唯一、最大の共通点は「今」

身近なところでいけば、家族。そして友人・知人、職場、町内・・・国内・海外・・・。
直接であれ、間接であれ、いろんな方と関わり、生きている。
人生の価値も、考え方も、背景もそれぞれ異なるため、全ての人
に、共感し続けることは難しい。
小さなことでも、違いを感じることが多い。

そんななかでも、最近思うことは
そんなに違いはあっても、
「それでも、今を生きているという点では共通している」という事実。
このことの意味は大きい。

この「今」をどう生きるか?

この共通点を大切にすると、会話もより弾み、もっとボーダレスに
コミュニケーションができそうな。

これまでと、これからを結ぶ「今」。時空を超えた唯一の価値。
「みんな、「今」を生きているんだな~。」
今は、刻一刻変化する。
明日、今日と同じ「今」はない。

「今」を大切にすると、生き方も変わってくるような・・。
相信じて、今を共有している人たちと、いい感じでつながっていきたい。

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中小経営者はノンストップ!

世間は連休。夏休み。新生活様式のなかの、帰省。移動の自粛などなど、世間ではお休みモードの情報が多く流れる。
このお休みにこそ、サービス業の皆さまは休みなし。今年の緊急宣言での休業で受けた打撃をカバーすべく、奮闘されているお店も多い。
そして、サービス業に限らず、中小企業や個人経営の皆さんは、この期間もノンストップだ。
相談のメール、添削依頼のメールが、毎日、時間を問わず入ってくる。返事を入れたら、また返事。
皆さん、頑張って働かなきゃ。今こそなんとかせねば。の想いが強く、またもしかしたら焦りもある場合もあるかもしれないが、私に連絡をいただける事業者さんは、皆さん大変前向きであり、コロナ禍のなかを、元気に駆け抜けようとされえいる。
皆さんにすぐ対応したいと思い、こちらもつい、対応する・・・。
お互いがんばっていることに喜びも感じるし、どんなときもできる限り対応することが、私にできる「寄り添い」だから、休みもいつも関係ない。

世間が休んでいる間こそ、走り続ける。仕込みをする。普段できないことに時間を割く。おそらく、やらされている仕事をやっている人ではないから、ノンストップで走ることができる。
今、コロナを言い訳にして、休んでいる暇はない。
やれることがあるならば、すぐやること!

今日も中小企業の社長との相談対応。この1週間だからこそ、ゆっくり話せるというのも良い。

この1週間で、ずいぶんと差がつく。
とにかく有意義に。

今のうちに、進めるだけ進んでおこう!

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長崎に寄せる思い、ふたたび。

長崎に原爆が投下された8月9日。
75年前のこの夏、広島につづき、まさかの二発目の投下。
朝、「いってきまーす」と元気に家を出た。それが家族との最後の別れになった・・。その長い1日のことを語ることができる人たちが、もう高齢になり、
将来100年目のこの日を迎えたとき、どれだけ生き証人がいるだろう・・。
私の周りでも、100歳近かった、被爆者の方が今年のはじめに原爆病院で亡くなられていたことを最近知った。

若い人達が、諸先輩たちの意を受け継ぎ、さまざまな活動をされている。
長崎は日本史上、いち早く開かれていた開港都市として発展した一方、宗教、文化から感染症にいたるまで、さまざまな新しいものも受け入れた(受け入れざるを得なかった)。楽しいことも、つらいことも、変化の少ない平凡な土地に比べたら、まさに悲喜こもごも、また「ちゃんぽん」な街である・・・。
発展と苦難は人生の両面と思うが、長崎という町は、本当にその色合いが濃い。


と、この8月9日に接し、今年は訪ねることが叶わないこの町へ、より深い思いを寄せる。
長崎の鐘が鳴るこの日。
コロナ感染の中、より一層、祈りも静かに深まることだろう。
人間の平和について。せめて、人間が仕掛けることで、平和を破壊することだけはやめてほしい。
愛しい長崎の町の空を思い、ひとり 「長崎の鐘」を口ずさむ。
発展と苦難のくりかえし。この濃厚な経験の積み重ねが、人も町も、魅力を増していくと信じている。



