脚本家のつもりで描き、役者のつもりで生きてみる

作家の勉強を少々しはじめているが、そうか、ドラマとは、映画とは、演劇とは・・。
小説も含め、言葉で作品を創るという行為は、いろんな要素で成り立っているのだ
ということを改めて知る。

例えば、ドラマや映画などの脚本。
これは、シーンの連なりだ。
どんな場面で、誰が何をする。
この連なりでひとつのドラマが成立する。

そして、そのシーンの中で、
ト書きと言われる、その場面を描写する客観的な叙述。それに
基づき、いろんな場面づくりが準備されていく。

そして、言葉。
この言葉も、実際に演者が言葉に出すセリフと
モノローグ。
そして客観的に作品を進めていくナレーション。

これらの要素を知りながら、作品を観ていくとひとつの
ドラマや映画もより興味深くなる。

ふと、わが人生のことをあてはめてみる。
私の人生は、どんなシーンの連なりなのだろう。
そして、結局、どうなりたい、どうなるドラマなんだろう。
人生は、先や終わりがわからないため、この脚本は
演じ切ることができないかも・・。
でも、脚本を意識し、描き、できる限りそれに沿って
演じ生きることは可能なようだ。

と思うと、悲しんだり、落ち込んだりするときも
それを客観的に見ている作家としての自分がいて
「・・・そこで、開き直る」
なんて軌道修正することもできる・・と思うと
人生を作家的に考え、そして女優的に生きるのも
悪くないと思えてきた。
クライマックスのわからないドラマになることは
間違いないが・・・。

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人気レストラン、回転率を上げるプロ

渋谷にある台湾料理店。東京に来る前から店の存在は知っていた.
かなりの老舗。何度も通った、入ったのは一度のみ。いつも昼も夜も賑わっている。

たまには、本格的な台湾料理を賑やかな店でということになり、仲間たちと約束する。
この店は10名以上のみ予約可能。こちらは4名。予約不可。しかも金曜。
この店をお気に入りの幹事が「もしかしたら待たされるかもしれませんが
なりゆきでいきましょう、とにかく18時半に店の前に集合!」とメールを
くれた。
たまたま少し早目に着いた。店のドアを開け、店内を覗いてみる。
おお、18時すぎなのに、かなり店内賑わっており、このままだと待たされるか
相席になりそう。満席になるのも時間の問題。
お、ひとつ丸テーブルが空いている。集合時間は10分後。
お店のコシノジュンコ風のお姉さんに声をかける。
「18時半にここで集合することになっていて、先に着いたんですけど
このテーブルって空いていますか?」
「へ?何名?10名以上じゃないと予約できないよ」
「4名だけど、もうすぐ揃います」
「へ?2時間で終われる?19時45分までなら」
「え?2時間ということは18時半からなら20時半ですよね?」
(信用されてない感じ)
「次のお客さんの準備があるから、本当に2時間で終わってくれるの?
 みんなすぐ揃うの?そういって遅れてくるお客さんも多いからさ」
(やっぱり信用されていない感じ)
「いや、真面目な人ばかりなので、すぐ来ます。20時半で絶対帰りますから」
「絶対?」
「絶対」
「わかった。じゃ、このテーブルいいよ」
こんな問答を経て、ようやく丸テーブルをゲット。
仲間に、中で席とれましたからとメールすると、全員すぐ登場。
(みんな、店事情がわかっており、早めに参集していた)
「よかった、よかった」
全員揃って、丸テーブルを囲む。事情を話すと
「じゃ、20時半には帰ろう」
と確認し、そこから勢いよく、即刻オーダー。

さっき席をゲットするまで厳しかったお姉さんの態度が豹変した。
「そんな、一度に頼まなくていいよ。うちはすぐ料理出るから。
コックさんたくさんいるからね。」
とキッチンを指さす。確かに外国人らしき料理人がずらり並んで
仕事をしている。さすが、繁盛店だ。

そこから、そのコシノジュンコ風の姉さんは、このテーブルを気にかけてくれて
「そんなに急いで食べなくていいよ」
と申し訳なさそうに言う。
私たちは、勢いで頼んで、一気に食べて、気が付けばまだ30分ほどしか
経っていないことに気付いたときはもう満腹状態。
言われたから急いで食べているのではなく、おいしいのでぱくぱく
いってしまったのだ。

少しペースを落として、満腹と連発しながらも話し続け、
食べ飲み・・、気取らない会食時間を楽しんだ。
そして、時計を見て、20時30分少し前に会計。

すると、例のお姉さん
「ゆっくりしてもらえず、悪かったね~」
と言いながら、見送ってくれた。

この繁盛店。最初客に厳しく、後は親切。最後は確かに心が触れ合っていた。
この接客術が回転率を上げるには必要なのだと痛感。
同じ週末、同じ渋谷でも、チラシを配ったり呼び込みをしている店舗も多い中
地道に営業し続けている当店は、ほっておいても客足が絶えない。
それにしても、問答が楽しかった。
そして、久しぶりに台湾に行ったような気になった。

