中島みゆきがヤマハのポプコンで華々しいデビューを
飾った当時、毎日のようにヤマハの教室に通っていて、
なんだかとてもまぶしく思ったし、レッスンではすぐに
「時代」を習い、子どもながらにわけもわからず、
歌い、弾いていた頃。
今から思ったら、あんなに若かった中島みゆきが、その
当時に「時代」なんて、まるで人生を俯瞰したかのよ
うな曲が書けたとは、本当に驚き。今書いてもおかしく
ないぐらいの、人生を俯瞰した曲。
今朝、なぜかそのメロディが頭を流れ続けている。
最近、時代を感じることが多いせいかもしれない。
仕事では、平成生まれの人とのやりとりが増えている。
とくに2000年以降に生まれた人達が、社会人として
活躍しはじめている。
いろんな価値観や常識が違うと思いつつ、まあ、そういう
時代だと思い、理解をするようにしている。そんななかで
生まれる共感は、なんとも愛おしい。
デジタル社会の中で育ってきた人は、コミュニケーション
の取り方ひとつとっても、自分たちの若かったころとは
違う。そして、彼らは昭和の時代を、カバーしたり
リメイクして自分たちなりに、新しくして取り入れ、
楽しんでいる。
化粧の仕方、髪色の違いを超えて、今、異世代の人との
交流をしながら、後も生きる彼ら彼女らに、何かひとつ
でも、役立つことが伝えられたらと、お節介おばさんな
自分もいる。
一方、昭和の時代を教えていただいたさまざまな先輩
との交流も頑張って続けている。
がんばらないと、そのうち会えなくなってしまうと
そんな気がしている。
新宿の青春時代。お世話になったママさん。
今も変わらず、アナログな生き方を貫いておられ、
ネットも、スマホも、CDでさえも、「使えないの~」と
もっぱらテレビ、ラジオ、そして本と人との
コミュニケーションで生きておられる。
手紙を大切にされている。字もきれいで、丁寧だ。
そういう生き方もあるんだ。
そんな時代だった。
新宿歌舞伎町の夜の世界は、わが人生の青春の
一コマ。あの頃は、日本中が賑わっていた。
なんだか、みんなよく働いた。
東京は眠らない町なんだぞ。と30歳で東京に
転勤した自分を鼓舞してくれた上司。
ハラスメントとかそんな言葉もなくて、なんだか
面白かった。人と人、肌と肌がぶつかりあって
生きていた・・。そう、そんな時代。
そんな時代もあったねと・・・と
今、まさにそんな心境でもあるが、
まだまだ時代は続く。回る。
変わるけど、また巡る。
今の時代を存分に生きよう。
そして、昭和の時代を大切に。
一緒に生きた人達との思い出を大事に
持ち続け、笑顔であり続けたい。
日本が輝いていた頃。
そんな時代がありましたとさ・・・。
で終わらせてはいけない。
「時代」を今こそ思う。
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