文字ではなく、自分の言葉で伝える力。

スピーチライターがいかに美辞麗句を連ねた原稿を書いても
テキストで見ている限りは、一見いい文章っぽく見えるけれども
人が話して伝える以上、顔で見て、耳で聞き、心で詠むため、
文字的に滑らかな作り物の言葉が、伝わるかは別の話だ。

最近マスメディアに登場する、世のお偉い人たちの
中には、自分で話すことを人に考えてもらっていることが
まるわかりで、見ていて少々滑稽で、そして恐ろしくなる。

自分で自力で絞り出した言葉には、厚みがあり、血が通っている。
だから、人々は感動するのだ、応援しようと思うのだ。
言葉の力ではなく、利権やお金の力で伝えることに慣れている
人はコトバの持つ本当の意味を軽視しているか、
理解できていないのかもしれない。

新年からぺらんぺらんの言葉を見聞きする、単語だけが
キーワードっぽく表現されて強調されるけれど、
「それ、あんたが考えたんですか?あんたの言葉ですか?
考えですか?」
と思いながら、冷ややかにスルーしている人々がいることを忘れては
いけないと思ってしまう。

黙っているのは認めているのではなく、怒っていることも
ある。無視していることもある。
美辞麗句を並べなくてもいいので、
一生懸命自力で、自分の言葉で生きようと頑張る人を
とことん応援したい。

文字を暗記して伝えるのと、自分で考えて発する言葉は
その一言一言がもつ力が違う。

自分の言葉。自分の考えがないと発することができない。
もっともっと勉強しなくては。とまず、自分から。

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「安い」は「やすく」ない。

印刷会社で長く働き、コミュニケーションがいかに重要かについて
多く学んだ。それが今の生き方にも大変役立ち、生かされている。
印刷会社は現在、苦境に立たされている。
独自の強みを磨き、生き延びている会社ももちろんあるが、
多くの会社は、安くて速いネット印刷との差別化に苦慮している。
ハイレベルな印刷にはそれなりの設備投資も必要であり、
先を見込んで投資をし続けられる会社は多くないと思う。
価格競争ではネットに負ける。
ネットは安い。しかし、その安いにはわけがある。
人がやっていた細かい仕事を、印刷会社自体はしない代わりに
ユーザーなり、デザイナーなりがやらなくてはならない。
もちろんパソコン操作に長け、慣れている人にとっては
素人であってもネット入稿は難しくないし、
自分のモノの発注であれば、自己責任でネットで安く行えば
良いが、これがビジネスで、お客様が使うものとなると
やすやすとネットを活用するのは、時と場合によっては要注意だ。
ネットならば、年末年始もやっている。と誰しもが思うが
実際にはネットの会社も年末年始は通常と異なる。
なぜ、印刷会社の仕事にはそれなりのお金がかかるのかは、
実際にやってみた人にはわかるが、やらない人にはわからない。
顔が見える営業の安心さ。そこが大変重要であるということを
理解して、ネットを使い分けなければならない。
安いは、結局高いということになることもあるのだから。
顔の見えるコミュニケーション、サービス、人と人の交流こそが
いつの時代も一番満足につながるということを
忘れずにいたい。

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大変なお仕事に手を合わせる。

いつの間にか、ビーフはほとんど欲しないようになり
野菜中心、そして魚、チキン、ごくたまにポークをいただく。
チキンはお肉の中では、一番いただく食品だ。
お肉も玉子もありがたい。美味しくてヘルシーだから。
そして、先日のクリスマスもそうであるが、日本人はフライドチキンが大好きだ。
そして最近では地鶏を育て、地元食文化の発展に貢献されている農家さんも多い。
また、東日本大震災で大きな被害を受けながらも、がんばって復活されている鶏加工企業も
あり、この数年のご苦労を思うと、頭が下がる。
そこのチキンをいただくたびに、会社の皆さんの賢明なる努力が伝わり、
鶏に対する感謝の念も沸いてくる。
一方、最近は鳥インフルエンザのリスクも高くなっており、実際に年末は新潟で
大量の殺処分をされた。
生産者さんもお気の毒であり、またその処分を行う行政関係者も本当に大変だ。
酉年の年賀状に、「とり」にまつわるさまざまな言葉をみつけるが、
この殺処分をされた方ご本人の年賀状を拝見し、頭が下がった。
人間が生きるために、多くの生き物が犠牲になってくれている。
そして、その現場に関わるすべての人の努力があって、私たちは安心安全なものを
毎日いただいているのだ。
世の中には、本当に大変な仕事がある。すべての皆さんに感謝する気持ちを
忘れないでいたい。
いのちを大切にする、酉年にしたい。