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年を重ねるからこそ、挑戦を続ける

ある経営者との会話。その方は3代目で50代前半。
「若いころは怖いもの知らずだったんですけどね~、50歳過ぎるとやる前から、
ダメじゃないかな、できるはずがない・・とか言い訳のようなことばかり
思ってしまうんですわ」とおっしゃる。特に業界の会合とか、同じ世界の仲間と
一緒にいると、そんなことが多いとのこと。
「ダメですよ~。私より年下なのに、おっさんみたい!ですよ。
今から今から。100歳越えても頑張っておられる方も、70代でも新しい挑戦
続けている方もおられますよ。夢に向かってがんばりましょうよ~」
と元気いっぱい声をかけると、なんだかその社長に元気が移っていく。
「そうですね。何もやっていないうちから、やれない理屈をこねていたらダメですよね」
私はその業界の専門家ではないし、その道のことを知らない。だからこそ、
純粋に心から応援できたり、ストレートに話すことで根本のところで
理解してもらえることもあるのかなと、改めて思った次第。

実は私は、人さまにそう言いながら、同時に自分に言い聞かせている。
絶対に、私はダメだとか、できないとか、やらないうちから言いたくない。
言ってはダメだ。
今やれることを精一杯やるだけ。
生きていれば、全員 毎日年を重ねていることになる。
どうせ生きるならば、充実した人生にしたい。
と、思えば今やれることをやる、精一杯やる。
それが真の大人の生き方だ~~と胸を張っていえるようになりたい。

そう、これからの大人は生涯夢を追いかける!のがいい。

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スマートなジャーナリストと彷徨うマスコミ

木村太郎さんのトークを久しぶりに見聞きする。
なんでも、アメリカ大統領選挙について2年も前からトランプ氏が勝利すると
言い続けてきた論客のひとりだ。
最近はこのことで、これまで以上に取りざたされているようだが、
何十年も前に、NHKニュースの解説をきいても、なかなか国際的で
スマートな方という印象、また最近では東京新聞に書かれているコラムを読みながら
独自の視点でちゃんとした調査をされている方という印象をもち、
最近では数少ない、まともなジャーナリストだとますます好きになった。

なぜ木村さんがトランプ勝利を予測できたかということに、
今になって、マスコミはじめ(笑)世間の目が向けられている。
そんな今も、木村さんは自然体で淡々とされており、またいうべきは
いう、斬るべきは斬るという潔さもあって、改めて尊敬の念を抱く。

どこかに媚びようとか、最近のネットニュースのように、
間接的な入る情報でもっともなように、体裁を整えるのではなく、
カラダを張っての現地取材。調べ上げている。
マスメディアの良さは、取材をちゃんとしているという点であるが
木村さんは、日本のマスメディアが目を向けない、現地のニュースソースを
きちんと独自ルートで発掘されていたようだ。
もちろん、単純なひとつの方法ではなく、真を求め、探し続けることを
し続けた結果の答えだったと思う。
ネット社会だから、洪水のような情報から、より確かなるものを
探し当てる力こそ、マスコミ力。それを木村さんは時間をかけて
信念をもって実行し続けたのだ。
調べ続けることは重要だ。
しかも世界を左右する重要な案件について。
マスコミとジャーナリスト。
この関係についても、改めて考えさせられる。

周囲に振り回されず、きちんと判断できる人間になるための
道を学ばせていただいた感がした。

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次は、地方で再会を。

初めては出会ったのは京都で。10年以上前のこと。美容業界でのキャリアを積まれ、
全国各地に移り住み、そして東京で3年。
出会ったときは、本当にかわいらしかったが、今や一人前の美しいエステシャンだ。
アーユルヴェーダも学んでくるとインドやスリランカにも単身で修行で行ってきた
り、ちょっとワーキングホリデーにと南半球まで行ってきたという行動力ある
人だ。時々連絡がとれなくなり、また現れる。そんなこんなの10年。

彼女はこのたび、東京を離れ、久しぶりに故郷の岡山方面へ戻るという。
それを聞き、最後の勤務日に仕事場に出向く。
最後の東京での仕事に、彼女の客としていたかったから。
そして、初めて京都で出会った日のことを思いだしながら、
カラダのメンテをしてもらった。
本当に彼女とは公私ともにいろんなところへ互いに出没した。
そして、「わたし、東京へ出てきてしまいました~」と驚かせてくれたのが昨日のよう。

