三歳児と還暦

今となれば、貴重な血縁者。
昔は四人家族。
長男のような、長女のようなよくわからない扱いの
なかで、第一子とは何かとプレッシャーな存在と
子ども心に思い、3つ下の妹とは違う何かを感じ、
生きてきた。
しかし、妹は妹で違うプレッシャーや不自由さも
あったのかもしれない。
「おねえちゃん」がいる。というのはもしかして
目の上のたんこぶのような感じだったかもしれない
とも思っていた。

でも、姉は姉で、妹は妹で、生きて死ぬまで
ずっとその関係は変わらない。
妹はいくつになっても、小さい存在のまま、
少女時代の姉妹のまま。

今も思い出すが、妹が三歳の頃、自宅近くの
用水に流られそうになったとき、子どもながら
に本当に心配した。母に叱られ、立たされて
いた頃のこと。今から思えば立たされていたのは
妹だったのか、私だったのか。でも、泣き顔が
浮かぶ。と、同時にくったくのない笑顔も。
そんなおぼろげな思い出は、
今も心にアルバムにしまってある。

そんな姉妹ではあったが、いずれ向かう道はそれぞれで
別々の人生を歩むことになり・・・。
でも、そのつながりは消えない。
親と言う媒体のおかげで。

そんな妹も、還暦になる。
あの三歳のちびっこが、還暦~!?
時の流れに驚く。
早いのか、長いのか、わからないが、
小さい妹が還暦とは、自分の時以上に
感慨深い。
二十歳を迎えたときよりも、
その三倍の時間を生きてきたことを
しみじみと。
子らも自立し、孫にも恵まれ、
幸せならば、それでいい。

いくつになっても、妹は変わらず。
おねえちゃん、おねえちゃんと
呼んでくれる貴重な肉親だ。

それにしても、3歳の妹が還暦。

いつか、金さん銀さんのようになる日も
あるのだろうか?
姉妹というのは、いいものだ。
と、存在に感謝を込めて、ハッピーバースデーを
伝えたい。



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同じ88鍵でも・・・

ピアノ売り場はとても楽しい。
特別な、博物館のようだ。
多くの楽器を展示してあればあるほど、
どれも弾いてみたくなる。弾き比べが楽しい。
家電売り場やSC内にあるような楽器売り場は
自由に試弾できる楽器もあるが、
「試弾されるときはスタッフにお声掛けください」
と鍵盤の上に注意書きがある例も少なくない。


名古屋市内にある大手楽器店。
フロアごとに扱っている楽器が異なるが、
出前コンサート用の電気ピアノが今回の目的。
もう少し本格的な音に近いものが良い・・
と思っていたら、ちょうど見つかった。
「ちょっと弾いていいですか?」
許可をいただき、しばらく弾いてみる。
ああ、これならいいかも。
今使っているピアノより少し重くなるが、まあ
ケースに入れたら、移動もできるだろう。
「これ、注文します」
あくまでも電気ピアノであるので、
お値段も5ケタに収まる。
まあ、移動ピアノは高価でなくてもいい。
在庫なしで、入荷は11月末以降だとのこと。

伝票処理などの待ち時間、せっかくここにきているのだから・・
「ピアノ弾いてていいですか?」
お店の人も、一応、購入してもらうのだから
「どうぞ」と笑顔で。
では・・・。
私はその売り場にあった一番お値段の高い
ピアノの前に座った。
お値段は500万円近く。
さっき注文したピアノとは2ケタも違う!?
高級車に匹敵する値段。
(確かに子どものころ、親がそう言っていた・・)
この高級なピアノは
「どんな音がするんだろう」
と純粋に興味が湧いた。

許される限りの時間、その高価なピアノを
弾いた。クラシックからジャズ、タンゴ、シャンソン・・・。
なかなかいい音色がする。なめらかでタッチもピアノ感が
あって、妙な表現であるが、雑味がない感じ・・。
高いだけ、ある。
しかも、これだと、防音の心配もいらないのか・・・。
しばし、私は夢の世界に・・・。

同じ88鍵盤なのに、
かたや5ケタで持ち運んで、施設で演奏。
かたや500万円のピアノはサロンコンサートか?

同じ88建販でも、向かう世界は異なる。
でも、同じ88鍵盤で、それなりに音はするので、
どちらでも演奏できる。

ピアノの種類と使用場面は本当に幅広い。

さてそのお高いピアノと、実家のピアノはどう違う?

