同じ作品を観て、感想を言い合うことはとても勉強になる。一言で感動し、涙を流してもその感じる部分は、人によって違うからだ。
たとえば映画を観る。私はその舞台となった場所をより理解したい、時代を理解したいと思ってみているため、当然、その中身について感動をする。
また違う人は、同じ作品を観ていても「ストーリーはいいけど、お金がない映画なんだね。映画としての豪華さがない」という感想を聞かせてくれる。
ストーリーも、演出もすべて感動・・。もちろん作り手の意図もあり、受け手とそれが同じでない場合も多いため、完璧な感動を創りだすことは難しい。
映画を観ながら自分のライブのことをずっと考えている。
思いを構成する。演奏する。盛り上げる。圧倒的な技術力はないが、自分なりの思いで自分らしさでもってまとめたいと思う。
人はどこに感動してくれるのだろう。
プログラムも会場ももちろん演奏も・・・。まだまだ考えがまとまらないまま、時間が経っていくが、いろんな作品を観ながら、作り手、伝え手と、受け手のいい関係づくりについて、もうしばらく模索するとしよう。
ストーリーに感動?演出に感動?
牛さんは休みがないですから。
最近、応援している酪農家さん。新年早々もお会いした。
これまで新年のあいさつ、会話では「お正月はゆっくりお休みになれましたか?」
というのが通常だとある意味あたりまえとも思っていた。
だいがいの企業、個人はお休みというのが正月三が日。もっとも最近はコンビニは無休であるし、デパートやスーパーも元旦から営業ということで、正月のありようも変わってくるが、それでもおおむねお休みという理解をしている。
今回、酪農家さんとの会話。家族経営で普段から大変お忙しいのを知っているだけに
お正月ぐらいは・・と思い、「お正月は少しは休めましたか?」と声をかけたら先方さんはにやっと笑い、「いやいや、牛さんは休んでくれませんから、元旦から通常どおりですよ。」とおっしゃった。私はとても恥ずかしくなった。
そうだ。搾乳という仕事に休みはないのだ。毎朝起きる、食事をする・・・といった日々の生活と同様に、乳搾りも毎日の日課なのだ。
しかも1日1回ではなく、朝夕と2回。多いときは3回のときもあるとおききする。
今、酪農業界は大変ときく。飼料の費用が高く、また製品の性質上、日持ちがしない。売れなければ廃棄するしかない。牛乳1本買う金額に見合わない労力もお金もかかっているのがこの酪農の仕事だ。
それでも、皆さんで力を合わせてがんばっておられるその前向き、ひたむきな姿に頭が下がる。
後継者不足にも直面するこの世界。そのなかで奮闘される今回ご一緒させていただいている酪農家さんのことを、今年もより一層応援し続けたい。
人間さまも、うかうか休んではいられない。
「おかげさま」で、やる気倍増。
新年もやっと普段モードになり、落ち着いてきた。(と思っても、また三連休ではあるが)出張も再開、新潟も3週間ぶりで、その間に例年よりはあたたかいが、それでも季節の移ろいを感じつつ、寒さの中、県内各地を巡る。雪が少ないなと思いながらも手が凍りそうになりながら、白い息を吐きながら企業さんとお会いする。
年末年始に考えていたアイデアも含め、あれこれと話をする。あっという間に3時間、4時間を過ぎる。
その時間内に、やることが見えてきたり、物事が整理できたり・・・とにかくひたすら前進しなけれがならない、しかも経営と現場仕事と両方しなければならない、そんな中小企業にとっては、整理する時間はとても必要、しかもそれは新年がいい節目となる。
しゃべり疲れるほど話したあと、相手がぐんぐん前のめりになり「これ、すぐやりますね!ありがとうございます。自分が思っていたことがそれなんです。ありがとうございます。」と興奮気味に、元気に言ってくださる。そして別の企業さんからは「おかげさまで、いい感じになってきました。引き続きよろしくお願いします!!」
とメッセージをいただく。また違う方からはこちらが添削した文書について「おかげでわかりやすくなり、よくなりましたよね。反応が楽しみです」との声をいただき、安堵する。そう、仕事は相手から反応があること、そして「おかげさまで」と言われることは一番のやりがい、歓びだ。
また今年もそんな仕事がスタート。まだまだ続けたい。やっぱり、喜んでいただける仕事は気持ちがいい。
反対回りにすれば、どう?
