後世に残す仕事

最近出会ったある人の言葉。「代理店の仕事って、何のために・・・が結局は、得意先のためしか・・ないんすよね」・・・。広告代理店も、旅行代理店もそうかもしれない。代理業という仕事が個のこのネット社会で変化してきたという一面もあるだろう。ずっとその世界にいると、自分の仕事は後世に残るかといった問に対し、何か作品で賞をとるとかでもない限り、なかなか残りづらいかもしれない。そして今は、直接クライアントが自分でできてしまう時代、代理店の存在意義はますます難しくなってきているかもしれない。

ある方は、その業界を抜け出て、自分が伝えたいものをカタチにする仕事、さらには、自分が伝えたいメッセージを後世に残す仕事がしたいと独立。今はとある歴史上の人物~誰も目を向けなかった人、継続して研究している学者もいない~の研究から、歴史小説を書き続けているとのこと。人は何でもって、自分の存在をこの世に残すことができるのか。多くは子孫を残して・・というケース。しかし、人間はそのためだけの存在ではない。考え方や作品を通じ、後世の人に役立つメッセージを残すこともできる。その方は歴史小説をもってということだ。私にはその才能はまるでないけれども、後世に大切と思うメッセージを残すことは大変大切だ。

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勘、ピン!即!

人間には不思議な能力がある。勘という第六感が働くのだ。これは科学的にどう解明できるのかできないのかわからないが、五感という現実の感覚ではなく、見えない予知能力というか、もっと動物的な本能的なものかもしれないが、とにかく生きていると「ピンとくる」という瞬間がある。

これは子供の頃よりも、大人になってきてから発揮される能力なのかわからないが、経験知から見える未来のようなものだとすると、一定の経験を積んでこその「勘」ということになる。

最近、いろいろ情報を集めていて、岐阜弁の方言かるたがあると知り、いたく感動。こういうものを企画する人がおられるんだな~。その発想も情熱も行動力も素晴らしいと勝手に感動。そのあと、このカルタを使ったイベントを考えた。岐阜で行うお子様イベントならば、とくに新年イベントならば、やらない手はない。

そう思い立ち、監修された方言の専門家である大学の先生にアプローチ、さらにその企画を商品化された企画会社の社長さんにもアプローチ。

「この人に会いに行こう!」と思うときには、何かその目先の目的以上の何かを感じているのだ。出会いから始まる新しい世界への期待などなど・・。

そして、実際お会いしてみると、その商品自体だけではなく、その背景やもっといえばその人のことが色々見えてきて、その生き方に感動が広がったりする。

とにかく、「あ!」とひらめく瞬間、ピンときたら、即行動するに限る。

この勘の働きは、素敵な出会いを与えてくれることが多い。大切に、大切に。厚かましくもあるが、時には必要。

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同じ「あい」なら、、、。

マーケティングとは何か?について、30余年、気が付けば自分が関わる仕事で、関係で模索し続けてきた。当時は、マーケティングコミュニケーションという観点で。企業とお客様が、社会全体がうまくつながる関係づくりについて考え、その手法や表現を企画提案してきた。思えば、今よりつながることが難しい時代だったかもしれないが、つながった時の喜びは大きく、手ごたえもあったかもしれない。

そんな時代からお世話になってきたあるお方。長き歳月を越え、それぞれの役割が変化していっても、今なお、仕事について、人生について忌憚なき意見交換をさせてもらえる。心の底から自分の考えを伝えることができる人は、そんなに多くないけれどその方とは、根本の価値観が合うせいか、ずっとおつきあいいただいている。

久しぶりにお会いし、今お互いが関わる企業との会話のなかで、一番大切にしていることとは何か?の議論になった。

その答えは、「愛」。

ビジネスに愛?と首をかしげる人もいるかもしれないが、私にとっては愛はビジネスでも不可欠、最重要の要件だと思っている。もちろん生きることが仕事と思っているため、自然とつながるのであるが、仕事をうまくやるには、愛がなければ成り立たない。無意識に進んできたが、今ふりかえれば、そうなのだ。

