会いたい人とは。


会いたい人に会えない日々が続く。
年賀状で様子がわかって少し安心した人もいるが、音信不通になっている方のことを最近よく思い出す。
どうされているかな?久しぶりに会いたいけれど・・・。と、そんな気持ちになる。なんとか元気でいてほしいと願うばかり。

世の遠距離の恋人たちにとっては、このコロナは本当に厄介者だろうと思う。
ネットで、ある程度の安心感は得られるかもしれないが、仕事と違って、愛しい人とのコミュニケーションは、、。
会いたいのに、会えない。苦しい1年だと思う。他人事ながら、こんな状況でちゃんとおつきあいできる?
できるならば、それこそ、本物の愛!なのだろう。
今年のバレンタイン、そんな恋人たちにいいきっかけになるといい。

人に会えない、会いづらい今。
本当に会いたい人ってどんな人なのだろう。
改めて考えるこのごろ。

大好きな人。愛する人。はもちろん、
自分のことを大切に思ってくれる人、応援してくれる人、自分に何かを与え、
導いてくれた人、理屈なしに気になる人、相手も会いたいと思ってくれる人・・。
いろんな人が頭に浮かぶ。コロナが終息したら、会いましょう!
そんな約束も増えている・・。

会いたい人とは。
まず、私自身が、誰かにとって会いたい人!であるならば、うれしい。
会いたい人と思ってもらえるように、日々の行動、言動をしっかり積み重ねて
いこう。

会いたい。人間だから、結局ネットだけでは生きられない。
ますますそんなことを思う。

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コロナ終息後を、楽しく夢見る。

2月になった。月替わりのたのしみのひとつは、カレンダーをめくって
新しい月の絵や写真に出会う瞬間。
パリのカレンダーの2月はエッフェル塔。
めくる瞬間に「お~。」という気持ちになる。たちまち飛行機から降り立った時と同様のわくわくがはじまる。
コロナ禍の社会不安とは別物の、あの素敵なエッフェル塔が、大好きなパリの町と空が、蘇る。
そして、そのカレンダーの横には、ブエノスアイレスで大好きなカフェの店内を
描いた1枚が飾ってある。
そう、北・南半球のパリたちが、目の前に並んでいる。
それだけで、テンションが高まる。

今、遠くへ行けないけれど、いつか、ここへ再び。という気持ちが
高まる写真、イラスト・・。
音楽からもそんな気持ちが湧いてくるかもしれない。

行動の自粛をしながら、せめて、心は自由に旅をしたい。
このようにビジュアル的な楽しみから、あるいは音楽で行きたい国の音楽をかけたり、朝は好みの紅茶で香利を楽しむ、あるいはカフェオーレとバケットで
あの日のパリの朝を再現してみたり・・・。

小さなことではあるけれど、あきらめず夢をいつも持ち続けるために、心を旅させたい。

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ガラスドア越しで、対話。

2回目の緊急事態宣言より先に、面会制限をとりはじめた介護施設。
とくに入居者を抱えるホームでは、外からの接触を避けようと徹底。
その状況はもちろん理解でき、そうしなければ、万一、施設に感染者が
出たりしたら、大変だ。だから、家族の協力も欠かせない。
でも、だからといって、まったく家族への関わりをなくすのはよくない
と思い、週に何度か可能な限り、差し入れや手紙を届けた。
今回も、受付で渡すだけのつもりで訪問。すると担当の職員さんが
「今、ちょうどお父様、近くにおられますので、お連れしましょうか?
ただ、玄関のドア越しでお顔見ていただくだけしかできませんが・・」

そうか 近くにいるなら、ぜひ!ということで、父が職員さんに連れて
もらって現れるのを玄関で待つ。玄関のドアはガラス。だから見える。
2~3分で車いすに乗った父が職員さんとともにドアの向こうに現れる。
1メートルぐらいしか離れていないが、ドアは閉鎖されているため
顔は見えるが、声は聞こえない。

新年、顔を見たのは、初めてかも。
「お父さん、元気?元気?わかる?」
誰もいない玄関で、ひとり大きな声で、父に聞こえるように話しかける。
「コロナやで、会えんで、ごめんね。」
「おやつ、今日も持ってきたよ。プリンと今朝つくったおにぎりと・」
「チューリップも持ってきたんで、職員さんにどっかに飾ってもらやーね」
など、父に話しかけながら、自分がもってきたものを袋からひとつづつ
取り出して見せる。ゼスチャーで、父に話しかける私。
プリン、おにぎり、チューリップ・・・袋から次々出して見せる。

