弟のように思っている頼れる頑張り屋さん!のビジネスマンと久しぶりに会食する。
グループではなく、二人で話をするというのは、とてもいい。
グループはそのグループでの懇親であり、交流。個別面談・会食は深くよく相手を
知るということで目的は異なる。
仕事のこと、会社のこと、人生のこと・・・あれこれ箸をつけるのも忘れ
2時間しゃべりまくる。悲しいときは悲しく、うれしいときはうれしく。
自然に相手と同じ気持ちで聞きあえる・・・これが、実は大切なことだ。
そして最後にはお互いを鼓舞し、元気にがんばろう!という話になる。
それがいい。
その彼に、帰り際、昨年秋訪れた平戸のザビエル教会で入手した栞をプレゼントする。そこには聖人たちのお言葉、聖書からの引用文などがひとつづつ書いてあり、ザビエル教会の信徒さんの手作りによるものだ。それはお守りにもなり、とても気に入っている。たとえば、私が気に入っている言葉は「わたしたちの働きは大海のなかの一滴にすぎません、もしその一滴がなければ大海になりませんと」いうマザーテレサのお言葉。いつもパソコンモニターの傍らに飾ってある。
そして、その彼は違う言葉のカードを選び、受け取った。
「喜ぶものと共に喜び
泣くものと共に泣け
(ローマ12の15)
そして「こういう言葉を自分も残さなきゃいけないですね」と言う。
後世に残す言葉。「格言」ということだろう。
そう、ビジネス的なキャッチフレーズではなく、もっと教訓的というか、自分の人生を凝縮したメッセージ。
何を遺すか・・を考えながら生きるのもいいことだ。
そんな会話をできる相手がいるということに、とても幸せを感じる。
遺すマイワードをそろそろ・・
折り紙は、祈りと感謝のコミュニケーションツール。
折り紙といえば、子供のころは多少誰でもやった記憶があるはずだが、大人になるとどうだろうか?脳トレに良いからとお年寄りが率先してということもよく聞くし、私の母もボランティアでか?暇をみつけてはいろいろ折っているが、私自身はもう長年折り紙をした記憶がない。
その「折り紙」について、その教室をされている先生との出会いで関心をもつようになった。
彼女はここんところ、私に会うたびに折り紙のサプライズギフトをくださる。最初はディナーショーのときにポインセチア。お年賀にと今度は私が好きな紫と赤のバラのセット。折り紙を施した丸い箱に入っている。折り紙は花束の代わりになるのだと感動した。そのお花の連発だけでも感動であるのに、さらにまた今度はかわいらしい巾着袋。「なかにキャンディが入っていますから」と。あとで開けてみると、おさるのキャンディが・・。
すべて折り紙で作られている。うれしくてうれしくて涙が出る。お金を払って買っていただくプレゼントももちろんうれしいが、この折り紙ギフト・・。この方は何を思いながらこれを作ってくださったのかと思うだけで胸が熱くなる。
そんなことで折り紙に興味を持ち始めたが、よく考えたら長崎では街中でよく折り紙をよくみかけたことを思い出した。
あるキリスト教の資料館では、受付のところに小さな折鶴が小さな籠に入っており、ご自由にお持ち帰りください。とのこと。
そこでいただいた紫の鶴は今も財布に入れてある。そう、小さなお守りのような存在だ。
さらには、今回コンサートを行った長崎市旧香港上海銀行記念館でも、売店で本やカードを買うと必ず、スタッフお手製の折り紙が入っており、今回は駒が入っていた。スタッフが手のすいたときに、せっせと折っておられたのが印象的であった。
そうだ、原爆資料館の中に飾ってある千羽鶴・・は見事だ。地元の小学生が折ったものから、全国の方々の祈りが込められている。
折り紙とは、日本伝統の素朴な遊びでもあり、そして祈りのコミュニケーションツールだ。
そして、生花は枯れてしまうが、折り紙で折った花は枯れない。手先も使い、想像力も養い、気持ちも伝えることができる。
日本人ならではのおもてなしにも最適だ。
サプライズでいただく折り紙ギフトに、作家さんからのメッセージを感じる。ありがたい。形に残る感動も素敵だ。
地味であるけれど、純粋な気持ち、まっすぐな気持ちが伝わる折り紙。この文化、アート、コミュニケーションを大切にしたい。今、ORIGAMIは世界でも注目が高まっているそうだ。
雪の精の存在。
イベントとなると、雪が応援してくれることが多く、これまでの自主イベントには、東京ライブでまさかの雪バレンタイン、新潟でも初雪・・まさか降らないというときに、降ってきたことが何度もあり、人から雪女と言われても否定できずにいた。
