57歳、目指すは高校三年生!

昨日12月3日は、多くの贈り物やメッセージをいただき、本当にありがたい1日であった。1,2,3と覚えやすい日に生んでもらっただけでも、大きなギフトであると改めて感じる。
素敵な色合いのお花のアレンジメントが今年も届き、思わず、本当はコロナさえなければ、行っていたはずのパリのクリスマスオーナメントを付けてみる。
これは、まさしく1年前の12月3日。ルーブル宮内にみつけた観覧車が立つ、移動遊園地の中で求めたものだ。このサンタくんは、フランスの地方の作家さんの木を使ったユニークなアートだ。このサンタくんと目があって、日本まで連れて帰り、ずっと1年間、私のそばにいてくれた。いただいたお花にとても似合う。

この1年を思い出し、皆さまからいただいた数々の応援メッセージを抱きながら、私なりの1年を描いてみる。
57歳になったのであるが、今、私が目指したいのは40年前の自分だ。
高校生の頃。とくに三年生。
ピアノをわが人生のなかでもっともがんばっていた時代だ。
そこを目指したい。
長く生きるのであれば、ショパンを弾けるかっこいいおばあさんを目指したい。
70歳を越えても尚、卓越した素晴らしい演奏活動を続ける韓国人のバイオリニストの演奏ぶりを横目で見ながら、死ぬまで現役で輝くとはどんなに美しいことかと思ったこともひとつのきっかけだ。

とにかくこの1年間は、高校三年生を目指す。
人は意識すれば、なんでもできる。
それを信じている。

多くの愛にあふれたメッセージをお寄せいただいた皆さま、本当にありがとうございました。一言一言が、私にとっての宝物です。

さあ、存分に生きよう。今日からも。

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原点回帰のバースデー。

今日は12月3日。1963年のこの日の夜8時ごろ、地元のお産婆さんのところで、
生まれたらしい。寒い夜だったとか、その時間にプロレスの力道山が・・とか
母が昔言っていたことを、今、思い出す。


今年の誕生日は、なんだかいつもと心持が違う。
親がいなければ、自分は生まれていない。育ってもいない。
このようになったかどうかは別として、ひとりの命、存在として、
こうして生きているのは、親がいてのことだ。
その親たちが、だんだん老化し、人生のラストに向かっている今日。
来年の誕生日に、親はいるのだろうか?生きているだろうか?
ふと、そんなことが頭をよぎる。
であるならば、今日は親に感謝を届ける日にしなければ。
誕生日に親がいるかどうか?なんて、これまで考えたことがなかった。

もともと、誕生日はおめでとう。以上に、誕生させてもらって、生きさせてもらって、ありがとう。と感謝の気持ちを届ける日だと思う。


と、年々その気持ちが強くなっているが、とくに今年は、心身ともに疲弊し、
元気とはいえなくなってきた親たちのことを思うと、
駆けつけてお礼を言いたくなる。

コロナで今、父には会えないが、手紙を書いて、託しておこう。
腰が曲がってしまい、思うように動けなくなってきた母には、ちょっとした美味しいものを届け、一緒にお祝ができれば。
母はよく
「腹を痛めて生まれてきた子」
という表現をしていたことを思い出す。

そこから57年。無事に元気に、幸せに生きてこられたのは、親がいて、そして周囲の皆さまのご支援、導き、ご協力があって・・・。
だから、今日は感謝のバースデー。そして、原点回帰の日とする。

来年も親に感謝ができるように、どうぞ元気でいてほしい。それが今、一番
欲しい誕生日プレゼントだ。

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どんなときも、「変化を楽しめる」人に。

師走になったとたんに、お世話になっている企業の皆さんとの会話、メールとともに歳末感が現れる。
それぞれ、残された一か月を有意義に過ごし、いい1年として結びたいとの思いがあふれている。
それにしても、今年はオリンピックで盛り上がるどころか、とんでもないパンデミックイヤーになってしまい、生活も仕事も、社会全体が大きな影響を受けることになった。今尚、その渦中である。
「消えてなくなりそうもないし・・」、「当分おつきあいしていかねばならないですね」と、コロナとの関係はまだまだ続きそうだ。
対策をしっかり講じながら、前向きに生きることが生きる前提となる。
ある方から、「しっかり対策しながら、そのなかで変化を楽しんでいきたいです」とのメッセージが届く。
この「楽しむ」ということが大切だ。
コロナで良かったこと、気づいたこと、得られたこともたくさんあった。
これを受け入れることが、毎日を楽しむことにつながる。
少なくても、世界は広がった。大切なことの優先順位が変わったかもしれない。
政治家もチェンジとなった。これも、コロナと無縁でないだろう。
何もかもが、当たり前ではないということがわかったこと自体が、
私には、ある意味、楽しくもある。
どんなことも普遍でなく、また可能性が潜んでいるとも受け取れるから、
また、ある一定の縛りから解放されたところでの自由な気持ち・・・もあるから。