久しぶりにアルゼンチンに出向きたいと思う。リスボンにも行きたい、ボンにも・・。作品を作りたい、作った作品を届けたい・・と日々いろんな思いが沸いてくる。よく利用してきた航空会社の料金を調べると高い!どんどん高くなっている、うーん、これでは・・。
そこで発想を変えてみる。違うルートで行けばいい。ネットは便利だ。調べてみると信じられない行き方や提供価格が出てくる。
こんな行き方があるか、そうか・・。
思えば南米に行くのには、まず東向いていくということしかこれまだ考えていなかった。東へ行き、南下する。という流れ。
それを西に行って南下する。という発想にすると、全然違う世界になる。
面白そうだ。なんでも今、中東社会の航空会社が熱い。アフリカに行くわけではなく、ましては中東を目的地にすることはなかったので、考えてもみなかったが、いやいや面白い会社がいっぱいある。もっとも中東社会では一部危険もあるため、よく用心して行かねばならないが、反対周りという発想に今回気づけたことがよかった。
地球は丸い。それをもっと実感すればいい。
決まったルートしか通らないないよりも、知らない世界に目を向けることはやっぱり興味深い。もちろんこれまで以上に気を付けて行動せねばならない。
どこまでも自己責任で!
そう困ったとき、煮詰まったときは、反対周りで考えてみよう、やってみよう!
いい方法がみつかるかもしれない。道を変えたり、角度を変えたり、方法を見直したり。目的があれば、そこにたどり着くには必ずいい答えがあるということだ。
エレベータで見かけた監督の背中
昨年から絶対に長崎市でコンサートをするんだ!と心に決め、本格的に場所探しをしていた。
何度か長崎を訪問していたが、4月2日の朝だったか、新潟からわざわざ長崎訪問してこられるとある社長さんとの待ち合わせのため、長崎駅に向かうとき、宿泊先のホテルのエレベータでたまたま乗り合わせたのが、あの山田洋次監督とスタッフらしき青年。
いきなり密室でそんな著名な方とのち合わせるとはびっくり。うりふたつに見えるがご本人かな?さすがに声をかけることはせず、勝手にどきどきしていた。その二人はエレベータから降りたあと、そのままホテル前からワゴン車に乗られ、出発された。
きっと監督に違いない、長崎でロケかな・・。あまりに普通で自然体でテレビで拝見するそのままのお姿に絶対本人だと確信しながら、なんだかわくわくしながらそのまま新潟の社長さんと合流、長崎の原爆ホーム訪問、被爆者の方にお会いしたり、その後コンサート会場探しに奔走し・・・そしていつの間にか、そんな瞬間のサプライズのこともしばらく忘れていた。
そしてその後、何か月かしてから、山田監督の指揮により、終戦70年、松竹120年を記念した長崎を舞台にした、大型の作品が完成したということを知る。それが現在上映中の、「母と暮らせば」である。
あの春にお見かけしたときは、きっと監督はこの作品づくりのため、長崎に来られていたのだと思ってはいたが、この大作だったとは。
と、エレヴェータでの勝手なご縁があったもの、惨すぎる原爆をテーマにしたその作品を積極的に観る勇気もなかった・・。
しかし来る1月25日長崎でコンサートをやるにあたり、いろんな長崎を自分の中にもっとれておく必要があると思い出し、映画館に向かい、そしてその作品を観た。
約二時間。最初から涙がとまらない、映画を見てこんなに泣いたのは久しぶりだ。そうだ、長崎の原爆資料館へ行ったときもずっと泣いてしまう。言葉にならない悲しみでいっぱいになる。その感情と同じものがこみ上げてきた。戦争が巻き起こした恐ろしい現実は、さまざまな人々のかけがえのない人生を瞬時に踏みにじるだけでなく、その影響は今日にまでおよび・・・しかもそのあってはならない惨い歴史は70年という時間のなかで風化してしまう。そんなタイミングに誕生した作品なのだ。
そしてあの場所、あの角度、あの教会の屋根・・と自分にとって記憶に新しい場所がところどころに登場し、悲劇のリアリティを実感もした。
山田監督はこの作品にどんな思いを・・・?とあれこれ私なりにあれこれ考えてみる。とても簡単に言葉にできないが、この悲しい現実を忘れてはいけない。風化させてはいけないという強いメッセージを確かに受け取ったということは間違いない。
あのエレベータでお会いした日の朝、監督は何を思い、どこへロケに出かけられたのだろうか。
映画監督という仕事は大変な仕事であるが、思いを作品にする!究極の芸術であり、何よりも強いメッセージを発信できる総合的な芸術、コミュニケーションツール、メディアであることを改めて知り、作品以上にその仕事ぶりに感動する。
