心は何色?

最近、アメリカ育ちのウクライナ人の司祭の存在を知った。
ウクライナ正教会という、ウクライナでもっと多くの
信徒をもつ教会が、この司祭の働きかけで日本にも誕生。

この方ご自身のご家族が独ソ戦争の犠牲者であり、ご自身も
悲惨な情景を目の当たりにして育ち、家族に連れられ
ふるさとからドイツへ、そしてアメリカへ移住。
差別を受け、苦労を重ねアメリカで育った。合気道との
出会いがきっかけで20代で日本に渡航。

子どもの頃から、信仰が身近にあり、日本に住む
ウクライナ人たちのために、ふるさとの教会を日本にも・・
と自らが教会を設立。ウクライナ語も話せないという
悩みもありながら、言葉を越えて、祈りの場をつくり
続けてきた。
そして、このたびのロシアの侵攻により、多くの人々が
母国から日本にも避難されており、その人々への
励ましをしながら、この侵攻の一日も早い終わりと、
平和を祈り続けている。

こんな方がおられるのだと、その存在を知り、生き方、
生き様に静かに感動を覚えた。

とくに、被爆地長崎に寄せる思いも強く、何度も何度も
長崎に行き、ふるさとへの思いを重ね、平和を祈り続けて
おられることへは、より共感を抱いた。

ほぼ同世代だ。同じ時間を生きてきていると思うだけで
身近に感じる。

その方のインタビューは、実に心洗われる。
話し方も、出てくるセンテンスも、そして穏やかな顔の
表情も。なんという穏やかで優しく、深いのだろう。
あのフランシスコ教皇や、ヨハネ2世や、マザーテレサの
表情を思い出す。

人間、戦争を恨んでもいいけれど、人を恨んではいけない。
戦争は悪いけれど、絶対にあってはいけないけれど、
その相手の国の人のことを恨んではいけない。
これは、司祭が長崎の司祭から学んだことでもある
とのこと。

人を恨むと、よからぬことを考える。
すると、心が黒くなる。
これはいけない。心をきれいにすること。
平和を祈り続けること。

この言葉に、強く心を動かされる。

黒い心か。
確かに、そうだ。

正直、政治の世界は黒やグレーのイメージがあるが、
黒い心は人として、もちたくない。
でも、自分主義になると、分断が起きると、
心も変色するような気がする。
それはいけない。戦争のきっかけになるよ。という
教えだろう。

この司祭の存在を知ることができて、よかった。
いつか、どこかでお会いしてみたい方だ。

戦争のなかの祈り。
平和への祈り。

しんどい経験をした人だからこそ、わかることがある。

自分の心は何色だろう?
真っ白ではないだろう。
長く生きていると、色がついてくる。
でも、せめて人としての道理がわかり、
人を大切にできる、そんな人間でありたい。
人の心がわかる、あたたかい色の心をもっていたい。

黒い心。
ふと、自作の「黒いひまわり」・・・が浮かんだ。
司祭にもいつか、聴いてみていただきたいと思う。

避難してきた人たちのこと。
母国を離れ、外国で住む人たちは、
身体は安全であるけれど、心は不安だそう。
自分だけ助かっていいのかという、罪悪感の日々。
私たちは、その罪悪感という感覚すら、もたないで
生きてきているかもしれない・・・。
それだけ、平和な時代に生まれ、育てていただいたのだ。
贅沢なこと。

そのことに感謝して、
日本にいるわたしたちも、しっかり平和のありがたみを感じ、
自分ができることをやらねば。

心は何色?
うすいピンクか?やさしいオレンジか?
人肌のぬくもり、愛情。
心の色は、コミュニケーションで変わるのだと思う。

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