忘れたころにやってくる。

久しぶりに長い地震。まだ揺れている、まだ揺れている・・。
なんだかおかしい。最近経験していない異様な感覚。
と思うと、東北地方にまた強い地震とのこと、そして津波警報が・・。
あの日を思い出す、テレビで繰り返される避難勧告。
あの繰り返されるアナウンスがとても怖いのだ。思い出すのだ。
出張日、朝いちばんの不意を突かれた地震。

近年、災害があまりに多く、困っている方がこんなに
たくさんいるのに、オリンピックより先に考えることある
んじゃないか?
と書いている方がおられたが、
本当に・・・。

とにかく忘れてはならない。
こうして、無事に生きて、出張に行ったり、普通に生活できる
ことが、決して当たり前ではないのだということを。

そろそろ、忘れていないか?の天からの警告かもしれない。

大船渡の知り合いに状況を尋ねたら、午後3時すぎにやっと
会社のデスクに座れたとのこと。
それまで朝からてんやわんやだったのだろう。
工場もストップしたそうである。また漁師さんは海が荒れて
大変だろうとのこと・・。心配されている。
東北の皆さんが、どんな思いでおられるだろうと、あの海を思い出した。

忘れたころにやってくる。

そんな朝。新幹線が遅れて出発したが無事新潟に行き、最終列車で再び
戻る。
日づけが変わる0時。東京駅や地下鉄内はいつもの祝日前の、
酔っ払い天国になっていた。朝の恐怖は無関係のように。
朝、地震だったから、酒飲まずに静かに帰ろうか
とはなっていない。

忘れたころにやってくる。

忘れないようにしなくては。
東京暮らし、そんなことからも、最近、とても怖い。

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おぬし、覚悟が足りませんぜ!

かのスペインのバルセロナにそびえるサグラダファミリア。
建築家ガウディの最後の、そして完成することのなかった、巨大建築。
世界遺産として、世界からの見学者が絶えない祈りの場。
私はまだ行ったことはないが、それにまつわる様々な資料、展示により
興味は高まるばかり。生きている間には、この目で見上げてみたいと思っている。

ガウディは最期、この教会の中に寝泊りし、仕事をつづけたという。
そして、ガウディなき後、この巨大建築物に魅せられた日本人の彫刻家の存在を
ドキュメンタリー映像で知る。
スペイン滞在3か月のつもりがこのガウディの作品に遭遇したとたん、30年以上現地に住み着いて
しまったという。この教会づくりに関わりたいと思い、念願がかなったとき、永住を決めた。
それは知り合いのいない異国で苦労し、何年もかかって、その仕事を与えられた時だったという。

もう日本に帰ることは考えていないというこの彫刻家。
ひたすらに石を彫り続けている。
この仕事は自分がやる、自分がやるしかない。
今日もやる、明日もやる。
石造物を創るには地道かつ孤独な作業が続き、それに向き合えるかどうか
が大切なこと。
ふと、私は自分がやる、自分がやるしかない・・と仕事に対して、腹をくくれている
だろうかと思った。
そして、今日もやる、明日もやる・・という気持ちで仕事に対峙しているだろうか。
と思ったら、なんだか恥ずかしくなってきた。

自分の仕事に覚悟を決めること。腹が座るということ。
それがあれば、もっとできる、もっとしなければならない。
まだまだ、上っ面だ。
劇的な出会いで、もしかしたらふとした気づきから、きっとその覚悟は決まる。
そのように追い込んでいこう。心からそう思う。

ちなみに、
ガウディは教会を創る職人たちに、
「明日ももっといい仕事をしよう」
と言い続けたという。

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脚本家のつもりで描き、役者のつもりで生きてみる

作家の勉強を少々しはじめているが、そうか、ドラマとは、映画とは、演劇とは・・。
小説も含め、言葉で作品を創るという行為は、いろんな要素で成り立っているのだ
ということを改めて知る。

例えば、ドラマや映画などの脚本。
これは、シーンの連なりだ。
どんな場面で、誰が何をする。
この連なりでひとつのドラマが成立する。

そして、そのシーンの中で、
ト書きと言われる、その場面を描写する客観的な叙述。それに
基づき、いろんな場面づくりが準備されていく。

そして、言葉。
この言葉も、実際に演者が言葉に出すセリフと
モノローグ。
そして客観的に作品を進めていくナレーション。

これらの要素を知りながら、作品を観ていくとひとつの
ドラマや映画もより興味深くなる。

ふと、わが人生のことをあてはめてみる。
私の人生は、どんなシーンの連なりなのだろう。
そして、結局、どうなりたい、どうなるドラマなんだろう。
人生は、先や終わりがわからないため、この脚本は
演じ切ることができないかも・・。
でも、脚本を意識し、描き、できる限りそれに沿って
演じ生きることは可能なようだ。

