知的で熱い、良質な関係を育むTokyo。

東京での約四半世紀。
とにかくよく動いた。自分の心身も、そしてお金も物も・・。
ぐるぐる回った二十何年。飛行機も新幹線もその移動距離を
考えたら、地球一周どころではないはずだ。
とにかく、動き回った。
そう、私なりの小さい世界であるが、活発な経済活動があった時代。
東京とは、仕事をし、消費をする場所だ・・・。
そして多くの新しいもの、人、企業と出会い、そこでの化学変化を楽しんで・・
そんな場所だと思っていた。

この間に出会った人はおかげさまで数えきれないほど。
でも、今でもずっとつながっている人は、その何十分の一か。
出会うけれども、その分自然消滅していく感じだ。

このほど東京の見方が変わった。
仕事をする、お金を稼ぐ、消費をする・・新しいモノに出会う。
そう思っている間に気づかなかったことが、今少し離れて
見えるようになってきた。

東京は、「勉強の場」として素晴らしい。
一流の学校、先生がそろっている。
自分の興味関心に合ったが 豊富にある。
自分の問いへの解が見つけやすい。
京都もそれに近いが、東京はまた違う意味で学び舎として
素晴らしい。
そして、アート面でも刺激を得られる素材が
無限にある。

学ぶ。知的なものに触れる・・・このことへの
欲求が離れてみて、より強くなった。
ああ、もっと勉強しておくべきだった。
ビジネスのことだけでなく、もっとアカデミックなこと
本質なこと・・・を学ぶにも選択肢が豊富なのが
東京だ。

今、東京に通いながら、学びながら、
新たな出会いを楽しみながら、育みはじめている。
アカデミックな話題、探究がともにできる人、
知的な刺激を与えてくれる人・・・
そういう方たちが、東京にはたくさんいる。

少し違う目で、今、TOKYOを見つめ直している。
決して、ショッピングやグルメが東京の本来の
魅力ではない。

ああ、もっと早く気づいておきたかったけれど
今からでも遅くない。

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よく生きる人、名言を遺す。

星野仙一さん。あまりに早すぎる一生であった。
ご存命のときは、特別に注視することもなく、
熱きリーダーとして。男のなかのオトコらしい生き方を
実践される方という印象で、
つねにジャイアンツに対抗されている人だなあ~という程度の
認識と興味であったが、
亡くなってから、改めて遺された言葉に接し、
すごい人だったんだな~と、今さらになって惜しむ気持ちが
高まってくる。

子供の頃、喧嘩に負けて泣いてかえってきたら、
お母さまに(お母さまは女手ひとつで星野さんを育てられたらしい)
「負けて泣くぐらいなら喧嘩するな。やりかえしてこい」
と怒られ、そこから性格が一変し、ガキ大将になったそうだ。
そして、その後野球人生においても、常にプレッシャーを自らに
他者に与え続け、そのプレッシャーに打ち勝つことで
気楽がある。プレッシャーなしに楽しみは味わえないとも教えた。

闘争心を常に、持ち続ける、与え続け、自分に打ち勝つこと
の大切さを全身全霊で伝える人であった。
「野球は、お客さんにとっては遊びでも、こっちにとっては
仕事なんだ!」という言葉も選手たちに刺激を与えた。
そして、
「強気をくじき、弱きを助ける」
この言葉どおりに生きた人だった・・。
などなど、学ぶことがあまりに多い。

野球とはまったく違う道を歩いているが、今の自分自身にも
染み入る言葉が多く。
なんて、プレッシャーのない日々を送っているかと
自らを諌めたくなる。

あまりに早く亡くなった。
生きているならb、あんた、もっと戦えや。
と言われているようだ。

よく生きた人こそ、生きた言葉を残す。
カンタンな言葉なのに、深く全身に染み入る。

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改めて、哀悼の意を捧げ・・・。

先日、お亡くなりになった、西部遇さんのことがずっと頭を離れない。
最後の著作を斜め読みしながら、これを発言され、発信される意図は・・と
勝手に想像しながら、本当に惜しい方を失くした、そして、死まで含め、
人に影響を与えるというその人生について、私なりの敬意を表していた。

