私のキャンペーンギフト。

アメリカ大統領選挙。このキャンペーンには世界中の注目が集まっている。
それだけアメリカという国は、やはりすごいのだ。影響力があるのだ。
もっとも、あの強烈な現役大統領の言動には、良くも悪くも目を離せない
不思議な力があるからかもしれないが・・・。

さて、しかし、もうこんな不安なアメリカ社会はうんざりだ。
早く平和に、元どおりに夢と希望に満ちた明るく元気なアメリカになってほしい。フランスからNYへ送られた自由の女神がほほ笑むように・・。
と、早くこのキャンペーンが終わることを祈る毎日。

そんななか、NYから連日さまざまな情報が届く。
アートから食品、ファッション、登録してある店舗や企業、美術館から
毎日届く情報を見る限り、人々の生活は普段通りだ。
一歩外に出れば選挙でコロナで町が落ち着かないが、日々の生活は続いている。
メディアの報道だけでなく、
日々ニューヨークから、来る情報は大変貴重だ。少し癒されるし、
町に出かけなくても、安全にNY気分を楽しむこともできる。

本来であれば、ブラックフライデーなどクリスマスに向け大きな
セールも始まることが話題になるのであろうが、今、NYの町は
コロナの余波に備え、例年とは少し違う。
しかし、オンラインショッピングやネット上でのビジネスはより
活発である。


もしかしたら、アメリカ人のなかでは、この一大イベントである
選挙が終わったら、ぱーっと買い物しよう!と思っている人もいるかもしれない。
何かのご褒美的な感じで・・・。
まさにキャンペーンギフト。
かくいう、私自身がそんな思いだ。

NYの良識が勝利することを願い、NYの皆さんの想いが実現したら、そのお祝いとこれからのNYにエールを込めて、ネットオーダーをしようと思っている。
大好きなアメリカに戻ることを願って・・・。

やっとそのネットショッピングもできそうだ。
まさに、キャンペーンギフト。
自由の女神がほほ笑んでくれたようだ。


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昭和のケーキ。永遠に。

昭和生まれだからかもしれない。
昭和生まれのケーキ、焼き菓子が美味しいと思い続けている。
平成以後の生まれのケーキは、デパ地下、エキナカでのスィーツ流行り
に乗って、視覚的に美しく、いかにも豪華な、おいしそうなものが
ずらり。ショーケースを見る人のハートをつかむものが多い。

ときには美しく豪華なケーキもいいが、豪華なケーキは本当は、
クリスマスや誕生日だけ…の方がよかったかもしれない。
特別感、非日常感が薄らいでいる。
今はどこでも、高級なお菓子が出回っている。毎日がハレのようだ。

そんななかで私が気に行っているのは、昭和のケーキだ。
歴史あるお店の店主が精魂込めて作り受け継いできたあの、懐かしい
ケーキのおいしさ。素朴でありながら、おいしい。
子どもの頃に美味しいと感動したものは、今も感動する。

このところ、昭和のケーキ屋さんも閉店の傾向にある。
なんとか、残ってもらえるように 心から応援を続けたいと思う。

昭和のケーキ。夢があった。人は夢を見ているときが一番幸せだ。

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VOTE!本気のアメリカ

メルマガを毎週のように送ってきているNYの音楽スタジオから
日本時間11月3日未明1時23分に、以下のようなメッセージが
届いた。

This Tuesday, November 3rd (tomorrow) is Election Day, and if you haven’t already done so, let us encourage you to MAKE YOUR VOICE HEARD and VOTE!!!

In celebration of your efforts, stop by the front desk at RG (520 8th Ave or 131 W. 72nd St) for a FREE GIFT. Just say “I VOTED!” – and you’ll receive a RG PEN! (offer ends Saturday Nov. 7th)

“The pen is mightier than the sword!”

という内容。なんと音楽スタジオがお客様に、今日、選挙に行こう!と呼びかけているのだ。彼らがいかに危機的な状態にあるのかが理解できる。
選挙に行ったとスタジオで言えば、オリジナルペンをくれる・・ともらえる、まさに選挙キャンペーン?
ペンは武器よりも強し?

