを出し
工夫しながら、気持良く前に進めるようにしたい。
今日もおかげさまで多くの人に出会える。
久しぶりに話をする方もいる。
それぞれ違う人生を生きているなか、
しばしの時間を共有し、コミュニケーションが
とれるなんて、とても幸せなことだ。
今日という1日を一生懸命に過ごし。そして楽しむ。
帰りの新幹線では、ぐったりしながら
やりきった気持で、珈琲を飲んでいる自分を
思い浮かべながら。
毎日がイベント。毎日が新たな出会い。
それぞれにとっての今日という1日が
素敵な時間であるように。
今日会える人、会えない人・・・さまざまな
顔を想いうかべながら、今日のグッドラック!を
贈る。
鏡の国の?

この連休の間にパスポート更新用の写真を用意せねばと、知人のカメラマンに
お願いする。演奏風景など、時々無理をお願いしている方だ。アマチュアと
言われるが、職業カメラマンとはまた違い、アーチスト的に「瞬間」をとらえる
のが上手い。連撮りはされない。1枚づつ丁寧にレンズから見える被写体を豊かな
感性でキャッチされる。
今どきは自動撮影機もアプリも何でもあるが、やはり人の眼で、手と目で撮って
ほしいと思い、地元のお気に入りスポットで待ち合わせ。
ここならば、光も入るので、撮影がしやすい。
まずは、いかにも証明写真用に、真面目なポーズで撮ってもらう。
自然に笑えない、縛りが多い写真は疲れる。どうも、苦手だ。
いろいろ撮って、少しアングルを変えようかと立ち上がり、
そこにあった鏡に映ってみる。
「へえ、この鏡、よく映るわ~。」
と鏡に映った自分を見ていたら、
「マーサさん、そのショットが面白いですよ。撮りますね」
と撮っていただいたのがこの1枚。
鏡に映っているのは私であり、手前にいるのも自分。
鏡のなかのわたしとの対話が、写真になるというのも
なんだか不思議な感覚。
「ねえ、元気?ちゃんとやってる?」
と、そんな風に話しかけているようだ。
そして、思ったのは、証明写真のときは笑い顔もぎこちないが、
解き放たれた瞬間はなんと自然な笑顔になることだろう。
自分に話しかけるわたし。
照明写真ももちろんお世話になったけれど、
今回の一番の収穫は、鏡の国の自分との対話。
ふと、不思議の国のアリス…を想い出した。
鏡は、不思議な存在だ。
自分との対話ができ、また写真にするとその対話の様子も
見られる。
どっちが本当の自分?
鏡の登場は、人類史上、重要な意味がある・・。
思わず、神話まで思い出した、意外な瞬間。
まさに、「あがるショット」。
Tさんの感性に改めて、脱帽!