そんななか、先生の自死を助けた人がいた・・・という衝撃のニュースが
舞い込む。逮捕ということでの報道である。
確かに手が不自由なご本人、自死することも難しい状況だとは思っていた
のであるが、この話題がトップニュースになることにもショックで・・。

さて、以下はまったくの妄想で書き連ねる。

もし、
私が西部先生だったら・・・。
自分で死を選び、そうしたいと願ったときどうするか。
誰かに相談するか、相談できる人がいるか・・・。

もし、
私の親友、もしくはもっとも尊敬する人に「死にたいけど・・・」
と相談されたら・・。

手伝うことができるか?かなり、勇気がいることだ。
もしくは、自死しないように 
「お迎えがくるまで、がんばって生きましょう」
となだめ続けるのか・・。

どちらが、親切。どちらが友情。どちらが???

とても難しく、深い問題だ。

単なる三面記事(この表現はもう古いが)的な話題で
終わらせてはいけないし、
本人と、そしてそのご家族のことを大切に
取り扱わなければならない。

とてもつらい話題だ。

いずれにせよ、本当は自分で死ぬならば
人に迷惑をかけてはいけない。
でも、自分でどうすることもできなかったのかも
しれない・・・。

と、こんな投げかけも含め、西部さんは、
残った者たちにメッセージを与えているのではないか。

以上、まったく面識もなく、おつきあいもなかったのに
妄想に妄想を重ね、勝手に綴って申し訳ない・・。

改めて、心からのご冥福をお祈りし、
そして、この逮捕というニュースが静かに早くフェイドアウト
されていくことを願う。
もちろん、心の中で、静かに、西部さんのご冥福を
祈り続ける。
この死生観、私はとても理解できす。
だからこそ、今回の悲しいニュースは
は忘れられない教訓として、生き続けるだろう。

娘さんのコメントに涙が出る・・。
ほんとうにお父さんのよき理解者でいらっしゃったのだと
思う。

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「なんとか映え、せーへんのですわ」

京都のとある商店街の角っこにある、お酒も食品も販売している
私からみると、ちょっとこだわりの良いお店。
そこのお店の魅力は、立地や、歴史や、たたずまいや、
品揃えや・・・全部バランス良いのだけれど、一番は
そこのマスターだと思う。
あえて、マスターと呼びたくなるアラフィフのおにいさん。
元印刷会社の営業マンというところも、私としては親近感が
湧くポイントである。

さて、そのマスターのお言葉はいろいろ楽しい。
「お笑い系の取材は断ってるんですわ~。うちの商品、
全然おもろないですし、きてもろても困る」
「ホームページもないし、ツィッタ―とかもやらへんし、
なんとか映えも、せーへんし。そういうのはいらんのですわ。」
と言い切るその感じがとてもいい。
といいつつ、お店の前には手作りのウェルカムボードがあり、
見事につられて入ってしまう魅力がある。

常連さんがおいでになると、
「〇〇さん、おいでやす」
と名前をいって挨拶をする。これはなかなか見ない。
そしてそのお客さんがいつも何を買うのか覚えておられて
その商品があるとかないとか、
食べすぎたらあかん、健康に悪いとか・・・
まるで家族のように、やんわりと一言声かけておられる。
この接客。
ある意味、ほんまもんの京都人のおもてなしであり、
すたれていく商店の中で、残っていくお店のモデルとして
納得してしまう強さがある。

とにかく、あじわいあるマスター。
名刺交換をした仲なので、早速訪問お礼のメール。
するとすぐ返信をいただいた。
なんとか映えもしなくていいし、つぶやかなくていいけれど、
目の前の大切なお客さんを大切にされていることが
商売の秘訣だと勉強させてもらった。