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ふれない、ふれあい。

仕事でも、オンライン活用が増えてきた。
つい半年前まで、オンライン会議システムを商品とする企業たちは、少し先行的なイメージであったが、コロナの影響で需要が急上昇、現実的なサービスとして競走が激しい業種のひとつとなった。
ネット上でちょっと登録をしただけで、すぐに営業メールが入る。
訪問して営業するスタイルとは違い、顔の見えないセールスがネットの裏にいる。ネット上では対面より断りやすい点もある・・。ネット社会の営業のむつかしさも感じつつ、商品・サービスが必要であれば、需要は高まる。押し売りをする必要はない。ただ、ネットだけで理解できるかどうかを人間がフォローするという役割だ。営業も触れない時代に突入・・・。

先日もオンライン相談会を実施。
なかなか会えなかった企業さんと半年以上ぶりにモニター越しに会う。
画面越しではあっても、会えたことに感激、盛り上がる。それはそれでいい。
時々、画面が固まったり、音声が途切れるが、まあまあ、やりとりはできるし、
笑顔は好感できる。ふれない、ふれあい。

オンラインの可能性と限界。
とくに音楽やアートのことを考えると、このことを考える。

ふれない、ふれあい。

このディスタンス感。人間関係はこれから、どのように構築されていくのだろうか。
このオンラインコミュニケーションが当たり前として育っていく子供たちや、
次世代のビジネスマン・・・。
組織はどうなっていくのだろう。
家族は??。そこは心配しなくてよいだろうか?

ふれない、ふれあい。

人間に一番大切なことは、寄り添うことだ。ふれないで、寄り添う。

お盆の帰省ができないでいる人が多くおられることだろう。
ふれない、ふれあい。

この夏を、この厳しい1年を過ごして、人々が求めるコミュニケーションって何なのか‥が見えてくるかもしれない。

ふれない、ふれあい。

そこには、真の思いやりと、優しいコミュニケーションが求められるだろう。




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とことん寄り添う、生き残り作戦。

金融機関の不調はずっと言われてきている。業界では合併・再編成が進み、いかに経営をスリム化、効率化するか。得意先の法人と同じ悩みを自らも抱えながら、総合的な企業支援がさらに必要なコロナ禍を過ごしている。
そんななか、信用金庫の存在が気になる。
もちろん、全国一律というわけではないだろうが、地元の中小企業にとことん寄り添い、自分ごとのように関わり、伴走している信金さん。
たとえば、私の相談会を企業さんご紹介いただき、参加いただく・・・そこまではみんなするだろうが、その相談会に信金の渉外担当、支店長レベルの方も、同席され、一緒に話を聞かれる。
真剣にメモもとられる。信金内での報告の義務もあるのかもしれないが、こちらがお伝えした内容を踏まえ、企業さんと一緒になって、「さあ、どうする?」と一緒に知恵をしぼり、経営の課題解決をサポートし続けていく。その1つのステップとして、相談会も活用されているのだろうと思う。
中小企業の経営者も、その信金の支店長を心底信頼されている様子が伺える。そうでなければ、一緒に相談会に来ることもしないし、言うことも聞かないだろう。
自分事ののようにとことん寄り添い、資金繰りのことだけでなく、事業がうまくいくようにトータルに応援してくれる存在だからこそ、利用するのだろう。
コロナで苦しむ中小企業に求められることは、やはりとことん寄り添うことだ。
私自身も、限られた時間のなかであっても、その姿勢を貫き、少しでもプラスにお役に立てる知恵を出したいと思っている。
企業さんをとりまく、さまざまな支援期間とともに、寄り添いの気持ちを大切に、この苦境を乗り越えようとがんばる中小企業をとことん応援し続けたい。

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夜型と朝型のリレー。

午前3時あるいは4時。そんな時間でのメールにすぐ返信がある、あるいは先にメールが届いている。
そんな時間帯にやりとりできる相手に出会った。
「夜型の4時ですか?朝型の4時ですか?」
という投げかけに、その方は「夜型の4時ですよ」との答え。
自分で会社を立ち上げ、原稿書きや企画の仕事をされるなか、この夜型の生活が
標準になられたようで、もちろん朝取材があったりすれば、それには対応する。
アポイントがなければ、夜明けとともに休み、午後から仕事を再開。というサイクルとのこと。五木寛之など、作家の暮らしみたいで憧れたこともある。

