自分自身の資質を問う。

最近、「その人の〇〇としての資質を問う」という話題を
よく見聞きする。
とくに、政治家についてのその問いかけが多くなっているように
感じる。
政治家、経営者はとくに、世の中のリーダーであるべき存在であり
その国や、町や組織をまとめていかねばならない、社会への影響が
大きい仕事なので、とくにその人物の「資質」は問われるのが当然。
それがないのに、その役割にしがみついている人たちは、社会悪とも
いえる。
この「資質」ということば。
資本の「資」、品質の「質」。
先天的に備わっている部分と、努力して資質を高める方向と両者が不可欠だ。
さて、人の資質を問う前に。自分のそれを問い直したい。
自分は何をすべきか。それをするにふさわしい力量と人間性を備えているか。
という問いかけだ。
人のことを言う前に、自分はまだまだすぎて、まずは自分だ。
資質は意識した瞬間から、高めることができると思う。
目標をもち、それに向かって努力する。
決して名誉欲のためではなく、人として社会に役立つ人間になるために
何をするのが一番良いか。そしてそれに見合う資質を身につけるには
どうするのか。という問いだ。
人のことよりも、まず自分。

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ときには流し、流され・・が良い。

いろんな情報、いろんな人々が自分の目の前を日々、通り過ぎていく。
そう、通り過ぎていく。

気が付けば、何事も同じところにはいないで、時間とともに
拡散したり、消え去ったり、忘れ去ったり・・。

それでも、他者から受ける印象的な情報、言動は心のなかに
ずしんとそのままになっていることがあり、
そのことを思い悩んだり、そのことが原因で迷って、
苦しくなることもある。

この時代、自分だけがくよくよしていても生きていけない。
だから、「流し、流され(たふり)」
も大切だ。
とくに自分に違和感のあることこそ、
「あ、そう。そういうこともあるんだ」
位の勢いで、流していく。
人は他者のことを、さほど大切に考えてはいない。

流す力。馬耳東風とは、本当にいい言葉だ。

流し、流されたふり。
そのなかで、流されない自分こそが、本当の自分なのだと
思う。

流し・・。音楽の職業でそんなのがあった。
まさに、そんな生き方も魅力的だと思う。

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印刷会社出身同士の共感。

音楽から離れた18歳、哲学や文学を勉強したところで、受験勉強もろくにしてこなかった
おかげで、教員にも現役で採用とはならず・・。
たまたま、「マーケティングプランナー募集 文章を書いたり、考えたりすることが
好きな人」という募集に興味をもち、よくわからないまま入社した印刷会社という職場。
そこで文章を書いたり、企画を練ったり、プレゼンをしたり・・。そんな20代。
まだまだ女性の活躍という場は少なかった、いや、これからという時代であったから
自分にとっては、お試しも含め、大いなるチャンスがあった。
その印刷業界で、ユニークな人たちにたくさん出会った。
そして独立後、30代後半。自分より一回り若い人で、同じ女性で、印刷会社でまさに
企画をやっている人たちとの出会いがあった。
自分も若輩であるが、もっと若い人がいきいきがんばっていることに珍しく
仲間意識をもった。
印刷会社に入社する女性はちょっと変わっていると思う。
広告代理店や新聞社、出版社で働く人と同じような仕事をする。
でも地道であり最後は自社の印刷機を動かさねばならないので、企画だけでは
食べられないという現実も背負っている。
同じ背景で同じようにコミュニケーションづくりの仕事をしている人たち。
その人たちとのつながりは、今もつながっている。
印刷会社出身だから、紙が好きで、本が好きで、書くのが好きで・・。
デジタルもいいが、アナログの良さも大切にしている。
いつも黒子の世界であったが、この印刷会社で働く女性たちには、
時代を越えて、共感を抱き続けている。

そんな印刷会社で働く女性たちが、パッケージやサービス業や・・
女性ならではの感性を生かした新たな仕事を創っていることに
誇りを感じる。

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方言境界線への興味。

よく新潟で「あ、関西の人ですか?」
と言われてきた。新潟で関西弁だと、佐渡の人が親近感をもって
くれたり、また関西弁だと「面白い人」という印象があるようで、そんな見られ方を
されたことも、新潟時間でのコミュニケーションでは、得をしてきたかもしれない。