地道に、地味に。
いい。これが長続きの秘訣。

友達に会いに行くような感じで・・・行きたくなる店って
いい。

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「宗教と、ちがいますよね?!」

最近、京都探索を心がけている。
昔やっていた仕事の感覚が、余韻が、蘇ったというのも
おかしいが、まさにそうだ。
今、京都のかくれたお宝を探している。
場所、店、人、コト、いろいろ・・・。
そんななか、ある商店街を久しぶりに歩いてみることに。
定宿の近所にある歴史ある商店街なのであるが、
ここ数年、ここを通るのは夜か日曜や、年末年始で
商店街が開店している時間ではなかったため、ちょっと胸が
ときめいた。どんな風になっているかな・・。
狭い道、アーケード。これぞ、京都の商店街。
さりげなく高級食材も、庶民的な惣菜の隣にて
販売されていたりして、創業100年以上のお店も
あったり、なかなか・・・。
外国観光客に占拠されてしまった、商店街にはない
ゆとりもあり、まさにはんなりとした京都。

そんななか、ある店を発見。
「ちょっとしたおもしろいものがあります。
どうぞ中にお入りください」
何気ない、普段使いの言葉が描かれたボードを読み
もう店に入っていた。
まず、一目でこの店には自分が求めていた商品が
揃っていて、「うわ~。こういう店があるんだ」
と嬉しくなる。ここの店主と嗜好が同じか?と。
店内にてその店主らしき人をみつけ、早速話しかけてみる。
気さくな人で、つい、話が進んだ。
そして、名刺交換をするまでになる、そのとき店主の人が
ちょっとした警戒感を・・・。
「あのー、失礼ですけど、宗教関係の人ではないですよね??」
はあ?こっちがびっくり。
「いえ、違いますよ。そんなこと言われたのは生まれて初めてですわ」
どうやら、お店に入ってきて、話をするうちに、打ち解けたかと思ったら
寄付を求めてくるそういう類の人も多いのだと。
自分もそういう人ではないかと店主は思ってしまったようで・・。
コミュニケーションの仕事をしているとか、そういえば、
十字架のペンダントを付けていたりしたせいもあったのかと
あとで思えば、初めての人だったら、私のことをそう思うかもしれないな~と
納得しながら、ひとり苦笑。
もちろん、その誤解は解けて、いろんな共通項もあって、話が弾む。

客商売は、瞬間にその人を見極めなければならない。
もしかしたら、万引きする人もいるかもしれないし、
今回間違えられたように、その筋の人かもしれないし・・。
でも、言うのは勇気がいる。
「ごめんなさいね。ほんまに、そういうのがたまにあるんで。」
ちゃんと話をし、素性も伝え、安心していただけたと思う。

それにしても、
「宗教とちがいますよね。」
という切り出し方も、京都らしいなと思い、改めて笑えてきた。
いやー、京都は面白い。

一方、その店主が会話のなかで、
「うちは仏教なんで、今はやりのツィッタ―とかなんとか映えとか
いらんのですわ。地道にこつこつですわ」
とおっしゃったのも、とても面白かった・・・。

そんなこんなで、おなじみさんになりたいお店の一回目は
強烈な印象で、めでたし、めでたし。

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「ほっとする」に「はっとする」。

新宿の高層ビル群や霞が関ビルの設計を担当した建築家の
池田武邦氏のインタビューを聴く機会を得た。

高度経済成長期、これらの建築ラッシュは戦後日本の復興を
目指していた日本人たちの夢の達成の一例であり、働く人を鼓舞し、
さらなる経済成長を肯定し、都会ぐらしを賛美した・・。
同時期の新幹線の登場なども同じであろう。

さて、この時代の寵児であった建築家は、
名だたるビルを次々手掛けるなか、あるとき、ふと気づいたという。
その話がとても心に残った。

どんなときも、当時最新鋭の高層ビルで仕事をしていれば、寒かろうが
暑かろうが快適に過ごせ、仕事がはかどる。
寒い冬の日は、あたたかく、暑い夏は涼しく・・・。
仕事に関するものはすべてビル内にあり、一歩も外に出なくても
用をすべて足すことができる。
だが、その建築家はある極寒の日、仕事を終え、
ビルから一歩外に出たとき、ほっとする自分に気づいた
という。
暖房の効いた快適な空間では味わえない
ほっとする気持ち・・。
これは人間が自然に向き合う瞬間にわかる
ものではないか。
人工的な空間の中では、それはわからない。

