人は守られていると思うと安心する。
京都の有名な?神社の交通安全のお守りをよく父に渡して
いたことを思い出す。
また、小さなペンダントをお守りと言って、遠くに離れて
いる友にプレゼントしたことや、逆にいただいたことも
ある。
また、そういうつもりがなくても、身に着けるものを
プレゼントしたら、
「これ、お守りにさせてもらうわ」
と言われたこともある。
お守り。スタイルはいろいろあれど、世界中に存在する。
何年か気に入ってよく見に着けているのは、世界の
教会で集めてきたメダイを集めてでつくったペンダント。
何か世界の神様に守られている感じがしている。それだけで安心。
そこにはフランシスコ・ザビエルのメダイも含まれている。
一方、毎日家族のために弁当をつくる、おにぎりをつくる。
アイロンのかかったハンカチを持たせる。
と、家族が今日も元気で、無事にいるように。
安全に戻ってくるようにと、願いを込めてつくる日々の
お守りもある。
しばらく休止していた弁当づくり。ずっと作っているから
つくらないと、持たせないとどうも落ち着かない。
それがまた再開して、毎日作ることになった。
改めて、気持を込めて何かをつくったり、そのモノに
思いを込めることはいい!と思うようになった。
つくる時間手間暇よりも、お守りを渡す気持ちが
大切なのだ。と勝手に思っている。
これを食べて、元気にがんばろう!とか、気を付けて
過ごそうとか、相手がその瞬間思い出してくれる
だけでいい。
そんなものも、ささやかながら、1日のお守りになる。
と、その昔、毎朝、母が夫婦喧嘩をした翌朝でも、
父に持たせる弁当をつくっていた。
なんのご馳走もない、ささやかな弁当であったが、
「弁当、もってけ」
と投げセリフで弁当を渡しても、それで仲直りと
なった。そして、その弁当は父にとっての1日の
お守りであったと思う。
そして、空になった弁当箱を持ち帰る・・・。
毎日のお守り。
何かあると、出かける人も、見送る人も
安心。
と、おにぎりを包みながら、両親の弁当コミュニ
ケーションを思い出した。
今日のお守りは。
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