最近、ある企業での社員面談をしていて、ある人が
「多数決って好きじゃないんですよね。多ければ正しいという
のは違っていると思うから。だから、自分は少数派なんです」
という声を聴いて、思わず、顔がほころんだ。
ああ、こういう人もいるのだ。
私も、まったく同じだ。
「それでいいと思う。みんな違っていい。それぞれ違うのがいい。
自分の考えはちゃんと持っていないといけないし、お互いの違いを
尊重しなければ。そうすることで、自分が気づいていないことも
気づけるし、世界も広がるし。自分はマイノリティどころか、オンリーワン
と思っている」
と、そんな会話が続いた。
自分も多数決については、疑問がある。数の力は正しいとは言えないことも
ある。違う考えを交換しながら、お互いのことを知り、歩み寄ったり、
調整しながらより良い方向にしていくことが大切だと思っている。
また、「みんな」と一括りにしても、同じではない。
ある利害だけが一致しているかもしれない。
よく考えれば、「みんな」という存在は不確実だ。
ふと、子どもの頃を思い出す。
「みんながやっていることをやっていれば、いいんだ。
10人中9人がやっていることをやっていればいい」
父との口論はここから始まることが多かった。
そこだけは受け入れることができなかった、生意気な子どもであった。
ふと、父の保守的な面への反発が自分の自我の形成に
つながったのかもしれない。
今も、あの頃と変わらず、多数派に交わらないことを良しと
している。
そんなことで、今も、世代を超えて、
共感できる生き方をしている人に出会えることはうれしい。
その、少数派と自認する彼は、今、一生懸命、次の世代の育成に
励んでいる。自分で考えて自分で答えをみつけ、生きることを
教えている。
マイノリティだからこそ、新しい発想ができ、創造ができる。
共感できる若者に出会うことで、なんだか自分も勇気が湧いて
きた。
マイノリティの誇り。
カテゴリー: Essay (Word) パーマリンク