ビジネスにおける愛とは、相手の立場に立つということ。自分の利益より、まず人のために役に立つように考え、動くこと。このことを愚直にやり続ければ、やっていれば道はおのずと開けるのだ。また、道を開こうとするのが先ではなく、まずはお役にたつこと。

愛のマーケティングは、まず相手の立場にたって考え、自分ができることを行動する。そこからだ。

どんなことがあっても、ロボットに面倒を見てもらいたくない。

人がすることには愛があるはず。だから、人にこだわりたいし、人に向けた発信をしていきたい。こんな話ができる相手がいることを、誇りに思う。

同じ「あい」なら、「AI」でなく「ええ愛」がいい。

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誕生月に自分の存在意義を問う

自分がこの世に生まれ、55年の歳月が経つ。あっという間ということもできるが、いやいやとても長い時間だとも思う。もうこの半分も生きなくていいと、思う今日この頃。でも、死ぬまで生きるしかない。人生とはそういうものだ。生きなければならないならば、どうせ生きるならば、人まねでなく、自分流でと思って歩んできた。この生き方がこれでいいのかどうかの自己診断、自己チェック。誕生月にはそんなことも意識したい。自分は何のために生きているのか。生きていることで何か人の役に立っているのか?そう、自分の存在意義を確認したいのだ。意義なき人生は、時間やさまざまな資源の浪費だと思う。存在が意義あるものになるために、そのゴールに向かって研鑽する。結果、目標どおりいけなくてもその努力するプロセスこそが美しく、意義があるのだと思う。人生は毎日がプロセスであり、生きた足跡を残し続ける。まだまだぬるい、まだまだなわが道。この節目に、もっと自分の存在意義を高めることに思いを馳せたい。12月生まれでよかった。年末という節目でもあり、見つめ直すのに良い機会だ。

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ネット社会での自衛

長年利用してきたホテルチェーンの顧客情報の流出事件の報道。なんでも、昨日今日はじまったのではなく、何年も前から何度かハッカーによる情報流出があった模様。なぜ、今になって報道するのかもわからないが、グループ合併によりさらに外部から狙われる可能性が高まったのかもしれない。

と、以前はそんなことは自分に関係ない別世界の話と思ってきたが、気がつけばネット社会が浸透すればするほど、かつて想像しなかったような事態に出くわすことも多い。見知らぬ人からのメール。詐欺メールも然り。最初はいちいち、びびっていたが、最近は何がきても疑ってかかる。要注意。もちろん事前にブロックする対処も心がけているが、それでも時折まったく知らない、覚えのない海外からのメールも入る、怪しい文面。とにかくいちいち相手にせず、無視、削除。そしてこういう事例は他にあるのかをすぐチェック。ネット社会は困った面も多いが、すぐ情報が得られるという良い面もある。誰かが自分と同じような経験をしていることがすぐわかり、役に立つ。会ったこともない人に教えてもらっていることもあるのだ。よく考えれば不思議で、それがほんとうかウソなのかも見極めが難しい・・が、そんな中で毎日情報をかぎ分け、かぎ分け生きているような感じがする。

とにかく、今の世は、つながろうと思えば世界が広がる分、つながりたくない人や世界との接点もできてしまう。その覚悟ももちながら、自分と相性のあう手段で世間と関わっていくのが良いのだろう。

個人情報が流出しても、結局は他人は何もしてくれない。だから、自衛の精神で日頃から覚悟をもって生きていくしかない。便利は安心と相反する面もある。今日もどこの国からかわからない、不思議なメールを横目に、見えない網の目の怖さを感じている。見えない世界で見られているのだ。ネット社会は人間を変える。あまりいいこと・・ではないような・・。