「今度は、岡山へ行くからね。あなたも岐阜のライブに来てね」
という約束。

東京で親しくしてきた人たちのなかで、地方を向いて動き出し始めている人がいる。
ああ、時代が動き始めている。
先をわかる人が、感じる人が東京を卒業していく時代・・・の到来。予感がする。
ふと、彼女の東京最後の仕事場である、都庁を前に、新宿を見てみた。
まさにTOKYOだ。ここを夢見て、みんなやってきた、そして、いずれ出る。
東京の秋。そう、都市にも四季がある。
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最初はひとりの客として、そして今。

自分の周りにいて、見守ってくれている人たち。仕事で出会った人、人からの紹介で知り合った人・・その出会い方は多様である。そして、そのなかでも不思議な出会いは、自分がある店の客だったことから始まるというケースだ。
10年以上前にエステで知り合った彼女とは、京都で最初出会ったが、そこで終わらず、彼女の転勤に伴い北海道のニセコにまで足を運び、そこから彼女は海外に出て、そして気が付いたら東京に来ていた・・その間ずっと交流が続いた。もちろん会う回数は少ないが、気が付けば 姉妹のようだ。
ビジネスショーに出展していた企業ブースに立ち寄ったことがきっかけで知り合った彼女も、もう1年以上のつきあいだ。会社員をやめ、看護士になり、東京に出てくるときはこんな自分のことも頼りにしてくれた。
台湾のホテルの営業部長だった彼とは客としてそのホテルに泊まったときからのつきあいで、こちらも10年以上。お互い昔と違う仕事をしながらも、その生き方、価値を共有しながら、時々再会している。バンコクに住み、相変わらずの国際人の弟だ。
そして、最近は時々足を運んでいる居酒屋の社長と、さしで話をする機会を得た。
最初はひとりの客だったのに、応援したり、ときにはクレームをいい、ときに人を紹介しているうちに親しくなってきたわけだ。

最初はひとりの客。そこから新たな人間関係に発展し、人生に影響をもたらすようなこともある。

そうそう、新宿歌舞伎町のスナックのママも同じだ。
もう店はないが、今も時々お茶を飲む。

店側からすれば、単なる客。でもそれはお金を払って、利用してくれるだけの関係に終わらない
こともあるということ。
人生の大切な出会いは、こんなところからも始まる。

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この世界の中心ではなく、「片隅」で生きる。

クラウドファンディングで制作されたアニメ映画を観た。戦時下の暮らしが本当にリアルに描かれており、これまで戦争映画といえば実写、特撮でのスケール感に圧倒されるものもあり、戦争体験がない身にとっては、現実のものと思いづらかったが、この作品は普通の人たちを題材にしているだけに、心に染み入った。
先般観て感動した「君の名は。」と比較できないが、こちらもそれに劣らぬ傑作だ。
広島、呉の町を舞台にしたこのストーリー。あまりにかわいく、ほほえましいのに、残酷で、涙が途中から止まらない。そこにやさしい風景や音楽が絡まり、たまらない気持ちになる。ああ、平和でありがたい、平和がいいんだ・・・という思いもじわじわ湧いてくる。
戦争というのは、普通の人の普通の生活を変えるのだ。ということがよく伝わってくる。
ところで、この映画で一番気に入ったのはこの映画のタイトルだ。作品のラストに差し掛かったころ、主人公が、愛する人に「この世界の片隅で、私をみつけてくれてありがとう」といったような言葉をかける。そうか~。この世界の片隅か・・。私もそうだ、この世界の片隅で小さく生きている。
その片隅でいろんな出会いがあり、別れもあり、笑いもあり、涙もあって・・。片隅の人生を多くの人が生きているんだ。間違っても世界の中心ではなく「片隅」。この言葉がとても気に入った。
しかし、
戦争は中心だけでなく、そんな片隅で静かに生きている人まで巻き込んでしまうのだ。
だから、世界の片隅で平和に生きられる。そんな世の中が一番いい。
そんなことを静かに願う。

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遺言準備宣言。

ある方に、ご自身の経験から、一言書いた遺言がなかったために、大変苦労したという話を聞き、
ああ、自分が死んだあとに、最もお世話になった人に迷惑をかけてはいけないなと、しみじみ
思った。生きているときは、元気なときは忘れがちで、病に伏したら切り出しづらく、またそんな場合でないかもしれず。
そう思うと、やっぱり遺言は今のうちに、用意しておかねばならない。