・・・実家に行き、マイピアノの重い蓋を開けて
弾き始める。まず、この蓋の重さから違うのかも。

うーん。やっぱりこの音がいい。
もう、おばあさんピアノかもしれないが
この年季の入った味わい深い音色が、
最高だ。

500万円のピアノに負けない音色。
総合点でマイピアノに軍配。

ピアノは時間とともにストーリーが生まれる。
同じ88鍵盤でも進む道は、それぞれ違う。

ふと、先日の店にピアノを購入にやってきた三世代家族のことを思い出した。
お孫さんにピアノを買ってあげるおじいさん。
長くピアノを弾いてくれるといい。

30年以上、蓋をしたままであった自分の反省も込めて。
愛する88鍵盤。これからも一緒に歳を重ねる。

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今年も「誕生日ありがとう!」

今日9月1日と言えば、関東大震災・・と答えられる人も少なく
なったかもしれない。
1923年に発生したということで、もうすぐ100年になる。
大切な記念日である。防災について意識と行動を改める日。
企業や行政でさまざまな取り組みがなされることであろう。

その9月1日は、私にとってはもうひとつの記念日、母の誕生日である。
もし今も元気でいたら、なんと、87歳を迎えるはず。
81年間の人生であったが、今も生きていれば日本の女性の
平均寿命と同じ年齢。だから、そんなに高齢すぎるわけ
ではない。
でも、自分の母が87歳になった顔や姿は想像できない。
元気いっぱい動いている若い日のことほど、よく思い出す。

人には誕生する瞬間と息途絶える瞬間があるが、
やはり前者を意識したい。生まれた時を喜びたい。
亡くなった日を積極的に思い出したくはないのだ。
悲しみはなくならないから・・・。

母の誕生日だから、贈りものは?
そんなことを考えていると、まだどこかにいるような気にもなる。

母がこの世に生まれてくれてよかった。
それを感謝する記念日。
生前、毎年今日になると電話をしていたことも懐かしい。
「誕生日、ありがとう!」

今日は感謝と祝福を込めて、明るい気持で母を思い出したい。
私のライブで思いっきり笑っていたあの時の顔とともに・・・。

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存在の証しを遺す。

あの草間彌生さんが・・との報道に、つい最近美術館で
作品展を観たばかりなのに・・・。あの作品展は何か予感が
あったが、そうか・・・。
国境を越えた芸術家、天才とは、ああいう方を言うのだ。
世界中の人が、あの水玉やカボチャの作品をひと目見れば、
あれは!と誰の作品かわかる。
アンディーウォーホール以上に特徴的かもしれない。

難しい解説が要るのでもなく、シンプルで、ただカッコいい。
カタチも色も国籍を超えた コスモポリタンなアーチスト。
作品だけでなく、制作する作家自身が絵になっている。


生まれ変わっても絵を描きたいのだと生前のインタビューで
話されていた。
そして、平和な世の中にためにできることをしたいのだとも
おっしゃっており、確かに草間さんの絵を見ていると
平和への思い、永遠の愛を感じる・・・。
最近NYに出かけた仲間が、マンハッタン内に新たにできた
グランドセントラル・マジソン駅に常設展示されている
草間さんの作品は圧巻だと教えてくれたことも思い出す。
変わりゆくNYで、どんな思いで大作に向かわれたのかと
想像する。制作中の姿が勝手に浮かんでくる。

凡人はいつも雑念雑事に惑わされ、なかなかまっすぐに
生きることができない、わき見をせず、わが道だけを
進むことが難しい。
つまらない障害物にもがいている自分が恥ずかしく
なる。

世界を表現できることは、本当に素晴らしい。
手法もアプローチも違うが、自分は自分が描きたい
世界を表現したい、と改めて思う。

作品がある限り、作家の魂も生きている。

残された作品のビビッドな色合い、まあるいカタチの

おかげで、悲しみが癒される。

遺された作品を通じ、
これからも世界中に永遠の存在感を示し続ける偉大なる
アーチストに、感謝の祈りをささげたい。



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歌のブーケを花に添えて・・・。

父の従兄・・・「いとこ叔父」と言うそうであるが、いつも
「〇〇(地名)のおじさん」と呼んでいた。
父と同世代であるので、80代後半。
(父も生きていたらこの秋で89歳・・)
私が子どものころから、時折自宅に顔を出しては、
「元気にがんばってるか?」「まーこ、がんばれよ。」
とピアノやエレクトーンの練習に励んでいた私に
いつも、エールを送ってくれたおじさん。
人の話を傾聴できる、尊敬できる貴重な人であった。
「そうか、そうか」
今、思い出しても、笑顔で頷いてくれた優しい顔を思い出す。
高齢になり、自由に動けなくなり、だんだん会える機会も
なくなり、何年か電話で話したきり・・・・。
いつか、出前コンサートをしてあげたいと思っていたが、
いつか、は来なかった。
この7月に亡くなったとの報せをこの週末に聴く。
親たちがいなくなると、親世代の人々の動静はわからなく
なる。
訃報を聞いてから、改めて優しかったこのおじさんのこと
を思い出す。
ほんとうに、いつも励ましてもらっていた。
応援してもらっていた。
地元のコンサートへも何度かきてもらった。