長崎・・・映画を観て改めて、この町をもっともっと大切にしたいと思った。
吉永小百合さん、改めて素晴らしい女優だ。昭和という時代がどんどん遠くなっていくが、監督や女優のこの素晴らしい仕事を風化させてはいけない。山田監督の背中を、今改めて思い出す。
リズムを変えつつ、また整える。
先の投稿でも書いたが、新年になり、思うところあって購読紙を変更してみた。紙面が良いと思っての選択であった。
しかし、実はその新聞、配達時間が前の新聞とかなり違うことにとってみて気づいた。そりゃそうだ。販売店の所在地も違えば、回り方も違うのだから、まったくあたりまえの話だ。
しかしこの新聞の配達時間が変わると1日のサイクルが変わってしまう。
今までは4時を目安に届いていた。今は5時半だ。待っている時間がもったいない。と3日で我慢できず、結局、前とっていた新聞のひとつを再度申し込み、配達してもらうことにした。
新聞の宅配時間が1時間半変わることで、朝の動き方が変わるとは思わなかった。新聞は目覚めの一口アイスと、淹れたてたてのコーヒーと同様、覚醒作用があるため、やっぱり早い方が良いのだ。
と、新年早々いろいろやってみるが、自分のリズムというものを考えながら微調整が必要だ。ま、何事も試行錯誤。さらに今回、購読紙を変えてみて改めて気づくのは新聞とは記事内容だけでなく文調・文体というのも各社特徴があり、読み比べるとその違いがよくわかるということ。格調高すぎず、心に響く文章が読みやすいと感じる。
コトバや文字で伝えることの難しさを朝から学べるのはありがたい。いずれにせよ、朝はやっぱり早いのがいい。
「生質」を高める努力。
売上市場主義。利益追求。もちろん生きていくうえでの経済活動は不可欠であるが、数字だけを追い求め、それが成功だというのには違和感をもちはじめたこの数年。もともとその考えは自分にはなじまなかったが、ここ数年でさらにはっきりしてきたというところだろうか。
お金以上の価値を求める生き方。という言い方もちょっといやらしい感じがするが、生きている以上、生きている値打ちがある人間になりたい、すなわち人に喜んでもらえる人になりたいという願望。
生活の質「QOL」という言葉はすでに四半世紀以上前から存在しているけれど、日々の生活ではなく「人生の質」をもっと意識したいと思う。
最近、この自分の十数年の動き方をふりかえり、両面を見直してみる。
ポジティブであればあるほど、ネガティブな自分も透けてみえることもある。また若い時代は、消費することの欲求が高かったとも思う。入れては出し、出しては入れる。よく働き、よく消費しという現代社会の経済サイクルには少し貢献してきたかもしれないが、気が付けば不要な消費もいっぱいしてきた。
情報に振り回されてはいけないと生きてきたつもりが、まだまだぬるかった。
今は人生の後半に向かって、やり残していることをしっかりやらなければならない。そのための努力をゼロから始める必要がある。今、ミニマリズムという生き方も支持されているようだ。その考え方も少し理解できる。
新年とはありがたい。自分の人生を真剣に問う機会を与えてくれるのだ。
自分の人生の意味は?価値は?質は?よく生きるということ。まだまだ尊敬する先人たちの足元の影にも及んでいない。
質を大切に。と毎日自分に言い聞かせよう。朝目覚め、夜眠るまで。
すべての質。こだわれば、瞬間の質をもっと大切にすればそれがすべて一期一会になるはずだ。
本年度ライブツアー最終会場に賭ける思い
通常業務開始。先週と同じ1週間のはずなのに、暦が新たになり、どこか空気も新鮮な感じだ。春のような気候である点を除けば、穏やかな今年のスタート。
1年は12月31日までであるが、年度でいえば、3月31日までがひとくくり。
本年度のわがライブツアーもまだ完了していない。今月1月25日が最終回。場所は初開催の長崎だ。なぜこの地でコンサートをしようと思ったのかの原点に立ち返る。
ザビエルの曲を創ると同時に、日本でのキリスト教の歴史に興味をもち、長崎という町に興味をもったのがきっかけ。ひとたび訪れ、この和華蘭、ちゃんぽん文化がいかに自分に合うかという文化的な興味とともに、深い悲しみや苦しみの歴史の中から生まれる強い精神性なるものも学び、自分の生き方に大いなるインパクトを与えてくれた。歴史的にも社会的にも興味深い町のひとつとなった。
美しい夜景ももちろん、魅力のひとつであるが、同じ日本国なのに異国を思わせる「みなと」町、この地で演奏してみたいと2年前から思っていたのだ。
最初は冗談のように人には夢物語のように話していた。その後、何度か訪れるうちに、いろんな場所を調査し、紹介もいただき、あたってみた。