なかなかNYらしいアイデア、発信である。
このメルマガをきっかけに、選挙に出かけた歌手や俳優のタマゴたちも多いことだろう。
そんな若者たちが投票した、かけがえのない一票。
最後までもちろん開票すべき。

NYに安心安全が早く戻ってほしい。
ひとつのアメリカ!
良識ある人は、皆願っている。





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改装は新装。

コロナで閉店をいう道を選ばざるを得ない飲食店が多い中、今。応援している長岡のお店は、今月半ばのリニューアルオープンに向けて工事中。
店舗の老朽化で、このままでは営業が難しい、このタイミングで思い切ってという英断である。

工事にあたっても、費用をなるべくおさえつつ、どうしたら効果が出るか?
工夫を重ねる経営者夫婦。
二人で奮闘するのはもちろん大前提であるが、そこで働く社員・パートさんが
どうこの新たなステージでがんばってくれるかが大きなポイントである。

そこで、開店に向けてのキックオフミーティングを提案する。
改装工事中で店舗が休みで、他の店舗などに回ったり、休暇をとっているスタッフ全員を一度集めて、今こその話をする場をもうけるようにする。
なぜ、今改装なのか。どんな店にしようと思っているのか。
店舗だけでなく、メニューは、接客は?
会社はスタッフに何を期待するのか?

私は応援団の立場で、これまでかかわった外食関係の事例も含め、これからの
店づくりのためには、スタッフが主役であること、主役がすべきことについて
話をする。

スタッフは熱心にメモをとりながら、社長夫妻や私の話に耳を傾けた。
マスクをしていても、笑顔で接客することの大切さも伝え、プチ実習も
行う。
改装、新たな取り組みを不安視していた人もいたようであったが、
このミーティングにより、その不安が払しょくされたようで、ミーティング後
実務のミーティングが活発に続いた。
あ、みんなやる気だ!いいチームワークだ。
こちらも少し安堵する。

改装は単に改装ではない。新店と同じだ。
その気持ちで、気を引き締めて、前向きに。
ひとりひとりが主役。ひとりひとりが、お客様に喜んでもらえるための
工夫を続けてほしい。

改装は新装。開店!まで1週間。気持ちよくお客様をお迎えできますように。
こんな時期に、新たな挑戦をする企業をさらに心から応援したい。

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笑える仕事をつくる

大阪を代表する作曲家のひとり、キダタローさん。
なにわのモーツアルトと言われているらしく、どこがやねん!と突っ込み入れたくなるほどであるが、しかし一度聴いたら忘れられないメロディの数々を思えば、確かに神童かもしれない。
聴くだけで笑顔になるような、そんなメロディ。エンターテイメントの町大阪
ならではのイメージソングであったり、コマーシャルソングであったり・・。
こんな楽しい曲は、きっと難しい顔して考えているのではなく、
ふと浮かんでくるのだと思う。
「あ、これや!いけるわ」という感じで・・・。

曲をつくるとき、もちろん内容によるけれど、最近何も依頼される前から
浮かんだサウンドロゴがあり、それをさりげなく口ずさんだら、作曲の
依頼となった。
「いやー、もうできてるんですけど」という感じで、楽しいメロディはすぐできるのだ。シーンが浮かぶと同時に音が出てくる。

難しいことばかり考え、理屈では人は動かないという世の中。やはり自然に入り込める、そんなコミュニケーションツールに音楽は最適だ。

くすっと笑える、おもわずにんまり・・・いろんなアウトプットがありそうだが、多様性ある面白い、自分がまず笑えてしまう仕事を開拓していきたい。

鼻歌交じりで、今日も楽しい仕事になるように。新潟へ出発!

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LIFE&MASK&ART

都内に、お気に入りのミュージアムがある。
目黒美術館だ。独自性に富む企画が魅力的で、よく足を運んできた。
コロナの影響で、今年はどこのミュージアムも閉館期間が長かったが、その間、
各館では、自分たちが今だからできること・・についてあれこれ企画を練って
おられたことと思う。
もともと企画していた作品展を期間を変更して実施するケースが多いが、
この美術館は小回りが利くのか、まさにコロナから生まれた企画を開催している。
LIFE ~コロナ禍を生きる私たちのいのちと暮らし~
という展覧会である。
当館が所蔵している絵画を、コロナ禍で私たちが感じた、考えたさまざまな日常をテーマごとに整理し展示している。