自分の生い立ちが、真ん中から西寄り時間も長かったため、
関西の言葉が自然に身についたのかもしれないが、
東京では相手が関西人であると自然とそうなるが、
普段はいわゆるちゃんぽん語。標準語+岐阜弁+関西弁?。
TPOによっても自然と変わる。
周囲には、関西弁もあれば、東北の言葉もあり、もっといえば
外国の言葉もいろいろ混じっていて、
東京にいると、
「ああ、この町は〇〇弁だな~」と思うことはなく、
なんでもあり!のコスモポリタンであると感じ、そこが面白くも
あった。

一方、だんだん西へ向かっていくと、言葉がだんだん変わっていく。
方言を感じるようになる。
どこでという境界線が引けないけれど、
最近、名古屋でお会いする営業の人たちの多くが、しっかり関西弁であることに
驚いた。名古屋弁ではなく、関西弁だ!
これは、テレビの影響かもしれない。
吉本新喜劇を子供の頃から見ていたせいか私も西の文化を身近に感じる。
それが今も変わっていないようだ。
とにかく、名古屋地区は関西弁エリアである。

言葉は行政区ごとに変わるわけではないだろうが、言葉の境界線には
興味が沸いてくる。
見て育ったメディア、人々の交流、要するに誰とコミュニケーションし
誰の影響を受けたかにより、言葉は変わる。
人は、生の言葉でコミュニケーションする。
これからも方言境界線に注目しながら、その土地ごとのコミュニケーションを
大切にしていきたい。

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20年前のアルバムから教えられること

このたび、10年以上、開封しなかった箱から、何冊かの分厚いアルバムをみつける。
そのなかには、幼き頃の写真が少々と、20代以降、出張やプライベートで訪ねた
国内外の写真プリントが綴じられている。
丁寧に1枚1枚、アルバムによっては手書きでコメントなども入っている。
20代は30代前半の自分自身の表情、ファッション、その当時の仲間たちの
様子も大変懐かしく、ついつい見入ってしまうが、このアルバムを手にしながら、
当時、自分がひとつの体験を大切に扱っていたように感じた。
どこへ行く、どこへ行った、何を見た、何に感動したか。
当時はフィルムに限りがあり、今のスマホのように無尽蔵に撮り続けることは
できない。1枚1枚大切に撮らねばならない。
写真を撮っても、現像・プリント代にお金がかかるので、考えて撮影していたのだと
思う。
そんななか、残された写真たちは、とても大切な思い出記録だ。

アルバムを見ながら、この十数年、デジタル化が加速してからのわが行動を
振り返る。
カンタンに撮る。たくさん撮る。
カンタンに消す。
でも、これをきちんと編集するなどはしたことがない。
その時その時の感動をきちんと残しておこう・・という気持ちは
昔より薄らいでいるかもしれない。

情報をもっと大切に扱わねばならない。
必要なものと、必要でないものをきちんと随時整理して
丁寧に自分の人生時間を残していかねばならない。

若き日のアルバムを見ながら、人間はもしかしたら、退化しているのでは
と自分が何かと恥ずかしく思えてきた。

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メディアに出ることよりも、それ以上に嬉しいこと

先日開催の展示会出展の企業さんから、報告メールが届く。

あまりにうれしいので、一部を使わせていただく。
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水曜日はありがとうございました。
最終日頑張ります。

伝え忘れたことがあります!
主催者発のニュースリリースご確認下さい。
http://www.japan-mfg.jp/RXJP/RXJP_Japan-MFG/documents/2017/ja/MONO17_News_Releas_0619.pdf

こちらの広報担当者とお話ししてきました。
うちのリリースをとても気に入ってくれたようです。
事務局からの「リリース募集」で、すぐ電話で問い合わせしたことと、文章に熱気があったことが良かったようです。
200社を超えるリリースの中から、1番の評価を頂きました。

メディアに出るとかよりも、自分の想いが伝わったことが1番嬉しいです。
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実は最近、メディアについての自分なりの考えはいろいろあるが、
頑張る中小企業のみなさんが、うまく活用いただけたら、それはとても
いいことだと思っている。
今回はその最高の事例だ。

