抗う人、流される人。

先日、面白い会話に出会う場面に遭遇した。
「マーサさんは、抗う人ですか?
 私は、流される人ですが・・・。」
とても面白いと思った。
その人は、世の中に何か新しいモノが出てくると
すぐにそれを使ってみるタイプのようだ。
私からすると、器用で、素直な人だと尊敬する。

自分の場合は、何か新しいツールや技術が出てくると
どんなものであるかは知りたいが、すぐには手を出さない。
これは本当は、大丈夫か?
メリットとデメリット、作用と副作用
の両方を見て、納得しなければ使わない。
手段や方法よりも、目的や意味を問うことを優先する。
と、そんな傾向がある。

みんながどんなに、これはいいと言っても、
ちょっとおかしいと思ったら、距離を置きながら
観察し、様子を見ることから始める。
俯瞰しながら、時に懐疑的でありたいと思っている。

先日ある会社員の方との会話で、「自分は多数決は好きではない」
という声を聴いて、自分より若い世代の人のなかにも
そういう人もいるのだと、頼もしく思った。
どんなときにも少数派はいていいし、いないと
いけないし、時に反対の意志を示すことも必要だ。
もちろん示し方、表現方法は考えなければいけないが。

流される人よりも、いい意味で流す人。
そして抗うのではなく、見極めができ、
自分なりの考え、判断ができ、行動が興せる人。

そんな人になりたいと思う。
ここに向かうには、生きる時間と多くの経験があってこそ
の長い道のりかもしれないが。

若いうちは、ある程度、流される時間もあってもよいのかも
しれない。でも、おぼれないように、思わぬ方向へ流されないように
「気を付けて」、とは言っておきたい。

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