雪という存在には、新潟に通い始めてから少し慣れてきた。見ている分には美しいが、それに付き合うにはなんと厄介で大変な存在かとも雪国に住む皆様の暮らしぶりを垣間見ながら、そこで生きることの厳しさや危険も少しづつわかってきた。雪国に生きる皆様の忍耐強さには頭が下がる。そして静かに生きる季節があるということも、不可抗力のときもあるということも学んだ。
そして今回、ライブツアー最終回の長崎では、観測史上初の大雪となり、雪に慣れない町でのこの事態は深刻であることも改めて知る。
交通インフラがストップし、物流機能もお店も・・・とくに坂の町での雪は危険である。
そんな状況でいるときに、「雪の精がおりてきたんだよ。雪が愛を運んでくれているよ。だから、がんばって」というメールをいただき勇気が湧いてくる。
そうだ。どんな存在でも両面ある。厳しさと優しさと。過酷さと楽しさと。
そして、雪の存在はなんといってもインパクトがある。
この大雪の中での珍道中ライブを、私はもちろん、おいでいただいた方も生涯忘れることがないだろう。
きっと後になれば、素敵な思い出になるはずだ。
ときに、精の存在を信じるのもいい。妖精?精霊_いずれにしても、人の心の奥に潜み、人を包み込む見えない存在であるが、確かにその存在を感じることができるのだ。
なんと、ロマンチックな最終回になったことか。雪の精は人をよりロマンチックにしてくれる。
・・・と 新潟に積もる雪を見ながら、長崎をなつかしく思い出し始めている。
終わりは、次の「はじまり」。
毎日がそうだ。1日終わった。すると翌日がはじまる。生きている限り止まることはない。
ひとつの取り組みが終わった。それで終わり・・・ではすまない。もうすでに、次がはじまっている。
それを意識することで、背筋がぴんと伸びてくるものだ。
1つのプロジェクトが終わって、しばし終わった余韻に浸るのもよし。でもその後も時間は経過し、人生は進んでいくので、終わりっぱなしではもったいない。
余韻を大切にしつつも、反省しながら次のことをあれこれ考えはじめるのが良い。
終わりが次のはじまり・・。それを実感できることは、生きているという証しだ。
ありがたい。わが挑戦は終わらない。
ザビエルプロジェクトはさらに広がるか、深まるか。あるいは他の柱が登場するか。
いずれにしても、どこでもいつでも天候、とくに雪には用心!
経験を重ねることで、次のはじまりに際して、人は少しづつ賢くなっていく・・といい。
と書きつつも、実は余韻を感じつつの時間も大切にしたい。もっとも、もう次がはじまっていることを意識しつつ・・。
生きていれば「微力」ながらも・・と涙雪に想う
今回4か月をかけて行ったライブツアー。ふりかえってみるといろんな学びがある。。
おかげで、最終回もご好評をいただき、皆様に笑っていただき、ときに涙を流し、いい時間を共有させていただいた。5会場でのべ350名の方にご参加いただいた。
それぞれの場所、会場ですべて違う、感動の場が生まれた。
そして・・・
今となっては、一番の衝撃は、本ライブの実施にあたり、応援・協力いただいた方が相次ぎ事故死されたことだ。
長崎の最終回では、演奏時にそのことを思い出すと歌えなくなると思い、本番はなんとかがんばった。長崎に降った大雪は、まさに涙雪。いろんな悲しみや思いが降り積み、そして一緒に溶かしてくれたのかもとも思う。
このライブツアーをとりまくさまざまな出来事は、一生忘れることができないだろう。
本当に人生は、ドラマチックすぎる。
人はある日、突然にいなくなってしまうものだ。人生はいつか終わる。
いつお迎えがくるのか、自分からそこに向かっていくのかは知らないけれど、間違いなく、いつか終わる。
でも、それまでは生きている。思う存分生きられる。
生きていれば無力ではない。力は必ず出るはずだ。
亡くなられた方たちにもう会うことはできない。拍手をいただくこともない。抱きしめられることもない・・。
でもこの方たちが空から見守ってくれていることを信じ、その人たちの分まで生ききることが大切だ。
生きているものががんばらなきゃいけない。生きているからこそ、できることがまだまだある。
そのことが一番の学びだ。
生きている限り、無力ではない。微力であっても、意識、努力さえすれば力は出せる、知恵も出せる。
まだまだ出せるよ。
生きていればこそ。愛のギフトをいっぱいいただける。
そう信じて、次の目標に向かっていこう。
長崎での大雪と、この愛の元気人ライブツアーのフィナーレは、必然の結びだったように確信する。