感染症への恐怖、生死、生還について、自粛生活から見えてきた、ありがたい日常生活のあれこれ~旅、演奏会・・・~家族、愛、夢・・・。
まさに2020年。これまで体験したことのなかった、暮らしのなかで考えた、感じたことを数々の作品を通じ、自分たちがこの時代を生きている、生きていくことの大切さを教えてくれている。

そんななか、感動したのが写真の作品。
これは、来館者たちが参加するアートだ。
会場に紙でつくったマスクが用意され、希望者がそのマスクにメッセージを書き、この作品の中に、貼り付けていく。大切なことは隣のマスクと繋がっていくことだ。マスクをひとつのツールとして、想いをつなげていこうとする素敵なアート。
早速メッセージを記入されている人もいた。
コロナへの想いや、この企画の感想まで・・・書かれていることはさまざま。
印象的だったのは、コロナを否定的に受け止めていない声が意外に多かったこと。
中には、ずっとコロナでも良い。というメッセージがあった。理解できなくもない。

LIFEとは、アメリカの有名雑誌のタイトルでもあり、なじみ深い英語であるが、人生、いのち 両方の意味をもつ、深いワードだ。
MY LIFE・・・。

そう、コロナはこのことをしっかり考えるきっかけを与えてくれているのだ。

この美術館、地味な存在ではあるが、本当に素敵なメッセージを発信続けている。

今日は、文化の日。アートの意義、役割を今こそ、かみしめたい。

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お気に入りは絶対応援!

飲食店が心配だ。
go to なにがし が始まって 動きは出てきたものの、それだけでは
元通りにはならない。
ある居酒屋の店長に、コロナ後、なんどか「元気?」と投げかけると、
「はい、からだは元気です」といつもその返事が返ってきて、そのたびに
心配になる。前は「はい、元気です!」と返してきていたのに・・。

店を経営する人にとって、この1年は苦難の日々で、もちろんそこで働く人々も仕事が減って、ほんとうに大変だ。
だから、応援したい店には、時々通わねばと思う。

飲食業に携わる人は、食を通じて、お客様を喜ばせたい。
お客様が喜ぶ顔を見たい。お客様が来ないと成り立たないのだ。

テイクアウトよりも、お店で召し上がっていただく。
外食に携わる人の思いは、その現場での緊張感がたまらないはずだ。

そんなこんなで、「からだは元気です」の店長に会いに行く。
行くときぐらい、いっぱいオーダーして・・・。

繁盛店であるため、平日はだいぶ戻ってきたが、週末は大変だ。

「元気もらいました。」
「助かりました」

こんな言葉をいただく。

お店は常連さんが、応援団が支えないと・・・。
忘年会が厳しい今年の冬。なんとか乗り切ってほしい。

応援しているお店は絶対応援!
足を運ぶ、食べる、飲む、持ち帰る、エールを送る・・・
いろんな方法で、とにかくコロナに負けないで存続してもらえるよう
応援者もがんばらねば。

そう思うと、店とはまさにお客様とともにつくられるものであることに
気づく。
大好きなお店が存続できるように、そのためのGO TOだ。

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3829への想い

3829とは、実家の固定電話の番号だ。
生まれたときは、まだ電話がなかったが、幼稚園か小学校にあがった頃に
黒い電話が自宅に設置された。もう今は資料館などの展示でしかお目にかかれないのでは?じー、じーとダイアルを回した頃が懐かしい。
その頃から半世紀経過。でも番号はずっと同じだ。

不思議なもので、自宅の住所や、電話番号というものは、すぐ覚え、また
忘れないものだ。いつ覚えたのかは定かではない。

10年近く前、父が車を購入した際、この3829をカーナンバーに指定した。
それぐらい、家族にとって愛着のある番号であった。父にとっては、愛着のあるナンバーで車への親しみもより湧いたことだろう
だが、これは結局、最後の車となり、今はもう、ない。

さて、この番号のことを、この数年ずっと迷っていた。
携帯電話を家族皆が使うようになり、自宅の固定電話はほとんど使わない。
むしろ高齢者だけが住む自宅であると、詐欺など悪事に使われる可能性も
高く、ますます固定電話は一般家庭においては、日々の暮らしから、
消えつつあるのが現状だ。

わが実家も同じこと。ほとんど使わないこの固定電話。本当に必要かどうか?
惜しいのは、その番号が消えてしまうこと。自分たちの番号がなくなるという
ことだけだ。このことが実は大きい。