半年前と比べて、随分と静かになってしまった父の表情は乏しいが、
それでも、かすかに反応しているのがわかる。
「で、手紙も書いてきた。お母さんも書いたよ」
とハガキも見せたら、泣いているような・・・。

こっちも、この状況に泣けてきた。
ドアの向こうにいる、すぐそばにいるのに・・・遮断されている。
「お父さん、お父さんコロナ終わったら、外に出かけようね。」
「また、来るで、元気にしててね。じゃあね。またね」・・・

父が手を振った。そして職員さんにさっきまでいた部屋に連れて
行ってもらうのを、ドア越しに見送った。

その後、差し入れを職員さんに渡して、帰った。
外に出た瞬間、涙があふれてきて、駅に着くまで、ずっと泣きながら歩いた。
元気でいてよかったという気持ちと、コロナでまともに会えない、
こんな形でしか会えない、もしこれから感染したり、何かあったら
もう会えないかも・・という気持ちと父のなんともいえない表情の
乏しさの中の涙・・・。
どんどん変わっていく。どんどん別れが近づいているのだろうか・・。

ドア越しの面会。
コロナは冷酷だと、今回そう感じた。
でも、まだ会えたから、良かった。

めげずに、時々差し入れを継続しよう。

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コロナ禍に生まれた、新発想の防災ドラマ YouTubeでいよいよ公開!

なぜ、あの瞬間にそれを思いついたのかは、今となってはさだかではないが、
会議中、すぐにその絵が浮かんだ。
「この時期こそ、コロナだけでなく、首都直下地震のことも視野に入れ、東京の人に防災の自助の必要性について発信したいんですけど、何かいい方法ないでしょうかね?」と新潟で防災商品を開発・販売する会社の社長さんからの相談をいただいた瞬間のことだった。
東京といえば、いわゆるビジネスパーソンも多く生活しているが、それ以外さまざまな志をもって頑張っている人も多い。そこで、ふとコロナの影響を受け、演劇の公演が減り、リモートで挑戦しながらも苦労している演劇の仲間のことが頭に浮かび、そしてこの企業の防災用品が演劇で使われたら、それがネット上で見られたら、面白そうだ。と直感した。
「演劇で、防災商品のPRしたら面白いかも?と思いますが、いかがですか?良かったら声かけられる仲間もいますが」
社長や社員さんは、「演劇ですか~」としばし沈黙があったが、それは今から思えば、未知への手探り時間であった。
「聞いたことない、新しい発想ですね。ぜひやってみたいです」そんな話から
急きょ、東京の演劇仲間、脚本家に会いに行き、この件を相談した。
コロナ禍のなか、演劇も東京から地方へ、劇場からネットへ・・・ということで
さまざまな変化に対応していたせいか、二つ返事、前向きにこの企業とのコラボ企画は受け入れられ、そして10月後半からこのプロジェクトは始まった。
オンラインミーティングも実施しながら、脚本制作、キャスティング、稽古・・昨年末、赤坂で撮影をし、年末に編集、正月中に完成。
そして、この緊急事態宣言のさなかの公開。
もしかしたら、今なら、日ごろ忙しいビジネスパーソンたちにとっても、何かと時間もとりやすいかもしれない。だからこのタイミング。

ぜひ、この時期に、コロナ禍に発想し、仲間たちのおかげで完成した防災ドラマをごらんいただきたい。
そして、よろしければ、これから起きうる防災について、ひとりひとりが自分ごととして、向き合い、日常からの準備・行動をお願いしたい。

防災ドラマ「東京(携帯式)ヘルメット物語」は、こちらから。
3編のシリーズ作品です。そのダイジェストが告知編。こちらからご覧いただけると、より興味深く楽しんでいただけます。
https://a4t.jp/language/tokyohelmetmonogatari.pdf

ぜひ、それぞれ皆さまの周囲の方にも、このドラマの存在をお知らせ頂けると
うれしいです。コロナ禍から生まれた、新潟の企業と、東京の劇団の初コラボ。
涙あり、笑いあり?ちょっと考えさせられる、作品。
劇中の音楽は、マーサオリジナルのあの曲が??
どうぞ、ステイホームの本日、お楽しみください。

意外なコラボ、これからもわくわく、仕掛けたい。

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電車はすいても、ネットは混雑。

今週は東西に出張があった。いずれも新幹線移動。車内はガラガラだ。
二人掛け、三人掛けの椅子をだいたい一人で利用している約この1年間。
二人分、三人分の座席料がとれるはずが、1人分・・。
しかも空席も多数・・・。
このまま新幹線は、走り続けて大丈夫だろうか?走るたびに赤字では?
と心から心配になる。
また山手線の夕方もすいており、昔の乗る覚悟を要した満員電車は何だったのか?と思える緊急事態下。