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先制、小技、継続で目標に向かう。

人と同じスタートをしていたのでは遅い。一歩先にスタートした方が
ゆとりがもてる。大きなことはすぐにはできないが、毎日小さな努力を
続ける、それもワザのひとつ。
小技を効かせて前進する。
毎日それをこつこつやり続ける。
イチロウ選手が子供たちに言っていた。
「人とちょっとだけ違う努力をやり続けることが大切だ」
その言葉は、私にも説得力がある。

私には私なりのやり方がある。
人にはできないことがあるはずだ。

このブログへの取り組みもそうだ。
気が付けばもう何年書き続けているのだろう。と
思うほどに生活の習慣になった、してきた。

つらいとか、しんどいとか、やってから言え。という話。
やらないくせに、やらない前に言ってはならない。

もちろん「人間だもの」がオンパレードなわが人生。
だからこそ、その反省も込めて
できることを、自分らしくやり続ける、生き抜く。

先制、小技、継続。これなら、できる。

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毎年「今年こそ」の年賀状。

元旦、旅先から戻ると年賀状が、届いている。
手首が痛く、書くのはゆっくりにしようと印刷だけして
まだとりかかれていなかったが、こんなに多くの方から
いただいているならば、早く返信含めて出さねばならない。
1枚1枚、ご家族の写真、人生の記念すべきイベントの紹介、
新たな仕事への報告、新年に寄せる思いなどなど・・
それぞれの年賀状に対する思いが込められている。
年賀状は、日本特有のコミュニケーション文化であり、
ネット社会になっても、この1枚のハガキが届くことを
喜ばない人はないだろうと思うほどに、うれしい存在
である。
もう何年も会っていない方から「今年こそは会いましょう」
とのメッセージ。たぶん、このままいくと一生会えないかも。
と毎年思ったりもする。
なかなか会えない方とは、何かのチャンスや関連すること
がないと、わざわざ会えなくなってくる。
せめて年賀状でという気持ちになってくる。
こうして届く年賀状を見ながら、あ、この人とは今年会って
おかねば。と思ったら即行動を起こした方が良さそうだ。
実際、そのうちいつでも会えるだろうと思っていた人が
他界してしまうこともあるから。
とにもかくにも、自分のことを思い出し、わざわざ大切な1枚を
お送りいただけることに感謝し、
こんなに多くの方に見守られていることに姿勢を正し、
恥ずかしくない1年にしたいと思う、新年である。

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朝市のおばあちゃんの贈りもの

地道に毎日働く人は美しい。コツコツ仕事をする人は素晴らしい。
勝浦という町が今も廃れないのは、朝市のおかげだろう。
全国各地に朝市が今も存在するが、勝浦の朝市はその中でも
海の幸、畑の宝が手に入るユニークなマーケットだ。
一匹一匹魚を焼きながら、1枚1枚お餅を焼きながら、
観光客らに試食をすすめる。
手先も器用だが、それ以上にお口がなめらかなおばあさんたち。
そう、朝市を仕切るのは、おばあさんたちだ。
中でも、今回感動的なおばあさんに出会った。
なんでも勝浦朝市の発祥の地となっているお寺の入り口横に
場所をとって売っているおばあさん。
朝市の中でも、一番いいS席だ。そのおばあさんが竹で編んだ
籠や、お餅や、野菜や、お花をずらりシートの上に並べている。
「おばあちゃんが、せっせと編んだ籠ですわ。」
「おばあちゃんが、毎朝ついている餅ですわ」
すべてのモノがこのおばあちゃんの手により、商品になっているのだ。
花は自分の家に育ったものを採ってきたのだろう。
そのおばあちゃんは、日焼けをしてちょっと浅黒い。
歯はちょっと抜けているが、それを隠すこともなく、
口を開けて笑うと、本当にかわいらしく、このおばあちゃんから
買わねばと思ってしまう魅力があるのだ。
そして、いつのまにか、籠とお餅を買った。
すると、「これ、うちになっていた橙。切って、レモンのように
絞って使ったらいいわ。お餅は冷凍して、食べる日の前に解凍して
おくと食べるときに柔らかくなるよ。おばあちゃんが毎日ついた
お餅だから、おいしいよ」
デパ地下のいかにも売り上手なマネキンより、この人の商品なら
全部買ってもいいと思うほどの、なんともいえない接客なのだ。
夜なべして、早起きして準備をして朝市に向かう。
そして午後は翌日の準備をする・・そんな暮らしなのだろう。

