消費に責任、いのちに感謝。

日本ではありがたいことに、ちゃんと決められた日に
ゴミを回収してもらえる。
海外では、それもままならないで、町中にゴミがあふれている
という例もあるようだ。そんな街をいくつか訪ねて驚いた
ことがある。
日本の自治体は、本当に立派だ。
必ず、ゴミを回収してもらえることを、当たり前と思っては
いけない。

そんななか、毎週2回。生ゴミの回収日がある。
たとえば、わが町では火・金。
その日が近づくと冷蔵庫の中をチェックする。
消費期限が過ぎたものはないか、あれば処分しなければ
ならない。
この期限切れのもの、しかも未開封の食品を見つけたとき、
古くなった野菜をみつけたとき、その存在を
忘れていたことを悔い、反省する。

ああ、忘れていた。もったいない。申し訳ない。
農家さんや、食品を作ってくださった方、運んでくださった
方・・・・。その品に関わっていただいた方にお詫びの気持ち
でいっぱいになるのだ。
ゴミになるためにつくられたのではない。生まれたのではない。
それなのに・・・。

その懺悔の日をなくすこと。
ついつい、余計に買い込んでしまう習慣を卒業して、
責任もてる消費をせねば。

モノを大切にすること、入手したモノへの責任ある行動。
細かなことではあるけれど、
少し立ち止まって、「もったいない」暮らしを改善。

ミニマムにシンプルに、すっきり生きる。
それが本当のゆとりである。今さらながら。


買うまでが消費ではない、使い切る、食べきることが
本当の意味での消費。
それは、さまざまな存在への感謝の行動でもある。

「いただきます!」「ごちそうさまでした」を忘れずに。
改めて、すべての命に感謝しよう。



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