おもしろうて、やがてかなしき祭りかな。

4月11日。毎年4月第二土曜日に開催される、地元の火祭り。
300年以上の歴史があり、岐阜県重要無形民俗文化財に登録
されている、わがふるさとじまんのひとつ。
クライマックスは夜であるが、昼間はその準備で会場となる
手力雄神社の境内は緊張感で包まれ、今年もやってきた!
という気持になるため、好んで足を運び、神社に参拝。
お賽銭も普段より少し奮発?

地元の各町内の人々が町ごとに花火を仕込んだ神輿を担ぎ、
それはそれは壮大なスケールの火祭りを繰り広げる。
今も昔も、地元の人が大好きな祭り。
そして、まさに非日常の地元での暮らしが、年に一度、
ハレの日になる。そんな記念日でもある。

父はこの地で生まれ、育ったからこの祭りの洗礼を受けて
人生を送ったといえる。

病に伏して、結果的に最期の住まいとなった部屋は、
この祭りの様子が少しでも見える窓がある部屋を選び、
住んでもらった。もし、祭りの季節に生きていたら、
そこから祭りの音と様子を楽しんでほしいと・・・。
でも、春まで待たずに旅立ったので、それは叶わなかった。

昨日、父が最期を迎えた部屋から、この祭りがどう見えたかを
辿ってみた。下の写真が、父の部屋の前方にあった橋から
撮った夕方の神社。これから祭りの本番だ。
夕映えが美しく、空が広く、神社のやぐらも見える。
そして、この写真を撮った橋の欄干には神輿を担ぐ町衆の姿が
デザインされている。

夕暮れ。各町内の神輿が神社に宮入りする。その宮入は、聖なる行進であるが、
爆竹の音がとどろき、ここは日本か?と思うほどにアジア的。
鳴り響く爆竹に加え、カンカンとなり続ける銅鑼の音。
わっしょいわっしょい、と担がれ進む、花火が仕掛けられた神輿。
何度見ても、奇祭である。私にとって、爆竹の音はまさに禊である。
爆音の滝が一気に流れてきたかのような爆竹の音は言葉を失うほどに強烈であり、
全身に注入される。ああ、この音を毎年、子どもの頃から聞いてきた。
そして、父もそう。母も嫁いで半世紀以上、この祭りとともにこの町で暮らしてきた。
と、思うだけで、なんともいえない気持になった。

おもしろうて、おもしろうて、やがて かなしき祭りかな。

と、たまらない気持になり、最後まで見ることができず、途中で帰路についた。

帰り道、神輿を担いでいた青年がよろよろと(お酒を飲まされてか、ずいぶん酔っぱらっているのだろう)「やっぱ、火祭り、最高やな」と話しているのが聞こえた。

担ぎ手が年々減り、また花火を行うための資金繰りも大変だと
聞く。
どうか、未来にもこの素晴らしき伝統が受け継がれるように。

関係者の皆様のご尽力に敬意を表し、心より感謝を込めて。

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