その後、その建築家は高層ビルの建築に携わることを
卒業し、地方に目を向け、日本人のルーツなる場所を
求め、その土地の復興をサポートする道を進んだようだ。

人工的、バーチャルなる世界に埋没すると、
人間的な感覚、そう、まさに皮膚感覚を忘れてしまう。

それでは、人間ではない。
AIの可能性を模索するのもよいけれど、
人間としての本当の幸せ、在り方をもっと追求した
方が良い。
単に延命すれば幸せでもない。
いろんなことが、戦後、アメリカナイズされてきたことで
日本自身が迷路に迷い込んでしまった・・。

ほっとする・・・これが本来の幸せだ。
経済成長の果てに、「ほっとする」はない。

「ほっとする」ことをもっと大切に、そのことに
価値を置いて、自らの行動の方向をみつめていきたい・・。

建築家の含蓄ある話から、何が人の幸せなのか
について、気づかされた。

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上下関係に愛はありますか?

新学期、新年度になった。
それぞれ組織ではたらく、学ぶ人にとっては新たな環境は
緊張が多いことだろう。人間関係はそれぞれの環境にとって最も重要だ。
の上司は?部下は?見定めの初日だったかもしれない。

最近、はやっている「忖度」という言葉。
本来は日本人特有の美徳を指すもののひとつであった
そうだが、
今どきの使われ方は、違うようで、大変残念だ。

これは組織の上の人に対して、下の人たちがいろいろ思いを推し量って
指示されなくても、上の人の意に沿うように行動すること
らしいが、時と場合によるだろう、と思えてくる。
その慮ること自体が正しかろうが間違っていようが、
時には自分の腹とは違っていようが
そういった判断・行動をするのが、まさに「日本的な男社会」だと改めて思う。

今回、そんななかで間違った仕事をさせられ、自死された方を思うと
深刻な事態だと思う。上の人は責任をとらなくていいのか?と
怒りすら覚える。

数学者であり、国語の専門家でもある藤原正彦さんもそのことを指摘されている。
「忖度」は、下の人が、上の人を・・・ということらしいが、
これは、「惻隠」と表裏一体。
惻隠とは、上の人が下の人のことを思いやる、同情するという意味。
上司として、下の人を心配して、気にかけ、うまくいくように
見守るということ。
上の人が下の人を大切にするという大切なことが
欠けているこの日本社会を藤原先生は憂いておられるが、私も同感。

新年度。新入社員にとっては、まずは上から下だろう。
それが安心して働ける職場。
思いやりや愛が職場には、絶対不可欠だ。

日本をとりまくさまざまな問題を、他人事にせず、自分の
環境に置き換えて、生かしていくのが良い。
霞が関周辺が変わらなくても、自分たちは変われることがある。

新入社員には五感を働かせ、自分が選んだ新しい世界を
よく吟味して、自分の能力をフルに発揮してほしい。

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プリント作ってミニ家族会議。

認知症に負けるな、がんばれ、がんばれ。
と親に毎日エールを送っているが、それでも
自然にぼけてくることは、仕方ない。

では、今のうちに、と思って、家族会議を時々開く。
といっても、「会議」と言うと親がびっくりするので、
父母妹と全員そろった日に、
予告なしに、楽しい食事前に、ちょっとさりげなく
「はい、これから今尾家のミーティングをします。」
という感じで、予め作ってきたレジュメを配る。
耳だけ貸して~。という感じだ。

内容は、改めて家族で共有しておきたいこと。
母は、炊事をしながらなので、大きな声をそれを読み上げる。
レジュメというより、プリントといった方が親にはわかりやすい。
「ちょっと大事なことを書いてきました。これから読みますので
よく聞いてください。」
そのプリントに書いた一部は以下のとおり。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今尾家の皆さんへ 確認のお願い  
全員そろって平成30年の春を迎えることができ、ありがたいと思います。
健康第一、笑顔でお互いに、人生を人に迷惑をかけないように、
まっとうしたいものです。
さて、この世の中は、いつ何が起きるかわかりません。
せめて、それぞれがしっかりしているうちに、備えをしておきたいと思います。
以下、確認事項です。
1. 貴重品は常にわかるように。・・・詳しく
2. 緊急時の連絡先の確認・・・具体的に
私の携帯 〇〇〇〇〇〇
妹の携帯 〇〇〇〇〇〇
そのほかの連作先〇〇〇〇〇〇 
3. 火事・犯罪(振り込め詐欺他)に気を付けること・・・詳しく