一方、その電車に乗らない人たちが、会社へ行かず、自宅で、カフェで
ホテルで仕事。
本来ならばオフィスで使うパソコンもネットも、全部そこで使う。
そのことについて、これまであまり関心がなかったが、ついに影響が出てきた。

わが事務所のネット環境が劣化している。メールが送信できなくなった。
まだネットで調べたりすることはできるので、まだ良いが、
それでも送信がすぐできないと仕事に影響が出る。
そんなこんなで、原因究明や改善に向けて 調べたり、
わからないことを教えてくれるサービスを探したり・・・。
業務をやりづらい環境で続けながら、それでも
元通りの環境にはならず、日が暮れた。

電車はすいても、ネットは混んでいるんだ~。
早く、元通りの生活に近づいてほしい。と思う一方、もう回線を見直した
方が良いかも。

ずっと電車は混まない感じだから、ネットは混むのだろう。
身体の移動はなくなったが、コミュニケーションは見えない世界を飛び交っている。

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オンリーワンのアルバムギフト。

中学一年ではじめて習った英語で、「an album」という単語は早く授業に
出てきた記憶がある。
アルバム・・。一般には、写真を整理して集めたもの。
当時は紙焼きを分厚いアルバムに貼り付けて、成長の様子を楽しんだり
したものだ。
どこの家庭にも存在したアルバム・・・。
今や、そのアルバムたちは、押し入れの中や段ボールの中に入れられて
もう見ることがない・・。と、そんなことはないだろうか?少なくてもわが実家ではそういう状況だ・・・。

アルバム・・。その言葉はなんともノスタルジーにあふれ、心癒される。
写真だけでなく、音楽の世界でも使われる。
だんだん少なくなってきたCDや、
コレクター向けの媒体と化しつつあるレコードでも、作品を集めたものを
「アルバム」と呼び、親しんできた。昭和の懐かしい歌番組でも
「〇〇〇歌のアルバム」なんてタイトルもあった・・玉置宏さんをなぜか
思い出す。

さて、つい最近、写真アルバムが届いた。デジタルフォトブックというものだ。
しかも、20年以上前からの私の写真を集めたもの。
長年ずっと見守ってくださるA.Tさんが、その方ご自身の目線で、私のアルバムを作り、送ってくださった。
コミュニケーションクリエイターとして生きてきた自分の、とくに東京時代の
さまざまな交流、活動の横顔を撮り続け、それを整理してくださったのだ。
30代、40代の自分の顔がたくさん。その当時お世話になっていたみなさんに囲まれ、笑顔がいっぱい・・・。見ながら胸がジーンと熱くなる。

世界でひとつのアルバム。
自分がまとめたアルバムとは違う、なんとも言えない味わいのある
あたたかみのある編集。
写真1枚1枚に、その当時の自分がいて、恥ずかしいことも含め、
さまざまなことが思い出される。
京都、東京、岐阜、大船渡・・・。遠方であろうが、カメラ持参で
各地での活動を見守ってくださった。
そんな応援団、保護者がいてくださることに改めて頭が下がる。

写真一枚一枚は自分だけでなく、一緒に過ごした人との共通の思い出に
なっていることにも、静かな感動を覚える。

思いがけず、最高のギフトをいただくことで、
自分の来た道を振り返り、もう戻れないことを確認しながら、
出会ったきた全ての人に感謝をささげる。

アルバムは、自分と向かい、周囲に思いを巡らせるステキな
コミュニケーションツールだ。
まさしく、抱きしめたくなる1冊をいただいた。



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音なし世界のコミュニケーションからの気づき。

いつ、なんどき、どんな災難に巻き込まれて、自分の心身に異常をきたすことが
あるかもしれない。もちろん、ないかもしれないし、ない方が良いに決まっている。
しかし、このコロナ感染も然り、生きているとリスクはつきもので、
自分がある日、障がい者になることは充分ありえる。と思っておいた方が良い。
忘れがちなことであるので、改めて。
自分がずっと健常者でいられたら、ラッキーであるが、それは本当に奇跡。

しかし、もしも何かあって、自分の身に不自由が起きても、ちゃんと生きなければ・・・。そしてそのリスクの中に、光を見出す機会を得た。

今回、お誘いをいただき、聴覚に障害をもつ方がアテンドをされるという貴重な研修プログラムに参加することができた。
まずはそのアテンドをされたスタッフが一切、コトバを使わない、音のない世界でも、いかに表情、表現豊かに仕事をされているか。・・・その姿に感動した。