だから、今年2020年は、実はさほど、大変だった~とは思わない。
こういう事態を楽しめて、良かったとも思うことが多いから。
まだまだ楽しめそうだ。すべては自分次第。
と、切り替える力、変化を楽しめる力。で閉塞感を乗り越えよう。

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今改めて、KEEP ON

マジシャンの心友は、ブログを見てはエールを送ってくれたり、また他のメディアでみつけたいい記事やコンテンツなど、私に参考になりそうな情報を時折
報せてくれる。
ときには、新聞のスクラップを郵送してくださることもあり
このデジタル時代だからこそ、とても新鮮でうれしく有り難く受けとる。

今回は五木寛之氏が新聞連載で書いていた原稿を引用しながら、「どんなに小さなことであっても、よろめきそうになっても、止まらずとにかく続けることが大切」として、「KEEP ON」という言葉を教えてくれた。

いつも無意識にそうしているつもりであったが勇気付けられたと同時に、しなければならないのにやめていたこともある、と反省。そして、仕切り直し。

人間、確かにいきなり大きなことはできるはずもなく、小さなことからすべて始まる。それを続けるというのは、覚悟も辛抱も、そして意志も必要だ。
たとえばこのブログ一つとっても、毎日続けるということが、今になって自分のプラスになっていると実感する。
どんなことでも、いいことは続ける。やろうと決めたことは続ける。

今日から12月。キープオンの見直しにふさわしい。2020年に悔いを残さないように今日から始める。

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本日11月30日は今年最後の岐阜新聞コンサートDAYです。

コロナで前半は開催できなかった、岐阜新聞本社でのロビーコンサートは、感染対策を施し、なんとか再開。

本日11月30日は、私の出演日です。
2020年最後の演奏会になる予定ですので、心を込めて、楽しい12月が過ごせるように、そして心身共に健やかな2021年に向かえるように、演奏いたします。
(再発気味の腱鞘炎と、あかぎれに負けず・・!)

本日配布する資料をここでもご紹介します。
季節を彩る日本の懐かしい曲から、クリスマスソングメドレー、世界の旅と愛の歌をオリジナルメドレーで、そしてオリジナル曲は久しぶりに、「まどれーぬ」と12月3日に旅立ったザビエルへの思いを込めて、「フランチェスコの夢」
を演奏します。
※本公演、コロナ対策により人数制限の予約制で、すでに満席となっております。来年の予定はHPにて掲載中です。http://www.mahsa.jp

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24時間体制に慣れる日々。

先月からいわゆる警備会社の見守りサービスというのを利用し始めている。
親と別居している人にとって、万が一の場合に、すぐ駆けつけることができない
こともあるため、外部の方の協力を得られるのはありがたい。
もちろん、防犯対策のためのサービスが警備会社の主業務であるが、最近では
高齢者の見守りサービスも、需要が高まっているようだ。
ネットで調べ、二大サービス会社のいずれかで検討。やはり知名度は重要だ。
安心感がある。そのどちらにするか?ということで、今回は、その実際の運営を
地元の警備会社と組んでいる会社の方を選択することにした。
万が一の場合、その会社の支社などから駆けつけてもらうよりも、現場の近くに
サービス拠点がある方が良い。何しろ、15分以内に現場に駆け付けられるというのは安心のひとつだ。
まず、装置の取りつけ。慣れない緊急ボタンの付いたボードを親の寝室に設置する。
まさか、自宅にそのような装置を要する日が来るとは思っていなかったが、
今から思えば電話やネット回線を取り付けるのと同じことだ。
緊急時にボタンを押せば、すぐに駆け付け、必要な場合は救急車も手配してくれる。そして、トイレの利用が12時間ないと自動的に出動してくれるサービス。
これはトイレのドアにセンサーを設置。
まさか、12時間トイレに行かないなんてない・・だから、行かない場合は要注意
ということだ。
そんなこんなで、サービスが開始。
ひとり暮らしの母も、緊急ボタンがベッドの脇について、ちょっと緊張?。
さて、サービス開始後、2週間ほど経つが、まあいろいろあった。
機械の設定も不安定で、何もしていないのに音が鳴ったり、そのたびに母が反応して、間違ってブザーを押したり、12時間トイレが利用されていないと夜中にこちらの携帯に連絡が入り、警備員さんが出動されたり・・・。
こちらも24時間関係なく、連絡が入るので、最初の電話はさすがにドキドキしたが、だいぶ慣れてきた。だいたいかかってくるのは夜中、未明・・。
母も12時間トイレに行かないと、警備員さんが夜中に家に来るのに驚き、さすがに懲りたようで、寝る前にトイレに行くよう、生活習慣を見直しつつある。