絶対に!死ぬまで、ご近所の皆さんにご迷惑をかけないように。
地震のときは、近くの避難所へ。
整理整頓・ごみ捨てを欠かさないように。他の人に迷惑かかる。
※どんなことでも、おかしいな!と思ったら、すぐ娘に連絡すること。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
などなど・・・
これだけは親子できちんと共有しておきたいことを述べ、
その後、貴重品を皆で確認、スマホで撮影、その後全員がわかる場所に
一緒に保管、なかった合鍵を作りに行き・・・などなど、いろいろ行動に移す。
そして、すっきり食事へ・・。

ちょっとしたミーティングでも、家族が安心する。
「わかりましたか?みなさん」
というと
「はい、わかりました」
と父が言うのが、とてもかわいらしい。?

こういう場を設けると、昔の人はちゃんと、きちんと
人の話を聞く。

家族会議は、大げさではなく、こまめに、プリントを用意して
これからも行おうと思った。
これもいい家族のコミュニケーション時間。あと何回か?わからないが。

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観察して、活かす。

たとえば、親という存在。
血がつながっているはずなのに、まったく理解不能ということが
今でもある。
若い日は、反発してこちらが行動に出ればよかった。
今は、反発しても、相手が老いているので、あまり意味がないし、
心が痛む。

意味不明の言動、行動をとられても、まだ自分たちで生活できる
ので、何があっても「よし」とする。
そして、もし怒りや不信な気持ちが芽生えても、ぐっとこらえて
相手をよく観察するようにする。
ああ、こうやっていうんだ。なぜだろう?この人はどうして
こうなるんだ?どんな生き方してきたのか?と半生を想像する。
幼い頃のやりとりも思い起こし、一人納得もする。
怒りをぶつけても、喧嘩をしても、徒労に終わり、またお互いに
気分も良くないので、もうそれは卒業。

喧嘩できるだけ元気ということも言われるが、
最近は、観察する、じっと見守ることも大切だと
思えるようになった。そして、そのプロセスを大切に
し、人生の思い出づくりと、それを生かした創造に
生かせればと思う。

たとえば、父を主人公にしたドラマ、
両親が登場する喜劇
を表現するならどうするだろう・・・

そんな風にみつめていると、いちいち腹も立たなくなるような。
むしろ観察していて面白くなってくる

そう、少しひいて、少し客観的に。
感謝をもちつつ、そんな気持ちをキープできれば
良い。

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行く人を送り、俯瞰する。

年度末が週末ということもあり、転勤など異動を告げられた
ビジネスマンにとっては、休みなしの土日になっているかも
しれない。東西南北へ移動、引っ越しされる皆さん、
誠にお疲れ様です!と声をかけたくなる。

この10日間の間に、何名かの方に異動の案内をいただいた。
まずは、ゆく人との別れが3月。
そして、4月になれば、来る人の出会いが待っている。

とくに組織で働く人にとって、この時期はいろんな意味で
環境変化の節目だ。
そして、日本中のビジネスマンが最も多く
行き交う時期だ。

ふと、自分がドローンにでもなった気分で、空に上がって
移動する日本のありさまを想像する。
高速道路には、引っ越しの荷物を運ぶトラック、
大量の人を運ぶ新幹線、飛行機・・・。
中に乗っているのは新入学、就職、異動するご本人、と家族。

ついていく家族もあれば、一人暮らしがはじまる人も。
家族との別れもある。
愛する人との別れもあるかもしれない。

そんなこんなで、
今日オンエアのラジオ番組では、思わず「なごり雪」を
セレクトしたが、
駅や空港での別れもきっと多い季節。

たまらんな~。
春は、嬉しいけれど、後ろ髪もひかれる季節。
行きたくないけど、行かねばならない人もあって・・。

やっぱり悲喜こもごも。
この週末、空から日本を俯瞰すると、そんな泣き笑いが
あちらこちらにありそうで・・。

どの人にとっても、素敵なはじまりになるように、
良かったといえる、新たな節目になるようにと、
手を合わせたくなる。

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