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NIPPONトイレおもてなし

ホテルやレストランなどのトイレに設置してあるトイレットペーパー。ここは実はとても重要なおもてなしポイントだと思っている。ちゃんと次の人のことを考えて、ペーパーの端を三角形に折り込んで、次の人が使いやすいようにしておくことは、実は誰もができる、簡単なエチケットであり、ささやかな行為であるが、とても意味ある素敵なおもてなしだ。

お掃除のプロの多くは、トイレットペーパーをそのように三角形にされているはず。さすがに家でそこまでやっているかどうかは疑問であるが、家でもやっているご家庭があったら、かなり生活レベル・意識が高い素晴らしいお宅だと思う。外国のトイレではその習慣は見たことがない。どんな高級ホテルでもだ。これは日本固有のきめ細やかな気配りだろう。十年近く前に、上海のできたてのホテルに泊まったとき、トイレの便器のなかにバラの花びらがまいてあったのには困った。これは詰まってしまう、あまりうれしくないおもてなし・・。

であるが、ペーパーの先端を三角に織り込んであるのは、何気なくうれしいおもてなしだ。先日ある高層ビルのトイレに入ったときのこと。お掃除の方がせっせとお仕事されていた。なんだか入るの悪いな~と思いつつ、「いいですか?」と断って使わせていただく。ちゃんとトイレットペーパーが三角形になっていた。これは戻しておかねばと思い、使ったあと、三角形にして外に出た。出るときにお掃除の方に、「トイレットぺーパー、ちゃんと三角形にしておきましたから」と、声をかけたら、その方、嬉しそうに「どうも」と返してくださった。これから、お掃除の方がいてもいなくても、毎回そうしなくちゃと思った次第。日本のおもてなしは、こんなところからも・・・。みんなでぜひ心がけたい。

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忙しくならない年末

ここのところ年末年始、ゴールデンウィーク、お盆休みなどと無縁の生活をおくっているような気がする。

多くの企業、ほとんどのお店は年末だからと忙しい。長距離移動の交通機関も予約でいっぱいになる。日本列島総移動のように、多くの人が同時に日本の空を陸を移動する。

そんな世間のバタバタを横目で見ながら、なぜ自分はゆったりしているのだろう。自分は普段通りに過ごしているだけだと思うが、企業や組織の場合は、まもなく年末年始の連休に入るため、その分の仕事をこなしているのだ。

休むからその前が忙しい。いわば楽しいバタバタなのかもしれない。

と、師走という言葉に似合わない12月をゆったり過ごす。年末年始は中でゆっくり読んだり書いたりもいいかと静かな時間を待つ。より静かに、より日常的な時間を過ごしたいと思う。

人が働くときもそれなりに働き、人が休むときもそれなりに働き、人がバタバタしている時にちょっと休む。

こんなスタイルに慣れてきた。

人が休む、働くときにその環境を作ってくれているインフラ業界、サービス業の方への感謝の念も生まれてくる。

バタバタしない師走は、世間がよく見えるという点で贅沢なのかもしれない。

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ポイントポイントの洪水社会に

ポイントポイントポイント、、、、もしくはクーポン。今やほとんどの店で買い物したり、サービスを利用すると、メンバーになるようすすめられ、ポイントの付与が特典となって、それを集めると何かをもらえたり、、、と一見良さそうな販促手段。ポイントをためる会員カードの数が増えすぎて、お財布に入らないと、それ専用のウォレットを持つ人も周囲にいたが、最近はアプリの普及でスマホ一つで複数のカード機能も持て、一見、便利。

お店にとっては囲い込みのための手段であるが、でもお客は一つのコンビニしか利用しないということはないから、一人で多くの店舗の会員になっていたりする。またレジで必ず、「◯◯カードはお持ちですか?」と、マニュアル通りのトークで店員さんから聞かれ、ないといえばかならず入会を勧められ、この時間も勿体なく、「◯◯カードお持ちですか?」と尋ねられる前に断るケースも多い。