広報とは、結果、販売や集客につながればもちろん良いけれど、
その過程が大切だ。
自分の思いが、伝えたい人にきちんと伝わることが一番のやりがいになる。

私は、この報告をいただき、涙が出るほどうれしかった。
1年半以上、この企業さんとおつきあいさせていただいる。
次代を担う経営者夫妻の、真面目かつ情熱かつ積極的な行動が
あって、このような結果になったことが嬉しく、
そのことに関わることができた、自分自身についても自信を
もつことができた気がする。

出会いがあり、信頼が生まれ、努力して、そして結果が出る。

自分の思いが伝わり、それがまた次の人に伝わる・・・。
こんな嬉しいことはない。

これからも、謙虚に、自分を信じて、求める方のお役に立ちたい。

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本日、「愛の元気人」6月分オンエアです。

本日、18時よりハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」6月分
オンエアです。
今回のゲストは、山崎醸造の笹原一誠さんと、高橋建具製作所の五十嵐郁子さんです。
若さ、真面目さ伝わる楽しいトークをお楽しみください。

FM KENTO

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意味不明なお仕事になってはいけない。

先日、ラジオ番組で石破茂さんのトークを聴き、やっぱり
信頼できそうな人だと改めて思った。
なぜ、政治家になったのかという思いも、その使命感に
ついてもわかりやすい。
普通に議論できる、相手にわかるようにきちんと伝えられる。
とくに、政治家とは言葉をはじめとしたコミュニケーション力
と人望で世の中をよりよくしていく仕事であるはずだから、
その点でも、的を得ているというか、まともというか、
安心して話をきいていられる。
議論ができない、わけわからん言葉の羅列、きちんと説明が
できない、ごまかす、嘘をつく、偉そうな態度、何様かの上から
目線・・・。最近目に余る、同業の方々とはまったく違う、
さわやかな印象を改めて盛った次第。

ある展示商談会。前から違和感を感じていたが
展示会場の入り口には、政治家専門のゲートがあり、そこを
ぶあついバッヂをつけた人だけが会場に入れるように
なっている。そんなに警備が必要な人がいっぱいくるのか?
初日の午前中。とあるブースにいると、その土地出身の
政治家たちが各ブースにあいさつ回り、企業の人と名刺交換を
している。その企業の展示など見てはいない。ひたすら名刺を
配っているだけ、そのための特別のゲート、、、。

政治家のお仕事は、展示会でのあいさつ回り、これは票稼ぎの
一環なんだろうか。
まあ、地元の人のために中央でがんばるということだろうから
それはそれとして、でも、なぜ政治家ってそんなに偉そうに
なってしまったのか。

ここんところ、政治家は世界でも、日本でもわけわからん
仕事に見えてしまうのが悲しい。

政治家だけでなく、世のため人のため、仕事をすることが
当たり前。納得され、賛同を得らえる仕事を、
自分自身も心がけよう。

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ひと工夫、熱心さが人を引き寄せる。

時折、いろんな業界の展示商談会へ行く機会がある。
食べ物やファッション、ホビー業界の展示商談会は
見た目も華やかで、B to Bであっても、わかりやすいが
業界によって、展示会も様相が異なる。
モノづくり系の展示会は、製造業を支える企業が何千と
出展しているが、どちらかというと「THE オトコの世界」。
(それでもずいぶん女性の出展者、来場者も増えてきた)
モノづくりの要素・技術をみせるというのは、完成形が
見えなかったり、どこで使うものなのかもわからない・
・ということも多いなかでのプレゼン合戦。
しかし、製造業相手の営業というのは難しく、とくに
新規営業をするのが難しい業界でもあるため、展示会は
有効で、継続して出展している企業も多い。

とはいえ、中小企業にとっては、展示会出展費用は
バカにならず、また単独出展よりも共同出展の方が
広報・集客効果があるため、自治体の関連組織
が申し込み、そこに相乗りする企業が多い。