私の場合は、朝型の4時だ。
独立して20余年、ずっと朝型で、そのスタート時間は当初より早まっている。
深夜、未明からでも開始時間はともかくとして、目覚めてすぐ走り出す力を有効活用したいと思ってやっている。そういえば、今はなき、作家の野村正樹さんも朝型を提唱する方であり、あのライフスタイルも今は懐かしい。

夜型の方は、夜の深まりと静けさの中で、だんだんと考えが湧いてくる、いい案が浮かんでくるだろう。夜は考えるのにふさわしい、自分との対話に最適だ。
自分もたまに、夜型になることがあるため、制作や企画の仕事には夜が向いていることは納得する。1日過ごすなかで、テンションをピークを夜に向けていく感じだ。

朝も夜もどちらも良い。昼は活動の時間。その前後をどう効果的に使うかは人それぞれ。

最近面白いのは、その朝3時、4時に起きてがんばっている仲間がいるという感覚だ。あの人もがんばっている!私もがんばろう!という感じだ。

そして、夜型の人から、朝型人間はバトンを受け取って、そのまま走り出す。
「じゃ、私はここらで。」
「じゃ、私はここから。」
とがんばりのバトンを渡す。

ということで、今日はちょっと早い朝型のはじまり。夜型の仲間も頑張っている時間。誰かががんばっているというのは、何かしらやる気が高まる。いいものだ。

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時間を忘れて、語り合う。

大変な状況を踏ん張っておられる企業たち。業種業界を越えて、それぞれに影響を受けている。
コロナに負けず生き残るために・・。みなさんの奮闘ぶりには頭が下がる。

久しぶりに顔を合わせ、どうしたら売り上げが戻るか、社員が前向きに仕事するか・・いろんなテーマで話し合いをする。

地域差もあるが、コロナはしばし、別の世界の話と思うほどに、普段通りの
仕事時間。対面で打ち合わせできるのが、地方の良さ・・・。

それでも、話題には、必ずコロナとの関わりが登場する。いかにそれを乗り越えるか。このピンチをチャンスととらえるか・・・。
どの企業も本当に大変であるが、気が付けば、もうコロナありきの世の中を
どう生き残るかという段階にきている。おろおろしたり、打つ手がないと言っている段階ではない。ちょっと時が止まった分、急がねばならないという焦りもある。
そして、コロナ前には気づかなかったことや、手がつけられなかったことが
この自粛下で、気づいたり実行できたり・・・もある。
8月に入っても、感染は収まらないが、経済は止まっていられない。
私の周りの企業たちは、ぐるぐると動き始めている。
見えない相手と戦いつつ、見えない未来を想像しながら、前に進む。
優秀な経営者ほど、俯瞰しながら、決断しながら、確実に前進している。



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言葉に魂と愛と責任を!

コロナ対策は難しい。日々、奮闘されている各都道府県の知事さんの汗をかきかきの真剣な対応には、頭が下がる。
もちろん 医療関係の方々の、カラダを張って、命を賭けて、経営の存続を賭けてのご対応に対してもである。

それぞれがなんとかこのウイルスを終息させようと、自分の役割をまっとうし、真摯に向き合っておられる。現場とはいつもそういうものだ。まったなし!現実が迫ってきているのだ。でも、コロナは初めて遭遇する存在であり、どうすればよいかは未知数で、日々その変化に結果に右往左往、手探りしながら、専門家たちの知恵を活用しながら、最善を尽くしておられる。本当に気が休まる日はないだろう。

そんな中、伝える力について、いろいろ感じることがある。
がんばる人たちの一生懸命さに心打たれる、相手のことを考えている目線に共感する、一体感をもてる・・・それらは、すべて発せられる言葉や表情、態度からおのずと伝わるものだ。責任をもって取り組んでいる人の発信には、説得力がある。