と思うと、悲しんだり、落ち込んだりするときも
それを客観的に見ている作家としての自分がいて
「・・・そこで、開き直る」
なんて軌道修正することもできる・・と思うと
人生を作家的に考え、そして女優的に生きるのも
悪くないと思えてきた。
クライマックスのわからないドラマになることは
間違いないが・・・。

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人気レストラン、回転率を上げるプロ

渋谷にある台湾料理店。東京に来る前から店の存在は知っていた.
かなりの老舗。何度も通った、入ったのは一度のみ。いつも昼も夜も賑わっている。

たまには、本格的な台湾料理を賑やかな店でということになり、仲間たちと約束する。
この店は10名以上のみ予約可能。こちらは4名。予約不可。しかも金曜。
この店をお気に入りの幹事が「もしかしたら待たされるかもしれませんが
なりゆきでいきましょう、とにかく18時半に店の前に集合!」とメールを
くれた。
たまたま少し早目に着いた。店のドアを開け、店内を覗いてみる。
おお、18時すぎなのに、かなり店内賑わっており、このままだと待たされるか
相席になりそう。満席になるのも時間の問題。
お、ひとつ丸テーブルが空いている。集合時間は10分後。
お店のコシノジュンコ風のお姉さんに声をかける。
「18時半にここで集合することになっていて、先に着いたんですけど
このテーブルって空いていますか?」
「へ?何名?10名以上じゃないと予約できないよ」
「4名だけど、もうすぐ揃います」
「へ?2時間で終われる?19時45分までなら」
「え?2時間ということは18時半からなら20時半ですよね?」
(信用されてない感じ)
「次のお客さんの準備があるから、本当に2時間で終わってくれるの?
 みんなすぐ揃うの?そういって遅れてくるお客さんも多いからさ」
(やっぱり信用されていない感じ)
「いや、真面目な人ばかりなので、すぐ来ます。20時半で絶対帰りますから」
「絶対?」
「絶対」
「わかった。じゃ、このテーブルいいよ」
こんな問答を経て、ようやく丸テーブルをゲット。
仲間に、中で席とれましたからとメールすると、全員すぐ登場。
(みんな、店事情がわかっており、早めに参集していた)
「よかった、よかった」
全員揃って、丸テーブルを囲む。事情を話すと
「じゃ、20時半には帰ろう」
と確認し、そこから勢いよく、即刻オーダー。

さっき席をゲットするまで厳しかったお姉さんの態度が豹変した。
「そんな、一度に頼まなくていいよ。うちはすぐ料理出るから。
コックさんたくさんいるからね。」
とキッチンを指さす。確かに外国人らしき料理人がずらり並んで
仕事をしている。さすが、繁盛店だ。

そこから、そのコシノジュンコ風の姉さんは、このテーブルを気にかけてくれて
「そんなに急いで食べなくていいよ」
と申し訳なさそうに言う。
私たちは、勢いで頼んで、一気に食べて、気が付けばまだ30分ほどしか
経っていないことに気付いたときはもう満腹状態。
言われたから急いで食べているのではなく、おいしいのでぱくぱく
いってしまったのだ。

少しペースを落として、満腹と連発しながらも話し続け、
食べ飲み・・、気取らない会食時間を楽しんだ。
そして、時計を見て、20時30分少し前に会計。

すると、例のお姉さん
「ゆっくりしてもらえず、悪かったね~」
と言いながら、見送ってくれた。

この繁盛店。最初客に厳しく、後は親切。最後は確かに心が触れ合っていた。
この接客術が回転率を上げるには必要なのだと痛感。
同じ週末、同じ渋谷でも、チラシを配ったり呼び込みをしている店舗も多い中
地道に営業し続けている当店は、ほっておいても客足が絶えない。
それにしても、問答が楽しかった。
そして、久しぶりに台湾に行ったような気になった。

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年を重ねるからこそ、挑戦を続ける

ある経営者との会話。その方は3代目で50代前半。
「若いころは怖いもの知らずだったんですけどね~、50歳過ぎるとやる前から、
ダメじゃないかな、できるはずがない・・とか言い訳のようなことばかり
思ってしまうんですわ」とおっしゃる。特に業界の会合とか、同じ世界の仲間と
一緒にいると、そんなことが多いとのこと。
「ダメですよ~。私より年下なのに、おっさんみたい!ですよ。
今から今から。100歳越えても頑張っておられる方も、70代でも新しい挑戦
続けている方もおられますよ。夢に向かってがんばりましょうよ~」
と元気いっぱい声をかけると、なんだかその社長に元気が移っていく。
「そうですね。何もやっていないうちから、やれない理屈をこねていたらダメですよね」
私はその業界の専門家ではないし、その道のことを知らない。だからこそ、
純粋に心から応援できたり、ストレートに話すことで根本のところで
理解してもらえることもあるのかなと、改めて思った次第。