高齢化社会というが、それぞれの町でこんな風におばあちゃんの
出番があれば、町も人もいきいきする。
もちろん、おじいちゃんの出番も作らねばならないが・・。

地道に仕事をするおばあちゃんの曲がった背中を見て
背筋がピンとした。

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細胞にも感謝する、新たな年の幕開け。

新たな年を迎えることができた。

人生の時間は昨日からずっと続いており、切れ目がない。
しかし、より人として充実した人生をおくるための
節目。それが新年の意義だと思う。

朝日を浴びながら、青い空に包まれて、こんなに
元気でいられることに改めて感謝だ。
自分を支えてくださっているすべての人々に。
そして、自分の命が切れないように踏ん張っている
わがカラダの全細胞たちにも。
希望に満ちた毎日を生かしている私のココロにも感謝だ。
と、自分の内面にも光を当てたい、謹賀新年。

さあ、夢を胸に、その実現のために、しなやかに
新年をスタートしよう。

本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

新年のメッセージをホームページでもお楽しみいただけます。

グラン・ルー新春メッセージ

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本日今年最後のオンエアです「愛の元気人」12月分放送

わがラジオ番組、ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」今月の放送は本日12月31日18時~19時です。
今回のゲストはマルゲリータピザが絶品のナポリ新潟の久保田さんと、除雪機リース業のニットクの田中さんです。
年末年始も関係なく、走り続ける新潟元気人の楽しいお話をお楽しみください。
FM KENTO 愛の元気人

本年も大変お世話になりました。多くの皆様に番組制作にあたってのご協力をいただきましたこと、心より御礼申し上げます。
よいお年をお迎えください。

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日本の原風景を見つめ、年を結ぶ


東京からほど近い房総で見つけた棚田風景。
広大な平野に広がる田園風景とは違う趣がある。
この山の向こうは海だ。

寒くも青空があまりに美しい、まるでブエノスアイレスのに空に負けないほどの晴天の年末。
一年を締めるにふさわしい、日本の原風景に偶然出会えたことに感動を覚える。

雪国には真っ白な棚田の風景、温暖なこの地には黄金色の田んぼに後ろにそびえる山の緑が
それらを包む空の青色に見事にマッチして、いずれも自然のすばらしさに息を呑む、
そして、静かにこの一年を振り返り、目を閉じる。

日本には大切に人々に育まれてきた、恵みの風景がある。
○○遺産と言われなくても、ごく自然に普通にこのような世界に遭遇することができる。

初詣も良いが、年末に静かに今年一年を静かに自身と語る時間をしばしもつこと。
そして、すべての人に、存在に感謝しよう。

日本の原風景に出会うとき、人は素直に無欲になれるのだと思う。
おかげさまで今年1年も、364日無事に生きて、今年最後の朝を迎えることができた。

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久しぶりの「座ってはいけない」

電車の中で眠ってしまうことがある。これはどうも、日本人特有の行動のように
思う。世界のバスや電車に乗り、中でうたた寝している人は見たことがないし、
そんな風景は記憶にない。
おそらく、日本がそれだけ安心安全な国であるという何よりの証拠であろう。
ニューヨークの地下鉄の車内で眠るなんて、怖くてできないはずだから。

今年最後の会食を横浜で済ませる。お世話になった方と話しながら、心の大掃除を
しているようなそんな時間でいい締めになる。
4時間も話したか・・。「良いお年を・・」と分かれたすぐ後に、地震の報せ。
ここで電車が止まったら困る。緊張しながら電車のホームに向かう。
大丈夫そうだ。しかも座ることができた。
急に安心したのか、しばらくして眠ってしまったようだ。ほんの瞬間のことだ。
あと数分で乗り換えの駅というところで、記憶が・・。
ふと気が付くと、乗り換えの渋谷駅を出発、すでに大勢の人も降りた後・・。
「へ?今、どこにいる?へ?しぶや~?」
すぐに判断できず、とりあえずそのまま新宿三丁目まで乗り続ける。
あとは大回りして、乗る予定もなかった電車を乗り継ぎ、無事日付変更線前には
帰宅できた。
しまった!と思った瞬間、席を立った。
そう、人間は座ると安心して眠ってしまう。
今回はわずかな失敗で済んだが(以前は新幹線にて眠ってしまい、書類を置き忘れた・・)
電車はお酒を飲んだら、「座ってはいけない」。年末に実に平和な失敗談から得た教訓。

日本は平和だ。いくら平和であっても、緊張しながら帰らなくちゃ。
それにしても、東京は帰る方法がいくつもみつかるという点でも、
凄い町だ。

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