会わねばと思う人とは、やっぱり会いに行っておかねば。
自宅まで行って、出前コンサートさせてもらったら
良かった・・と、今回は、悔いが残る。

私にはありがたい叔父さんたちがいる。
小さい頃から応援していただき、大きくなった。
おかげさまの人生。
ひとりづつ、ひとりづつ、と だんだん別れなければ
ならないのが、なんとも切ない。

送ったお供えのお花にメッセージを添えた、
「いつも応援していただいて、本当にありがとうございました。
感謝を込めて・・・」

今は、父母と再会して、わいわいやっているだろうか。
歌のブーケを、また空に・・・。

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情報源を取りにいくこと

ある企業の社長さんから
「ひとつ、おたずねですが、情報は取りに行ってますか?」
との質問をいただいた。
「はい、取りに行ってる方だと思います」
「それは、どんな風に?ですか?」
質問の意図に合っているかどうかわからないまま、
「いろんな方法でですね。人に会いに行く、街を見る、
講座を受ける、昔読めていなかった書物を読む、本は
とても重要ですね・・」
「なるほど、ネットばかり追いかける風潮がありますが
それはどうも・・と思っているんです」
「そうですね。もちろんネットもAIも情報を取りに行く
ひとつの手法ではありますが、それはあくまでもツールの
ひとつであり、また絶対に確かであるとは言えないので
注意して見ることにしています。」
「そうですよね。最近、本当にYOU TUBEでも事実か
フェイクかわからない情報が氾濫しているので、そこは
本当に気を付けないとですね」
「私は、何年か前からジャーナリズムの講座を受けて
いますが、情報を取りに行くときは、単なる見た目の
情報ではなく、『情報源』を求めることが大切だと
思っています。取材もそうだし、原典を辿るもそうだし」
とそんな会話が続き、やはり情報源を探す習慣は不可欠である
と改めて思った。
そんな話をしながら、
「いくつになっても勉強。学ぶことが面白いと思えること
に幸せを感じますね。」
最後にこの会話で意気投合したのは、
「AIで簡単に情報を得られる世のなかであるけれど、
スゴイな~といっているだけではダメで、それを知らなかった
自分、無知の自分を知るということが大切」
という言葉。

ちょっと横道にそれたが、自分にとってより確かな情報を得て
ちゃんと判断する力をもつこと。
そして、いろんな情報(知)に出会ったら、自分の無知に
向き合うこと。

この気づきはとても重要。
情報と情報源は違う。
原典を辿りに行こう。

それから、情報を得ることがゴールではなく、
そこから考える事こそが、重要。
情報入手は思考、試作の入り口。
そして、情報入手とは問題意識をもって行えば、
学びである。
謙虚さをもって、問題意識をもって世にあふれる
情報たちに接したい。

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日常という名のギフト。

このところ頻繁に発生している異常気象は、まさに想定外
で経験のないことばかりで、報道でその様を知れば知るほど、
いいようのない恐怖に襲われる。
昨日の石川、富山の大雨も、また北陸か・・と、知り合いの
ことが心配になる。
(まだ返事がないが、メール返信どころではないのかも)

そして、ネパールの大洪水。中国の大雨・・・。
ヨーロッパの山火事は収まったのだろうか・・・。
これに限らず、世界中で自然が悲鳴を上げ続けている。
地球が「いい加減にしろ~。」と怒っているのかもしれない。
「もう我慢の限界だ~」と爆発しているのかもしれない。
と、勝手に想像するが、東日本大震災で被災した知人から
聴いたことば「自然には感情がない」からすると、
人間の思うようにはならない、手ごわい相手。

こんな自然の脅威にさらされ、日々を生きるストレス。
これから、ずっとこんな状態のなか、生きていくほか
ない。
ぬくぬくと自分には関係ないと 対岸を見ているわけ
にはいかない。

まさに、今朝は今、自分が住む地域が危険な状態に
なる可能性があると聞き、よく眠れないまま
1日をはじめている。怖くて寝ていられない。
いつ降るか、降らないか。
予報を参考にしながら行動するほかないけれど、
外れてほしいという期待を勝手に持ちながら
今日の準備を続ける。
どうも、落ち着かない不安な気持ち。

いやいや、すでに被災して思うように暮らせて
いない人たちのことを思うと、涼しい部屋で
静かに朝を迎えられているこの瞬間に
感謝するしかない。

次は我が身。
本当に肝に銘じて生きる必要がある。
人間のふるまいが、愚かさが生んだ結果。
思うところは、いろいろありすぎるが・・・。

どうか無事に、今日1日を終えられるように。
日常のままで、いられることは最高の幸せ。
日常は暮らしであり、人生である。
あたりまえの1日が、最高のギフト。
与えられた宝物であることを忘れずに
今日を生きたい。