目的達成の感動は、じんわり愛とともに。

明治時代に作られた、香港上海銀行長崎支店が文化交流の場に。この素敵な空間で演奏できるとは、なんと幸せなこと。1月25日は待望、念願の長崎市でのライブ開催の日。そして昨年秋から続いたライブツアーのフィナーレである。(写真は会場づくりをしているときの様子。)
当初、予約いただいた地元の方との再会も楽しみであったが、大雪のおかげでみなさん移動できず、いろんな意味での想定外での本番となった。「雪女パワー健在」ともいわれ、一方「雪の精がおりてきたよ」・・とエールを送ってくださる方もありで、とにかく前向きにやり抜くことだけに集中した。
団体客様、地元長崎の方、そして前ブログにも書いたが、新潟からお出かけのご夫妻と、まさにちゃんぽん的な客層だ。
観測史上初の大雪のため移動できずに来られなかった方々も多かったのは、本当に残念ではあったが、それでも70名以上の方に集まっていただき、「憧れの長崎ろまんコンサート」は無事終了し、ひとりひとりと握手を交わし、団体客のバスが無事に次に迎えるよう、雪道を見送った。
そしてホテルに戻ったら、新潟のご夫妻からメールが届いていた。・・・長崎への車いすを使っての今回の旅は、雪が降ったけれども、いい思い出になったとのこと。新潟から長崎のホテルに着くまで、いろんな方が親切にしてくれて無事たどり着けたこと、しかし大雪となってしまい交通機関がストップして久しぶりにホテルでゆっくりしたこと、せっかく訪ねたグラバー邸で雪のため車いすが動かず立ち往生されたこと、、ちゃんぽんも食べたこと、そしてこのコンサートに来られたこと。ザビエルを見習っての夫婦での今回の「船出」だったせいか、「フランチェスコの夢」の演奏時は涙が出たそうで・・。これが自信になったので、もっと夫婦で旅をしようと思った・・本当に来た甲斐があったと。喜んでいただき、この1通のメールで、十分、今回のライブツアーの目的が達成されたと思った。
まずは、おいでいただいた皆様が無事に帰宅されることを願うばかり。このご夫妻は飛行機がまだ飛ばず、新幹線を乗り継いで新潟へ戻られるとのこと・・・。これも貴重な思い出になってくれたらいい・・。
大雪がライブツアーのフィナーレを演出してくれたような。計画通りの企画以上の余韻を残しそうだ。
ピンチを超えての行動により、地元の人、各地のみなさんの、家族の愛をいっぱい感じた。
まずは安全に帰路につくとしよう。長崎会場でのコンサート実現に向けご協力・応援いただいた皆様に、心から感謝申し上げます。
ライブのレポートは後日、公式サイトにもアップいたします。
ピンチが続くと、人はどんどん強くなる!

ああ、九州で、長崎でこんな大雪。よりによって、なぜこの日に?!天気予報は当たってほしくないときに、よく当たるものだ。
ライブツアー最終回、本番の長崎が写真のような景色に。銀世界は見ている分には美しすぎるが、動くのは大変だ。
しかも雪の静かさは不気味でもある。夜、眠っている間に、せっせとひたすら、積もるのだ。
予定では定員を超える予定のコンサートが・・・・になる。
でも、わざわざおいでいただいた方、早めにおいでいただいた方、そういった方のために予定どおりやる!全力を尽くす。
どんなことがあってもベストを尽くすのが次につながるのだ。
雨だから、雪だから、〇〇だからあきらめる。のはしたくない。
決めたことは、どんな状況であってもやり抜く。ライブツアー最終回にはこれまでにないいい思い出ができると予感する。
あんなことがあったね~。と貴重な時間の共有ができる人がひとりでもいる以上。
ああ、それにしても、いろんな経験をさせていただけるものだ。ありがたいとすべての存在に感謝するとしよう。
スーパーポジティブ・レディに敬意を表して
異例の九州積雪、低温予報に心臓がバクバク。バスの団体客さんも、個人のお客様もどうぞご無事にとただ祈るのみ。わざわざ新潟からご夫妻で、しかも車いすをご利用され、長崎までおいでになるご夫妻。この方たちにとっては、この旅は新たな挑戦とのこと。
雪が降らなくてもいろいろ心配になるが、ご本人は大変前向きで、明るい。
雪国の人だから雪に慣れているかもであるが、雪に慣れていない町だから心配にもなる。
「レンタカーはスタットレスになっていなかったらタクシーにしますね。もし飛行機飛ばなかったら、新幹線乗り継いでいきますね。あはは~」と出発前夜の底抜けな前向きメール。
新潟から東京へ行き、そこから長崎まで電車の乗継ぎ?!何時間かかるのだ??