そんなこんなで、警備会社のサービス担当の方からお電話いただく機会もあり、
その対応ぶりには頭が下がり、また感心もしている。
いろんな方にお世話になって、見守っていただいて・・・。
ありがたいことだ。
警備会社から、その会社のシールをいただいた。なぜか多めに用意されていた。
「よろしかったら、ご利用ください。貼っておくだけでも、抑止力がありますので」
なるほど、警備会社のステッカーってすごい威力だ。確かに。

と、24時間体制の見守りに関わりながら、これまで知らなかった業界のサービスを日々勉強させていただいている。

このサービスを利用しているのは、万が一のためであるが、もちろん、その日が来ない方が良い。

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定年から夢を追う!

ここのところ、会社勤めをされてきた同世代で、ちょっと年上の方々より、定年後の相談や、内輪話を聞かせていただくことが増えてきた。

定年までカウントダウンの限られた時間を残し、いかにいい置き土産を用意できるかと、定年最後の日まで、長年お世話になってきた会社に何か残しておかねばと、頑張っておられる方もおられて、その志は、本当に素晴らしいことと、頼もしく思う。会社員である以上、そうありたい。

同時に、定年後何をするか。雇用形態を変えてでも、慣れた会社に引き続きお世話になるのか、別の世界に進むのか。この高齢化社会、60代から再スタートという方もますます増えている。働かずにはいられない事情もある。

20代前半、新卒で入社し、転職をしたことが無い場合、定年後の新たな就職には勇気と覚悟が必要だ。

最近話をする人は、その状況にある方が多い。ずっと同じ会社で、役職が変わってでも、違う仕事でも・・・というよりも、違うことをしたいという方が多い。

「せっかくの人生だから、全く違うことがしたい。」そうだ。

確かに、長年慣れてきた会社で元部下である、若き人とともに、あるいはその下で働くのは、難しい一面もあるかも。相手もやりづらいかもしれない。
とお互い気を使って、関係が難しくなることもあるかもしれない。

ある人は、一年後に迎える定年後、自分本来の「夢」に向かって頑張ってみようかなと言われる。何になりたいかと尋ねると、ちょっと照れながら、学者かな。との答え。

いいじゃん。ーこれから好きな歴史や文学を勉強するなんて、かっこいい。これからですよ!

とかつての先輩の背中を押してみる。
会社員としての生き方しかない。そんなことはない。
人生、いろんな生き方ができる、その中に働き方も含まれる。
人生一度きり。悔いないように、元気なうちに、意欲があるうちにチャレンジ!
改めて定年のない自分も、もちろん、同じ。


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あの空の下に眠る、神の子。

サッカーというスポーツは貧しい国ほど盛んであると聞いたことがあった。
ボールひとつで大勢ができるから、そのほかにいろいろ道具が要らないから。
ルールもわかりやすく、見ている人も楽しめるから。
世界には、お金持ちが嗜むスポーツもいろいろあるが、サッカーが世界でも最も人気の高いスポーツになったのは、そのような背景があると思う。
だから、アルゼンチンでもサッカーが盛んなのだと聞いたことがある。

マラドーナ。
私はサッカーに詳しくないけれど、ブエノスアイレスに行くと、マラドーナのグッズが社会運動家チェ・ゲバラやエビータ妃のグッズと同じように、町なかで販売されていたし、まさにアルゼンチンのヒーローとして、会話の合言葉にもなっていた。日本でもアルゼンチンの話をするときは「マラドーナの国ですね」という会話から始まる人も多かった。

スポーツのすばらしさは、貧富に関係なく、人々に純粋に夢を与えることだと思う。そういう意味でも、アルゼンチンの人々に、マラドーナは夢を与えた。
将来ああなりたい。と思った少年は、数多いるはずだ。
経済効果が取りざたされる、オリンピックに夢は感じない。
純粋にスポーツを楽しむ。熱狂できる。ここが重要だ。

マラドーナの旅立ち。
ブエノスアイレス市内の大統領府に安置された棺に、墓地に向かう道に、大勢の市民が別れに駆けつけたという。まさに国が喪に服す3日間。
コロナで苦しむ、そして度重なる経済の悪化にあえぐこの国に、つねに夢を与えてきたのは、
この神の子といわれる、マラドーナだ。