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頭と心の整理に、傾聴。

30代の若きリーダーと面談。
何度か面談し、お互いを理解するようになり、
話しやすいと思っていただけてか、遠慮なく、
自分の近況や悩み、考えていることを話して
もらう。
何も隠さず、本当に心の底から感じ、思っていること
を話してくれていることが、その表情を見てわかる。
そんなときは、聴いているだけで、すっかり伴走して
いるような気になる。

聴きながら、それはこうではない?ああではない?
こうしたらいいのかな?
と一緒に考えて、話を続ける。
あっという間に時間が経つ。

何もその人の今の悩みに対し、ドンピシャな回答は
出せていないが、顔が明るくなって、すっきりされた
印象。
「ごめんね。いい答えを出せていないから、
今日は役に立てていないかもね」
と言うと、
「いえいえ、時間つくってもらって話せるだけで
自分の心や頭の整理になるんです。」とのこと。
そうか。
整理のお役に立てるなら、と安堵した。

よく頭がぐちゃぐちゃな状態の方にも、話すことで
整理ができて助かったとも言われる。

聴くだけで 整理のお手伝いができるなんて、
そんな仕事もあるのだ。

傾聴。耳を傾け、頷く。
寄り添いのコミュニケーションは、まずはここから。

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25年ぶりの再会を。

NYの世界貿易センターに飛行機が突っ込んでいく衝撃の映像。
いや、その時そこにいた人には映像ではない、リアルな世界。
その音も、風圧も、粉塵も、倒壊していくビルの破片も、人も・・・
それは想像できない、壮絶な世界であっただろう。
私はその瞬間は、映像でしか見ていないから、本当の怖さは
わかっていない。
ただ、1か月後にあの現場近くに行ったときの誇りと匂いは
今も忘れない。

同時多発テロ。あれが起きる前は、世界は平和だった。
今も、わが書棚には、事件の何年か前に
あのツインビルがまだ建っていた頃の写真を大切にフレームに入れて
飾っている。そして、その写真を見ては、あれから◌年と数えてきた。
・・・そして、まもなく25年。

一緒に命拾いした仲間。
何人もいたけれど、今のところ1名だけ、連絡がつき、
9月に再会の約束をしている。
もしできたら、他の仲間のことも探し出したい・・・。
ネットで思い当たる人のことを調べていたら、1名、
その人らしき人の現在の様子がわかった。
あ、この人だ。連絡先がわかったので、手紙を出してみた。
うまくいって本人がその手紙を受け取ってくれたら
すぐに思い出し、連絡をくれるだろうと勝手に期待して。
覚えていてくれたら・・・。

25年も経つと、人は変わる。
それだけ年をとる。そして もしかしたら、もうこの世に
いないこともある。
でも、もし幸運にも会えたら・・・。
と思い、いろんな記憶をたどり、ツテを探し、動く。

あれから、自分も25年。生きた、生きた。
あの事件がなかったら、何か変わっていただろうか?

今は25年前を一緒に振り返ることができる仲間が
1名、また1名とみつかることに期待を寄せている。

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仲良くしたいだけ。

先日ある番組で、大国たちの終わらない戦争を憂い、
「領土なんかどうでもいい。どっちの領土であるかよりも、
私たちは平和に交流したい、仲良くしたいだけ。」
と、とある著名な方が言われており、心から共感した。

どっちの領土とか、一般庶民には関係ない。
生まれた土地で、争いなく育ち、生きて、そのまま
人生を終えたい。
隣の町の人とも、隣の県の人とも、隣国の人とも、それぞれが
違うのだ、でも、友達なんだ、ご近所なんだ・・と
お互いのことを理解し、仲良くすればいい。助け合って
生きればよいだけのこと。と思えてならないが・・・。

終わらないウクライナのことも、ガザのことも、イランの
ことも、北方領土のことも・・・
領土にこだわっている、権利にこだわっているのは、
権力者であって、一般庶民には関係ない。

自国の領土、自国の資源だとか、もともとは誰もものでも
ないのに、一体、人間は歴史で何を学んできたのだろう。
愚かなまま、奪い合いの無駄な、消耗をしている。
世界はひとつ、地球はひとつ。

戦争に勝利者はいない。
全員が負けだ。

傷つかない人は、国はないのだ。
領土を争っても、人は幸せにならないのだ。
そのために傷つけ合い、命を削って・・・。

傷つく人、泣き悲しむ人・・・を見ても、
領土が、資源が優先されるのか?

仲良くしたいだけ。仲良く生きたいだけ。
それでいいじゃないか。と強く強く・・・。

最近は、怒りを鎮めるのが大変であるが、
同時に、自分の無力さも、思う。

でも、今日できることをする。
せめて、自分の身近な世界は平和であるように。
仲良く、協力して・・・。
そう、やはり利他の心で。

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