今回、出展企業の応援のため、会場に向かう。
1年かけて、下見をし、準備を計画的に行い、初出展。
自社の新技術をアピールするため、全力を尽くす
企業もあれば、毎年、恒例行事として出展し続けている
企業もある。
お金をかけたブース、目立つように工夫したブースには
人が集まる。でも、そのあとが肝心だ。
視線を向けてくれた人に、どんなアピールができるか。
キャッチコピーを工夫しましょう。ブース内にステージを
つくって立体的に見せ場を作りましょう。面白そうな、意外性あふれる
表現で、興味をひきましょう。ブースへ引き込むために
配布物を用意して、声がけをしましょう・・・。などなど
これまで、いろんなことをお伝えしてきたが、
それをちゃんと実践している企業は、まず「見た目」
が違う。
そしてさらにコミュニケーションを深める工夫。
ある電子部品を製造する会社は、自社の製造部品の
パーツ(まさに米粒サイズ)たちを試験管に入れて
ずらり並べ見せる。
いいディスプレイ!その試験管を見ると、そこに1本
ホンモノの米粒が入った試験管が・・。
「コシヒカリ」と書いてある。
思わず、客も、企業もにんまりする。
「そう、当社はお米の美味しい魚沼の会社なんです~」
という話題から、緊張をほぐしつつ、自社製品を
しっかり紹介していくという流れ。
小さなアイデアであるが、その遊び心に感動する。
そんなこんなの工夫をしているせいか、その会社の
ブースには人が足を運ぶ。

そして、事前に業界紙に記事掲載が成功した企業は
その記事を活用し、お客を引き込む。
1年間準備してきた本番であるから、会社から出ろと
言われたのではなく、自分から出たくて来た展示会
であるから、すべての行動に熱が入る。
その熱いブースには人が集まる。

派手とか地味とかではなく、お金をかけているから
ではなく、規模ではなく、真剣にビジネスチャンスを
得ようとしているかどうか・・

会場全体を見ても、差は明らかだ。
じっとブースの前に立っているだけ、座って待って
いるだけではお客さんは入りづらいだけだ。

とにかく、どんな本番でも、ひと工夫と熱心さがすべてである。
日本の製造業を担う技術が全国から集まる。
こつこつ、真面目にモノづくりを行っている企業。
日本は、中小企業のがんばりに支えられていることを
改めて学ぶ。

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立ち飲みは、永遠のハッピーコミュニケーション。

小学生の頃、岐阜から名古屋へレッスンへ向かうとき、新岐阜駅改札内にある、
立ち飲みのおでん屋さんの前を毎回通っていた。そしてのれんの向こうには
大人の世界があって、興味津々・・。たまに、夕食をたべる時間がないときは
おでんを2本ほど、母親に食べさせてもらったことが今となっては懐かしい。
その経験のせいか、立ち飲み屋は私にとって親しみある、業態である。
いつかあののれんをくぐって、堂々とおでんをいっぱい食べたいと思っていた。
そして、東京に来たばかりの頃、会社員時代は、立ち食いソバには毎日お世話に
なった。背の低い私には、そのソバ屋のカウンターが高くて、ちょっと恥ずかしかった
のも今は懐かしい思い出だ。

この立ち食い、立ち飲みは、今日さまざまな広がりを見せている。
寿司も立ち食い。ワインの立ち飲み。立ち飲みはわずかなスペースでも開店でき、
経営的にも効率的だ。椅子が要らない分だけ、ぎゅうぎゅう詰めが可能で、お客さんも文句は
言わない。混みあえば混みあうほど、入りたくなる不思議な空間だ。
このたび、何年かぶりに、東京駅のほど近くの立ち飲み屋に潜入。
たこ焼き立ち飲み屋だ。もともと渋谷で火が付いた、たこ焼き屋が立派な立ち飲み屋になった。
昼間から気兼ねなく、飲めるのもうれしい。
さて、平日の19時すぎ。すでにぎゅうぎゅう詰め。しかもヤングサラリーマンが大半だ。
冷たいビールやハイボールを飲みながら、焼き立てのあつあつたこ焼きをほおバル。
「あつあつっ」という会話も楽しく響く。
世が変わっても、軽い飲みにケーションのニーズは変わらない。
立ち飲みもバー、バールといえばかっこよい。
久しぶりにワイシャツ姿の若者たちに紛れて、懐かしい立ち飲み時間を
満喫した。これから、ビールが美味しくなる。

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