でも、確かに私自身も即コースを変更したわけであるし、行き方がいろいろあるならば、その都度判断すればよいのだ。
「ザビエルさんの苦労に比べれば、何のそのですね!」と結んであるメールを見て、いやはやザビエルにいただくポジティブ発想はいろんなところに波及、影響しているものだ。
よし、私もそのように!何があっても、生きていればいい。何があっても、その都度できることを全力でやればいい。
ザビエルへの思いからスタートした長崎への旅路は、1年かけてくるっと
一周したことになる。大分ザビエルサミットからはじまり、平戸への直談判、そしてザビエルゆかりのその地での演奏活動、そして長崎市へ。前へ前へと来たおかげ。さあ、皆様の無事のご到着を祈り、お待ちするとしよう。
行くとこ、行くとこ雪が降る?への対策
いよいよ本年度のライブツアーが25日長崎での開催をもって終了となる。昨秋から岐阜、東京、新潟、上越と季節の移ろいとともに、自らの拠点を巡ってきた。
「雪あり」での開催は雪国の本場である上越で!のはずであったが・・・。
なんとまあ、日本の素晴らしい外れない天気予報によると、この週末から九州方面も雪、また寒波だとのこと。真冬だけれども、九州だから大丈夫。本州より幾分あたたかいはず!と予定した本計画はそれこそ想定外の展開になりそうだ。毎日予報を見ながら、心配が現実のものとなる。
ということで、当初、福岡まで飛行機、その後車で平戸にも寄り・・・その足で長崎へ・・。との計画をやむなく急きょキャンセルし、博多から目的地である長崎市へ直接早めに向かうことにする。
雪のせいで・・となると、すでに予約してあったレンタカーもホテルもキャンセル料をとらず、対応してくれる。なんと、ありがたいことか、次回必ず利用します。と約束をしてお礼を言う。
急遽、追加になる長崎市のホテルもすぐ手配ができ、宅急便の送り先も途中で転送可能。
いやはや、日本のサービス業はすごい。電話1本で、ネットですべての計画がすべて変更可。しかも10分程度しかかからない。この対応力は世界一かもしれないぞ!しくみができており、迅速に対応できる、それに加えて親切という点。本当にありがたい。恐らく各地でそんな変更をする人が多いだろうに・・。
さて、行くとこ、行くとこで雪が降るのは・・・お願いですから~と空を見上げる。
東京は晴れている。この青空も一緒に飛行機に乗せたい気分。
とにかくおいでになるすべてのお客様が安全、安心においでになれることを、心より願っている。
そのために自分が一番余裕をもって出発せねばならず。注意、用心。とにかく安全に。
その上で、いい演奏を。ああ、緊張する。
輝く人を応援する人自身が、実は輝いている。
高齢化社会。それを促進?するビジネスが花盛りだ。人間という動物にはどれだけ欲望がたまっているのだろうか?自らにわいてくる?欲求を解消し、欲望を満たすためにさまざまな努力をする。なかでも、生きつづけることへの欲望は時代を越えて、永遠であり、そのためには時間もお金もいとわない人も多いようだ。
医療の発達によって、情報化のおかげで確かに長寿の人が増え続ける。そして元気なお年寄りもいい。そしてお年寄りの質?が変わってきていると感じる。
昔は「もう年やで、若いもんに任すわ」という長老が多かった。それがとても耳障りがよかった。
ご隠居さんという言葉も昔はよく聞いた。
しかし最近は、健康長寿が当たり前になると、生涯現役を前面に押し出し、若者と張り合って、生きようとする人も増えているようで、正直、そこは見苦しいと思ってしまう。
もちろんスポーツの世界で、若者に負けず元気にがんばろう!これはいい。自分との闘いであるから。そして、その挑戦する姿を見て、後輩も刺激を受けるだろう。
しかし、ビジネスの場において、いつまでもオレが俺が・・・と現役を続けようとする人、また最期まで自分を輝かすことだけを考えている人を見ていると、反面教師であると感じつつ、また気の毒にもなる。いい歳になったら、影の力、縁の下の力持ち、やり方を教え、導き、見守る方に徹する方が
若い人には慕われるだろう。
人は誰しも輝きたい。ではあるけれど、自分がまず輝くではなく、相手が、若い人がまず輝くように
応援する生き方の方が素敵だと思う。
ただ、これもゆとりある時代に育ったのかどうかによって、人の生き方の価値は変わるのだから、人のことはどうこう言えない。
ただ、言いたいことは人を輝かせる人って、とても素敵だということ。
そんな人を目指したい。愛の元気人としては、そちらの方向に進むべきだと日々、ますますそう思う。