わが敬愛のベートーベンも、人生の長き時間を、音のない世界で過ごし、その中で、250年という月日を経た今も受け継がれるほど、素晴らしい名曲を
多数残している。
音がなくても、人は想像力を働かせ、その障害を乗り越え、新たな表現をすることができる。
そんなことを日常生活の場において、昨日、改めて学んだ。

コミュニケーション。対話。これは生きていく上で、最も大切なこと。
言葉を越えて、持てる力を使って、お互いに分かり合おうという気持ちをもって
向き合うこと。
その意志と行動が人と人を結びつけることができるのだ。
そんなことを学んだ。
いつ、なんでき、何があっても、自分らしく生きる。
想像力の発揮。がキーワードになるような気がした。
ダイアローグ イン サイレンス。都会に学びのオアシスを発見した。
音なしの世界は、透明で、美しかった。

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何役も楽しむ。

役者という仕事の醍醐味は、1回の人生でいくつもの役を演じ、いくつもの人生を楽しめるという点。
役ごとに、それぞれ違う人生が待っている。と思うと、ほんとうに面白い仕事と思うが、おいそれと、誰もがすぐに、カンタンに役者にはなれるわけではない。

しかし、妄想を楽しむことで、想像を働かせることで、束の間ではあっても、
違う人生が楽しめたりする。

近々、ある会社で営業のロールプレイング大会に、お客様側として参加させて
もらうことになった。
自分以外の人になるわけで、それなりのストーリーを考えておかねばならない。
今回はたまたまお菓子屋さんの役になるのであるが、
そのお菓子屋はどんな会社で、何を作って・・・・自分はそこで何をして
何に困っているのか・・・・など、具体的にイメージしていくと、自分が本当に
お菓子屋さんになってきた気分になってくる。
どんな風に演じ切ろうかと考えると面白くなる。

人生何役も楽しめると、ほんとうに有意義だ。
と、小さな楽しみを見つけると、日々の仕事も生活も楽しくなる。

ひとり何役も・・・人生を楽しむコツのひとつかも?

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まさしく、毎日、「人間だもの」。

人間にはいくつの顔があるのだろう。
最近、そんなこともよく考える。
真面目に普通に仕事をし、生活をしている自分。
親とむき出しのやりとりをしている自分。
最近は、想定外の言動行動に、勘弁して~と泣きたくなることもあり、
つい、カーッとなって・・・ということもある。
そして、そのあとは、ひとり反省。
もしかしたら、自分は弱い者いじめをしているのではないかと思ったり
すぐに気になって、喧嘩したばかりなのに、すぐ電話をかけて安否を
確認したり・・。

もう言うまい。と思いつつ、人間は感情の動物だ。

毎日、反省が続く。
心穏やかに生きることが一番幸せだ。
その平穏のリズムが不意に崩れることに、心も揺れる。

まだまだだな~。仏様、マリア様にならなくちゃいけないのに。
まだまだ、口だけ達者な母とは、むき出しの直接対決をしてしまう。

コロナの影響で、いろんなことが一変して、人間がおかしくなってきた。
それはないと言い切れない・・・。
今日こそは、穏やかに。

人間だもの。のひとことは救われる。

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持続可能なおもてなし、ここにあり。

今日は写真中心でまとめてみる。
約半年の間に、5回お邪魔した新潟のミューズコーポレーションという、
名前のごとく、女性だけの会社。女神さんたちの会社だ。

玄関に素敵なウェルカムメッセージ。
あまりにうれしかったので、毎回撮影をさせていただきストックしていた。

毎回、季節感や相手の好み、イメージに合わせて、訪れる客人の
緊張をほぐしてくれる。
どこかしら、やさしさがにじみ出ている、この会社のみなさんのことが
心から好きだ。
なぜか、応援しなくては!と思ってしまう会社だ。

マスクがなければ、皆さんの素敵な素顔、笑顔が全部公開できるが
またそんな日が絶対来る。

ちょっとしたきっかけで、コミュニケーションがはじまる、深まる。
ウェルカムの気持ちを表すことは、本当に大切だ。

自然にこんなことをしてしまう、小粋な会社。
「持続可能」という言葉を最近よく聞くが、こうしたおもてなしを
ずっと続けていることに感動を覚え、敬意を表する。

気が付けば、どんな業種も、お客様相手の仕事である以上、
みんなサービス業だ。
今日お会いする人に、感謝を込めて・・のしるしだ。

という、ミューズさんたちの、素敵なおもてなしに拍手と感謝。

今週もしなやかに、やさしく、持続可能な行動をはじめよう。

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