実は私は、人さまにそう言いながら、同時に自分に言い聞かせている。
絶対に、私はダメだとか、できないとか、やらないうちから言いたくない。
言ってはダメだ。
今やれることを精一杯やるだけ。
生きていれば、全員 毎日年を重ねていることになる。
どうせ生きるならば、充実した人生にしたい。
と、思えば今やれることをやる、精一杯やる。
それが真の大人の生き方だ~~と胸を張っていえるようになりたい。

そう、これからの大人は生涯夢を追いかける!のがいい。

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スマートなジャーナリストと彷徨うマスコミ

木村太郎さんのトークを久しぶりに見聞きする。
なんでも、アメリカ大統領選挙について2年も前からトランプ氏が勝利すると
言い続けてきた論客のひとりだ。
最近はこのことで、これまで以上に取りざたされているようだが、
何十年も前に、NHKニュースの解説をきいても、なかなか国際的で
スマートな方という印象、また最近では東京新聞に書かれているコラムを読みながら
独自の視点でちゃんとした調査をされている方という印象をもち、
最近では数少ない、まともなジャーナリストだとますます好きになった。

なぜ木村さんがトランプ勝利を予測できたかということに、
今になって、マスコミはじめ(笑)世間の目が向けられている。
そんな今も、木村さんは自然体で淡々とされており、またいうべきは
いう、斬るべきは斬るという潔さもあって、改めて尊敬の念を抱く。

どこかに媚びようとか、最近のネットニュースのように、
間接的な入る情報でもっともなように、体裁を整えるのではなく、
カラダを張っての現地取材。調べ上げている。
マスメディアの良さは、取材をちゃんとしているという点であるが
木村さんは、日本のマスメディアが目を向けない、現地のニュースソースを
きちんと独自ルートで発掘されていたようだ。
もちろん、単純なひとつの方法ではなく、真を求め、探し続けることを
し続けた結果の答えだったと思う。
ネット社会だから、洪水のような情報から、より確かなるものを
探し当てる力こそ、マスコミ力。それを木村さんは時間をかけて
信念をもって実行し続けたのだ。
調べ続けることは重要だ。
しかも世界を左右する重要な案件について。
マスコミとジャーナリスト。
この関係についても、改めて考えさせられる。

周囲に振り回されず、きちんと判断できる人間になるための
道を学ばせていただいた感がした。

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次は、地方で再会を。

初めては出会ったのは京都で。10年以上前のこと。美容業界でのキャリアを積まれ、
全国各地に移り住み、そして東京で3年。
出会ったときは、本当にかわいらしかったが、今や一人前の美しいエステシャンだ。
アーユルヴェーダも学んでくるとインドやスリランカにも単身で修行で行ってきた
り、ちょっとワーキングホリデーにと南半球まで行ってきたという行動力ある
人だ。時々連絡がとれなくなり、また現れる。そんなこんなの10年。

彼女はこのたび、東京を離れ、久しぶりに故郷の岡山方面へ戻るという。
それを聞き、最後の勤務日に仕事場に出向く。
最後の東京での仕事に、彼女の客としていたかったから。
そして、初めて京都で出会った日のことを思いだしながら、
カラダのメンテをしてもらった。
本当に彼女とは公私ともにいろんなところへ互いに出没した。
そして、「わたし、東京へ出てきてしまいました~」と驚かせてくれたのが昨日のよう。

「今度は、岡山へ行くからね。あなたも岐阜のライブに来てね」
という約束。

東京で親しくしてきた人たちのなかで、地方を向いて動き出し始めている人がいる。
ああ、時代が動き始めている。
先をわかる人が、感じる人が東京を卒業していく時代・・・の到来。予感がする。
ふと、彼女の東京最後の仕事場である、都庁を前に、新宿を見てみた。
まさにTOKYOだ。ここを夢見て、みんなやってきた、そして、いずれ出る。
東京の秋。そう、都市にも四季がある。
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最初はひとりの客として、そして今。