わがまま、自分流の生き方をしてきた人ほど、その思いを貫き、周囲に迷惑をかけないように
旅立つには、必要なのである。

「じゃ、互いに書き合おう」。
まだ現時点では書いていないが、書初めのように、互いに机に向かって・・というのを
早くやらなくちゃ。

何があるかわからないこの世の中、人の命の行方はしれず・・。
体験談を聞いて、他人事と思えないことが増えてくるお年頃。

遺言というと、本当に縁起でもないが、そうでもない。
それをかくと、毎日をより大切にできそうな気もする。

とにかく、できる限り周囲に迷惑をかけないで、旅立つこと。
これは、自立した人生を目指すならば、大変な重要なことだ。

今、大変な思いをされている知人のことが早く、落ち着くよう
解決するようにと心から願っている。

うーん、すっきり生きるのはなかなか、難しい。

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愛するニューヨーカーたちへのエール。

NY在住の知人からは、今回の大統領選挙についての落胆のメールが届いた。
彼はヒラリーのことも最適なリーダーとは思っていなかったようであるが
トランプなんてありえないと思っていた。そしてこの結果で、かなり
しらけている。あとは、側近次第だと・・。

それ以上に周囲のニューヨーカーが大変だ。
ヒラリーを圧倒的に支持していたニューヨークはいつもの活気がなく、
とくに若者たちは悲しみに包まれている。

選挙前に、トランプをいじって大人気であったそっくりさん
コメディアン。選挙後のショーは大失敗。
現実を忘れたくて、劇場に来たのに、そっくりさんを
見て現実を思い出し、泣いてしまい、途中で席を立ってしまう
という事態もあった。
笑えない現実・・が、ニューヨーカーたちの前にある。

日本はちょっと他人事で、トランプに関連する本を販売
したり、商魂たくましいが、ニューヨーカーたちには
本当につらく、悲しい結果なのだ。
そう思うと、気の毒にも思う。
でも、前を向いてがんばってほしい。
人間は、誰しも 想定できることや、決まった道をいくのが
安心だ。
でも、本当にこれまでのままでよかったのか?ということを
気づくには絶好の機会なのだ。

メディアの存在についても、政治家の仕事についても、
本当にこのままでいいの?
違うじゃん?読めていなかったでしょ?
とこの現実自体を受け留めるには いい機会なのだ。

でも、抗議する姿勢は素晴らしい、声をあげることは
いい。アメリカの若者も女性も、今できること、したいことを
存分にすればよい。
ただ、人を傷つけたりすることだけは、避けてほしい。
アメリカは民主主義の国であるが、銃をもつ危険な国でもあるから・・。

大好きなニューヨーカーたち。
自分の可能性、夢を信じて、気持ちを切り替えて、どうぞ
がんばってほしい。

違和感は新たなパワーになる。それをプラスの方向に。
愛するニューヨーカーが、あの五番街が、どの人種年齢の人々も
すべて笑って、強く生きられるようにと心から願う。

I LOVE NEWYORK!

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尊敬するリーダーたち

オバマさんはやっぱりすごいと思う。
大統領の資質を十分にもち、最後まで役割を全うされようとしている。
彼が日本のリーダーだったら・・と思ってしまう。
ありえない話ではあるが・・。
人のことを考える、人の立場に立つ、すばらしいリーダーだ。

そして、ヒラリーさん。
彼女も素晴らしい。
敗北宣言での態度は立派で、こちらが泣けてきそうになる。
涙も見せず、そして応援してくれた人たちに感謝と謝罪と・・。
そして何より次代の人に向けたエールは、本当に素晴らしい。
きっと彼女の取り組みを引き継ぐ、若きリーダーは現れるし、そうなるよう
がんばる人もいるはずだ。
一緒に泣いてくれる人がいてくれて、ヒラリーは幸せな人生かもしれない。
それにしても、敗北宣言はトランプ氏の勝利宣言に劣らず、すばらしい。

そして、トランプさん。
私は彼は、きっとやりぬくと思う。
選挙とはキャンペーンだ。勝ち抜くための戦いだ。
そして選ばれた。
次のステージでは世界の大国として。その役割を担うという仕事が
待っている。
世界中、トランプを見たことも聞いたこともなかった人が不安に思っている
というかつてない、想定外の結果ではあるが、
彼は選ばれた。独断でわがままでなれるポジションではない。
だから、きっと彼は変わるべきは変わり、
そしてこれまでにない、いいリーダーぶりを発揮してくれるだろう。

と、そう期待したい。

何かが変わらなければ、何も変わらない。

アメリカはやっぱり好きだ。
日本よりも民主主義の国だ。

私の周囲でも、これからの世界が日本が不安です。怖いです。
という声が聞こえるが、怖がっても不安視しても、仕方ない。
前を向いて、自分の夢に向かって進み始めればよい。

心から拍手できる、ともに泣ける、尊敬するリーダー。
日本にも早く、現れてほしい。

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