アルゼンチンタンゴとサッカーへの熱狂。
いずれも生を、情熱を感じる。

人々に夢を与える存在になる。素晴らしいことだ。
そして、あの国から、第二のマラドーナが誕生する日を願っている。

この写真は、以前訪問した、ブエノスアイレスの郊外にある、 Jardin De Pas

というお墓の写真。美しい静かな墓地であった。わが尊敬するアストロ・ピアソラがここに眠っていると知り、足を運んだときの大切な写真。なんと、この墓地にマラドーナも埋葬されたようだ。熱狂と夢を世界に与えた、ヒーローの存在に敬意を表して・・。
いい空気・・という意味のブエノスアイレス。今日もきっと青く澄んだ素敵な空の下、あの紫の花ジャカランダが咲いて英雄の眠りを微笑み包んでいることだろう。

世界で一番遠いけれども、心ではもっとも近い、愛する国ブエノスアイレスに愛と祈りを込めて。

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世界への扉を開けてくれた上司へ

この季節は、わくわくすることも多いが、まさかの報せが舞い込む時期でもあり、内心どきどきでもある。
静かな秋の夜、1枚のはがきが届く。喪中はがきだ。
心臓がとまりそうになる瞬間である。

30年前に、初の海外出張(初めての海外渡航)のチャンスを与えてくれた上司が、11月8日に亡くなられていたとの報せが届いた。
つい最近のことではないか・・・。
2年前までは、年賀状が届いており、毎回、手書きで近況やエールのメッセージが添えてあり、いつか会いに行かないと・・とずっと思っていた。
住まいを名古屋に移したあとの年賀状には、「ふるさとが近くなりましたね」
と書いてあった。

この方のおかげで、私は25歳でNYに足を踏み入れる機会をいただいた。もし
あのチャンスがなかったら、このような人生にはならなかったと思う。
マーケッターだったら、NYには行っておくべき、若いうちにいろんなものを見聞してくるべきと、当時女性の出張が稀であった時代に、背中を押して社内を説得してくれた。
今思い出せば、当時の海外出張、とくに視察が多い出張の場合は、なぜか上司たちがお餞別?までくれた・・という不思議な慣例もあり、今思い出すと懐かしいが、とにかく25歳の若き時代に、世界への目が開かれたことは、この上司のおかげである。
「あんたが行くべきだ」
あれから、30年以上、影からずっと見守ってくださっていた。
そういえば、一度、お宅にもお邪魔したことがあったと思う。

今、書きながら、当時を思い出し、しみじみ感謝の気持ちが湧き、
涙があふれてくる。

82歳。親たちと同世代だ。
このコロナ禍で、人生を終えていく人生の先輩たち。
心から感謝し、ご冥福をお祈りする。

こうやって大切な人たちが、旅立っていかれることが悲しいが、あらがうことが
できない。
だから、今できることを、ちゃんとしないと。

人生には、いろんな局面で自分を支えてくださる多くの方がいてくださることを
絶対に忘れてはいけない。
そして、遺された者が、いただいた教えや贈り物を忘れずに、しっかり元気に生き続けること。




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正面コミュニケーションのすすめ。

世の中には、いろんなカップルがいるが、そのコミュニケーションの取り方はまさに千差万別だ。
コミュニケーションのスタイルに、プッシュ(PUSH)型とプル(PULL)型があるとすると、
前者は自発的発信型であり、自分から相手に働きかけていくタイプで、
後者はどちらかというと、受動的受信型。聴く側であり、自分から発言したり、自分の意見を先に言わず、相手の顔色をかなり見ながら・・というタイプ。

カップルがプッシュ×プッシュだと、お互い言い合って喧嘩が絶えない。
そして、プル×プルだと・・・。これもなかなか難しい。
お互いに自分から言わない。思っていても言わない。顔色見て勝手に想像して
さらにプル状態になり、心の距離が広がっていき・・・疎遠になり、ある日突然パンク!ということもありえるからだ。

いろんなカップルに出会ってきて、また自分のことも棚におかず、考えてみる。
どんな組み合わせが理想か?
そこで思いつくのが、「プッシュ×プル。」
両者がプッシュ×プルならばよいのでは?一方が話したいときは、一方がよく聴く。あるときは、逆になる。
時には聞き役。ときには言う役。そして必ず聞いて反応すること。
無反応は、絶対しない。

逃げたり、あきらめたりするのは、せっかく出会ったのにもったいない。
ということで、世のカップルには「正面コミュニケーション」 を提案したい。

私が出会うカップルとは、単に男女の・・ということだけでなく、共同経営者であったり、公私ともに協力していかないといけないケースも
多いため、とくにそんなことを、あえて提案したい。
言わなくてもわかる。の過信は捨てて・・・。
プッシュ×プル。自分もこれを実践していこうと思う。

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