一生懸命集めたポイントも、ひとたび組織も合併や変更があれば無効になることもあり、貯めたところで、期待外れの特典も多い。

今、顧客とのいい関係を作るのに、このポイントではない方法。

そっちを頑張るお店に興味がある。

ポイントポイントをやり続ける。こんなに多くてどうなのか。もちろんそう言いながら、無意識にマイルをせっせと貯めている私。もう消費と一体化したこの販促。

コンビニで外国人スタッフに、スラスラ ポイントサービスを説明され、感心しながら戸惑う今日この頃だ。

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赤いクリスマスのおお!シャンゼリゼ~。

今年で独立20周年、わがグラン・ルー誕生はパリのルーブル宮からコンコルド広場、そして凱旋門にかけてのシャンゼリゼ通りだ。コンコルド広場はマリーアントワネットが処刑された場所であり、自由の象徴。そこにやってきた移動式観覧車。それに乗り、シャンゼリゼ通りから何度も何度も眺めて、「人生は観覧車のように」が浮かんだ。だから、La Grande Roue はパリ生まれ。

コンコルド広場からまっすぐシャンゼリゼ通りを歩けば、凱旋門に出会う。

その凱旋門が最近、傷づけられている。デモ隊が暴徒化し、社会問題になり膜論大統領が国民に丁寧に自らの思いと反省を語るニュースも印象的で、フランスとは黙っていないで、きちんと言い合えるコミュニケーションレベルの高い国かもと思った次第。おかしいと思うことに、暴力はさすがによくないが、「反対!」の意を唱えることは悪いことではない。自分の意見をきちんという、聞く。それが自由の国、フランスの良さであると思ってきたが、最近は暴徒化しているのはいささか残念。そこまでしなくても、通じるだろという感じ。

おかげで、シャンゼリゼの週末は怖くて観光客も減っているとのこと。赤いイルミネーションが情熱から暴力に代わってしまっては パリの名がすたる。と、揺れるパリの12月を見ながら、民主主義とはやはりコミュニケーションであると、考える。

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それは、子どもの頃からの夢?

子供向けのイベントで、博物館体験ツアーという企画を開催する。今回は岐阜県の博物館での化石の展示見学や、化石の取り出し体験や、学芸員が行う化石のクリーニングのデモ見学などなど・・。食育やビンゴなど楽しく、ちょっと見栄えのするイベントには興味を持たれる方も多いが、博物館?化石?どうだろうか?とやや心配もしたが、化石に興味をもつお子さんやご家族もいらっしゃって、まずは胸をなでおろす。そして、感心したのはお子さんたちがメモをとりながら化石を見たり、学芸員の話を聞いていたこと。化石の取り出しにはもちろんみんな意欲的でゴーグルをして、石灰を叩き、アンモナイトを取り出した。

今回とても興味深かったのは、古生物専門の学芸員の先生の存在。子どもたちにわかりやすく、化石の話をしてくれたり、化石のクリーニングを見せてくれたり、さらには恐竜をもっと多くの人に知ってほしいと、その出会いの場をつくりたいと私にまで熱く語ってくださった。

この方はいつから、恐竜や化石に興味をもたれたのだろう?ふと、素朴な疑問がわいた。きっと大人になってからではなく、子供の頃から好きだっただろうな。そう、今日の会場に来ている子どもたちの中からも、そんな夢を抱く少年少女がいるのかもしれない。子どもの頃からの夢がかなうって素晴らしい。何億年前の生物への探求、冒険をしながら大人になる、生きていけるなんて、とても素敵なこと。ちなみに岐阜は、古生物の生息地としても見逃せない地域だそうだ。そして恐竜も・・。福井だけではないのだとふるさとの魅力を再発見。

子どもたちの興味関心を引き出し、夢につながるいろんな企画を提供できたら、これも故郷への小さな恩返しになるかな。

さて、わたしの幼き頃の夢は何だったのだろう。忘れていた時代をふと思い出す。

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