ずっと悩んでいたが、このたび 思い切って、固定電話を撤去することにした。

自宅の電話番号がなくなるというのは、ちょっと悲しくもある。
別れがたい。
でも、仕方ない。人生にはいろんな別れがあるが、自宅の電話との別れ・・。これもなかなか・・・。である。

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わが道を見直す道。

最近、幼稚園の時から、高校時代まで、ずっと通ってきた道を
歩くことが多い。最寄り駅から実家まで、実家から施設まで、駅まで・・。
半世紀前、幼稚園バスに乗って、ランドセルを背負って、自転車に乗って・・・。同じ道を通って、大きくなってきた。
道沿いの川には、桜が咲き乱れ、春は心がうきうきした。
思えば、実家から出て一人暮らしを始める時も、この道を通って
出発したのだ。そのときの気持ちを思い出してみる。
家を出て30余年の時間を経ても、道は変わらずだ。
周囲の家が古くなり、店舗もなくなってしまい・・
一方、新たな家も立ち並び、明らかに道沿いに住む人たちは変わっている。
しかし、
道自体は変わらず、ずっとそこにあり、通行人を目的地に向かわせてくれる。

その道と交差して、中山道が通じている。
江戸時代、この道を歩いて、人々が京都と日本橋を行き来していた。
そんな由緒ある道であるとは、幼き日は意識もせず、近所にある古い周りくねった道として、記憶していた。
この道沿いの街並みも時代とともに、変わってきているが、中山道はあり続ける。道が時代を見ているかのようだ。

今も昔も、ふるさとの道は変わらず。
いつも私の背中を押してくれる。
そう、歩くのが好きだから、道を感じるのが好きだ。

生きること自体、人生という道を歩くということだ。
どの道を歩くかが大切。どんな風に、どんな速度で、そしてどっちに向かっていくのかが大切だ。もしくは時には、道をつくることが求められる。

道。道に迷ったら、ふるさとの道を歩いてみてはどうだろうか?
幼き日の自分のこと、親のこと、同級生のこと・・・世界が小さかった頃の
自分に出会うことで、あらたな道の可能性に気づくこともあるかもしれない。

今、懐かしき道を歩きながら、半世紀、自分という存在が生き続けている
喜びをかみしめている。





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世界に一人だから。

一人の人間。二人として同じ人はいない。
みんな、世界で唯一の存在。
世界を見渡すと、恐ろしい争いが今も続き、そのかけがえのない命を
奪い去る事件や、食糧難で生きることができず生きる道を断たれる
・・・という悲しい事例もなくなることはなく、
改めて、人はそれぞれ、世界にただひとりの大切な存在なのに・・・
と思うと、本当に心が痛い。
世界にたった一人のいのちといいながら、一方、人は、そのいのちを
ときに、軽視する。

一方、身近なところに目を向ける。自分のまわりにも、世界に一人の
人がいてくださる。
ご縁があってこれまで出会ってきた多くの人たちが、まさにすべて世界に
ただ一人の人・・である。

親も、兄弟姉妹も、パートナーも、友人も、上司も、後輩も・・・。
とくに長きにわたって、ご縁が続いている人は、まさに自分にとって
世界に一人の、かけがえのない人である。
その一人一人を、今一度、もっと大切にしなければと思う今日この頃。

いのちには限りがある。
誰かがいてくれることを当たり前として、相手に接してきていた若い日々・・。
多くの人とつながることが価値と思ってきた時代もある。
しかし、その数よりも、ひとりの価値がいかに大切かを改めて思う。
そして、
今、周囲を見回すと、いつか別れなければならないと思う人たちが
増えてきており、自分はその人を、世界に一人の人として接してきただろうかと
思うときもある。

いつか別れる。世界に一人の人がいなくなるのだ。
誰かが、「生きるとは死に向かうことである。」といっていたが、
例外なく、そうである。
だから、今、この瞬間を、この大切な存在に対して、もっともっと・・と
思う。
優しい気持ち、受け入れる気持ち・・・。
まだまだ修行が足りないが、そんな思いがしんしんと積もっていく秋の日だ。

世界に一人・・・だから、代わりはいない。
今日も悔いなく、世界に一人の人達と向き合い、生きたい。
今日は、施設でのボランティア演奏。世界に一人の人たちに
しっかり向き合い、感謝の気持ちを捧げたい。

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