そして出身でも住んでもいない、また知り合いの数も少ない長崎で、なんとかコンサートを開催するという夢が現実のものとなった。
集客には他会場とは違う工夫もした、長崎の人にはもちろんであるが、長崎に興味がある方に足を運んでもらうきっかけになれば・・。など、いろいろ試行錯誤、すべてがドキドキはらはらだ。
この初経験をやり遂げてこそ、自分は次のステップに進める。
まずは、やり遂げること。そして長崎に新たな縁を創ること。
想うだけではかなわない。動いてこそ、夢はかなうもの。
当日まで気持ちを集中させ、新天地に向かいたい。
と自分を追い込むことで、通常モードになってくる。
年賀状では、感謝とエールを贈りたい
今年も多くの年賀状をいただいた。何度も見ながら、その人のことをいろいろ想像する。その人の1年はどうだっただろうか。自分との関わりは?などなど・・。
内容的には、自分の仕事の近況、家族の成長ぶり、ビジネス的儀礼的なもの、作品のようなもの、干支にまつわるもの・・年始の案内などなど・・・カード1枚にそれぞれの思いや情報が詰まっている。それを通じて、その人がどういう気持ちで年賀状をとらえているかも透けてみえて、大変面白い。
そのなかで印刷してあるハガキであっても、ほんの一言でも自分だけに向けた言葉が入っているともらう喜びが倍増するものだ。
昨年の郵便局の年賀状のキャンペーンスローガンは「年賀状、ください!」だったかと思うが、いただいてうれしいのは、自分に寄り添ってくれていることが感じ取られる1枚だ。
感謝の言葉であったり、応援であったり、期待であったり・・。その一言が受け取る相手にギフトになるのだ。
「いつもパワーもらっています。」「今年こそ会いたいです」「子育て落ち着いたらライブ行きたいので続けてください」・・・・今年いただいたメッセージは、ありがたく今年走り出すためのエネルギーとしよう。
相手が元気になる、幸せになる言葉をかけたい。ちょっと遅いけれど、続きを書くとしよう。
ありがたい1枚のそれぞれに感謝を込めて。
新聞の宅配サービスに感謝。
毎朝早く、新聞が届くのはとても幸せなことだ。コーヒーを淹れながら、飲みながら大きな紙面をめくっていくのは、いつの時代も楽しい。タブレットでももちろんみられるけれど、宅配される新聞というのは、朝の習慣としては最高のギフト!という感じがする。以前、とある著名新聞社の記者に新聞販売店は偉い!配達している人は偉い、応援しなくちゃ!と言ったところ、「昔、配達でもしていたの?」と言われ、その言葉にとてもどういう意味かと、大変驚いたことが今も鮮明に残っているが、新聞配達というサービスは日本に固有のありがたいサービスであり、配達がなければ新聞は日本でここまで普及していなかったはず、そこを忘れてはいけない。だが残念なことにこのしくみは、このネット社会のなかで衰退しているし、これからはもっと大変になるだろう。でも、この朝の楽しみを知っている人にとっては、なくなってほしくないサービスだと思う。時々、購読する新聞を変える。一定期間、読み続けるとその紙面への飽きもあるし、奢りを感じてしまうこともあったり、そんななかためし読んで共感する紙面をみつけると、ブランドスィッチしたくなる。それも面白いこと。半年読むとだいたいわかる。仕事で必要な新聞もいいが、人間として勉強になる紙面も良い。またジャーナリストとしての意気込みが伝わる紙面は魅力的である。たんなる知識を知っているエリート的な記者が書くよいこ新聞よりも、自分の目で世の中をきちんととらえている社会派的な記事は好感をもつ。体制に媚びない姿勢も大切だ。
ということで今回また新聞を変えてみる。配達される方ももちろん変わる。
今度の新聞店は外国人のスタッフが多いようだ。東京で生活するのに新聞配達をやっている外国人の人と初めて話した。皆さん必死だ。集金もなんでも一人でやるようだ。がんばっている外国人労働者の方、がんばっている新聞配達店。どちらがんばってほしい。日本独自の習慣をこのような方たちが支えてくれているということを、
一読者としてもっと感謝したい。日本中の新聞配達の皆様、元旦からお疲れ様です!
上記に書いた新聞記者から「新聞配達では犯罪も多くなっているよ」とも言われたが、その見方だけではなく、自分たちの給料を稼ぎ出してくれているのは広告主だけではなく新聞配達の人たちでもあるのだから・・・ということで、新聞の普及を長年支えてきてくれたこのしくみに心から感謝し、大切と思うものを大切にできる1年にしたい。ニュースペーパーという存在がいつしかなくなり、オールドペーパーにならないように。