自分の周りにいて、見守ってくれている人たち。仕事で出会った人、人からの紹介で知り合った人・・その出会い方は多様である。そして、そのなかでも不思議な出会いは、自分がある店の客だったことから始まるというケースだ。
10年以上前にエステで知り合った彼女とは、京都で最初出会ったが、そこで終わらず、彼女の転勤に伴い北海道のニセコにまで足を運び、そこから彼女は海外に出て、そして気が付いたら東京に来ていた・・その間ずっと交流が続いた。もちろん会う回数は少ないが、気が付けば 姉妹のようだ。
ビジネスショーに出展していた企業ブースに立ち寄ったことがきっかけで知り合った彼女も、もう1年以上のつきあいだ。会社員をやめ、看護士になり、東京に出てくるときはこんな自分のことも頼りにしてくれた。
台湾のホテルの営業部長だった彼とは客としてそのホテルに泊まったときからのつきあいで、こちらも10年以上。お互い昔と違う仕事をしながらも、その生き方、価値を共有しながら、時々再会している。バンコクに住み、相変わらずの国際人の弟だ。
そして、最近は時々足を運んでいる居酒屋の社長と、さしで話をする機会を得た。
最初はひとりの客だったのに、応援したり、ときにはクレームをいい、ときに人を紹介しているうちに親しくなってきたわけだ。

最初はひとりの客。そこから新たな人間関係に発展し、人生に影響をもたらすようなこともある。

そうそう、新宿歌舞伎町のスナックのママも同じだ。
もう店はないが、今も時々お茶を飲む。

店側からすれば、単なる客。でもそれはお金を払って、利用してくれるだけの関係に終わらない
こともあるということ。
人生の大切な出会いは、こんなところからも始まる。

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この世界の中心ではなく、「片隅」で生きる。

クラウドファンディングで制作されたアニメ映画を観た。戦時下の暮らしが本当にリアルに描かれており、これまで戦争映画といえば実写、特撮でのスケール感に圧倒されるものもあり、戦争体験がない身にとっては、現実のものと思いづらかったが、この作品は普通の人たちを題材にしているだけに、心に染み入った。
先般観て感動した「君の名は。」と比較できないが、こちらもそれに劣らぬ傑作だ。
広島、呉の町を舞台にしたこのストーリー。あまりにかわいく、ほほえましいのに、残酷で、涙が途中から止まらない。そこにやさしい風景や音楽が絡まり、たまらない気持ちになる。ああ、平和でありがたい、平和がいいんだ・・・という思いもじわじわ湧いてくる。
戦争というのは、普通の人の普通の生活を変えるのだ。ということがよく伝わってくる。
ところで、この映画で一番気に入ったのはこの映画のタイトルだ。作品のラストに差し掛かったころ、主人公が、愛する人に「この世界の片隅で、私をみつけてくれてありがとう」といったような言葉をかける。そうか~。この世界の片隅か・・。私もそうだ、この世界の片隅で小さく生きている。
その片隅でいろんな出会いがあり、別れもあり、笑いもあり、涙もあって・・。片隅の人生を多くの人が生きているんだ。間違っても世界の中心ではなく「片隅」。この言葉がとても気に入った。
しかし、
戦争は中心だけでなく、そんな片隅で静かに生きている人まで巻き込んでしまうのだ。
だから、世界の片隅で平和に生きられる。そんな世の中が一番いい。
そんなことを静かに願う。

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遺言準備宣言。

ある方に、ご自身の経験から、一言書いた遺言がなかったために、大変苦労したという話を聞き、
ああ、自分が死んだあとに、最もお世話になった人に迷惑をかけてはいけないなと、しみじみ
思った。生きているときは、元気なときは忘れがちで、病に伏したら切り出しづらく、またそんな場合でないかもしれず。
そう思うと、やっぱり遺言は今のうちに、用意しておかねばならない。

わがまま、自分流の生き方をしてきた人ほど、その思いを貫き、周囲に迷惑をかけないように
旅立つには、必要なのである。

「じゃ、互いに書き合おう」。
まだ現時点では書いていないが、書初めのように、互いに机に向かって・・というのを
早くやらなくちゃ。

何があるかわからないこの世の中、人の命の行方はしれず・・。
体験談を聞いて、他人事と思えないことが増えてくるお年頃。

遺言というと、本当に縁起でもないが、そうでもない。
それをかくと、毎日をより大切にできそうな気もする。

とにかく、できる限り周囲に迷惑をかけないで、旅立つこと。
これは、自立した人生を目指すならば、大変な重要なことだ。

今、大変な思いをされている知人のことが早く、落ち着くよう
解決するようにと心から願っている。

うーん、すっきり生きるのはなかなか、難しい。

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