政治家は利他のために尽くす仕事であり、そして人々を安心な生活に導く役割を担わねばならず。そして、その思いを伝える「言葉」は最重要のツールでもある。また、報道の仕事に就く人々も、社会が安心安全な方向に進むように、考えて、発信をしていくのが役割だ。
それぞれが、自らが発することばに、もっと魂と、愛と、責任を込めるべきではないだろうか。と思う今日この頃。

言葉は人を動かすことができる。人を導くことができる。

とにかく、安心な暮らしのために・・。
しっかり伝える義務がある。

もちろん政治家でなく、報道関係者でもないちっぽけな自分自身も、
日々の対話で、発する言葉には、魂と愛と、責任をもって・・を意識したい。
人のことを言う前に、まず!だ。

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脱密~柔軟に対応する力が道を開く

コロナで大変と言っているステージはもう終わった。
これを前提として、何ができるか。新たな発想と迅速なる行動が必要だ。

NYのセントラルパークで営業をしている床屋さんのことが話題になっているようだ。
コロナの影響で、町の各店舗は営業自粛を余儀なくされた。理髪店につとめていたその理容師さんは、セントラルパークに散歩に行ったとき、ここで散髪をしたら・・!とひらめき、試しに道具を持参し、そこでサービスを開始したら、瞬く間に広まり、予約でいっぱいになったそうだ。
店より密でもなく、セントラルパークという気持ちよい場所で散髪ができる・・
これは、コロナがあったから生まれた発想だ。想像するだけでも、私も試したくなるし、その景色を眺めているのも楽しそうだ。
今、彼がつとめていた店は営業を再開しているが、もうそこには戻らないのだという。かっこいいスーツ姿で黒いマスクをして、颯爽と散髪するそのビジュアルも素敵で、インスタ映えもするため、散歩する人たちがどんどんネットにアップして、広まったというのもあるとか。(話題はNHK BSの「@NYC」より)
彼のインタビューをきいていると、その状況に対応すること。が大切だとのこと。そして、その対応が、人を助けることにもなり、自分にもプラスになるとのこと。心から共感する。

もう一つの話題は、日本国内の話題。
続く、花火大会の中止。それではせっかく仕込んできた花火がもったいないと
個人で主宰し、協賛金を個人から募って、その人たちのために花火大会を開催する。という企画が、東北のある町で開催されたとのこと。
花火屋さんを支援する、町の人を元気にする。この2つの願いが実現した企画。
これをきっかけに、花火大会とは、行政や大手新聞社が仕掛けるもの・・とは限らない、もっとプライベートな新しいカタチで生まれ変われるかもしれない。

「脱密」で、新たなきっかけをつくる。
そして、現状に柔軟に対応していこう。
ひとりひとりの力から、それが可能だ。

ところで、アウトドアバーバー。いい響きだ。私も屋外で演奏したい。ピアノだと難しいが・・・。

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支える一言が言える人に。

日々、いろんな言葉をいただいて生きている。

人間は三度の食事で生きている、と言われるが、
確かに食事はカラダや心に不可欠な存在であるが、
言葉こそが、食事と同様、ときにはそれ以上に重要な
生きる糧になる。と思っている。

ある方から、
「ご両親のこと、今が一番大変な時期だと思いますが、がんばってくださいね」
という言葉をいただいた。
一見、何の変哲もない、エールの言葉かもしれないが、
私にとっては、とてもありがたかった。

今が一番大変な時期・・・そうか。じゃ、これより大変な時期は
ない。今がどん底であることがわかっていれば、あとは上がるしかない。
と思ったら、みるみる気持ちが楽になってきた。
この一言があるだけで、とても救われた。

そんな風に、何気ない一言が、人を支えたり、勇気づけたりすることが
ある。
それは相手にどこまで寄り添っているかで、変わってくる。
一般論の言葉では、響かないこともある。
伝える相手の現状を自分ごとのように理解し、そこから発せられるひと言。
この重みを改めて考えたい。

言葉は栄養にも、毒にもなる。
間違っても相手に毒にならないように、
とくに大切な方への言葉は大切に紡ぎたい。
たった一言でよい。
その人の置かれた状況を救えたり、琴線に触れることで
何かが変わったり・・
そんなことが可能となる、一言を。

言葉は人を救うことができる。

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